初めてお化粧をしたのは、高校を卒業した18歳、あれから何年の年月が過ぎただろう。最初は、資生堂の化粧品を母親に買ってもらった。その化粧品を持って一人暮らしを始めたのだが、学生だったので毎日はお化粧をしていなかった。実は、それは単なる言い訳で、ギリギリまで寝ていたため時間がなかったのだ。
少し一人暮らしに慣れた季節は初夏、学校の近くの薬局でお店の人に声をかけられた。「肌がキレイですね。」と言ってもらい気をよくしていたら、お店を出る時には、夏用の化粧品一式を買わされていた。もちろん、手持ちのお金で払える金額ではなかった。
その晩、仕方がないので母親に電話をした。「何を買ったの?いくらかかったの?」それほど怒っていなかったが、呆れていた。全部で2万円くらいで、今日は5千円払って、残りは毎月5千円を払えばいいと言われたと答えた。母は「来月の仕送りを1万5千円増やすから、サッサと払いなさい。欲しいものがあれば、夏休みに買ってあげる。」と言った。
夏休みに、その化粧品を一式持って帰り、並べて見せた。母親は「こっちの夏は短いから、夏用の化粧品なんて考えてもみなかった。こんなにあるんだね。」と、一つ一つ手に取って見ていた。ごめんねと言うと、「今度から気をつけなさい。」とだけ言われた。
それから数年後、社会人となり自分のお給料で化粧品を買うようになったが、何故あのとき、自分の仕送りの範囲で払いなさいと言わなかったのだろうかと思った。母親の答えは「毎月支払いに行くと、その度に何か買わされそうで、危なっかしい。」
母の目は確かだった。社会人として別の土地で生活を始めたのだが、着物屋さんに声をかけられ、ローンで着物を一式買ってしまった。この事は、すぐには言えなかった。