大阪府摂津市JR千里丘駅周辺密着情報!!

マサルノコト scene 23

そして自分とマサル、そしてノブアキは高校生になった。

マサルと自分は同じ高校だったが、学科が異なるため当然ながら教室も違えば授業も異なってたまに廊下ですれ違う程度となってしまい、ノブアキとは学校も違うのでまったく会う機会がなくなってしまった。

scene 15 に書いた転校していってしまったセイジ宛の 『声の便り』 も作ることがなくなり、三人で会う機会はまったくなくなってしまったに等しく、それぞれが違う道を歩き始めた。

自分は生まれ育った町を出て絵の勉強をするためにアルバイトをしながら学校に通い、新たに知り合った仲間と夜な夜な車に乗って遊びまわったりしており、違う町の大学に通う友達から急にセイジの消息を知らされて家を襲撃してみたりしていた。

学校を卒業後もすぐには定職につかず、厨房でバイトをしながらマージャンやパチンコで生活しているような暮らしぶりだ。

マサルは卒業と同時に就職し、超有名なその会社の研修中に教官と衝突して日本最北の町に跳ばされて半分ふてくされながら、それでもその土地に溶け込んで生活していた。

ノブアキは何浪かして大学に入り、何度も留年して卒業したため社会に出るのが遅く、かなり長いこと学生生活を謳歌していた。

それぞれが生まれ育った町を離れ、それぞれの生活をしていたので三人が顔を合わせるのは盆や正月に帰省したときくらいなものであるし、年賀状のやり取りくらいなものである。

この 『マサルノコト』 を書き始めることになったのはマサルからの年賀状が届かなかったのがきっかけだが、ノブアキも似たり寄ったりだ。

ある年、正月に帰省した際に三人で会い、酒を飲んでいるとノブアキがハガキを二枚出してマサルと自分に渡し、宛名を書けという。

意味が分からずにキョトンとしていると、ハガキの宛名を書く面に自分の郵便番号と住所、名前を書けとペンを取り出しながら偉そうに命令する。

訳が分からず、渋々ながら書き終えてノブアキにハガキを渡しておいたのだが、それから何日も経ってそのハガキの裏面に新年の挨拶を書いた年賀状が家に届いた。

ノブアキは宛名を書くのが面倒なものだから、会う機会があればそれぞれ自分自身に対する宛名書きをさせていやがったという、とんでもない奴なのである。

マサルと二人、「なんてふざけた奴だ」、「あいつだけは許せん」 などとノブアキへ罵詈雑言を浴びせてやったりしていたが、帰省するたびに三人そろって酒を酌み交わすことは、それから何年も何年も続いたのであった。

我が町の交通事情

車の運転手がもの凄く親切で照れる。

信号で横断歩道を渡ろうとしたとき、左折車だったらまだしも、右折の場合は対向車の進路をふさぐことになってしまうことがあるので車を先に通してあげようと立ち止まっているのだが、それでも車は停止して歩行者を優先させようとするため、さっさと通り過ぎてしまわないと逆に迷惑をかけてしまう事態になることがあり、大阪とはあまりにも異なる交通事情に戸惑いすら覚えてしまうことがある。

信号のない路地の交差点でもそれは変わらない。

道路を渡ろうとして車が来ている場合、車が通り過ぎるのを待つのが大阪では当然だったし、それが正しいとか間違っているとか、常識だとか非常識だと考える前にごくごく当たり前のこととして何も考えずに立ち止まっていたのだが、こちらでは 100%近い確率で車が停止し、歩行者を優先させてくれる。

道には優先順位というものがあり、交差点にも必ず一旦停止しなければならない道はある。

そちらの車が停まってくれるのならある程度は理解もできるし、堂々と道を渡ることができるのだが、優先順位の高いほうの車までが停まってくれるものだから何となく申し訳ない気分になってペコペコしながら道を渡ることになってしまう。

極めつけは道路の横断だ。

信号などなく、ましてや交差点でもなく、横断歩道があるわけでもない道の途中、反対側に渡ろうと来ている車が通り過ぎるのを待っていると、車のほうが停まって道路を横断させてくれる。

いやいやいや。

ここは田舎町。

交通量が多いわけではない。

左右確認しても視界にある車は一台だけだ。

したがって、その車さえ通り過ぎれば何も気にせずゆっくりと道を渡ることができる。

だからわざわざ停まってくれる必要などなく、ビュンと通り過ぎてくれれば良い。

ところが車は目の前に近づくとピタリと停まり、じーっとこちらが横切るのを待っている。

こちらとしては、慌てるやら恐縮してしまうやらで、ものすごい勢いでペコペコしながら道路を横断する羽目になるのだ。

こちらに引っ越してから、常にペコペコと恐縮しながら道を歩いているような気がしないでもない。

それというのも運転手が親切すぎて、大阪のように歩行者に対してスパルタな環境で 16年も鍛えたれた我が身にとっては馴染めなかったり慣れなかったり戸惑ったりで、もの凄く照れくさかったり恐縮してしまったりする。

最近では車の通行の邪魔をしないように、ちょっとコソコソしながら交差点を通過したり、道を渡ったりしている自分たちなのである。

基準値

何の番組か忘れてしまったが、テレビを見ていると料理の話をしており、料理が苦手な女の子が調味料の配分について
「そもそも 1対1 って何?」
とか言っていた。

確かに、その 1というのがどういう基準なのか。

それは 10cc なのか 100cc なのか分からなければ
「砂糖と酢を 1対1 で」
とか、
「同量を混ぜ合わせます」
なんて言っても意味がない。

1カップは何cc なのか、そもそも大さじとか小さじが何であり、それがそれぞれ何cc なのか。

計量カップというものや計量スプーンというものが売られているのだという根本的なことから教えてやらなければならないのは、何でもかんでもマニュアル化されている現代教育のひずみなのかも知れない。

切り方も同じだ。

『いちょう切り』
銀杏の樹も葉も見たことがなければ形すら想像できないだろう。

『拍子切り』
正確には “拍子木切り” であり、文字通り拍子木のような形状にするのだが、その拍子木すら見たことがなければ理解不能だろう。

『マッチ棒くらいの太さに千切り』
現代っ子はマッチすら見たことがないものと思われる。

昔はガスコンロの着火にもマッチが必要だったし、タバコを吸うのだってマッチで火をつけていた。

しかし、現在では電気の力でガスコンロは着火するし、IHクッキングヒーターが世の主流になればガスコンロすら骨董品になるかもしれない。

タバコは百円ライターがその役を取って代わり、マッチの姿を見かけることがなくなってしまった。

マッチ棒を見たことがなければ、
「その太さにせよ」
と言われてもできるはずがない。

『だし汁 2カップ』
上述したようにカップとは何ぞや、そして、だし汁と一口に言っても、かつお、こぶ、にぼしなど様々あるうちのどれなのか。

『ニンニク 1片』
だいたいどうやって読むのか。

文語的な表記法「にんにくいっぺん」、口語なら「にんにくひとかけ」 といったところか。

そして、ニンニクを見たことがない人には想像もつかないだろうが、簡単に言えば食べられる部分がミカンのように分かれており、その一房分が 1片となる。

ただし、日本産のニンニクは 1球(1個)が 6片に分かれているが、中国産のものは 9~12片に分かれているので量が異なる。

国産だと 1片が約 12g だが中国産は 6g と、倍も違うので注意が必要だ。
(参考:グラムのわかる写真館

『調味料のさしすせそ』
最近は常識クイズみたいなテレビ番組が多いので、それが
砂糖(とう)、塩(お)、酢()、醤油(許容仮名遣の「うゆ」に由来)、味噌(み
だと知っている人は多いだろうが、さらに調味料を加える順番にもなっていることを知っている人はどれくらいいるだろう。

 1. 甘味は浸透しにくいので砂糖を入れるのは早い方が良い。
  (塩や醤油を先に入れてしまうと食材に甘味が付きにくくなる。)
 2. 塩は浸透圧が高く食材から水分を呼び出すため、煮汁の味を決める初期に入れる。
 3. 酢を入れるのが早すぎると酸味がとんでしまうので調理進行を見計らって入れる。
 4. 醤油、味噌は風味を楽しむものなので仕上がり直前に入れるのが望ましい。

それを知らなくても本やホームページを見れば手順が載っているので完成させることができるが、やっぱり誰かがどこかで基本を教えておいたほうが良いだろう。

自分の場合は何度か書いているように、若かりし頃に厨房でのバイト経験があるので料理用語で困ったことはないが、現代のように情報が溢れている割には基準や基本を教えることが少なくなり、さらには基礎を知らない世代が親となって伝承することすら困難になっていると思われる。

これから先、頼れるのは料理本かネットしかないのか。

引っ越しの条件

以前の雑感に 『転勤の条件』 というのを書いたが、それは同時に引っ越しの条件でもあった。

約1年半前、突然の知らせで義兄の病気を知り、引越しを決断

そこには条件も何もなく、ただ 『お買い物日記』 担当者を含むきょうだい三人が生まれ育った町で暮らせれば良かった。

願いもむなしく、間もなく義兄が他界してしまい、本来であればこの町に住む意味を失ってしまったのだが、色々と考えた結果と、家の持ち主である長兄の許可を得ることができたことから、そのままこの地に根を張っている。

何の条件もなく暮らし始めた町だが、大阪への転勤の際に提示した条件の多くが満たされていることに今さらながらあらためて気づく。

【 建物の最上階であること 】

ここは一軒家で上階も下階もなく、建物に住んでいるのは自分たちだけなので何の問題もない。

【 南向きの窓 】

当然、南側に大きな窓がある。

【 通勤時間 30分以内 】

通勤なんかしていないので、すでに条件にすらならない。

【 買物に便利 】

この件に関しては、折に触れて 『管理人の独り言』 に書いているが、買い物をするにはもの凄く便利な場所だ。

徒歩 3分で農協系スーパー、5分でダイエー系スーパー、徒歩 10分でイオン系スーパー。

自転車を使えば 10分圏内に生協系スーパーと地元資本のスーパーが 3店舗もある。

同じく自転車 10分圏内にドラッグストアが 4店も 5店もあるし、徒歩 2分、5分、6分の場所それぞれにコンビニもある。

大阪で暮らしていた頃の 『お買い物日記』 担当者は自転車に飛び乗って近所をビュンビュン走り回っており、片道 20分以上もある吹田くらいまでは平気で行っていたので、こちらに来てからはむしろ運動不足ぎみなくらいだ。

【 ファストフード店がそろっていること 】

持ち帰り弁当の店、マクドナルド、ケンタッキーフライドチキン、ミスタードーナツ、そして大好物のモスバーガー。

徒歩 2分から 10分以内の範囲にすべてそろっているので何の問題もない。

『お買い物日記』 担当者が患ったような大きな病気の場合は北海道の中央である札幌まで出向かなければいけないが、徒歩 3分の場所に高速バスの乗り場があるし、自転車で 10分も走れば JRの駅に着く。

どこをとっても不満のない条件で暮らしているので、ますます張った根が太く深くなりそうだ。

真実

最近は特に実感する。

あ~歳をとってしまったな~と。

若いころ、いや、もっと前の子供のころ、近所のおじさんやらおばさん、母親や父親が言っていたことが身にしみてよく分かるようになってきた。

「いやぁ~ちょっと見ない間に大きくなってぇ~」

・・・そんなはずなかろう。

そんなにちょっとの間にびっくりするくらい大きくなるはずがない。

まして、ちょっと見ない間などと言っているが、前回会ったのは一年も前で 「ちょっと」 などという単位ではない。

一年も経てば背が伸びていて当然であり、何をいい加減なことを言っているのかと思っていた。

ところがである。

歳をとると一年などあっという間で、子供はその一年でびっくりするくらい背が伸びている。

大人の言うことに嘘はなかった訳である。

「大人になると一年なんてあっという間なんだからね」

・・・そんなはずなかろう。

子供にとっても大人にとっても一年は一年であり、多くの場合は 365日と決まっている。

大人の一年が 200日などということがあるはずがない。

ところがである。

上述したように一年などあっという間で、それは年齢とともに恐ろしいスピードで流れていく。

「そんな暗いところで本読んでて字が見えるの?」

・・・なに言ってんだか。

十分な明るさがあって字を読むのなんか困らない。

ところが最近は夕方になって薄暗くなってくるともうだめだ。

照明を点けなければ文字なんか読めたものではない。

「今年で何年生になった?」

あほか!去年会った時 5年生だったんだから今年は 6年生に決まってるだろ。

・・・歳をとると去年の会話なんて覚えていない。

それどころか昨日の夜に何を食べたのかすら思い出すのに時間がかかる。

「え~と、ほら、あのドラマに出てた人」

・・・有名人の名前を忘れるか!?

ああ、忘れるとも。

誰かを思い出そうと、その人が歌っていた曲を伝えようとすると、それが思い出せないし、出演していた映画やドラマのタイトルすら忘れており、結果的に
「ほら、あの映画にも出てて、あれを歌っていた、メガネのあいつ」
などとなり、唯一の情報がメガネということになってしまう。

「大人になると美味しく感じるの」

人間の味覚や好き嫌いなんぞ簡単に変わってたまるか。

いや、確かに変わる。

もともと好き嫌いはなかったが、好んでは食べなかった山菜類やキノコ類、セロリに春菊などの香味野菜が死ぬほどうまい。

キノコやセロリを一週間以上も食べない日はない。

「あ~やっと春が来たね」

そう、春が待ち遠しい。

そして草花も木々も色づき、虫や動物、鳥たち姿を見ると生命を感じることができる。

大人が言っていることは、すべて真実だったのだ。

自分がある程度の年齢に達し、今になってやっと実感することができる。

気配り

今日の午前中、買い物をしたスーパーでレジを担当していた女性が、あまりにも仕事のできる人なので深い感動すら覚えてしまった。

近くにイオン系のスーパーができたために客足が減り、なかなか黒字化できないそのスーパーは普段から割りと空いていてレジが混雑している場面に遭遇したことがあまりない。

ところが今日は新聞折込チラシが入っており、その特売が魅力的だったのか、足を踏み入れたことがない土曜の午前中はいつもこんな感じなのか定かではないが、複数台あるレジはどこも混雑しており、すべてにお客さんが並んでいる。

最初、『お買い物日記』 担当者と二人で 2番のレジに並んで順番が来るのを待っていたのだが、どうもレジ係の人の動きがどんくさい。

知り合いなのか、お客さんと話をしたり笑ったりしていたのだが、バーコードのない商品をパネルから入力する際、なかなか対象の品物を見つけられず人差し指がパネルの上を行ったり来たりしている。

それが一つや二つならまだしも、バーコードのない商品を手にするたびに同じことを繰り返す。

そして、やっと会計が終わって次の人の順番になったとき、マニュアル通りの
「お待たせしました」
としか言わず、自分がどんくさいがために他より時間がかかって申し訳ないという謝罪がない。

見ているとイライラしてきたので、1番のレジに移動して列に並びなおした。

そのレジの女性は 2番の人と違ってとても手際が良く、次から次へとバーコードを読み込ませ、それがない商品もパネルから素早く見つけて入力を済ませる。

名ドラマーのように右手と左手が別の生き物のように違う動きをして、その流れるような動作は芸術のようでもある。

その途中、二つ隣の 3番のレジから
「両替お願いしま~す」
という声がした。

目の前の 1番レジの人もそれを聞き取っていたのだろう。

少し時間が経っても 3番レジが両替できていないことを察すると
「3番の両替をお願いしま~す」
と大きな声で叫んだ。

その声に反応して少し遠くにいた男性が 3番レジに近づいて行く。

驚いたことに、彼女は一度たりとも 3番の方に目をやっていないのである。

気配とか音だけでまだ両替されていないことを察して、困っているであろう 3番レジの人を助けているのだ。

その時、最初に自分たちが並んでいた、どんくさい 2番レジの人がとうとうパネルから見つけられない商品があったらしく、レジを離れて売り場まで値段を見に行っていた。

いったいこの差は何だろう。

1番レジの人はお客さんの精算を済ませ、次の人の番になったとき
「誠に申し訳ありませんが少々お待ちください」
と言ったかと思うと、ダッシュしてサービスカウンターに行き、何やら黒いカバンを持って 3番レジに行き、そこで両替の作業をして再びサービスカウンターにカバンを運び、猛スピードで 1番レジに帰ってきた。

どうやら先ほど 3番レジに寄って行った男性では役に立たず、両替が終わっていなかったらしいのである。

そして、今回もその状況を見ることなく背中で感じて迅速な行動にでたことに驚かされる。

さらに、どうして男性社員が役に立たず、サービスカウンターの中にいる女性社員も気を利かせて両替してあげないのか不思議でならず、腹立たしさすら覚えてしまった。

飛んで帰ってきた 1番レジの人は
「お待たせして申し訳ありませんでした」
と心からお客さんに詫びて再びレジの作業を続ける。

自分たちの前のお客さんは高齢の方で、買った物を自宅へ配達するこを希望されていたのだが、それを聞くやいなや手早くレジの横から受付の伝票を取り出し、お客さんに書いてもらっている間に精算の作業を続けるという要領の良さだ。

自分たちが買ったものも手際よく精算を済ませてくれて、クレジットカードの扱いも見事にこなしてくれた。

その店は最新の機器が導入されていないので、カード払いにすると伝票発行したりサインを求めたりと、現金を扱うより手間がかかる。

しかし、その一連の作業も彼女の手にかかればスイスイ進み、後ろに並んでいる人に迷惑をかけない時間で処理してくれた。

最初に並んでいた 2番レジではやっと二人目に並んでいた人の番になり、相変わらず何か話して笑いながらモタモタと作業している。

この店において 1番レジの彼女の能力は秀でており、他の店員の要領の悪さや気配りのなさが逆に際立ってしまうのは幸か不幸か。

それほど彼女の仕事ぶりは光っていた。

あまりの手際の良さと気配りの見事さに感動し、店を出てからも 『お買い物日記』 担当者と二人、彼女を褒め称えながら家路に着いたのであった。

「はい」 で終わり

先週の続きのようになってしまうが、季節は春となってスポーツ花盛りだ。

プロ野球の 『お立ち台』、ゴルフの優勝者、その他、フィギュアスケートでも水泳でも格闘技でも何でも勝利者へのインタビューというものがあるが、それを受ける選手が答え、最後に 「はい」 と付けるのが流行の兆し。

質問に答えて 「~ですね、はい。」 「~ですよ、はい。」 「これからも頑張ります、はい。」

この語尾に 「はい」 を付けるのは女子プロゴルファーの宮里藍から始まったように思う。

最初は口癖なのかと思っていたのだが、それが徐々に広まって今では多くのスポーツ選手の語尾に 「はい」 が付く。

頭の悪いアナウンサーの質問に答えるのが鬱陶しくて早く終わりにしたいのか、最後に 「はい」 を付けることによって 「これで終わり」、「この件で追加質問するな」 的な雰囲気がビシビシ伝わってくる。

たしかに野球のヒーローインタビューを聞いてても、おかしな質問の仕方が多い

「三回裏のチャンスで見事なヒットが出ました」

・・・・・。

「あの場面、2ストライクと追い込まれていました」

・・・・・。

・・・・・。

はあぁ!? でぇ!? それから先はどうしたぁ!? それが質問かぁ!?

最初の質問の場合、
「見事なヒットが出ましたが、チームを勝利に導いたご気分はいかがでしょうか?」
とか、
「あのヒットは狙い球を絞っていたんでしょうか?」
と、何が聞きたいのかをハッキリさせなければ答えようがないではないか。

次の質問だって
「あの場面、2ストライクと追い込まれていましたが、焦りはありませんでしたか?」
とか、選手が答えやすいように質問するのがプロというものだろう。

訳の分からない聞き方をするから選手が答えに困ったり、考え考えしゃべらなくてはならない。

阪神タイガースの下柳投手のようにインタビューを断るか、受けたとしても適当な返事しかしないという思い切った行動がとれるならまだしも、そうもできない人はなんとか面倒なことを早く終わらせたいと思うはずだ。

そこで登場したのが語尾に 「はい」 なのではないか。

何を聞かれても適当に返事をして早く切り上げたい雰囲気を前面に押し出す。

「三回裏のチャンスで見事なヒットが出ました」
「ええ、でましたね。 ありがとうございます。 はい。」 (つぎ、つぎ、次の質問は?)

「あの場面、2ストライクと追い込まれていました」
「ええ、追い込まれていましたね。 はい。」 (終わっていい?まだ聞くか?)

インタビューするのは話すことを職業にしている話しのプロなのだろう。

せっかくヒーロー、ヒロインになったのだから、もっと気分良く受け答えできるように気を使って質問をしたらいかがだろうか。

余計な心配

いよいよプロ野球も開幕し、今年も熱い戦いが繰り広げられることが期待しているが、大阪と北海道では事情が大きく異なり、阪神タイガースの情報がネットでしか入ってこない。

大阪に住んでいれば望む望まないに関わらずタイガースの情報は NHKのローカルニュースですら試合結果を報じ、タイガース中心のテレビ番組では選手の好不調から二軍にいる選手の情報まで知らされ、その他の情報番組でも必ずタイガースのコーナーがあったりして情報が洪水のように浴びせられ、いやが応にも頭に入ってきたものである。

しかし北海道に住む今、それらの情報はすべて遮断されて何も入ってこない。

その代わり北海道日本ハムファイターズの情報はちまたに溢れており、テレビ、新聞などのすべては大阪での阪神タイガース的あつかいと同等だと思って差し支えない。

朝から晩までファイターズ。

子供から大人、爺さん婆さんまでファイターズ。

妊婦さんまでファイターズなので腹の中の子供もファイターズ。

まだ歴史は浅いが、もう少ししたら生まれる前からのファイターズファンという人も現れるだろう。

で、長かった大阪生活ですっかりタイガースファンに染め上げられた 『お買い物日記』 担当者だが、北海道に帰ってきてから少し様子がおかしい。

もちろん、まだタイガースのことは気にしているが、入ってくる情報量があまりにも少ないので寂しそうでもあり、興味が薄れつつあるようでもあり。

昨年は大きな病気の発覚、手術、治療と忙しく、振り返ってみてもほとんど記憶がない状態なのでプロ野球のことなど眼中になかったと言っても過言ではない。

その治療も二月で終わり、今年は落ち着いて野球観戦もできるが、肝心のタイガースの試合の中継は皆無に近い状況であり、かろうじて対巨人戦の時に放送はされるものの、最近は視聴率の低迷から試合が終わるまで中継してくれることがない。

大阪でのタイガースと同様、日ハムの試合はゴールデンタイムに放送されるし、夜中に 1回から 9回まで完全放送もしている。

これだけの情報を洪水のように浴びせられたなら・・・。

周りからの影響を受けやすい 『お買い物日記』 担当者のことなので・・・。

当然のことながら最近は日ハムのことも気になってきているようだ。

とにかく、ことほどさように大阪と北海道では環境が異なる訳で、去年までタイガースと日ハムへの関心の度合いが 7:3 であったとしても、今年は 6:4、来年は 5:5 と、だんだん日ハムの占める割合が多くなってくるに違いない。

目下のところ我が家の最大の心配事はタイガースと日ハム、それぞれリーグ優勝して日本シリーズで激突することになったら、どちらを応援したら良いものか悩みに悩んでしまうであろうことだ。

しかし、その確率は極めて小さいと思われるので典型的な余計な心配ということかも知れない。

犬のいる風景

04/03 朝の犬が・・・

早朝、カラスが周りにてもカーカー鳴いても身動きひとつしなかった犬。

自分の毛をくわえたカラスまでいるのに。

それはとても見ていられない光景で、心苦しさはあったが散歩を続けるため再び歩き出した。

この一年、いつも見ていた姿が思い出される。

お買い物日記』 担当者は散歩中も涙を流していた。

そして寂しげに 「あの犬はこれからもあそこにいるよね」 と言う。

そう、犬はとても家族に可愛がられていた。

春には庭に花が咲き、その畑の中で寝ていても叱られなかった。

夏の暑い時期、敷地の奥にある車庫の前面を開放して風通しを良くし、日陰になっている入り口近くにつながれていた。

冬の寒い時期には小屋の中に毛布を敷いてもらい、風が強くても犬小屋の中に吹き込まないように囲いまで作ってもらっていた。

血統書つきの純血種ではく、単なる雑種の毛の長い大型犬だがその姿は愛嬌にとんでいて、とても親しみやすい。

最初の頃はこちらの姿を見るたびに 「ぼふっ」 と吠えて番犬の役目を果たしていたが、最近は見慣れたのか吠えることもなくなっていた。

まだ尻尾をふってくれたりする訳ではないが、立ち止まって手を振ってやると不思議そうな顔をしてこちらを見たりしていた。

その毎日のように顔を合わせていた犬に異変が起こったことは少なからずショックで、いつものように景色を楽しんだりしながら散歩をすることができなかった。

そして昨日、昼近くに外出した際、あのお宅の前を通った。

春の陽気だというのに、やけに空気が重く感じる。

あの場所、いつも犬が姿を見せてくれた場所、この一年間ずっと犬を見守った場所がゆっくりと近づいてくる。

さらに近づいたとき、飼い主である家のご主人が外にいるのが見えた。

花壇に向かって何かしている。

さらに進んで犬小屋が見える場所まで近づいたその時、ご主人がスコップを手にしているのが目に入った。

そして、そのスコップで花壇の横を掘っているのが見えた。

(え?どうして?) とか (やはり・・・) とか様々な感情が胸をよぎる。

ご主人は、ただ無表情に手を動かして穴を掘り続けている。

そして、そのご主人のかたわらには、犬の姿が・・・

・・・。

犬は穴を掘るご主人をボ~っと見ている。

・・・。

全速力で駆け寄って耳を引っぱり、その耳元で腹の底から
「おい!」
と突っ込んでやりたい気分だった。

なんと犬はピンピンしており、すっくと立ち上がってその大きな体を四本の足でしっかりと支えているではないか。

どうやら今朝は周りでカラスがカーカー鳴こうが、すぐそばをウロウロしようが相手にしていられないほど眠かっただけらしい・・・

もの凄く心配して損した。

そしてほっとしたり安心したのを通り越して腹が立ってきた。

そりゃあ勝手に早やとちりして心を痛めたのは自分だ。

勝手に悲しんで涙まで流したのは 『お買い物日記』 担当者だ。

しかし、いくら眠いからといって耳元でカラスがガーガー鳴き、自分の毛までくわえられているのに目を覚まさない犬がどこにいる!

野生のカケラもなく、本能もどこかに置き忘れてきたのか!

実に腹立たしいが、犬の動いている姿を見て本当に嬉しかった。

『お買い物日記』 担当者と二人、「も~っ!」 とか 「腹立つ~!」 などと言いながらもお互いに笑いが止まらなかった。

老犬なのでこれから何年も生きられるはずはないが、今後もできるだけ長生きして目を楽しませていただきたい。

そして、二度とこのような心配をさせないでいただきたいと願っている。

歯医者五軒目

過去に通った歯医者

大阪を出てこの町に移り住み、やっぱり問題になるのは歯医者選びだった。

古くから住む人達にリサーチしてみる。

実はこの家から徒歩 3分のところに一軒の歯医者さんがあり、それは 『お買い物日記』 担当者が子供の頃から存在するので言わば老舗的なところだ。

歯科医の過当競争が激しさを増して弱肉強食のごとき生き残りかけた争いが繰り広げられる時代にあって、淘汰の波にさらわれずに続けていられるのは、医師は相当に腕が良く、固定客が数多くいるのではないかと予想される。

当然のことながら評判も上々なのではないかと聞いてみたところ、これが予想に反して微妙な反応なのである。

みんなが共通して言うのは
「先生が怖い」
ということだ。

なんでも
「すぐ怒る」
とか
「しょっちゅう叱られる」
のだそうで、なかには
「もの凄く怖いから絶対に行きたくない」
という人まで現れる始末だ。

ただし、話を総合すると腕は決して悪くないらしい。

いくら腕が良くてもそんなに恐ろしい歯医者をわざわざ選択することもなかろうと、結局はどこに行くのか決めあぐねていた。

例年であれば 6月と 12月に何もなくても検査を受けに行っていたのだが、昨年は急な引越しをしたこともあったり、『お買い物日記』 担当者が大病を患ったり、歯医者をどこにするかグズグズと迷ったりしているうちに日が経って行きそびれてしまった。

そんなこんなで過ごしていた 2008年の 10月、以前から何度もとれている差し歯が食事中にポロリと抜け落ちてしまった。

そうなったらグズグズしていられない。

「行くとしたらここかな?」
という程度には目星をつけていた歯医者での治療となった。

その歯医者は妙に空いていた。

受付を終わらせ、待合室に行っても誰も居ない。

奥からは治療中である歯医者特有の音も聞こえてこない。

当日のことは 『管理人の独り言』 にも書いたように、先生が少々荒っぽい感じはしたものの、大きな問題があるとは思わなかった。

しかし冷静に考えてみると、ちょっと腑に落ちないことがある。

大阪では何度だって入れなおしてくれた差し歯なのに、形状が合っていないから作り直したほうが良い的なことを言ってくる。

大阪では抜こうとせず、食べ物が挟まらないようにしてくれていた親知らずも抜いたほうが良い的なことを言ってくる。

そして歯の検査をしてもらったところ、多くの歯で歯周病が進んでいるから治療したほうが良い的なことを言ってくる。

10カ月前に大阪で検査してもらったときは歯周病の“し”の字も言われなかったのに、そんなに急速に進行するのだろうか。

最後に歯石を除去してもらったのだが、その際に感じた歯茎全体の痛みは半月ほど癒えることがなかった。

そして何よりも、あんなにスカスカに空いているのは人気がない証ではないのか。

「また 3-4カ月したら歯周病の検査に来てください」
と言われたが、もう二度とその歯医者に行くことはなかった。

そして、他に良い歯医者はないものかとリサーチを続ける日々が再び続いたのである。