scene 11 に書いたようにマサルはとにかく真面目な奴で、それは真面目の上にクソが付くくらいなのだが、もの凄く短気でキレやすいのもマサルの特徴だ。 時には教師に向って攻撃的にでることすらあった。 当時不良だった自分とは異なり、最初から教師に対して挑戦的という訳ではなく、真面目な性格が災いしてか、理不尽なことに対しては異常なまでの拒否反応、過剰反応を示すのである。
マサルの天敵に社会科を教え、『カバレンジャー』 というあだ名を持つ教師がいたのだが、教科を担当していた一年の間に何度となくマサルとの抗争事件が繰り広げられた。 端緒となったのはテストが返される際の出来事である。 一人ずつ名前を呼ばれ、採点済みのテストを受け取りにいく。 マサルの名が呼ばれ、カバレンジャーからテストを受け取るときに誰かがマサルを呼んだ。
その声に反応して振り返るのとカバレンジャーの手からテスト用紙が離れるのが同時となった結果、少しだけ強い勢いで手から離れることになり、それに対してカバレンジャーが 「なんだ!その受け取り方は!!」 と怒り出した。 乱暴に取った気などないマサルはポカンとしていたが、カバレンジャーは 「やりなおせ!」 と言い、マサルからテスト用紙を奪って席に戻るように指示する。
その段階で少しカチンときていたマサルだったが、一応は大人しく席につき、再度名を呼ばれてカバレンジャーのもとへ行くと、うやうやしく両手でテスト用紙を受け取った。 そうされて逆上したのはカバレンジャーだ。 「なんだ!そのわざとらいしい態度は!もう一度やりなおせ!!」 と顔を真っ赤にしてわめき散らしている。 憮然とした表情で席に戻るマサル。
その段階でマサルの体内の血液は沸点に達し、完全に目が据わっている。 三度目の名が呼ばれ、席を立ったマサルはドスドスドスと音を立てながら歩き、カバレンジャーの手からテスト用紙をもの凄い勢いでひったくり、目の前でビリビリに破いて床に叩きつけ、ドスドスと自分の席に戻ってどっかと座り、腕組みをして 「何か文句でもあるか」 といった感じで睨みつけている。
カバレンジャーはモゴモゴと文句を言っていたようだが、あまりの迫力に押されてしまい、第一次抗争事件はウヤムヤのままブスブスと火種だけをのこして一応の決着をみた。 それからというもの完全に目をつけられてしまい、ほんのわずかな私語やアクビなど、ことあるごとにマサルを叱るカバレンジャーと、それに耐えつつも時々反撃に出て抗争事件を引き起こすマサルの姿があった。
中学二年当時、他のクラスの担任が 「君たちを受け持つ一年間、決して怒らない」 という約束をして、それを見事に果たしたのだが、その一年間の反動からか、翌年にはすぐに怒り出す暴力教師へと華麗なる変身を遂げた。 その事実をまだ知らない生徒は何が起こったのか理解できず対処に困っていたが、ある日の午後に事件は起きた。
数学を担当するその教師が教室に現れ、授業を始めようとしていたときに最前列に座るケンゾウという奴が隣の奴と話をしていた。 そこで注意すれば事は済むはずだったのに、その暴力教師は数学の授業で使う大きな三角定規でケンゾウの顔を往復で殴った。 それを目にして真っ先に反応したのはマサルであり、我々不良組みが 「オラオラ」 と言って席を立つよりも早かったのである。
そんなマサルの性格も大人になったら直るものかと思っていたのだが実際は変わらないものらしい。 今も勤める、その名を誰もが知っている大企業で、入社直後に受けていた研修の教官と大激突をやらかしてしまい、それが祟って日本の端にある小さな営業所に飛ばされてしまった。 マサルのことだから妙なキレ方をしたのではなく、自身の中にある正義感では許せない理不尽があったものと思われる。
人並みにズルく世間を渡ろうと思えば何も衝突までしなくても良いはずだが、それを許さないのがマサルらしいところであり、良くも悪くも性格が真面目すぎるから引き起こしてしまう騒動なのだろう。 今では互いにオッサンとなり、鋭くとがった角も丸くなって落ち着いたものと想像するが、マサルのことだから相変わらず上司と衝突を繰り返しているのかも知れない。