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雑感 なんとなく感じたこと雑感 なんとなく感じたこと

投票率投票率

先週16日の衆院選は自民党の圧勝という結果に終わった。

国民の多くが自民党を選んだ結果なのでそれ自体に文句はない。

ただし、投票率は 59%台前半となり、過去最低となってしまった結果はいただけない。

残り 40%の人が国を思い、政治に関心を持って投票したらどんな結果になっていただろう。

結果的に自民党の圧勝に終わるかもしれないが、民主党がここまで惨敗することもなかったかもしれないし、維新の会などの第三極がもっと票を伸ばしたかも知れない。

投票率が 90%で、残り 10%の投票行動は大勢に影響がなく、結果が変わらないのなら問題はないが、40%ともなれば結果に大きく影響を及ぼす。

もしかすると違う結果になったかもしれないという選び方、国政選挙では意味がないのではないだろうか。

アメリカ大統領選挙のように国のリーダーを直接的に選べない選挙に興味はないという人がいるが、現在導入されている小選挙区比例代表連用制は事実上の首相選びと変わらない。

民意によって政権がひっくり返るのは前回の民主党の大勝、今回の自民党の圧勝を見ても明らかで、それぞれの党首が総理大臣になるのも既定路線なのであれば、選挙戦が開始された時点での各党の党首、代表が総理にふさわしいかを選ぶ投票でもある。

そんなダイナミックな戦いに決着をつけることができる権利を持つのは実に誇らしいことであり、それに参加しないのはもったいないことだと思う。

政治に無関心な層が多いのであれば、選挙を義務化すれば良い。

義務化とまではいかずとも、投票所入場整理券、いわゆる投票はがきにミシン目を付けて会場で証明印を押してもらい、半券を持って帰ることによって投票したことを証明できるようにして、それがなければ不利益になるようにしたら良いのではないだろうか。

大学生であれば単位が取れない、社会人であればボーナスに影響、失業中であれば就職に影響、専業主婦は夫の会社に提出、年金・社会保障金受給者であれば支給額の減額などのペナルティを課せば良い。

韓国のように平日を投票日に設定し、その日は臨時の休日にして投票を促すという方法もある。

とにかく投票率を上げるための施策を講じなければ選挙そのものに意味がなくなってしまう。

いつも多くの組織票を持つ政党が有利になってしまい、その政党と、政党を応援する組織だけが国を動かして利益を享受するという、中国や北朝鮮と変わらない国に成り下がってしまうのは確実だ。

そんな国にしてしまうことを甘受するかどうかは有権者の意識次第だ。

以前のように自民党しか選挙に勝てず、自民党員、その周辺の組織しか利益を得られない日本に戻るなら、迷わず他の国に移住したいと思う。

馬鹿親馬鹿親

久しぶりに怒髪天を衝く 10秒前からのカウントダウンで時間切れとなり、声を荒げて文句を言ってしまった。

12日の水曜日、『お買い物日記』 担当者が患者仲間を見舞うため札幌に行って帰宅が夜になることから、その日の晩御飯は外食で済ませることにした。

外食と言っても約一年ぶりのびっくりドンキーであり、格式張った店ではないので気兼ねなく闘病生活を続けている仲間の話しを聞きながら食事をすることができる。

料理を食べ始めたころ、母親と小学校高学年くらいの男の子が案内されて隣の席に着く。

最初は静かだったので気にも止めずに 『お買い物日記』 担当者と話しをしていたのだが、少しすると母親の携帯電話が鳴った。

【 16分前 】
席を立って話すかと思ったら、そのまま電話に出て話し始めた。

【 14分前 】
ということは、すぐに用件が終わって電話を切るのだろうと思っていたのだが、会話が終わらないどころかどんどん盛り上がってきて声まで大きくなってくる。

【 10分前 】
くだらない会話に腹を立てつつも 『お買い物日記』 担当者の話しを聞いたり、その日は自分も検診の日だったので結果を伝えたりしていたが、母親の声が耳障りで仕方がない。

【 08分前 】
隣の席に料理が運ばれてきたので通話も終わるだろうと思ったが、一向に会話が途切れる気配がなく、男の子が一人で食べ始める。

【 05分前 】
男の子が中学、高校となり、食事中もケータイやスマホを手放さず、家族の会話もないままメールなどをするようになったとしても、この母親には叱る資格などないと思ったりしながらもダラダラと終わらない会話への怒りが腹の底からブクブクと沸き上がってくるのを抑えることができない。

【 02分前 】
こともあろうか、母親は片手に電話を持ち、肘をついたまま目の前の料理を食べ始めたので、そんな姿を見せつけられている子供が可哀想に思えてきた。

【 53秒前 】
いよいよ会話が締めに入ったようなので、食事中の長電話も終わるだろう。

【 41秒前 】
先方が何かを言ったのか、終わりかけた会話が再び続く。

【 23秒前 】
また会話の締めに入ったので今度こそ終わるか。

【 10秒前 】
今度は母親の方が何かを言い、再び話しが続く。

【 03秒前 】
イライラしながら母親を睨んでいると、視線に気づいたのかチラッとこちらを見たが、すました顔をして横を向いた。

【 0・・・ 】
ついに我慢の限界に達し、
「うるせーぞ、こらぁ!」
と怒鳴ってしまった。

子供は肩をビクッとさせてこちらを見たが、母親は聞こえたのか聞こえないのかツラっとした顔で話し続けている。

あまりの腹立たしさに席を立って文句を言おうと思ったが、『お買い物日記』 担当者が必死に制するので深呼吸して怒りをおさえようとしたものの、血は沸騰したまま、またすぐに爆発しそうな気配だったので、すぐに店を出て自分の視界から馬鹿親の姿を消した。

あんな母親に育てられている息子の将来を思うと悪い意味で笑いが止まらないが、そんな馬鹿親を反面教師として立派に育ってほしいと願わずにもいられない。

そして、必要以上に大きな声で電話している客に店側も注意すべきだろう。

たぶん少し格調高い店では馬鹿親だって電話を遠慮すると思われるので、その店がナメられているのに他ならないのだから。

道産子 DNA道産子 DNA

北海道に帰ってきてから 4度目の冬を迎える。

やはり道産子の DNAを受け継いでいるのか、除雪だけが憂鬱であるものの寒くて白い世界に閉ざされるのを嫌だと思ったことはない。

今日は朝からシンシンと雪が降り続いており、夕方には除雪をすることになったが、まだ始めたばかりなので少し楽しかったりする。

今までは降っては解けることを繰り返していたが、今回の雪はいよいよ根雪となって来年の春まで解けることはないだろう。

朝の散歩をしていても、あちらこちらの雪に犬の足跡があったりして楽しい。

まったく姿を見かけなくても多くの犬に会った気分になれる。

そして、やはり12月には雪が積もり、ホワイトクリスマスでなければ気分が盛り上がらない。

除夜の鐘を聞いて新年を迎えるのも雪景色でなければ調子が狂う。

大阪で暮らした十数年間は白くないクリスマス、雪のない正月で、どうにも違和感をぬぐい去ることができなかったものだ。

それというのも道産子 DNAをしっかり受け継いでいることと、生まれてからずっと経験してきたことと異なるため、何かしっくりこない感覚がつきまとったのだろう。

年齢とともに雪が嫌になると母親などは言っているが、今のところは冬が嫌でもないし、雪を毛嫌いするほどでもないのは若さの証拠か。

こんなことを言うもの何ではあるが、大阪の夏と北海道の冬のどちらが良いかと問われれば、一瞬の迷いもなく北海道の冬を選ぶ。

どんなに寒かろうと厚着、重ね着をすればしのげるし、暖房すれば部屋は暖かくなるが、大阪の夏は冷房にも限度があるし、薄着にも限度があるので対処法が限られ、あとはひたすら我慢するしかない。

寒さを我慢しても食欲不振にもならなければ汗疹で身体中が痒くなることもなく、脳の回転が鈍ることもないが、暑さを我慢すると肉体的にも精神的にも疲れ果ててしまう。

運や縁があって北海道に戻り、この町に住むことになったが、実際にはあと何年も大阪で暮らすことはできなかったと思う。

それは様々な事情もあるが、道産子 DNAの持ち主が生息する環境では決してなく、体力的にも精神的にも限界が近かったと思われるからだ。

近所の方々や知り合った方々には懇意にしていただいたし、大阪の人柄は好きなのだが、やはり根本的な違いに完全に順応するのは難しい。

住む場所が変わると様々なことに変化が起こることについて 『水が変わる』 と表現するが、まさに生存の根源である水の違いは受け入れ難いものがある。

ずいぶんと改善が進んだが、住み始めた当初は水道水から異臭がしてそのまま飲むことができなかったし、それを熱したシャワーを浴びると異臭が倍増して密閉空間であるバスルームからは一刻も早く逃げだしたくなるほどだった。

そして道頓堀を歩いていて流れる川から発せられる異臭にも驚かされた。

水の都であるはずの大阪がこんなことで良いのかと腹立たしささえ覚えたものである。

鮭が生まれた川に戻るように、道産子は北海道で暮らすのが一番良い。

どんなに過疎化が進んで不便な暮らしになろうと、北海道に骨を埋めたいと真剣に考えるようになった自分が今ここにいる。

アクシデントアクシデント

何と・・・。

先程までスラスラと書いていた文章が・・・。

いや、落雷による停電とか、そんなことではなく・・・。

とにかく使い物にならなくなってしまったのである。

どうも変だとは思っていた。

やけにスラスラと筆(キー入力)が進み、次から次へと文章が浮かんでくる。

いつにないペースで雑感を書き続け、こんなことがあるのかと感じていた。

そして、ふと嫌な予感が胸をよぎる。

どこかで見たことのある文章だと。

慌てて過去の雑感を検索してみる。

・・・。

・・・あった。

今回の雑感に書こうとしていたものと同一の内容。

北海道に帰ってきてからの歯医者通いについてだ。

2009年 3月 28日に書いた 『歯医者五軒目』 と、ほぼ同内容のものを書いていた。

そして、それに気づかず危なく今日の夜に投稿するところだった。

すでに長文を書いたあとなので、今さら他の内容で書き直す気力はない。

12年続けてきて初めてのアクシデントを今回のネタとし、投稿することにする。

いや、今回が運良く気づいただけで、もしかすると過去に同じネタで投稿しており、いつも読んでいただいている奇特な人に陰ながら突っ込まれているかもしれないが・・・。

記憶 Memory-13記憶 Memory-13

過去の記憶

過去の雑感で何度か触れたように、実に腕白で実に野性的に育った自分は子供の頃から怪我が絶えなかった。

近所を走り回って転んだりするものだから両ひざはいつも傷だらけ。

草むらをかき分けて遊ぶものだから手足には葉っぱによる切り傷だらけ。

少し前に書いたように針金を振り回して負った傷が頬にあるし、神社の横の急な坂道を自転車で転げ落ちたときに負ったヒザの傷も未だに残っている。

自動車整備工場の裏にある廃車が積み上げられた場所など格好の遊び場で、ボンネットや屋根の上を飛び回り、足を踏み外して落下するなど日常茶飯事だった。

きれいに積み上げられた廃タイヤによじ登り、上から輪の中に入って遊んでいる途中でタイヤが崩れだし、頭から地面に落ちたこともある。

はしごが掛けられたままの家があれば屋根に登って遊び、中から
「こらぁーーー!」
と叱られ慌てて逃げようとして花壇に落ちたりもした。

冬になれば雪が積もってクッション代わりになるので、屋根から宙返りやバク転をしながら飛び降りて遊んだものだ。

今から考えると雪の中に何が埋まっているのか分からないのに 3メートルくらいの高さから飛び降り、背中や尻から着地するなど無謀極まりなく、万が一にでも大きな石があったり、杭が立っていたりしたら大惨事になったことだろうと背筋が寒くなる。

廃屋なども実に魅力的な遊び場で、壁を蹴って穴を開けたりして遊んでいたが、ある日ある時、長くて太いクギが出ている部分を思い切り蹴って足の裏から甲まで突き抜けたことがあった。

多少の怪我をして帰ろうと、いつものことなので気にも留めなかった母親も、この時ばかりはさすがに慌てふためき、破傷風にでもなっては一大事と病院に連れて行かれたが、サビも少なく比較的きれいなクギであったことが幸いし、簡単な治療をしただけで事は済んだ。

母親は怪我の程度が軽いと分かって安心したのと同時に怒りがこみ上げてきたらしく、帰宅後にこっぴどく叱られて足に釘が刺さった時より大泣きさせられることになってしまった。

ある時は吹き矢のおもちゃで怪我をした。

それはもの凄く大きなストローのような、セルロイドかプラスチックの筒を単に一定の長さに切ってある程度のもので、今の玩具のように安全性など全く考慮されておらず、口に当てる部分ですら何の処理も施されていない代物だ。

少し離れたところに恐竜のおもちゃを置き、それを狙って吹き矢を飛ばしていたのだが、何せ子供のことなので何が危険なのかなど分かっていない。

吹き矢の筒を口にくわえたまま走って矢を拾いに行くことを何度も繰り返しているうちに筒の先が壁に当たり、くわえた筒が喉の奥にまで入って肉をえぐった。

ドクドクと口から血が流れ出し、病院に担ぎ込まれる事になってしまったのは言うまでもない。

それでも粘膜質の部分は治りが早いのと、若い細胞の回復力で病院に到着するころには血が止まり、殺菌のためのうがい薬を処方されただけで帰宅した。

そんな怪我をしたにも関わらず、危ないからと吹き矢を捨てられてしまったことに腹を立てて親子喧嘩が勃発するような始末だ。

いつも怪我だらけだったが、そんなに傷を負っても命にかかわるような大怪我をしたことも骨折をしたこともないないのは、運が良かったのかもしれない。

そして、丈夫な体に産んでもらったことを感謝すべきなのかも知れない。

記憶

総選挙総選挙

どうやらクリスマス・イブの投開票は回避されたものの、暮れも押し迫って全国民が浮き足立っている時期の選挙など記憶に残っていないので調べてみると、1983年が 12月 18日で投票率は 67.94%となっており、その前(1980/6/22)の 74.57%から 6.63%も低くなっている。

やはり師走の忙しい時だと投票に行く人も減ってしまうだろうし、特に雪に閉ざされる地方では投票場に行くのすら一苦労という人も少なくないに違いない。

おまけに近年では投票率が低く推移しており、もう自民党には政権を任せておけないと普段は投票しない人まで参加したと言われる前回の総選挙ですら 69.28%でしかなく、今回のように自民もダメ、民主もダメ、第三極もイマイチという白けきった状況では 60%を下回る可能性だってあるだろう。

個人的にはどこが政権をとっても同じなのは官僚支配が行き過ぎているからだと思っており、それを打開することを民主党に期待していたのだが、結局はいいように丸め込まれてしまっているので、官僚機構を破壊する力を持った政党を支持したいと思っているものの、みんなの党は力不足、橋下・石原が率いることになった日本維新の会もまとまりに欠けるとなれば、どこを選べば良いのか分からない。

最終的には投票には行っても白票を投じることになってしまいそうな雰囲気が漂いつつも、日本の将来を考えると官僚支配になってしまっている政治を、この国を変えなければならないとは強く思うので、しっかりと状況を見据えて投票したい。

今にして思えば、色々とドス黒いこともあり、何だかドロドロもしていたが、昔の政治のほうが良かったのではないかという気がする。

小泉純一郎という政治家が残した多くの業績、断行した改革は評価しているが、官僚支配を強めてしまい、官僚をのさばらせるターニング・ポイントとなってしまったのではないだろうか。

官僚を恫喝したことを問題視された鈴木宗男氏が後に受託収賄、あっせん収賄、政治資金規正法違反、議院証言法違反の 4件で有罪となり、国会議員の立場を失うことになったのは官僚にとって好都合だったことだろう。

また、外務省幹部と多くの軋轢を生んだ田中眞紀子氏が大臣職から更迭された件においても官僚たちは溜飲を下げたに違いない。

彼らが正しいとは言わないが、昔の政治家のように官僚をアゴで使える人物が存在しなくなってしまったのが問題の本質であり、その流れを加速させたのが小泉政権であったように思える。

小泉・竹中路線が進めようとした構造改革は中途半端なものに終わってしまい、規制緩和も官僚の抵抗によって進められなかったものを多く残してしまった結果として、経済の立て直しも軌道に乗らなかったように思う。

小泉・竹中が格差社会を生んだと言う評論家も多いが、それは資本主義経済では当然のことであるから政治が原因ではないだろうし、バブル崩壊後、20年以上にも及ぶ経済の停滞が続いているのは規制緩和を推し進めることができなかった結果だ。

つまり、官僚が既得権益を手放そうとせず抵抗したからであり、近年においては小泉・竹中路線で進めた規制緩和策を押し戻し、代表例としてタクシー規制を再度強化するなど逆行現象まで始まっている。

それもこれも官僚をのさばらせ、さまざまな手だれで政治家を利用するすべを与えてしまった小泉政権の罪だったように思えてならない。

この状況を打開してくれるのは、本当に日本維新の会なのか、協力関係にあるみんなの党なのか分からないし、民主党のように政治主導、脱官僚依存を掲げながらも手のひらを返したように言いなりになってしまう可能性も高い。

それを実現するためには官僚に頼らなくても行政執行できるだけの経験と、国会運営するだけの実力がなければいけないが、その力量を持ち合わせている政党はどこなのか。

投票日までの 1カ月間、各党の主張に耳を傾け、本気で日本の将来を憂いていて本気で変革してくれそうな政党はどこで、政治家は誰なのかを吟味しようと思う。

自分解体新書 - 13 -自分解体新書 - 13 -

自分解体新書 ~目次~

■ 頭皮 その2

頭部の筋も張ったり凝ったりするものらしく、自分のこぶしでゴリゴリすると実に気持ちが良い。

握りこぶしを作って頭に当て、反対の手で押しつけるようにしながらグリグリと動かすと痛いような気持ちが良いような微妙な感覚で、肩や背中を揉んでもらっている時と同じような感じになる。

特に頭蓋骨の骨の継ぎ目あたりが効くように感じるので骨がズレているのではないかと思われ、機会があれば整体院で頭蓋骨矯正でもしてもらおうかと考えているところだ。

そこまでせずとも YouTubeの動画を見ながら矯正すれば良いのかもしれないが。

■ 頬(ほほ)

シミやソバカスのできるお年頃である。

いつの間にか頬の数カ所には薄いシミや濃いシミができているのだが、それは本当にいつの間にかであって、少しずつ濃くなってきたとかいう自覚がない。

自覚がない程度の薄さから加速度的に濃くなったので気づくのが遅れたのかも知れないが、ある日突然、あるはずのないものが急に現れてしまったという感じだ。

一番目立つのは左頬に点々と続くシミだが、実はそれは古傷だったりする。

幼い頃に針金を振り回りながら遊んでいて先が自分の頬の肉をえぐったのであるが、大量に出血するわ、危なく目に入るところだったわで母親は半狂乱の大騒ぎとなり、病院に担ぎ込まれる結果となった。

それでも若い細胞は怪我を物ともせず自然治癒し、顔を近づけてじっくり見なければ分からないほどの傷跡しか残らず、うっすらと皮膚の光沢が違っている程度のものだった。

ところが加齢とともに過去に傷ついた細胞をかばいきれなくなってきたようで、色素の崩壊が始まってシミのように赤黒く変色してしまったものと思われる。

年をとると様々なことが表面化するので、あまりヤンチャはしないことだ。

■ 手

季節要因も多分にあるとは思うが、手や指先がカサカサになってタッチ操作が必要な機器が扱いづらい。

まずは主にゲーム機と化しているスマホの操作だが、タッチしてもなかなか反応してくれない。

特にゲームは細かな操作、微妙な位置合わせ、素早いタッチが必要になるのだが、カサカサの指では反応が鈍かったり無反応だったりするのが困りものだ。

そんな訳で、最近ではいつでも快適な操作ができるよう、手の届く場所にハンドクリームを用意したりしている。

回転寿司のタッチパネルも反応が鈍い。

席についてすぐは腹も減っているので早く注文したいのだが、いくらパネルに触れようと、腹がたってグリグリ押してみようと反応しないことがある。

そんな時は仕方がないので用意されたおしぼりで指先を湿らせてタッチするようにしている。

そして、コンビニのレジでもタッチパネルが反応しない。

最近は電子マネーを活用しており、コンビニの精算でもスマホをかざすだけで決済できるのだが、そこで使用する電子マネーの種類をレジに付いているタッチパネルで選択する必要がある。

そこで何度画面にタッチしようが、触る角度を変えてみようが、指にハ~っと息を吹きかけてみようが反応してくれない。

ところがレジの若い店員さんが軽く触れるだけで機械はすみやかに反応し、何事もなかったように決済が完了するではないか。

そんな状況を目の当たりにし、カッサカサの手をした自分は
「へーへー、そうですか」
と、少しいじけてその場を去ったりしているのである。

自分解体新書

ちょいサヴァちょいサヴァ

自分はちょっとしたサヴァン症候群なのではないかと思う。

サヴァン症候群とは、知的障害があったり自閉症の人のうち、ごく特定の分野に限って優れた能力を発揮する者の症状を指す。

たまにテレビとかで紹介されるが、音楽を一度聞いただけで完全に覚えることができたり、歴史の西暦や電話番号、誕生日など数字に関連した膨大な情報を記憶したり、一度見たものを映像として細部まで記憶したりする能力の持ち主だ。

自分の場合は知的障害はないと思われるし、自閉症だと自覚していない。

いや、仕事以外で人付き合いするのは面倒だし、何時間でも何日でも人と話さなくても平気なので少し自閉症気味である可能性はある。

そんな自分にどんな能力があるかといえば、やたらと図形に強いことだ。

サヴァン症候群の人みたいに天才的ではないし、歳とともに衰えてきているので軽いサヴァン、ちょいサヴァといった程度ではあるが、明らかに人とは違っていた。

図形を細部まで瞬時に記憶することはできないが、長く見ていたものは確実に脳に刻まれる。

若かりしころに交通事故にあって頭を打ち、病院に運ばれた際に検査を受けたのだが、あまりにも項目が多くて面倒になってきたことと、相手の態度に腹が立ったこともあって質問に対して適当に答えていたところ、入院が必要と判断されてしまった。

慌てて非礼を詫び、真剣に答えるとすがってみたが、相手も態度の悪い自分に腹が立っていたのか許してもらえず、そのまま神経科に運ばれてしまったのである。

そこが大学附属病院だったのも災いし、まるで実験台のように次の日から鬼のような勢いで様々な検査をされた。

今から考えるとどう考えても不必要だと思われるのだが、地獄に堕ちたほうがましなほど痛い脊髄注射を何度もされ、かなりな量の脊髄液を抜かれたように思う。

脳波検査中に訳の分からない注射をされて気を失い、目を覚ました時には病室のベッドに寝かされていたこともしばしばだ。

検査中は 5-6人の若い男女が周りにいたが、それは白衣は着ていたものの大学の生徒といった感じで、検査というより実験を見学しに来ている雰囲気だった。

受けさせられた様々な検査の中に、まるで小学生に出題されるような知能検査があったのだが、国語、算数など平均でしかなかったのに図形に関しては飛び抜けて IQが高く、検査した側がその結果を信じられずに何度も何度も図形問題を解かされた。

実際の数値を書くと人からドン引きされるので伏せるが、アインシュタインのIQを軽く超える値だったのは間違いない。

その頃は絵の勉強をしていて毎日のように図形を書いていたことも影響していただろうが、他のことはすぐに忘れるくせに絵や図形に関してだけは確かにいつまでも記憶に残っている。

小学校の低学年のことは覚えていないが、一定以上の学年になってから、現在に至るまでに描いた何百、何千という絵はすべて記憶していると思う。

そして、コンピュータ業界に入ってから作成した膨大な数の CG、ドット絵も記憶に残っている。

今は記憶容量が増えたので手法がことなるが、以前のゲームは 255個の部品の組み合わせで背景を描き、255個の部品で動くキャラクターを構成していた。

体調を崩して仕事を休んだ時、どうしても分からないことがあると会社から電話があり、その説明をする際に右から何番目、上から何番目の部品と、あの部品と、この部品を組み合わせれば背景のどの部分ができるということをパソコン画面も見ずにスラスラ答えて驚かれたこともあった。

今まで作成した Webページのデザインもすべて覚えているが、どういうコードを書いたのか覚えていないので修正作業をする際にはコードを思い出すのに苦労をしてしまう。

年齢とともに以前ほどの記憶力がなくなったので今はビックリするほど IQも高くないだろうが、それでも図形に関しては人と違うのではないだろうか。

スマホにしてからゲームアプリを楽しんでおり、その中でも実に面白く 『お買い物日記』 担当者と遊びまくっているゲームがある。

それは人気のゲームでシリーズ化されており、すべて合計すると1000を超えるステージがあるのだが、その画面をすべて記憶していると思う。

パズル的要素があるゲームで、『お買い物日記』 担当者がクリアできずに困っていると、その画面を見ただけで自分がどうやってクリアしたのか思い出す。

などと自慢げに書き綴ってきたが、結局はその程度のことである。

多少は仕事に役立つこともあるが、多くの場合は必要とされない。

こんなことの能力が少しばかり高くても何の役にも立たなかったりするのである。

マユちゃんの進路マユちゃんの進路

となりの店スーパー女子高生マユちゃんは高校三年生で来春には卒業となる。

つい最近まで中学校の制服を着て友達と通学していたと思ったら女子高生となって電車通学となり、自転車で駅まで通うようになったと思ったらもう卒業だ。

木曜の午前中、マユちゃんの伯父であるお兄ちゃんに髪を切ってもらい、世間話の中で
「今年はマユちゃんも大学受験で大変だね」
と話しを向けると、
「いやぁ、もう試験は受けてきたんだよねぇ」
と答える。

まだセンター試験も始まっていないのに試験が終わったとはどういうことなのか尋ねると、なんとマユちゃんは美容師になることにしたのだという。

とても優秀な娘さんで、高校側からは大学への推薦入学も可能と打診されているにも関わらず、本人の希望で美容専門学校に進むことにしたのだそうだ。

当然大学に行くのだろうと思っていたし、彼女であればそれは可能であって労せず進学することもできるのに祖父母や親と同じ道を歩むことを選んだということである。

太陽のように明るくキラキラした子なので、遠くの大学に行ってしまったら寂しくなると 『お買い物日記』 担当者とも話しをしており、東京の大学どころかマユちゃんの語学力があれば海外の大学に行ってしまうかもしれないと他人事ながら不安になったり心配したりしていた。

それが美容師になるというのでさえ驚きなのに、マユちゃんが入学を希望している専門学校が札幌だというので親である妹ちゃんも祖父母であるお父さん、お母さん、そして話をしてくれたお兄ちゃんもさぞかし嬉しいことだろう。

最初は東京の専門学校が念頭にあったらしいのだが、昨年の 3月に発生した東日本大震災で思うところがあったのに加え、最近になって南海トラフ地震の話題が頻繁に取り上げられたり南関東直下地震の発生リスクが 70%を超えていることもあって東京に住むのが怖くなり、札幌の学校に行くことを決めたらしい。

帰宅して早々にマユちゃんの進路が決まったことを 『お買い物日記』 担当者に伝えると、我が娘のことのように喜び、涙ぐんたりしていたので本当に嬉しかったのだろう。

その日は就寝するまでずっとマユちゃんのことを思い出しては
「よかったねぇ~」
と二人で何度も喜んでいた。

となりのお兄ちゃん曰く、美容師になっても帰ってくるかどうか分からないとのことだが、卒業して何年かは修行してもきっと帰ってきてくれるだろう。

美容室の乱立が続き、今もこれからも厳しい時代が続くだろうから都会で店を持って経営するのは困難を極めるに違いない。

となりの店であれば地元の固定客をがっちりとワシづかみにしているので、それを継ぐのが一番だと思われるし、以前の雑感にも書いたように三代そろって店に立つ姿をぜひとも見てみたいものだと心から思う。

しかし、今のマユちゃんはスーパー女子高生であるし、何でも上手にできそうな気がするので、もしかすると全国に名をとどろかせるカリスマ美容師となって東京で仕事をすことになってしまうかもしれない。

もしそうなったらこの町に帰ってくることもないだろうが・・・。

いや、人の娘さんのことをあれやこれや心配していても始まらない。

今はただ、マユちゃんの進路が決まったことを心から喜ぼうと思う。

マユちゃん

フラフラの理由フラフラの理由

今週はフラフラになってしまった。

それほど大きなダメージを受けている訳ではないが、ずっと寝不足続きでフラフラしている。

スマホのゲームが面白く、夜遅くまで起きているのが原因なので自業自得ではあるが、昼間にボ~っとしたり仕事に若干の影響が出始めていることと、もう若くはないので夜更かしばかりしている訳にもいかないので、来週からはせめて30分くらい早く就寝するように心がけたいと思う。

Webサイトで更新されたファイルを定期的にダウンロードし、それを含めてパソコンのバックアップをするという一連の流れを自動化するプログラムを作成して放っておいても土曜の夜に自動実行するようにしていたのだが、一部のプロセスに問題があって 7月中旬を最後に正常動作していないことが判明。

偶然の作業からそれに気づき、泣きながら修復したのは月曜日

週の初めからそんなことをしたこともあってか、今週はひどく疲れて後半はフラフラになってしまったのである。

子供の頃から貧血気味で、入浴直後に脱衣所で倒れたり体育の授業中に倒れたり、全校集会で校長の長話を聞かされて倒れたりしていた。

それは今でも変わらず週に何度か立ちくらみをしてしまうが、何十年もの経験値と慣れがあるため、さすがに倒れることはない。

フラフラし始めてこれはマズい!と思えばすかさずしゃがみこんだり何かにつかまったりする習慣が身についているので、たとえ目の前が真っ暗になったとしても意識を失いかけても倒れて怪我をすることはないだろう。

とっても低いわけではないが、どちらかと言えば低血圧で、平均して上は 110前後、下は 70くらいであり、上が 100に届かず、下は 50台ということも珍しくない。

血圧測定をした医者から
「フラフラしませんか?」
と聞かれるが、貧血でのフラフラと区別がつかないのである。

芸能人や女性が
「私ってば低血圧で朝がとっても弱いの」
などと言っているのを聞くが、自分の場合は眠りが浅く朝も目覚ましの音にビクッと反応して飛び起きるので、影響は少ないように思ってはいるものの、トイレに行ったり着替えたりしている間は少しフワフワ、フラフラしているので実際には低血圧に影響されているのかも知れない。

この歳になれば体のアチコチにメンテナンスが必要となり、3カ月に一度の通院、処方薬が欠かせなくなっている。

現在処方されている薬は 3種類なのだが、そのうちの一つに若干の副作用があり、目まいを生じる危険性があるという。

確かに薬を飲み始めてからフラフラする回数が増えたように思わなくもないが、自分にその副作用が現れているのか定かではない。

今週はフラフラになってしまったと冒頭に書いたが、ここまで触れてきたように多くの原因があるので、自分が一体どれでフラフラしているのか分からないことがよくある。

そもそも、人生そのものがフラフラしているのでそれが主因かもしれないが。