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雑感 なんとなく感じたこと雑感 なんとなく感じたこと

犬のいる風景 2013秋犬のいる風景 2013秋

散歩の途中、様々な犬の姿を見ることができる。

以前まで何度か独り言に書いていた美形な犬に関し、最近は記事にすることが少なくなったが、実はすっかり年老いてしまって美貌も失われてしまっている。

耳が遠くなったのか、足音ではこちらに気づかなくなってしまったし、たまに顔を上げても視線が定まらないようなので視力も落ちているのかもしれない。

毛もバサバサになってしまったし、あのクリっとした目もたれて少し小さくなったような気がする。

最近は寝てばかりいるので特筆すべきことがなく、独り言への登場回数も激減したという訳だ。

遠くに引っ越してしまった隣のワンプには、いつか会いに行こうと思っているものの、なかなかタイミングが合わず行動に移せていない。

飼い主さんの話しだとワンプはすっかりボケてしまっており、綺麗にしてもらおうと美容室に行ってもトリマーさんに噛み付いたりするため、何もできないまま帰されたりしているのだそうだ。

かなり高齢なので何かある前に会っておきたいのだが、我が家のこともすっかり忘れていたら悲しいので少し会うのが怖いような気がしないでもない。

遊歩道に沿って流れる川向うに住む犬は、最近になってやっとこちらの顔なのか匂いなのかを覚えてくれたようだ。

以前までだと手をパンパンと叩いて呼ばなければ気づいてくれなかったが、今では近くまで行くと寝ていてもひょっこり顔を上げてこちらを見てくれるようになった。

最近は雑種と言わずにミックスと呼ぶらしいが、川向うの犬も毛の長い大型犬であんな犬種は見たことがないのでミックスだと思われる。

何だかモサッとした犬なのだが何とも言えない愛嬌がある犬だ。

その遊歩道の終わり近くを毎朝散歩しているご老人とシーズがおり、犬はジルという名前なので、我が家ではそのコンビのことをジイちゃんジルちゃんと呼んでいる。

ジルちゃんは登校中の小学生たちには愛想が良いのに我が家には敵意をむき出しにし、ガルルと唸りながら突進してくるのが困りものだ。

犬好きな我が家としては少し寂しい気分になってしまうが、気に入られないものは仕方がないので妙に擦り寄ったりせず一定以上の距離を保って見守ったりしている。

美形な犬が住む家の隣には、とってもファンキーな犬小屋に住むゴールデンレトリバーがいる。

小屋の壁は黄色と緑が入り混じったマーブル模様というか迷彩柄というか、単にペンキがはげて以前の色が見えているだけなのか分からないアバンギャルドで個性的な雰囲気が漂う。

犬がそれをどう思っているのか不明だが、小屋に入っている姿を見たことがないのは事実だ。

一般的には動物を飼うのを禁止されているアパートで堂々と飼われている柴犬がいる。

以前は散歩中のことが多く、滅多に姿を見ることができなかったのだが、最近は散歩時間が変わったのか我が家の行動が遅くなったのか、アパートの一室の外に置かれた犬小屋の前で寝ていることが多い。

最初の頃はいつも吠えられていたが、見慣れたのか最近はあまり吠えなくなった。

それでも立ち止まって見たりしていると、それが気に入らないのか口を閉じたまま、こもったような声でガフッと鳴いて威嚇してくる。

いつもの公園内を歩くと後ろ足が不自由になったコーギーに会う。

以前まで元気に散歩していたのだが、病気が原因なのか事故にでも遭ったのか、ある日を境に後ろ足が不自由になり、飼い主さんは犬の腰につけたリードを引っ張りあげるようにして後ろ足を浮かしてやりながら散歩させるようになった。

さすがに腕が疲れるのか、最近は犬用車椅子に下半身を載せて散歩するようになり、飼い主さんも犬も元気な頃と変わらないくらい楽しそうにしている。

先週の日曜日に会いに行った看板犬だが、昨日の朝の散歩で公園を歩いていると、実によく似た犬がいた。

目を凝らして見てどうやら間違いなさそうに思えたところにもってきて、飼い主さんを見ると明らかに店主さんだった。

いつも同じような時間に散歩をさせているのだとしたら、店に行かなくても会うことができる訳だ。

実を言うと、その犬が暮らす雑貨店はとても洒落たものが多くて我が家に合うようなインテリアも小物もあまりなく、犬を見たさに足繁く通う店ではないのである。

金曜の第五コースを散歩する際は時間厳守で公園を通過するように心がけようと思う。

いつも独り言に書いているポメラニアン黒柴リュウくんは相変わらず元気だ。

その他にも多くの犬に会えるので、朝の散歩はやめられない。

ノブアキノコトノブアキノコト

マサルとともに仲良くしていたノブアキが亡くなって久しい。

九月四日が命日なのでこの時期になると様々なことを思い出す。

そろそろ止め時かとは思いつつも、すでに慣例化していることと、やはり忘れたくないという思いから毎年の命日には必ず花を贈るようにしていた。

昨年、母上が他界されたと聞き、その時も今年が最後かと思いつつ、やはり今年も花を送ったところ、ノブアキの叔父に当たるかたから電話をいただき、父上も高齢となって衰弱し、今は施設で暮らしているという。

ノブアキは一人っ子、父上も母上も自宅にいないとなれば、確かにもう花を贈ることを控えたほうが良いだろう。

送ったところでノブアキの実家には受け取ってくれる人はもういない。

中学生のころは学校で毎日顔を合わせ、休み時間はいつも一緒に過ごしていたし、月に一度はノブアキとマサル、そして自分の三人が集まり、遠く岡山に引っ越してしまった友人に向けて声の便りを作成していた。

中学を卒業すると、それぞれ違う学校、学科に進んだので三人が揃うことは少なくなったが、それでも大晦日の深夜に集まって初詣に出かけ、そのまま寝ずに朝まで遊んだりしていたし、それぞれが町を出て違う場所に住んでからもお盆や年末年始で帰省すると集まって夜遅くまで酒を酌み交わしたりしたものである。

中学までは誰が誰のことを好きで、どんな音楽が好きでどんなテレビ番組を見てどんな深夜ラジオを聞き、どんな芸能人が好きで何に興味があるのかが手に取るように分かっていた。

違う学校、違う職場に進み、違う土地で暮らしても会って話せば意識は昔へと戻り、当時と同じ雰囲気のまま会話はできたが、それぞれの好みや興味が何に向いているかまでは分からない。

たとえ好きな人ができたとしても、それは話したことも見たこともない人であり、二人がお似合いなのか、その女性がノブアキやマサルにふさわしい人なのかも分からない。

昔のことはよく知っていても今に関しては何も知らない。

ノブアキが何を思い、何に苦しんで逝ってしまったのかは分からないままだし、それは永遠に知るすべがないことだろう。

あの日以来、それが悲しかったり悔しかったりしていたが、仮に明日マサルが亡くなれば、仮に自分が亡くなったとしても同じことではないかと思うようになってきた。

今日現在、マサルが誰を好きで何に興味があるのか分からない。

相変わらずプロレスや映画は好きだろうと想像はつくが、新たに何か興味を持ったのか、今は意中の人はいるのか。

もう何年もマサルと会っていないので話しをする機会もなく、まさか自分が海外ドラマにはまって日に何本も観ているとは思っていないだろうし、毎朝の散歩を何年も続けていたり、室内でドタバタ運動をして体力づくりをしているなどとは夢にも思っていないだろう。

ノブアキの最後、その時の思考や感情など計り知れないし、知らなくて当然であり、たとえ知ったところで今さら何ができる訳でもない。

最後の花を送った今年、気持ちの上でも区切りをつけようと思う。

やめてほしいことやめてほしいこと

世の中にはやめてほしいことが色々とある。

まずは少し前の雑感にも書いた、アナウンサーのくせに
「◯◯じゃないですかぁ」
とか言うやつ。

NHKでかなりな人気を誇っている女子アナ、橋本奈穂子氏も相当ひどい。

深夜の 30分間のニュース番組で
「東京でのオリンピック開催が決まったじゃないですか」
「消費増税目前じゃないですか」
「明日から連休じゃないですか」
などなどと、10回くらいは使うのではないだろうか。

感化されやすい若者ならいざ知らず、すでに 10年のキャリアがあるアナウンサーが使うのはいかがなものかと思う。

次にやめてほしいのはカバー曲ばかりリリースする音楽業界。

まるで芸能人総カラオケ大会でも開催されているのではないかと疑いたくなるほど、どいつもこいつもカバー曲、カバー曲である。

カバーであっても自分なりに歌い込んでいたり、独特なアレンジが加えられていれば多少は価値もあろうかというものだが、原曲のままのオケにのせて原曲と同じように歌う芸のなさだ。

中には
「完コピしました」
などとぬかす大馬鹿者までおり、だったらモノマネ選手権にでも出場していれば良いのであって、小僧やお嬢ちゃんがモノマネした CDを 2000円も 3000円も出して買うはずがなかろう。

今の時代、CDにしても音楽配信にしても曲を売るのは難しく、好みが多様化しているので大ヒット曲を生み出すのも難しいのは分かる。

だとすれば K-POPのように他国を含めてマーケットを広げ、世界に打って出るくらいの気概をみせたら良さそうなものだが、残念ながらそこまで気合の入ったレコード会社は見当たらない。

さほどのマーケティングや多額の宣伝費をかけなくても、過去に大ヒットした曲を人気アーティストがカバーすれば人にも曲にも知名度があるので一定の収益が得られるという安直なビジネスに頼ってばかりいると、今に国内ですら相手にされなくなるに違いない。

我々が受けてきた意味のない英語教育ではなく、バリバリの教育を受けた世代がターゲット層になった場合、歌詞が日本である必要性は薄れてくるだろう。

そうなったら邦楽も洋楽もなく、同じ土俵で世界中と競争しなければならないのだから、つまらない戦略など捨てて世界で勝負できる作詞家、作曲家を育てるべきではないだろうか。

そしてやめてほしいのは声優の歌手デビュー。

ここ数年、ものすごい勢いで、特にアニメの声優が CDを発売しているが、どいつもこいつも同じ声にしか聞こえない。

アニメの挿入歌を声優が歌ったりオリジナル曲を発売したりと大忙しだが、単に制作費がなくて有名アーティストを起用できないだけなのではないだろうか。

アニメ好きな若者が大人の策略に乗っかってしまって形成されているだけのマーケットに思えてならない。

次にやめてほしいのは肉汁を 『にくじる』 って言うやつ。

果汁は 『かじゅう』 であって決して 『かじる』 とは言わないのと同じであって、聞いていて気持ちが悪いのでお願いだから 『にくじる』 というのをやめてほしい。

『にく』 は音読みであり、『しる』 は訓読みなので、『にくじる』 などと読んではいけないのであり、重箱(じゅう(音)ばこ(訓))を代表とするような特例的に変則読みを許されるには気持ち悪すぎる読み方は控えるべきだ。

次にやめてほしいのはレジで金額を言われてから財布を出すやつ。

これだけテレビのネタにもラジオのネタにもされているのに、いまだに金額を言われてからゴソゴソと財布を探してノロノロと小銭を数えたりするやつがいる。

昔は女性、それも高齢になればなるほど割合が多かったように思うのだが、そこそこ若い男性までも同じような行動をしているのを見て、これは単に性格とか要領、能力の問題であって男女差、年齢差によるものではないことが分かった。

そしてやめてほしいのは、もの凄い匂いを発散させる柔軟剤。

最近の流行りなのは理解できるが、だれもかれもがこぞって様々な香りを発散させると、それが入り混じってとんでもないことになりそうな気がする。

毎朝の散歩ですれ違う子どもたちも、花の香やらなんやらでプンプンしている。

その子どもたちが一堂に会する教室、朝礼の体育館などはとんでもないことになっているのではないだろうか。

実際、香りが強すぎて気分が悪くなる事例なども出始めているので、今に香りの柔軟剤禁止が発令されるのではないかと思ったりしているところだ。

まだまだ世の中にはやめてほしいことがあるが、こう書いているうちにだんだん腹が立ってきたので、血管が切れる前にやめおくことにする。

北方見聞録 2013北方見聞録 2013

遅い遅い夏休み。

もう夏などと呼べぬほど日も短くなり、涼しくなった夏期休暇。

仕事の都合で予定変更し、少し涼しくなってからと思ってはいたものの、こんなに涼しくなるとは思っていなかったので着るもののチョイスが難しく、思わず札幌で秋物を購入してしまった。

しかし、この時期は気候の変動が激しく、翌日は真夏日を記録した地方もあったほどの陽気となり、せっかく購入した服を旅行中に着ることはなかったが。

予定通りのプチ旅行であれば、午前中は 『お買い物日記』 担当者の通院、午後から別行動にして夜に合流というパターンなのだが、8月に通院は終わっているので午前から夜までの時間は自由に使える。

だとすれば朝一番の高速バスに乗って札幌まで来なくても、家でのんびり海外ドラマなどを見て午後からぼちぼち移動すれば良かったと気づいたのはもう日が沈みかけたころだ。

前述したように服を買ったり昼ごはんを食べたりブラブラしているうちにチェックイン可能な時間になったのでホテルで一休みし、例によって例のごとく毎度おなじみの居酒屋に繰り出した。

平日の夜、それも開店したばかりの店には客がおらず、貸切状態で飲み食いしていると、しばらくして近所の会社の 6人グループが来店した。

聞くとはなしに聞こえてくる話しの内容にとても強い違和感を覚える。

久々に聞くとビジネスパーソン、平たく言えばサラリーマンの会話は実に気持ちの悪いもので、自分も勤め人の頃は同じような話しをしていたのかと疑問になるほどだ。

面白くもない上司の話し、同僚の話しに愛想笑いし、取り繕い感満載の席で虚無な時間だけが流れていく。

自分が勤め人だった頃は、こんなにひどい酒の席ではなかったはずだ。

過去の雑感に何度か書いたと思うが、酒の席で仕事の話しはしない。

酒の力を借りなければ言えない話しなどないし、酔った席で正確に話しを伝えられるはずもなく、その内容を正確に聞くやつもおらず、しまいには酔って何も覚えていないことだってあり得る。

おまけに楽しい酒であれば支払いが割り勘でも構わないが、上司や先輩の説教じみた話しを聞かされて金まで取られるのであっては部下や後輩が不憫すぎるので、仕事の話しをしたければ上司や先輩が全額を支払うべきであるというのが信条だ。

で、その 6人組だが、社長夫妻と社員 4人という構成で、その夫妻のする話しに大きくうなずいたり爆笑したりしている。

聞こえてくるのは、さほどためになるとも思えない内容や、面白くも何ともない会話であって、自分であればその酒席が一刻も早くおひらきになることを願っていることだろう。

さして勉強にもならないことに大きくうなずき、つまらない話しにも大爆笑できたなら、勤め人時代にもっと出世できたかもしれないが。

北方見聞録と銘打ちながら、今回のプチ旅行で深く記憶に残ったのはその程度のことであって、翌日からの帰省では、ただひたすらに飲んで食べていた記憶しかない。

ということは、親子喧嘩するでもなく平和な時間が過ぎたのだろう。

過激思想過激思想

現実社会では常識的に考えても実現不可能ではあるが、昨今の海外情勢、とくに日本外交に思いを巡らせた場合、あまりの不甲斐なさに呆れるばかりであり、その腹立たしさも手伝ってついつい過激な思想になってしまう自分がいる。

反日感情をあらわにする中国や韓国に対し、なぜニコニコしながら擦り寄らなければならず、首脳会談をもちかけ、けんもほろろに断られ、あたかも日本がすべて悪いような言われ方をされてシュンとしていなければならないのか。

経済界も中国を意識し過ぎであり、ブラジルやベトナム、タイといった途上国に軸足を移し、中国の購買力などあてにしない経営戦略をとるべきで、反日感情が渦巻き暴動で襲ったり略奪したりする品性下劣な国民を相手にすることなどない。

日本人の笑顔など海外から見ると不気味なだけであり、何を考えているのか分からないと言われるだけなのだから中国に対しても笑顔など見せず、擦り寄らず、相手から何を言ってきても当面は無視して放置してみてはどうだろう。

諸外国にとっては北朝鮮より不気味な存在となり、放っておけない存在となり、中国から直接ではないにせよ、アメリカ経由での接触が試みられることになるに違いない。

別に何をする訳でもないが、何となく自衛隊を日本海側に展開し、原発周辺地域に集中配置してみたら中国や韓国が狂ったようにギャーギャー騒ぎ出すに決まっているが、何をしているのかという問い合わせも無視して一切の外交を断ってやれば面白くなる。

すわ一大事とアメリカから特使がすっ飛んできて事情の説明を求められるだろうが、のらりくらりと女子高生ばりの対応で、
「え~、べつにぃ~、わかんなぁい」
とか要領を得ないことでも言って相手にしない。

そうすれば世界各国が戦々恐々となって面白くなると思われる。

つい最近、韓国人である国連総長が公の場で痛烈な日本批判をするという禁じ手をやってのけたが、その国連ですら存在意義が失われつつある昨今において、いつまでも多額の費用を投じてまで常任理事国になりたがっている場合ではないだろう。

ちょうど良い機会でもあるので、国連からの離脱を検討すべきだ。

誰がどう考えても制裁が必要だったりする場合でも決まって中国とロシアが反対票を投じて拒否権行使し、国連の意見がまとまらないことが常態化している。

今回のシリアへの軍事介入は反対意見があって然るべきかもしれないが、核実験するわ人権無視するわとやりたい放題の北朝鮮への経済制裁ですらなかなか賛成しない。

朝鮮戦争では韓国をバックアップするアメリカを敵国として北朝鮮に加担し、ベトナム戦争も影で支えてきた中国とアメリカが同席して平和維持しようというのが無理な話しだ。

そもそも第二次大戦の戦勝国で作った国連に日本が仲間入りしようというのが無理な話しだと思うし、もっと根本的なことを言えば、常任理事国であるアメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国の 5カ国は、すべて核保有国である。

核保有国が集まって何の話しをするのか。

国連の正式名称である国際連合安全保障理事会とは、核の脅威で相手を威嚇しつつギリギリのバランスで互いの安全を保証したいという理想論の上に成り立っているだけのガラス細工のような組織であって、そもそも世界平和を維持する思想など持っていないのではないだろうか。

それなのに日本は多額の国連分担金を負担しているのはどういうことなのか、日本の政治家ではなく常任理事国に問いただしたい。

その額は本当に大きく、アメリカに次ぐ 2番目という規模であり、常任理事国である中国の 2倍、ロシアの 6倍に当たる 26,229,500,000(約260億)円に達する。

なぜそこまでの分担を強いられなければならないか。

この際だから来年度予算から国連分担金を削除し、国連からの離脱を検討し、非核保有国だけで本当の世界平和を目指す組織を設立したらどうだろう。

そして、その組織は核を保有した瞬間に除名、他国との戦闘行為、内戦が始まった瞬間に除名と、単純かつ明確なルールを定めて運営にあたれば良い。

・・・。

などなど、好き勝手なことを思ってはみても、どれも現実味に乏しく実現など到底不可能なことばかりなのは分かっている。

しかし、それでも日本の弱腰外交に辟易していることに変わりはない。

海でキャンプでバーベキュー海でキャンプでバーベキュー

数日前、いつも仕事中に聴いているラジオから興味深い話しが流れてきた。

DJを務めているのは、東京在住であるにも関わらず北海道で週に一度のレギュラー番組を持っている女性芸能人なのだが、その彼女が札幌近郊の海岸で見かけたのはテントを張ってバーベキューを楽しむ人々の姿で、その光景にとても驚いたというのである。

それは彼女の常識という訳ではなく、その世代、あるいは北海道以外の人に共通するのかもしれないが、海水浴、キャンプ、バーベキューは個々に独立したものであり、泊りがけで海水浴に行き、海岸にテントを張っておまけにバーベキューまで楽しむとは何たる贅沢で、何とも羨ましく、何と楽しそうなことかという話しの内容だった。

そう言えば関東や関西で海開きというニュースや、海水浴客で混みあったなどというニュースを見ても、海岸にテントが張られているのを見たことがなかったように思う。

北海道の場合、若い男女、親子連れ、親子三代、職場の仲間同士など、ありとあらゆるグループが海岸にテントを張って一泊の海水浴を楽しむのは当たり前の光景であって、珍しいどころかむしろ常識的なことだったりする。

楽しみ方は人それぞれだが、一般的には午後から市内のスーパーなどで食材や炭、酒などを調達し、海についたらまずはテントを張って中で水着に着替えてひと泳ぎし、夕食時には炭に火をおこしてバーベキュー、暗くなったら酒を飲みつつ大人買いした花火をバカスカ上げて盛り上がり、そのまま就寝して翌日は午前中から泳いだり、本当は密漁になるのでいけないのだが素潜りでウニを獲ったりして遊び、昼は湯を沸かしてレトルトカレーやカップ麺で適当に腹を満たし、午後からまた少し遊んで渋滞を避けるために早めに帰路につく。

シーズンともなると浜辺はテントだらけになり、早めに出発しなければ場所がなくなることもあるくらい北海道では海でのキャンプは一般的だ。

誰が決めたわけでもないが、そこには一定の秩序があり、酒に酔って夜の海に入る人も滅多におらず、酔っぱらい同士の喧嘩も少ないし、他のグループに乱入する行為もあまりない。

寝ている人の迷惑にならないよう、あまり遅い時間には花火を打ち上げる人もいないし、大音量で音楽を鳴らす人もいない。

もちろん多くの人が集まるので多少のイザコザはなくもないが、びっくりするくらいマナーが良く、それぞれが他人に干渉せずに自分たちなりに楽しんでいるという印象だ。

以前の雑感にも書いたかもしれないが、自分も若い頃は体力と天気が許す限り、毎週のように海で遊んでいた。

当時は安くて酔えるウイスキーが全盛で、炭で焼いた肉や野菜を肴に夜遅くまで飲んだものだ。

何度も水割りを作るのが面倒になったことと、何度もキャンプをしていた経験からあみだした方法がある。

食器用洗剤でよく洗い、中をきれいにしたクーラーボックスを 2つほど用意し、最初の買い出しでコンビニやスーパーで売られている氷を入れる。

それは袋ごと入れて保存するのではなく、開封して中の氷をバラバラと入れておく。

それから時間が経って酒を飲み始める頃には調度良い具合に氷が解け、水が 7割、氷が 3割くらいになっているので、そこに直接ウイスキーをドボドボとそそいでクーラボックスごと水割りにしてしまうのである。

そこからコップで直接すくえば何もしなくても水割りのできあがりで、誰の手をわずらわすことなく次から次へと飲み続けることができるという実に画期的なシステムではあるが、欠点はついつい飲み過ぎることだ。

ここで北海道の夏の海あるある。

用意した肉は完食するが、野菜は必ず余る。

酔ってパンツ一枚で走り回るヤツを 2-3人は見かける。

バカスカ打ち上げ花火のあと、最後の線香花火は物悲しい。

テントに入らず、酔いつぶれて砂浜で寝ているヤツがゴロゴロいる。

二日酔いで入る海の水は異様に冷たく感じる。

二日酔いで昼近くまで寝ていたテント内は尋常じゃない暑さで嘔吐感が倍増する。

なぜか昼飯を食べると元気が復活する。

帰り道、運転手以外は全員寝る。

運悪く運転手になったヤツは地獄。

帰宅後、ありえない場所から砂がでてくる。

・・・といったところか。

北海道の夏は短い。

今年も砂浜では様々な人がそれぞれに楽しんだことだろう。

自分解体新書 - 16 -自分解体新書 - 16 -

自分解体新書 ~目次~

■ 腰 その2

疲れるのは歳のせいか。

高齢のかたが腰が痛いだのダルいだのと言うのを聞いて、それは力仕事や農作業が原因なのだろうと思ったりしていたが、加齢とともに足腰への負荷が気になるようになってきた。

今でも可能な限り毎朝の散歩は実施しているし、それ以外の運動、週に一度か二度の柔軟体操も続けているが、最近になって腰のダルさや鈍痛が気になるようになってきている。

脊髄系ではなく、あきらかに腰にある左右の筋が張っていたり痛かったりするので一般的に言われる腰痛とは異なるのかもしれないが、パソコンの前で同じ姿勢のまま長く座っていたり、テレビを見ながらゴロゴロしていた後に立ち上がろうとすると若干の鈍痛を感じてしまう。

祖父母はおろか、父親や母親までも立ち上がるときに
「よいしょ」
とか
「どっこいしょ」
などと言うのを耳にして、どうして黙って立てないのか不思議でならなかったが、今になって理解できるようになったと言うか、ある日ある時、自分も立ち上がるときに
「どっこいしょ」
と声に出していることに気づいて愕然としたものだ。

次なる不安は老化によって腰が曲がってしまうのではないかということだが、こちらに関しては筋力よりも骨の問題で、骨粗しょう症の進行で脊椎が圧迫骨折を繰り返すことによる湾曲らしい。

そうならないためにも魚などをたくさん食べてカルシウムの摂取に努めなければと心に誓ったりしているところだ。

■ 足裏

ずっと痛みが続いている。

そろそろ一年が経過しようとしているが、太ももから足の裏に移った痛みは今でも続いている。

昨年の11月には医者にも診てもらったが、痛みは一向に治まらない。

その時の診断は負荷による筋肉疲労とのことだったが、いくらサポーターをしていようと運動をひかえようと改善の兆候がみられないので、きっと筋肉のトラブルではなく神経系のものではないかと自己診断したりしている。

そのうちに別の病院で診てもらおうとは思っているものの、我慢できないような激痛でもなく、普段の生活、歩行に大きな支障はないのでズルズルと先送りしているのが現状だ。

今月末の通院で医師に相談してみようとは思っているが、内科が専門なので整形外科に行くように言われるのがオチなのだろう。

■ 腕

圧倒的に筋力がおちた。

元々そんなに腕力があるほうではないし、普段の生活ではタブレット端末より重いものを持ったことがないので筋力が落ちて当然かもしれない。

しかし、ここ数年の筋力低下には自分でも情けなくなってしまうほどだ。

今は心臓への負担を軽減させるため、あえて 15-6回しかしていない腕立て伏せも、もし心臓を気にしないでやったとしても 30回もできないのではないだろうか。

子供の頃は河原で石を投げたりして遊んだが、今は遠投などしようとした瞬間に腕から巨人の星の飛雄馬ばりの破滅の音がして二度と使い物にならなくなってしまうのではないかと思われる。

それほど心臓に負担がかからず、効率的に筋力アップを図ることができ、相撲の練習法でもある鉄砲でもすれば良いのかもしれない。

しかし、家に太い柱を立てる訳に行かず、ドスドスする場所が困りものだ。

■ 耳 その2

耳毛が生えるようになった。

ずっと気づいていなかったのだが、少し前に 『お買い物日記』 担当者から指摘され、自分にもビロ~ンと長い耳毛が生えていることを自覚したのである。

本数も少なく、毛も極細なので他人に知られたり不快感をあたえることはなかったと思うが、このまま本数が増えて毛が太くなり、数年前に勝手に文章を追加したの何だのと歌手である森進一氏と激しいバトルを繰り広げ、『おふくろさん問題』として世に知られることになった故川内康範(かわうちこうはん)氏のような耳毛になったらどうしようかと不安を覚えないでもない。

できるだけ放置しないで伸びてきたら抜くなり切るなりしたいところだが、耳の穴はどんなに首をひねろうと眼球を限界まで横に動かそうと自分で見ることはできないのが問題である。

これは定期的に 『お買い物日記』 担当者に確認してもらうしかなさそうだ。

・・・。

ここまで書いてきた腰の痛み、足裏の痛み、腕の筋力、耳毛のすべてが加齢、老化であることは誰の目にも明らかで、こんなことを発表している場合ではないような気もしないではないが、これは確実に衰えていく我が身の記録でもあったりするので今後も解体を続けていこうと思ったりしているところである。

自分解体新書

記憶 Memory-16記憶 Memory-16

過去の記憶

夏休みもまだ中盤で、子どもたちは真っ黒になって遊んでいると思いたいところだが、今どきの子供は外で遊ぶことも少ないので日焼けなどしていないかもしれない。

それでも最後の最後になって泣きながら宿題に取り組むのは今も昔も変わらないだろうから、まだまだ余裕で休みを謳歌しているだろう。

昔と違って今は簡単に渡航できるので海外で過ごす家族も多いだろうし、円安の影響から国内旅行を楽しんだり帰省する人も多いに違いない。

自分が小学生の頃は父方の祖父母も健在で、休みのたびに遊びに行っていた。

父親は 7人兄弟で、その末っ子はまだ高校生だったので祖父母の家で暮らしており、自分にとっては叔父にあたるその末っ子と遊ぶのが楽しみだったし、父親にとっては実家でのんびりできるので楽しみにしていたが、母親は色々と気を使うこともあって渋々ながらの帰省だったようだ。

できるだけ長く祖父母宅にいたい父親と自分、一刻も早く帰りたい母親だったが、両親共稼ぎだったので休める期間は限られており、長くても 2-3泊するのが慣例だったように思う。

最初は親と一緒に帰っていた自分だったが、家に戻ってもきょうだいがいる訳ではなく、友だちこそ多かったものの昼は一人で食事をしなければならないし、ちょっと家の中を散らかしたり外で遊んで泥だらけで帰宅するとガミガミと叱られたりする生活だったので祖父母宅にいるほうがずっと楽しかった。

まだ高校生の叔父は色んな遊びを教えてくれるし、野山を駆けまわってどんなに泥だらけになろうが、裏を流れる小川で水浸しになって遊ぼうが祖父母に叱られることもなかったので、子どもにとっては天国のような生活だったのである。

たぶん小学校の 3年生くらいだったと思うが、それまで文句も言わず両親と一緒に帰っていたのに祖父母宅を出る直前になって
「帰りたくない」
と言ったものだから母親は腰を抜かさんばかりに驚き、
「ななな、な、何を言ってるのっ!一緒に帰らなきゃダメでしょっ!」
と怒りで目を三角に吊り上げつつも、祖父母の手前、極めて冷静なふりをして必死に説得を試みたが、自分はまだ叔父と遊びたかったし、何をしても叱られない家で過ごしたかったのに加え、初孫である自分と一緒にいたい祖父母も
「そうだよね~まだ帰りたくないよね~」
などと参戦し、言い争いは泥沼の様相を呈する。

翌日から仕事の父と母はどうしても帰らなければならず、このまま押し問答をくり返しても仕方ないので、帰りたくなったら父親が迎えに来るという条件で合意に達し、一人で祖父母宅に残ることになった。

2-3日もすればホームシックになり、帰りたいと言い出すだろうと母親は高をくくっていたらしいが、待てど暮らせど我が子は自分のもとに戻らず、とうとう夏休みの最終日まで離れ離れの生活をすることになったのである。

それに味をしめた自分は行動が大胆になり、次の冬休みは年末年始の帰省を待たず、電車に揺られて 3-4時間の距離にある祖父母の住む街に一人で行くようになった。

御用納めが終わって両親が来ると、祖父母と一緒になって
「いらっしゃい」
などと言って母親から鬼のような形相で睨まれたりしながらも、すでにすっかり打ち解けた叔父とか祖父の後ろに逃げて影からべ~っと舌など出していたりしていたものだ。

大晦日、正月と実家で暮らし、親の休みが終わりになっても自分は一緒に帰らず、家の前に祖父母と並び、
「またね~」
などと父親の運転する車に手を振って見送った。

そして冬休みの終わりになると電車に揺られて親のもとに帰る。

次の夏休み、また冬休み、そしてまた次の夏休みも同様に、初めから終わりまで祖父母宅で過ごすという生活は小学校を卒業するまで続けた。

最初こそ祖父母と過ごすことを快く思っていなかった母親も、休み中の面倒は見てもらえて食事の心配もしなくてよく、気兼ねなく勤めに出られることを喜んでいたのではないだろうか。

祖父母は孫と一緒に過ごせて嬉しく、自分は小うるさい母親から解放されて伸び伸びと遊んでいられるのだから、それですべてが丸く収まっていたのである。

記憶

昆虫大戦争昆虫大戦争

それは 8月 1日の散歩での出来事。

夏休みで小学生の姿はなく寂しい朝。

静かに時は流れ、遠くから聞こえる鳥の声。

そんな朝の静けさを壊す出来事が我が身に降りかかる。

田舎町では珍しくないことだが、一匹の虫が視界の中をうろついていた。

単に通りすがりの虫だろうと気にもとめていなかったのだが、妙にしつこくまとわりつき、一向にその場を去る気配がない。

何度も手で追い払っているのに逃げないどころか、その動きは少しずつ激しくなり、顔のすぐ近くを飛ぶようになって大きな羽音まで聞こえるようになった。

その黒くブンブンと大きな羽音をたてる虫の正体ハチだ。

それほど大きなハチではないものの、黒くてシャープな体つきは攻撃性の高さを暗示している。

やっといなくなったと思ったら今度は 『お買い物日記』 担当者の周りを飛び始めたので帽子を使って追い払ったが、逃げるどころかさらに接近して目の前を横切ったりとなかなかの根性だ。

しばらくして姿が見えなくなったので、その場を立ち去ろうと一歩、二歩進んだ所で再び目の前に現れた。

たかが一匹のハチくらいなら思い切って叩き落とそうかとも考えはしたが、もしそれが特攻隊長で、仲間を呼び寄せ大群に襲われたらたまったものではない。

ここは穏便に済まそうと、なるべく刺激しないようにゆっくりと手を動かして追い払うものの、そのしつこさは一筋縄ではいかず、『お買い物日記』 担当者と二人、道路にしゃがみ込んで身を低くしたり、その場でくるくる回ったりしていたので横を通る車に乗った人は何事かと思ったことだろう。

その恐怖の時間はとても長く、5分にも 10分にも感じてしまったが、もしかすると 2-3分のことだったかも知れない。

やっとの思いでハチの威嚇攻撃から逃れ、妙な倦怠感や疲労感を覚えながら帰路を進んだ。

帰宅して散歩着から部屋着に着替え、手洗い、うがいを済ませ、いつもと変わらず朝食の準備をしていると、『お買い物日記』 担当者が室内を飛ぶ黒い影を目撃した。

何とそれは今朝のハチではないか。

黒っぽいポロシャツ、黒いジャージ姿で散歩していたので気づかなかったが、どうやら体にとまったハチを家まで連れて帰ってきてしまったらしい。

それにしても襲撃された地点から家までは徒歩 10分くらいの距離があり、途中で立ち止まったり早歩きしたりしたのにハチはじっと張り付いていたのは驚きだ。

いったいどうしてハチに目をつけられ、何の理由で家までついてきたのか。

とりあえず、こちらとしては同居する気などさらさらないので、さっさと退室願いたいものではあるが、相手がハチゆえに説得する訳にもいかず、ここは強硬手段をもってしてでも追い出すしかなさそうである。

殺虫剤を使うことも考えたが、まだ朝食の準備中であり、食器や食材が出されている状態だったため、少なからず毒性を含むものを噴霧するのははばかられる。

こちらとしては出て行ってくれれば良いのであって、殺傷するまでの恨みもない。

それならば捕獲してやろうと帽子をつかってみたが、そんなに簡単に捕まえられるものでもなく、右へ左へと追いかけ回したが体力を消耗するばかりだ。

しばらくして窓際まで追い込み、レースのカーテンでハチをくるむことに成功した。

さて、ここからが問題で、カーテンをぐるぐると巻き、雑巾をしぼるようにして圧死させることも可能だが、先にも述べたように殺生する気はないのでティッシュに包んで外に逃がしてやりたい。

『お買い物日記』 担当者が用意したティッシュを右手に持ち、左手で少しずつレースのカーテンを広げたその瞬間、左手親指に鋭い痛みが走った。

身の危険を感じたハチが最終手段の攻撃に転じたのである。

血管注射をしたような感覚に加え、同時に毒を注入されたものだから単なる刺し傷とは比較にならないほどの痛みに襲われ、思わずカーテンから手を離してしまったが、それが結果オーライで窓ガラスとカーテンの間にハチを追いやることができた。

カーテンの上から窓を開け、しばらく様子を見ているとハチは外へと出て行き、長い長い戦いに終止符が打たれる結果となったのだ。

しかし、終戦処理はこれからで、刺された指を応急手当てしなければならない。

ネットでハチ刺されを検索してくれた『お買い物日記』 担当者が次々に情報をくれる。
「冷水で洗うといいらしいよ」
「・・・もう洗ったよ」
「刺されたところをつまんで毒を出すといいらしいよ」
「・・・もうやったし、口でも吸い出したよ」
目をパチクリさながら 『お買い物日記』 担当者は
「どうして知ってるの?」
と不思議がっていたが、それは昔取った杵柄であり、子どもの頃、だてに野原を駆けまわっていた訳でなく、それなりの対処法、サバイバル術は年上の友達や父親から伝授されている。

最近の子どもや、その親であれば泣きわめいたりオロオロするばかりで病院に駆け込むのがオチであろうが、野生児のように育ち、ハチに刺された経験が二度や三度のことではない自分にとっては慌てるような事態ではない。

応急処置は終えたものの、もし毒性が強く指が腫れ上がっては仕事に支障がでるので、何か効く薬はないものかと物色してみたが、我が家に常備しているものでは効果がないようだし、唯一効能を謳っていたものは大阪時代に購入したものでとっくに使用期限切れとなっていた。

『お買い物日記』 担当者は心配してくれていたが、たかがハチに刺されたくらい放っておいても治るのだろうと何もせずにいたところ、ズキンズキンと指先で鼓動を感じるような痛みは夜まで続いたのであった。

政治参加政治参加

政治家は第一に選挙に勝つことしか考えず、自身に一票を投じてくれる有権者のことしか見ておらず、その有権者に耳心地の良いことを並べ立てたものが当人の政策、公約へと昇華すると言っても過言ではないだろう。

つまり、自分に有利な人を相手に政治をしているのであって、役に立たない人の意見など聞く耳を持たないのは言うまでもない。

選挙で当選するため投票率の高い高齢者向けの演説をし、それがやがて政策となり、公約であるかのごとく周知されていく。

したがって国そのものが高齢者を優遇する政策になりがちで、年金、医療改革が進まず、いつまでも若者が老人を支える構図から抜け出すことができない。

これで若者の投票率が高ければ政治家の目が向けられ、意見を無視することができなくなって安心できる年金制度、負担の軽い医療費、医療保険制度が考慮される政策へと変わるだろう。

次に投票率の高い中年層は老人の次に大切であるし、口コミが広がりやすく感情的行動に走りやすい主婦層も無視できないことから、子育て支援、妊娠出産時における女性の持続可能な就業対策、中高年の雇用維持、再雇用支援を念頭に置いた景気対策に焦点が当たる。

新卒の就職率が低下し、職に就けない若者が増え、労働、賃金格差が広がる一方であっても投票率の低い層の声は政治家の耳に届かない。

それは、ある意味において当然であり、まともに投票に行かず政治参加もしない若年層には不平・不満を言う資格はない。

今回の参院選の正確な調査結果はまだ発表されていないが、昨年末の衆院選では 60歳以上が約 63-75%の投票率、40-50代は約 50-60%、30代は約 50%となっている。

そして 20代はというと約 38%であって、年代別で比較すると劇的に低い数値だ。

単なるパーセンテージではなく各年代を構成する人口比率を当てはめた投票数に換算すると、20代と 60歳以上では 3倍以上の差が出るのではないだろうか。

繰り返しになるが、それだけの票差があれば若者に対する政策など二の次、三の次になってしまうことも否めない。

就職格差、賃金格差、年金・医療保険制度、就職・再就職支援などの負担軽減、支援を得られたかったら政治に参加し、選挙に興味を持ち、投票に行くべきであり、それができないのなら世の中に文句を言うべきではないし、不平や不満を政治の責任と転嫁するのも止めるべきだ。

投票に行かない理由でよく聞くのが
「一票を投じたところで何も変わらない」
「選挙の争点に興味がない」
などという意見だが、実のところは何も考えていないものと思われ、聞かれたから慌てて理由付けしただけのことであろう。

実情は
「かったりーし、めんどーだし、そもそも興味ないし」
といったところで、先週の日曜日(21日)が投票日であったことすら知らず、自宅に届いているであろう選挙通知書にすら目を通していないどころか、瞬時にしてゴミ箱に直行したものも少なくないのではないだろうか。

先々週の雑感でなんとか投票率を上げる方法はないものかと考えてみたが、よく考えると自分もこれから高齢者となっていくことであるし、このまま若者が選挙に興味を持たず、政治家が我々世代の意見だけに耳を傾けてくれる方が得なのではないかという気がしてきた。

若者よ、投票になど行くことはない。

これら窮地に追い込まれようが、高負担で低福祉しか受けられなかろうが、どんな苦労をしてでも負担金を捻出し、我々のような高齢者を支えておくれ。