大阪府摂津市JR千里丘駅周辺密着情報!!

テレビ出演

過去に一度だけテレビに出演したことがある。

とは言ってもテレビで演技した訳でも唄を歌った訳でもない。

実は NHKのニュースに出たのである。

とは言っても別に罪を犯したわけでも被害者になった訳でもない。

若い頃に務めていた会社に NHKのテレビクルーが取材にきた際、そのあちらこちらに映り込んだのであって、決して自分中心に取材を受けた訳でもインタビューされた訳でもない。

その会社はゲーム制作会社で、当時は任天堂のファミコンが発売されて大人気となり、パソコンも少しずつ普及し始め、職種としてはわりと脚光を浴びていたこともあって現場の様子を取材に来たのだった。

それは NHKのローカルニュースで放映される特集だったが、VTRを作成するのに昼から夕方までかかってしまい、ろくに仕事にならなかったことが思い出される。

そして、ニュースだとかドキュメンタリーとは言え、所詮は作り物でしかないという事実を身をもって体験することができた貴重な時間でもあった。

最初は仕事場の風景を撮影していたのだが、この業界の仕事などコンピューターに向かってひたすら入力作業を続けているだけなので何の動きもなく、映像としてはひどくつまらないものにしかならない。

背中越しにコンピュータのディスプレイを撮影したり、一般人とは比較にならないくらい高速な指の動きを撮影したりしていたが、すぐにネタは尽きてしまう。

そこでカメラを止め、
「ゲームの開発はどうやって始まるんですか?」
などと質問される。

そりゃあ勝手に作り始めるのではなく、一応は企画会議などもあるし、そこでまとまった企画をもって上司や営業職の人たちに向けてプレゼンし、実際に商品化に向けて開発を始めるかどうか検討する。

その旨を伝えると
「その会議のシーンがほしいんですけど」
などという無茶を言い出す。

そこで、今はプレゼンする企画もなく、すでに開発が始まっているものに関しては当然のことながら会議が終わっていることを伝える。

すると NHK社員は
「以前にボツになった企画でもう一度会議をしてほしいんですけど」
などとぬかす。

以前にボツになったものをもう一度プレゼンしたところで採用されるはずはなく、結果が分かっているので会議などしても無駄にしかならないではないか。

それでも NHK社員は
「どうしても会議のシーンがほしいんですよね」
と食い下がるので、その粘りに負けて架空ではないものの、撮影のためだけの会議が開催されることになった。

当然のことながら会議は紛糾するはずもなく、さりとて企画が採用されるはずもなく、ただ淡々と始まり粛々とボツにされて終了。

それでも NHK社員は満足そうで、次にパソコン以外の趣味は何ぞやとか、休日は何をして過ごしているのかなという仕事とは何の関係もない話題に移った。

社員の一人が休日は海に行って素潜りをし、貝やウニを獲って食べると話すと、こともあろうか NHK社員は
「今から海に行ってそのシーンを撮影しましょう」
などと言い出す始末。

平常日の、しかも勤務中に、なぜ海に行って貝を獲って食べなければならないのか。

国営放送は何でもありで、一般人はその撮影に協力するのが当たり前だと言わんばかりの態度に腹がたったが、上司が許可をしてしまったので話しをした社員と、それと仲良くしている社員の二人はロケバスに乗せられて海に連れて行かれてしまった。

夕方になってドヤドヤと帰ってきたが、それからは少し真面目にゲームについて話しをする。

地球外生命体やモンスター、ゾンビなどを相手に戦うゲームは多いが、人が人を殺すようなゲームだけは作りたくないと言うと深く納得してテレビクルーたちは引き上げて行った。

数日後、NHKのニュース番組で撮影された特集が放映された。

仕事をしている風景、せわしなく動く指、次々に映し出されるプログラムの文字列。

ナレーションでゲームの製作過程が説明され、プレゼン会議のシーンが 10秒ほど・・・。

社員の生活に話しは移り、海面に顔を出し、手に貝殻を持った社員の姿が 5秒ほど。

あれだけ長々と取材して VTRもさんざん回しておきながら放送時間は 5分程度・・・。

忙しいのに半日も奪われた時間を返せと言いたくなった。

NHKであっても、いくらニュース番組であっても、『ヤラセ』 とまでは言いたくないが、わざわざ撮影のためだけに会議を開いたり、仕事を中断してまで休日のシーンを撮影したりするのである。

それを身をもって体験してからというもの、ニュースで会議のシーンなどが放映されると
「このシーンのためだけに会議をやらされているんだろうな」
などと思ってしまい、イマイチ内容を全面的に信じられなくなっているのである。

楽なほうへ

北海道のテレビに出ている芸人には関西弁を使う人がわりと多い。

大阪帰りの自分としては馴染みのある言葉なので聞いていて違和感はないのだが、よくよく考えてみるとどうして北海道で関西弁なのか。

関西から北海道の大学に入る人は皆無ではないものの、その数は極めて少なく、また、そのまま北海道で芸人を目指すことなど考えにくい。

うがった見方をすれば、お笑いのレベルが高い大阪ではさほど面白なくても、北海道であれば勝負できるかもしれないという安易な考えでやって来る人が多いのではないかという疑問が頭をもたげる。

強豪ひしめく大阪や奈良の高校で野球やっててもレギュラーになれないからと他都道府県に転向する生徒もいるが、それと同じような発想なのではないかと。

昔のスポ根マンガ、巨人の星やアタックNo.1、エースをねらえ!のように努力して、努力して、血のにじむような練習をして・・・などというのは流行らないのか。

楽をして上に行くことばかり覚えると
「社会に出てからどえらい苦労をするんだぞ」
と言ってやりたい。

かく言う自分は学生時代に何のクラブ活動にも参加せず、努力などという言葉とは無縁の生活をしていた。

いや、中学一年生のほんの一時期だけサッカー部に身を置いたことがあるが、2-3回だけ顔を出した後は完全無欠なる幽霊部員と化していた。

それは努力するのが嫌だとか練習が辛いとかいう種のものではなく、単に友達と遊んでいる方が楽しかっただけなので少し違うようにも思えるし、肉体的に自分をいじめ抜いて鍛えるとか快感を覚えるなどというドMな性格ではないこともあり、もともとスポーツにはむいていないのだとも思うが、実際には楽な方へ、楽しい方へと流されただけなのかも知れない。

しかし、今の仕事も日々技術は進化するので、それを追いかけるのもなかなか大変なことであるし、分からないことだらけだったりするのだが、必死に調べて身につけようと努力はしているつもりだし、頭から煙を吹き出しそうになりながら苦しみ、のたうち回って完成させることだってある。

もちろん、放っておいては仕事にならないし、できないことばかりだと生活に支障が出るので背に腹は代えられず仕方なしに頑張っている面も否定はできないが。

そういう点においても最近の若者は楽なほうを選びがちなように思える。

ちょっと調べたら分かるようなことでも聞いてくるので、いちいち手を止めて答えねばならない。

今はネットで検索すれば多くの情報を得られるので減ったかも知れないが、自分が会社組織の中にいた頃はそんなケースが多々あった。

しまいには腹がたって
「自分で調べろ」
と言ってみたり、結論ではなくどの本を見れば答えを得られるか教えたりしていたので、後輩から怖がれたり冷たく思われたりしたものだ。

しかし、自分で調べるクセをつけず、安易に聞いて答えを得るといつまで経っても覚えないし、何度も同じこを教えなければならないこちらも時間の無駄になる。

実は偉そうに言いながらもネット時代の今、自分も楽な方へと流されてしまっている。

日本語にしても英単語にしても分からなければチャチャっと検索すれば解を得られる。

そして、その解を安易にコピペ(コピーして貼り付け)してしまうので、いつまで経っても身につかず、同じ単語を何度も調べては、その都度
「ああ、これか」
と思い出したりするのだが、次に使おうとするとやっぱり漢字やスペルが思い出せない。

昔は何人もの友達の電話番号を記憶していたものだが、今は携帯電話にメモリーしているので自宅の電話番号すらなかなか覚えられない。

炊飯器に洗濯機、食洗機に電子レンジ。

人は楽なほうへ楽なほうへと流されるようである。

オプトイン/オプトアウト

オプトインは何もしなければ断る設定で、選ぶ場合は意思表示する必要がある。

オプトアウトは何もしなければ選ぶ設定で、断る時に意思表示する必要がある。

前者であるオプトインのビジネスといえば新聞配達が典型か。

契約期間が終了しそうになると勧誘がやってきて洗剤だの何だので気を引きつつ、さらに一年の契約を得ようと必死にならなければならない。

後者のオプトアウトはライフラインである電気、水道、ガス料金、固定電話に携帯電話、プロバイダなど多岐にわたる。

断らない限りは、たとえ使わなくても延々と基本料金を徴収される。

そして 『ひかりTV』 のお試しもそうだ。

実は今、NTTの勧めで機器を借り、2カ月間の試用をしているところである。

お試し期間の 2カ月を過ぎる前に断らなければ自動的に本契約となってしまう。

接続したのが 12/01なので契約を断る場合は来年 1月末日までに、その旨の連絡をNTTの担当者にしなければならない。

月額 4千円弱の料金で大量のテレビチャンネルを視聴でき、いつでも観られる映画や過去に放映されたドラマなども豊富であり、なかなか便利なので今のところは続けるべきか止めるべきか悩んでいるところである。

このように金額が決して安いとは言えない場合は悩んだりもするが、これが月額数百円程度のサービスであれば迷わず契約し、たとえ使わなかったとしても契約を解除するのが面倒でダラダラと料金を払い続けるに違いない。

例えるなら固定電話のキャッチホンなどがそうで、月額 300円程度ではあるものの、実際には通話中に他の要件の電話がくる確率など極めて低く、年に何度か、いや、数年に一度もあるかないかであるにも関わらず、そして話し中だったからと言って大きな支障などあるはずないのに一度サービスを申し込んでしまうと解約するのも面倒だったり、申し込んでいることすら忘れて放置される結果となる。

少額であれ、サービスを提供している側からするとチリもつもればマウンテン状態であり、あきらかにオプトアウトのモデルのほうがビジネスとして成功しやすいものと思われる。

携帯ビジネスも栄枯盛衰が激しいが、モバゲータウンにしてもグリーにしても、サイト内で何かを購入する意思表示がない限り収益にはならない。

そして、どちらも壁にぶち当たって業績が伸びずにいる。

ここは数百円の料金でも月額固定で徴収できるシステムを構築すべきだろう。

月に数百円であればユーザーの負担も軽く、あまり利用しなくても契約解除するのが面倒で放置される可能性が高い。

そういうユーザーが多ければ多いほど経営は安定する。

500万人も会員がいるのだから、毎月100円を徴収するだけで安定的に月額 5億円を得ることができる計算だ。

今更ビジネスモデルを再構築するのは難しいのかも知れないが、何か対策を講じなければ株価は下がり続けるものと思われる。

何かオプトアウト型のビジネスでも始めてひと儲けできればと思わないでもないが、残念ながら自分にはそのような商才はなく、どうやら他社のビジネスに対してブツブツと文句を言っているのが関の山なようである。

メガネ生活

唯一他人に誇れることができた視力2004年から若干の衰えを感じ始め、2005年には低下してきたものと思われる。

最初は徐々に進行したのだろうがこのところの変化は著しく、その落差に体と頭がついて行かず、目にゴミが入ったのだと思ってしきりにこすってみたり、疲れ目が原因なのだろうと目薬に頼ったてみたりしていたが、実は激しく視力が落ちていたことを眼鏡屋さんで遊びのつもりで受けた視力検査によって自覚させられた。

そのときの診断では視力が 0.6、近視系の乱視に老眼まじりという結果だったが、おなじ 2008年の末に受けた健康診断での検査結果は 0.5、それから約一年後には 0.3と、急な坂道を転げ落ちるような勢いで悪化を続けていた。

すでにテレビに映し出される文字が見え難くなっていたのは事実で、最初はプロ野球中継を見ていて今が 6回なのか 8回なのか、はたまた 9回なのか、そして 0点なのか 3点なのか、はたまた 6点なのか分からなくなり、それから徐々に 1なのか 7なのかも判別困難、しまいにはある程度の大きさがなければ映し出される文字が読めなくなってしまった。

それでも 『目が悪い』 ということが果たしてどういうことであるのか、『見えない』 とはどういう状態であるのか生まれてこのかた経験したことがないので、それが視力の低下に起因することだと頭でも体でも理解できずにいた。

ずっとパソコンに向かうと夜には著しく視力が低下していたものの、翌朝にはある程度回復していたので加齢による眼精疲労が顕著になってきたのだろうという意識が強かった。

ところが正式な検査の結果は明らかな視力の低下であり、マッサージや目薬で回復できる種のものではないと断定されてしまったのである。

そこで11月 27日、ついにメガネの購入と相成った訳であるが、若い頃に遊びで伊達メガネをかけてみた程度の経験しかなく、自分に似合うメガネ、使いやすいメガネとは何ぞやという基本知識がない。

お買い物日記』 担当者からの情報によるとレンズ部分が大きいほうが視界も広くて不便がないということだったが、メガネにも流行というものがあるらしく、デビューしたての大江千里がしていたような昔で言うところのアラレちゃんメガネは店頭で扱っていなかったのでどうしてもレンズの小さなものになってしまうが、車を運転する訳でもなければ仕事に必要な訳でもなく、ただテレビを見るときにのみ使用するようなものなので大きな問題はないだろうと判断した。

今、この文章を作成するにあたり 『アラレちゃんメガネ』 を検索したところ、人気復活の兆しがあるらしいので少し驚いたが、化粧でもファッションでも数年のサイクルで流行を繰り返したりするものなのでメガネにも同じことが言えるのだろう。

ファイル 3087-1.jpg話を元に戻して結果的に購入したメガネはご覧の通り、とても普通のサラリーマンにはできそうもない代物で、在宅勤務であるがゆえに何の配慮もすることなく即決で購入することが可能というものであるが、これは自分の好みではなく店員さんと 『お買い物日記』 担当者の意見に従った結果なのである。

最初はおとなし目のフレームを手にとって見ていたのだが、実際にかけて 『お買い物日記』 担当者の顔を見るとブンブンと首を横に振る。

黒縁メガネ、縁無しメガネ、銀色メガネに金色メガネ、どれをかけてみても 『お買い物日記』 担当者の表情はイマイチだったが、このメガネをかけると 「うむ」 と首を縦に振り、店員さんも 「こちらが良いですね」 と言うので素直に従ったまでだ。

12月 1日に出来上がったメガネを受け取り、ついにメガネ生活が始まった。

メガネをした顔を見慣れないからか、『お買い物日記』 担当者はじーっとこちらを見てはニヤニヤしている。

まだ慣れない自分はメガネをしたまま立ち上がって歩こうとしてはクラクラしたり、メガネをするのを忘れたままテレビを見てボンヤリした字を眺めたりと何だか生活に溶け込めずにいる。

そして、注がれたコーヒーを飲み干そうとカップを傾けるとメガネにコツンと当たったりして慌てる。

どうやら今までと同じ感覚で飲んではいけないようで、ずっとメガネをかけている人は自然にそういう動作が身についているらしい。

テレビを見ながらの食事に関しては 12/02の独り言に書いた通り、どうも勝手が違って望むような快適さを得られずにいる。

何かと不便なことも多いが、見え難くなってなっていたテレビの文字もクッキリ見えるようになったことだし、視力の低下を招いたのは若い頃からの酷使が原因と思われ、何のケアもしてこなかったがための自業自得でもある訳なので、これから少しずつメガネ生活にも慣れて長く付き合って行こうと思う。

健康診断 2009 胃カメラ挿入編

「それじゃあ胃カメラをするところにいきましょうか」 との言葉にうながされ、スリッパのまま冷たい廊下をヒタヒタと進む。

途中、病院特有の無骨で大きなエレベータに乗り込み、ドアが静かに閉まる。

彼女は何も言わぬままボタンを操作し、階数を示すシグナルを見上げたまま動かない。

目的の階についたエレベーターのドアが静かに開き、再び細くて長く、冷たい廊下を歩く。

すでに覚悟を決め、諦めとも開き直りとも言える感情になっていたはずなのに次第に鼓動が速くなり、これから繰り広げられるであろう修羅場が頭をよぎって一気に不安と緊張感が広がる。

検査室に入ると、まずはこれからの手順書を読まされ、胃の中を鮮明に見えるようにするための白くにごった液体を飲まされる。

体を横たえるベッドに腰かけ、次にノドの感覚を麻痺させるゼリー状のものを口に入れられ、それを飲むように言われるのだがそれが実ににがい。

内視鏡を操作する医師が登場し、看護師と何やら打ち合わせをしている。

看護師の 「まるっきり初めてらしいです」 との言葉に医師は 「初めて!?・・・う~ん」 という会話がもれ聞こえ、それに続く医師の言葉を待ったが何も続かず、余計に不安が胸に広がり、ドキドキしながら医師の動きを目だけで追っていた。

そして、さらにノドの感覚を麻痺させるスプレーを口の中に吹きかけられたのだが、それがまた一段とにがく、とても美味しくなかったので顔をしかめていたら看護師さんに笑われてしまった。

医師から 「初めてなんですね」 と言われ、こっくりとうなずくと 「大丈夫ですよ、すぐ終わりますから」 とにこやかに言ってくれたので少し安心していると 「最初は苦しいですけどね」 などと 『ドS』 なセリフを言う。

とたんに表情が曇り、不安そうな顔をしたのだろう、慌てて 「苦しいのは最初だけです、入れるときにちょっと苦しいだけですから」 と医師は言葉を付け加えたが一度広がってしまった不安は簡単には取り除かれないのである。

いよいよマウスピースを装着され、口を閉じれない状態に固定されたままベッドに横たわる。

胃カメラの先端の LED が発光して周りと医師の顔を明るく照らし、それが徐々に近づいてくる。

よほど驚愕の表情を浮かべて先端を見つめていたのだろう、医師があきれた風に笑いながら 「目、つぶりましょうか」 と言うので慌てて目を強く閉じた。

そういえば昔、歯医者さんでも治療器具が口の中に迫ってくるのをジッと見ていて 「目をつぶってください」 と注意されたことがあるので、どうやら医療器具を見つめるのは自分のクセらしい。

そしてとうとう胃カメラが口の中に入れられ、ノドの奥に侵入してきた。

・・・それは同時に地獄への入り口でもあった。

検査室に響き渡る 「オ゛エ゛~ェェェ、オ゛エ゛~ェェェ」 というケダモノのような呻き声、溢れ出るよだれ、涙に鼻水、看護師の 「体の力を抜いてください!」「ゆっくり深呼吸して!!」というセリフ、医師の 「落ち着いてください!」「もう少しですよ!!」という声。

もう分娩室で赤ちゃんを産むような騒ぎである。

それでも最初の部分を通過すると、それ以降は少し楽になり、看護師や医師の言うとおりにゆっくり呼吸したり気を落ち着かせたりすることができた。

一気に最深部にまでカメラを入れて、少しずつ抜きながら内部を撮影するようで、最初は胃を少し抜けて腸の付近まで到達し何やらゴソゴソと機械を操作している。

次に先端部は胃の中に止まり、医師が機械を操作すると中でエアを噴出させて胃を膨らませる。

お腹がプクーと膨れてくると口から少しずつエアが漏れだし、再びノドに管が通っているのが気になりだして 「オ゛オ゛・・オ゛ガエ゛ッグ」 とゲップまじりの嘔吐感。

看護師と医師は慌てて 「もう少しですよ」 と声をそろえ、「くるしいですけどゲップは我慢してくださいね」 などと指示される。

それから間もなくしてカメラを動かし、胃の入り口付近を調べてやっと口から管が抜かれた。

マウスピースも取り外され、頭も心も真っ白の抜け殻になった自分はベッドの上で放心状態のまましばらくボ~ッとしていた。

そしてすぐに内部を撮影した写真を見ながら医師との話。

「基本的にすごく綺麗な胃ですよ」 (よしよし)
「色も人より綺麗ですしね」 (ふむふむ)
「で、一箇所ポリープがありましてね」 (えぇ!?)
「良性でガン化の心配もないんですけど」 (はぁ・・・)
「たまに急に肥大化することがありましてね」 (え、ええ)
「そうなると食べ物にこすられて出血することがあるんですよ」 (・・・)
「出血が続くと便が黒ずんだり貧血症になったりしますから」 (・・・・・)
「経過観察したほうが良いですね」 (そ、それは・・・)
「ただですね」 (え?)
「ポリープは小さいからレントゲンじゃ写らないんですよ」 (・・・?)
「これから胃カメラを毎年しましょうね」 (あ゛・・・)
「今日でこりました?」
「はい、懲りました!!」
「じゃあ来年は鼻からしましょうか」
「・・・・・・・・・・・・」

という訳で、毎年の胃カメラ検査を言い渡されてしまった。

トボトボと家に帰り、いかに苦しい思いをしたか 『お買い物日記』 担当者に切々と訴えてみたが、来年も検査するように言われるだけだった。

そして、それまでのプレッシャーから開放されたからか、あれだけ出ずに困っていた便が一気にドカンと出たのであった。

健康診断 2009 序盤戦

それは 16日から始まった

検便のための採取は提出日の 5日前からとの指示だったので、トイレで頑張ってみたのだが、まるで出る気配がない。

そう、自分は男のクセに便秘体質なのである。

そういえば子どもの頃、あまりにも便が出ないので何度となく病院に連れて行かれ、浣腸をしてまで排便させられていたのを思い出す。

毎日出ないのが普通であり、それでも極端な便秘にはならず数日に一度の割では出るのであまり気にしてはいなかったが、期日内に出さなければいけない場合には考えものだ。

しかし、期日までには何とかなるだろうとその日は諦め、なかば開き直った状態でフテ寝したりしてみたところ、翌 17日の夕方になってお腹がゴボゴボと音をたてはじめて明らかに出る兆候を示し始めたのでトイレに駆け込んで無事に採取することができた。

20日の朝 8時がリミットなので残り 2日でもう一度採取しなければならないのだが、翌日もその翌日もさっぱり出る気配がない。

19日の夜になって、いよいよ焦りも頂点に達し、何度かトイレに行って 「う~~~ん」 と頑張ったりしてみたものの、頭がクラクラするだけでまったく便意をもよおさない。

翌朝になって運良く出るなどということは考え難く、何としてでも今晩中に採取してしまうか、「すみません、一回しか出ませんでした」 と素直に謝るかのどちらかだと切羽詰った状態になって思ったのだが、特に女性はもの凄い便秘の人がいる訳で、2-3日どころか 5日も一週間も出ない人だっているはずであり、世の中には一度しか採取できない人、ひょっとすると期日までに一度も採取できないひとだっているかも知れない。

それならば何も必死になって肛門がはずれそうになるほど頑張らなくても良いのではないかと、開き直りにも似た思いで心を落ち着けて就寝前にトイレに向かうと、まるでウサギか鹿のフンのような硬くてコロコロしたものがポロリと出た。

検査のための準備も整い、翌朝は気合を入れて病院に向かう。

何せ生まれて初めての胃カメラをしなければならず、何日も前から不安と緊張の中で過ごしたが、もうここまでくれば覚悟を決め、ちょっと太いうどんを飲み込んでやるんだくらいの意気込みで向かわなければいけないのである。

受付を済ませ、やっとの思いでひねり出した検便のキットを提出し、着替えを済ませて尿検査のための採取をして検査ロビーのイスに腰をおろす。

この病院の施設は実に合理的にできており、廊下の受付カウンターの正面が着替えのロッカー室、そこから数歩のところに検尿用トイレ、その廊下から受付カウンターの横を通って中に入ると待合のロビーがある。

そのロビーを中心に身長、体重を計測する場所、視力検査の場所、腹回りの計測、聴覚検査室、心電図の部屋、胸のレントゲン室、お腹のレントゲン室、問診、触診のための診察室、採血のカウンターが左回りにぐるりと囲んでいる。

ロビーのイスに座っていれば、すべての部屋が歩いて数歩のところに配置されているため、流れ作業のように検査は進む。

まずは身長と体重の測定で、去年より約 1.5Kg ほど増えていたが、去年の夏に始めた禁煙が今も続いているので、それが原因であろうと容易に想像がつくし、増え続けた体重も今は落ち着いているのでこれ以上の増加をくい止めれば良いと思っている。

視力は去年より明らかに悪くなっており、自動車の運転をする場合にはメガネをかけなければいけないレベルになってしまったが、車には乗らないし普段の生活ではテレビに映し出される細かな文字が見えない程度であり、それ以上の不自由は感じていないので気にしないことにした。

聴力は耳が遠くなった気はしていないので問題ないし、心電図はたった 30秒くらいの検査で何もでるはずがないので、はなから気になどしていない。

胸のレントゲンは結果が出るまで分からないし、血液検査も同様だ。

診察室に入り、それまでの結果を踏まえて問診と触診を受ける。

あお向けに寝かされて腹をグニグニされたが痛みもなく、足を組んで金づちみないなものでヒザ下を 「コン」 とされるとつま先までビビーンと跳ね上がるので脚気(かっけ)にもなっていないらしい。

上述した部屋の今回は受けない腹部レントゲン室以外を全て回り終わり、ふと気づいたのだが胃カメラをする部屋がない。

そして、それ以外を先に全て終わらせたということは、途中でできないほど胃カメラとは大変な検査なのかもしれないと、不安感と緊張感に再び襲われる。

書類を持った女性がツカツカと近づいてきて、「それじゃあ胃カメラをするところにいきましょうか」 と、じっとこちらの目をみながら静かに言った。

そして無言のまま彼女の後に続き、冷たい廊下をスリッパのまま進む・・・・・

次週、いよいよ怒涛の 『胃カメラ挿入編』!!
そしてそこに映し出されたものとは!?

需要と供給

資源は供給量を大きく増やしたり減らしたりすることが難しく、常に一定でしかない。

たとえば希少金属である金とかパラジウムなどは需要が多いからといって大量に供給できるものではないのである。

なにせ埋蔵量が決まっているので新たな鉱脈でも見つからない限りは全人類が限りある量を分け合うしかない訳だ。

そこで、高くてもほしいという欲求が生まれ、価格が高騰する。

たとえダイヤモンドであろうと、誰も必要としなければ一円の価値もなく、見向きもされない石ころに過ぎないが、それを欲しがる人がいるから値がつき、欲しい人が多いほど価格は高騰する。

それは石油にしても小麦粉にしても同じだ。

原油価格が高騰しているのは、これから先も中国は発展を続け、インドやブラジル、ロシアも経済が拡大していくものと予想されるためだ。

そうなれば電気が必要になり、発電に必要な石油も需要が膨らむし、中国北部やロシアなどは日本より圧倒的に寒いので暖房のための石油も必要になるだろう、プラスチックなど石油から作られる製品、石油由来成分が含まれる化粧品なども豊かになれば必要とされるだろうし、もっと発展すれば自動車の保有率も上がってガソリンも消費される。

それら全てのことを見込んで原油価格は高騰しているので、これから先も値下がりすることは考えにくい。

世界経済が回復すれば電子機器や自動車の生産も復調するだろう。

それが分かっているから製造に必要な希少金属や鉄などの価格が高騰する。

ところが、その資源を使って生み出される製品は値上がりしないどころか値下げ圧力が強いのがメーカーの頭を悩ませる。

たとえばエコカー減税で売れに売れたトヨタのプリウス。

あれだけ引き合いが強く、生産が追いつかない現状を資源に当てはめれば、大きな需要に対して供給が不足しているのだから値上がりしても良いはずなのに、メーカーは休日返上で増産して供給量を増やそうとする。

値上げどころかライバルのホンダ車、インサイトに負けないように値引きまでして販売している。

原材料価格が上がっているのに値下げしなければならないという矛盾。

今は食べ物の原材料から繊維まで何でも値上がりしているのに物価は上昇しないし、安売りが横行して再びデフレの様相まで呈してきた。

販売価格に対して原材料の占める割合が大きい豆腐とか納豆など、本来であれば現在の倍の価格で売らなければ適正な利益が得られないはずだ。

それなのにスーパーなどの特売の目玉にされることが多く、販売店側の圧力に屈して安く卸すしかないメーカーに明日はあるのか。

資源高と値下げ圧力に耐え切れずメーカーの数が極端に減った場合、大きな需要に対して供給量が極端に細り、今度は売り手側の言い値で販売されることになり、遥か昔にあった定価販売の時代に逆戻りするかもしれない。

この負のスパイラルを断ち切らなければ、メーカー側も消費者も結果的に誰も幸せになれないような気がする。

だからと言って、その解決策、特効薬を持ち合わせているわけでもなく、買いたいものがあれば一円でも安いものを選んでしまう自分だったりするのではあるが・・・。

初体験

早いもので今日は週末だ。

再来週のことになるが、20日は健康診断を受けに行く。

去年も年末近くに受けているのだが、『お買い物日記』 担当者が大きな病気をして以来、毎年かかさず受診して、万が一にでも何かあった場合でも早期発見ならば何とかなるだろうという思いから、今年も真面目に行くことにしたのである。

胃の具合を診るために去年はレントゲン撮影をしてもらった。

受け付け担当者の言うことにゃ、一年おきにレントゲンと胃カメラを実施したほうが良いらしい。

胃カメラなんぞ生まれてこのかた経験したことがなく、えも言われぬ恐怖感が胃袋のもっと下のほうからオゾオゾと込み上げてきたりするが、レントゲンでは見落とされがちな小さな異常まで発見できる可能性があるとのことなので今年は胃カメラにしてもらったのだが、今は口から入れる他に鼻から入れる少し楽な方法もあるとのこと。

口から入れて苦しそうにしている映像はテレビなどでも見たことがあるので鼻から入れる場合のことを聞いてみると、鼻炎持ちの場合は検査から一週間以上は鼻の痛みと鼻水が続く可能性があるという。

それはもともと鼻炎気味である自分の場合にも当てはまる話なので、それならば検査中は苦しくとも終われば後に苦しみの残らない口からの方が少しはマシなのではないかと思うに至り、決死の覚悟をもって口から入れる胃カメラを選択したのだが、歯の治療でさえゲロゲロ状態になる自分はゲロゲロ状態になって看護師さんに迷惑をかけるのは目にみえている。

歯の型をとるためにペースト状のものを口の中に入れられて固まるまでしばらく待たなければいけないことがあるが、そんな時でさえゲロゲロ状態で目は溢れんばかりの涙できらめき、歯科助手さんが隣で
「もう少しですから頑張ってくださいっ!」
とか
「は、鼻でゆっくり息をして落ち着いてくださいっ!」
などと、まるで出産でもするかのような大騒ぎになってしまう。

鼻で息をせよと言われても、しまいには涙のほかに鼻水まで出かかって、とてもじゃないが鼻呼吸なんかできる状態ではなくなってしまうのである。

子どもの頃、風邪をひいて小児科に行くと金属製の平たい器具で舌を押さえられてノドの奥を見られたものだが、そんなときも必ず 「オエッ」 となっていたし、今でも歯磨きでブラシが奥歯付近にさしかかると 「オ゛エ゛ェェェ~」 となってしまう。

そんな自分が口から内視鏡を挿入され、それがノドを通ったまま何分間も我慢しなければいけないというのは拷問に近く、やってもいない犯行を自白してしまいそうなくらい想像しただけで嘔吐感にさいなまれてしまう。

すでに申し込んでしまったのだから覚悟を決めなければいけないのは分かってはいるが、なかなかまな板の上の鯉のような
「もうどうにでもしてくんな」
的な心境にはなれないでいる。

検査まで二週間をきってどんどん緊張が高まってきており、それに比例して憂鬱度メーターもうなぎのぼりで、すでにレッドゾーンに達しているためメーターを振り切ってしまいそうな勢いだ。

残り数日ともなれば緊張状態は極限にまで達し、胸の鼓動が早まって呼吸もハアハアしてくるかもしれない。

あまりの緊張から夜も眠れず、食欲もなくなってしまうかもしれない。

胃カメラを選択したばかりに、検査を受ける前に病気になってしまいそうな今日この頃である。

冬支度

いよいよ明日から 11月。

北海道ではそろそろ冬の準備にとりかかる。

この時期、店を賑わすのはクリスマス用品、ケーキの予約、おせち料理のパンフレットというのが定番だが、北海道の場合はそれよりも広いスペースを割いて漬物コーナーが設けられる。

漬物を漬けるのに必要なタル、大量の塩、味噌、たくあんを漬けるための米ぬか、北海道ならではの漬物を漬けるために必要な身欠きにしん、米麹。

そして白菜、キャベツ、大根などが大量に積み上げられ、店の出入り口付近の特等席に陣取る。

その圧巻とも言える光景は決して大阪では見られなかったものだ。

ホームセンターの入り口付近にも、いったい誰が使うのか不思議に思えるほどの巨大なタル、必死にならなければ持ち上げられないような大きな漬物石が売られている。

そして、北海道の家庭には欠かせない除雪道具。

あ~冬が目の前まで来たんだなぁ~と実感することができる。

車を持つ人は冬に向けてタイヤ交換。

これから春になって雪が消えるまで、ずっとスタットレスタイヤを装着したままになる。

そしてワイパーの交換。

冬は雨だけではなく雪をも相手にしなくてはならなず、普通のワイパーでは歯が立たないし、昼間に解けた雪が夜中に凍り、ワイパーと窓が凍り付いてしまうこともあるので雪や寒さに強い樹脂製のワイパーを使う。

我が家には車もないし、漬物を漬ける習慣もないのでどちらもあまり関係のない話であったりするのではあるが・・・。

我が家の冬支度といえば重ね着用のフリースやら暖かいソックス、ニット帽に手袋、冬靴、外出用のモコモコの上着くらいなものだ。

除雪の用具はすぐに取り出せるところに保管してあるので本格的に雪が降ってから玄関に移動すれば良い。

実に簡単な準備であるが、最大の問題は暖房を準備するタイミングだ。

この家はオール電化となっており、暖房は深夜電力を利用して熱を蓄積し、翌朝になってそれを放出する仕組みになっている。

つまり、寒いからちょっとストーブを点けて・・・という訳にいかない。

昨年は北海道に帰ってきて初めての冬で、大阪の建物より構造がしっかりしている寒冷地仕様の家であるため室温はなかなか下がらず、11月 20日になってやっと暖房を使い始めた。

周りの人からは
「死ぬよ」
と脅されたり、
「お願いだから暖房つけて」
と懇願されたりしていたが、当の本人たちがひどく寒いと思っているわけではないので平気な顔をして生活していたものである。

大阪では真冬に部屋の中が 10度を下回ってもエアコンの暖房機能など使わず、厚着をし、コタツに入って暮らすのを 10年以上も続けたのですっかり慣れてしまっていた。

そして二度目の冬。

今日から三日間くらは最低気温が 0度付近、最高気温も 5度前後という日が続くので、ちょっと寒さが身にしみたりしているが、それを過ぎればまた最低 10度、最高 15度前後の日が続く。

せっかく大阪で身につけた寒さへの対処法、今年も 11月の中旬くらいまで暖房なしで乗り切ってやろうとか思ったりしている今日この頃である。

デジタル化の波 Signal-1

デジタル化の波 ~目次~

なんでもデジタル化され、世の中が便利になりつつも既存のビジネスが成り立たなくなっているケースも多い。

ヨーロッパではインターネットの台頭とフリーペーパーの存在によって大手新聞社の発行部数が激減し、経営が立ち行かなくなるケースが増えている。

フリーペーパーとは無料新聞のことで、地下鉄や電車の駅前など人が多く行き来する場所に置かれている。

そのフリーペーパーだって文字や写真がデジタル処理できるパソコンの普及で発行が容易になり、参入障壁が低くなったことによって数が増えたのだろう。

昔であれば新聞記者が現場に行って取材し、会社に帰ってから撮ってきた写真を現像にまわし、取材メモを見ながら原稿を書いて校正などチェックを繰り返した後に文字写植をして印刷所でゲラが出来上がり、それを最終チェックしてから印刷するという膨大な作業があった。

ところが今では現場でパソコンを使って記事の原稿を書き、撮影したデジタル写真の中から最も良いものを選んて添付して Eメール送信すれば会社のサーバに蓄積され、各所から集まった記事をパソコン上で貼り付けたりレイアウトを整えたりして誤字脱字などがないかプログラムでチェックして印刷所に送信し、そのデータをそのまま印刷すれば新聞の出来上がりである。

このデジタル化によって原稿の締め切り時間が圧倒的に遅くなり、夜中の 1時や 2時のできごとが、その朝の新聞に掲載されていたりするので新聞を発行する側も読む側も受けた恩恵はかなり大きい。

ただし、それほど巨大な組織じゃなくてもコンピュータさえあれば新聞の製作が容易になったのでベンチャー的刊行物も増える。

新規の新聞を一軒、一軒営業して発行部数を増やすのは容易なことではないので、それならばと無料でばら撒いてしまい、購読者を一気に増やして露出度を高め、それを武器に広告を獲得して収入源とするのがビジネスモデルである。

最初は大手の新聞社も高をくくって見ていたが、あれよあれよと言う間に市民に受け入れられて発行部数を伸ばし、新規参入が増えて内容を充実させる競争が激化した結果、記事の質も向上して有力紙とそん色ないレベルに到達するに至り、もはや市民は料金を払って新聞を購読する必要がなくなってしまった。

慌てふためいたのが有力各紙で、びっくりするような勢いで購読者数が減っていく。

そこで発行元各社が選んだ道は自社の新聞も無料化することだ。

有力紙のネームバリューがあれば数あるフリーペーパーの中でも手にとってもらえる確率が高く、多くの人が目にするようになれば離れていったスポンサー広告も戻ってくるに違いないという目論見だろう。

しかし、記事の質が高まって信頼を得るようになった新規のフリーペーパーも多いことから、目論見どおりに行くか神のみぞ知るというところだろう。

遥か昔、新聞というビジネスの勃興期に星の数ほど生まれた新聞が勢力を競い合い、淘汰されて生き残ったのが現在の新聞社だ。

今から始まるのは戦いの延長ではなく、新たなフィールドでの戦いだと思ったほうが賢明であり、いくら有力紙といえどもスタートラインは他紙と一緒である。

これから数年後にどこが生き残っているのか分からない。

そんな厳しい戦いの時代は、おそらく日本にもやってくるだろう。

今の新聞各社、戦いの準備はできているのか、心の準備はできているのか、少なくとも戦略くらいは練っているのか。

読売新聞のナベツネはいつまでも偉そうにふんぞり返っていられないことを自覚せよ。

その戦いはいつ始まるか分からない。

もうすでに、誰かが水面下で準備しているかもしれないのだから。