2005年 1月
疑問 answer 2 疑問 answer 2
先週の続きになるが、やはりネットは便利である。疑問に思うことを簡単に調べることができるので、つい先日も 「
節分の恵方(えほう)とは何ぞや」 や 「
スズメの生態はいかに」 という疑問が次々に解決した。 漢字変換を使うことによって漢字を書けない人が増えると危惧されているが、やはり PC とネットは生活から切り離せなくなっている。
ある日、うどんを食べながら思った。 (日本人はいつから食べているのだろう?) 時代劇などを見ても、落語を聞いても ”うどん” が登場しているので古くから食しているという予想はつくが、いったいどれくらい昔から食べられているのか気になったので早々にネットで調べてみると、奈良・平安の時代には中国から伝えられて貴族的な社会にはすでに広がっていたらしいが、他の多くの食品と同様に庶民の食生活に取り入れられたのは室町時代頃からなのだそうだ。
古典落語で 『熊さん』 や 『八っつぁん』 がうどんを食べていても、江戸を舞台にした時代劇で食べていても不自然ではないわけだ。 小麦粉を練って練って寝かせて発酵させ、麺にするところまでいきながら、それに少し手を加えて焼き、パンのようにするところまでいかなかったのはどうしてだろう。 これも様々な単語を組み合わせてネットで検索してみたが、残念ながら答えはみつからなかった。
同じ小麦粉を使うのであれば、和食の代表のように言われている天ぷらも同じ時期に普及したのかと思って調べてみたら、今から 200余年程前に江戸で誕生した料理とあった。 小麦粉を使う文化はあっても、天ぷらを揚げるのには油が必要で、その油が普及したのが江戸時代の初めなのだそうだ。
天ぷらが現代と同じ作り方なのであれば、卵も使用するはずで、卵と小麦粉がありながらパンの文化が生まれなかったのが益々不思議に思えてしまうが、よく考えてみると昔の料理でパンに合うものがなかったからかもしれない。 先週の雑感で書いたように牛乳が普及するのが明治になってからだし、当然、バターなどがあるはずもない。 そう考えるとパンをあみだす必要がなかったのだろう。
とある日、建築現場で働いている人の姿を見て疑問に思った。(ニッカポッカの裾はどうして広いのだろう?) ニッカポッカと言えば、現場で働く人の多くが着用している裾がブカブカなのに足首でキュッと締めているズボンのようなものだが、どうして裾がブカブカになっているのか分からない。
鳶職 (とびしょく) など、目もくらむ高所で働く人も着用しているが、高所になれば風も強く、空気抵抗の大きいニッカポッカは危険なような気がする。 それでも着用するからには、万が一落下したときには裾を広げてムササビのように安全な場所まで滑空できるとか、大きな空気抵抗を利用してパラシュートの役目を果たすとか、何か合理的な理由があるはずだ。
それでネットで調べてみたところ、語源はニッカーボッカーズ (knicker bockers) であり、もともとはオランダの男子子供服のスタイルだったのだそうだ。 発声する際になんとなく言いやすく音が良かったからか、ニッカボッカーズからニッカポッカに日本にきて変わっていったらしい。 150年くらい前に自転車が発明され、それが流行した時に、ペダルをこぐ際に裾が絡まらないズボンとして使われ始め、自転車の利用者の広がりとともに「自転車着」としてニッカーボッカーズも広まっていった。
日本では、軍服が職人の間で使われるようになったという説や、乗馬や登山、ゴルフ用のニッカーボッカーズとして日本に入ってきて普及したという説などがあるらしいが、はっきりしたことは分かっていないようだ。 いずれにしても機能的で丈夫だったことから、作業着として使われるようになったということだが、あんなにブカブカの裾だと細い鉄骨を歩くときに足元が見えないだろうから、やはり危険なような気がするのは自分だけなのだろうか。
インターネットには情報があふれており、知りたい情報を容易に入手できるのは事実だが、疑問の 100%を解決するのは難しいようだ。
2005 / 01 / 29 (土) ¦ 固定リンク
疑問 answer 1 疑問 answer 1
すでに十分オッサンなのに、今でも 「なぜ?どうして?」 と疑問に思うことが多い。 何にでも興味を示す子供のようなものであるのと同時に、学生時代にしっかり勉強しなかったのが原因なのだろう。 しっかり勉強してきた人にとって当り前のことでも不勉強な者にとっては理解できないことが多いのである。ところがネットの発達によって疑問が次々に解明した。
以前の雑感にも書いたように、『地震』 がなぜ 『じしん』 と読むのか、どうして 『ぢしん』 ではないのか理解できずにいたがネットで情報を集めてみると、昭和 21年に 『現代仮名遣い』 で 『ジ・ズ』 と発音するものは原則として 『じ・ず』 を使うと定められたのだそうだ。
例外として、縮む(ちぢむ)、鼓(つづみ)、続く(つづく)、綴る(つづる)など、同音が続く場合と、鼻血(はな-ぢ)、間近(ま-ぢか)、底力(そこ-ぢから)、三日月(みか-づき)、手綱(た-づな)、小遣(こ-づかい)、小包(こ-づつみ)など、二つの言葉の連合である場合がある。 そして、『世界中:せかいじ(ぢ)ゅう』 のように、二つの言葉の連合である意識が現在では薄くなっているものは、『づ・ぢ』 『ず・じ』 のどちらで書いても良いことになっているらしい。
現代仮名遣いの基本は表音であり、歴史的仮名遣いのような背後の知識をなるべく避けたい、というのが目的で、こうした目的を考えると、『地』 を 『ぢ』 と書くようにすると、書き手に漢字音の知識を要求することになってしまい、現代仮名遣いの趣旨から外れてしまうことになるわけだ。 結局は難しく考える必要はなく、意味を考えないで、こう読んでねっ! という適当なことらしいのである。
毎日かかさず牛乳を飲んでいるのだが、その牛乳を見てふと疑問に思った。「日本人はいつから牛肉を食べ、牛乳を飲んでいるのだろう?」 そこでネットサーフィンである。 で、調べた結果、江戸時代以前の日本では、仏教の教えに基づいて、肉食が避けられてきたが、まったく肉を食べていなかったわけではないようで、家畜牛を連れて日本にやってきた渡来人たちは、牛肉を食べるという文化も同時に日本に持ち込んだらしい。
その文化が浸透したと考えられる 7世紀ごろ、仏教の教えに基づいた肉食禁止の動きがあらわれたが、その後、すべての秩序が壊される戦国時代には、肉食は一般化したとのことだ。 また、江戸時代には、“薬喰い(くすりぐい)” つまり、健康回復や病人の養生のために肉を食べるという大義名分で、肉を食べていたらしい。
そして牛乳だが、初めて牛が日本に登場したのは平安時代。 インド、中国、朝鮮を経て輸入されたそうだ。 牛乳は、やはり薬として扱われ、飲むと体が元気になり、皮膚のつやを増してなめらかにする効果があるといわれていたらしい。
江戸時代の中頃、徳川八代将軍吉宗は、インドから白牛を輸入して牧場を作り、牛乳を普及させようとしたそうだが、一般市民にはあまり受けなかったようで、本格的に牛乳が普及したのは、明治を迎えてからのこと。 未開地であった北海道の開拓がはじめられ、そこに洋式農法の一つである酪農をとりいれられてからのことなのだそうだ。
なるほど。 それで 『明治乳業』 という会社があったりするのか。 などと、妙な感心をしながらも疑問に思っていたことがネットのおかげで少しずつ解明していっている。 まだ疑問に思っていることもあるので、もう少しネットの中をウロウロしてみることにしよう。
2005 / 01 / 22 (土) ¦ 固定リンク
生活の変化 生活の変化
在宅勤務生活を始めて二カ月が経過した。 『
管理人の独り言』 にも書いているように、最初はこの生活に慣れなかったが、今ではすっかり馴染んでいる。 当初は仕事中に食事の準備をしている香りが漂ってくる環境が不思議でならなかったが、それにも順応した。 今でも夜中とか休日に仕事の e-mail が届いたりするが、仕事時間とプライベートな時間の区切りも割とうまくいっていると思う。
通勤に充てていた往復二時間は主に読書をしていたのだが、それがなくなったので最初は本のページが進まなかった。 しかし、生活の中に本を読む時間を組み入れたので以前と同じペースで読み進むことができるようになった。 人間、時間を効率的に使おうと思えば、それなりに工夫できるものである。
この生活を始めて大きく変化したのは、
以前の雑感にも書いたように眠りにつくのが早くなったことだろう。 引越しの疲れなどもあって一時的なものかと思っていたのだが、以前から比較すると嘘のように眠ることができる。 床についてから眠るまで一時間もかかり、ひどいときには三時や四時まで起きていたのに今では 30分くらいで眠れるようになった。
少しの物音で目覚めてしまうのは子供の頃から眠りが浅いので変わらないが、眠れない恐怖から開放されたのは実に喜ばしい。 以前は眠れぬ時間が辛く、嫌で仕方なかったのに今は喜んで布団に入ることができる。 布団に入ってから読む本のページ数が減ってしまったので枕元に積んである本が減らないのが難点ではあるが、やはり眠れることはありがたい。
これも 『
独り言』 に毎日のように書いているが、以前は習慣のなかった散歩をするようになった。 もともとは通勤生活を終えて、毎日少なからず歩いていたのに歩くことがなくなっては運動不足になってしまうので始めたのだが、これがなかなか気持ちが良い。 土日と祝祭日以外は朝 6:30に起床して 30分ほど散歩するのが日課になっている。
もうひとつ習慣になったのが外出から帰った際のうがいと手洗いである。 昨年末、風邪をひくのが嫌で始めたのが習慣化してしまった。 最近はノロウイルスなどという奴が勢力を拡大しているようだが、うがい、手洗いを徹底していれば恐くないのである。 カキ貝などの二枚貝から感染するらしいが、もともとがアレルギーだったので生カキを食することはないから心配はない。
そして、最近になって気づいたのだが、在宅勤務生活を始めてから鼻毛の伸びが遅くなったように思う。 やはりホコリが舞い散る人込みの中とか、渋滞が激しく排気ガスを撒き散らす車が多い街なかを歩かなくなったのが原因だろうか。
在宅勤務生活を始めて何が変わったといって、一番の大きな変化は鼻毛の成長速度かもしれない。
2005 / 01 / 15 (土) ¦ 固定リンク
私的見解 私的見解
子どもの睡眠時間が短いと脳や精神の発達に支障があることが、最新の研究であきらかになってきたという。 夜の街や居酒屋などに子ども連れで来ている家族を見かけるたびに不思議な感じがしていた。 自分が子どものころは夜 8 時になると 「寝なさい」 と言われていたし、少しでもモタモタしていると 「早く寝ろー!」 と叱られたものである。
8 時過ぎまで起きているのを許されたのは 『8 時だヨ!全員集合』 の放送がある土曜日と、大晦日くらいなものだったが、それが当然だと思っていたし、同級生も同じようなものだった。 ところが最近では夜遅くまで子どもを連れ回し、夜の 10 時や 11 時でも居酒屋で酒を飲んだりしている家族も見る。 子どもがギャーギャー騒いで周りのお客さんに迷惑をかけていても平気なようだ。
そんなデリカシーのない親だから遅い時間まで子どもを起こしておいても平気なのかもしれないが、実際には他人に迷惑をかけるだけではなく、子どもの健全な成育にも重大な影を落としている可能性もあるかもしれない。 最近増えてきた 『キレる子ども』 『不登校』 と、短い睡眠時間や夜更かしなどで起きる ”生活サイクルの乱れ” が関係していることも最新の研究で明らかになってきたらしい。
昔は研究が進んでいなくても、データがなくても 「子どもは早く寝かせた方がよろしい」 と分かっていて実践していたのだろう。 やはり先人の知恵から学ぶことは多いようだ。 自分の子どもが不登校児になったり、キレて他人に危害を加えたり、家庭内暴力に走ったり、ましてや自分の子どもに殺されたくなかったら早寝早起きを習慣づけた方が良いだろう。
確かに共働きで帰宅時間が遅く、やむにやまれぬ事情で早く寝かしつけられない事情もあるだろう。 最近は育児休暇を導入する企業も増えているが、子どもが小学校低学年くらいまでは仕事量を調整して残業をさせないなどの配慮も必要なのかもしれない。 育児環境が整わなければ益々少子化が進み、高齢化や労働人口不足が加速してしまっては企業にとってもマイナスでしかないはずだ。
しかし、結婚しない、子どもを作らない女性が増えているのはそれだけが要因ではない。 ある企業が女性に対するアンケート調査で結婚しない理由、子どもを作らない理由をそれぞれ聞いたところ、「自由な時間を奪われたくない」 「生活水準を下げたくない」 という回答が最も多く、子育ての環境が悪いという回答は少数派でしかなかった。 つまりは遊び足りなく、金も自由に使いたいということなのであろう。
そういう意識の人が多いのだから、政治家や学者が社会問題として取り上げたり、女性運動家が社会を批判しても何を主張しても少子化に歯止めはかからないということになる。 特に女性運動家は以前の日本に根付いていた男尊女卑、男社会を非難するが、過去のことを責められても男としては 「すみませんでしたね」 と言うしかなく、先の問題解決にはならない。
利己主義的な考えの持ち主だけではなく、子どもがほしくても環境がそれを許さないという立場の女性だって確実にいる訳だから、その点は改善しなければいけないのは当然である。 それを実現する手立てを真剣に議論してこそ、男女平等や女性の地位向上につながると思うのだが、感情論を抜きにして論理的に議論ができる運動家が少ないのが困ったものである。
とくに元参院議員の田嶋陽子氏は感情を前面に出し、男が女性に対して、いかにひどいことをしてきたかをまくしたてるだけで、未来につながる発言は皆無である。 あまりにもヒステリックに話をされると、売り言葉に買い言葉で、野生の頃からの DNA が組み込まれているのだから仕方ないだろうと言ってやりたくなる。男女男と書いて嬲(なぶる)という字があると怒っているが、女男女と書いて嫐(なぶる)という字だってあるのを知らないのか。
あれが女性の代表だと思われては困ってしまう人もいるだろう。 本当に男女平等や女性の地位向上を目指すのであれば、彼女は発言しない方がよろしい。
2005 / 01 / 08 (土) ¦ 固定リンク
今年こそ 今年こそ
今年は元日が土曜日なので、この雑感を書く日でもあったりする。 元旦くらいは休もうかとも考えていたのだが、ヒマな時間ができたので PC に向かってしまった。 習慣とは恐ろしいものである。 4年以上も続けてきたことなので、この文章を書くのもさほど苦にはならないのも要因ではあるが。
元旦早々から暗い話題も何であるが、昨年は本当に暗い話題が多かった。 唯一の明るい話題といえばスポーツ関連で、イチローがメジャーで世界記録を樹立したり、アテネオリンピックで日本勢が金メダルラッシュに沸いたことくらいだろう。 日本のプロ野球は球団存続の危機から合併、1リーグ制への移行などの問題が噴出し、史上初のストライキを決行するに至ってしまった。
結果的には楽天が新規参入したり、ソフトバンクが球団買収をしたりして話題になったので、今年はバ・リーグも盛り上がるのであれば、ヤクルトの古田選手が話していたように 「歴史的にみればストは正解だった」 ということになるのかもしれない。 本当にそう思えるように経営者も選手もファンサービスに努めていただきたいものである。
昨年末の雑感にも書いたように、天変地異とも呼べるほどの異常気象、地震に襲われた年でもあった。 最後の雑感を書き終えた後もスマトラ沖地震に端を発するインド洋大津波で 10万人以上の方が死亡してしまった。
去年の独り言に何度か書いたように地球規模で何かが狂い始めたのではないかと疑ってしまいたくなる。
72年の歴史を誇った富士山頂での有人気象観測も無人化になり、山頂の NTT も無人化になった。 正確ではないが、山頂の久須志神社もその歴史に幕を下ろすと聞いたような気がする。 なぜ急に富士山から避難でもするかのように無人化が進んでいるのだろう。
20年前であれば富士山噴火説を唱える学者は変人扱いされたものだが、最近では 「活火山なので、いつ噴火してもおかしくない」 という声も多く聞かれる。さすがに、お役所も気にし始めたようで、山梨県では富士山の噴火防災訓練が実施されたりしている。『東南海地震』 や 『関東直下型地震』 の予測も多く聞かれるようになってきた。 これはいよいよ日本沈没クラスの大災害が発生する可能性が高まってきたのではないかと不安を感じてしまう。
奈良県で発生した女児誘拐殺害の犯人が逮捕された。 地域住民に不安を与えていた犯人の逮捕で、子供達も安心して外で遊べるようになっただろうが、犯人の供述内容を聞くと鳥肌が立つくらい気持ちが悪い。 この事件だけではなく、子供を対象にした犯罪が後を絶たず、幼児虐待の件数も一向に減少しない。 日本人の精神状態や社会不安が解消されない限りは少子化に歯止めがかからないだろう。
そんなこんなで暗い内容になってしまったが、今年こそは災害も少なく、冷夏でも酷暑でもなく、犯罪件数も減少して安心して一年を過ごせる世の中になってもらいたいと願っている元旦なのである。
2005 / 01 / 01 (土) ¦ 固定リンク