最近は年上の人を敬うなどという観念はこの日本から消えつつあり、注意を受けた若者がお年よりに暴行を加えたり、親に危害を加えたりする事件が多い。 一時期は 『オヤジ狩り』 などというのもあったが、それも典型的な風潮であろう。
それ以外にも終身雇用制や年功序列という日本らしい文化も消失し、年齢に関係なく実力のある者が出世する人事制度や、成果主義による報酬制度が主流となりつつある現在、会社の先輩、後輩という序列や年齢など何の意味ももたなくなってきている。 スポーツの世界は未だ先輩、後輩の序列が厳しいのかも知れないが、特定の環境以外に社会勉強する場がないというのも寂しいような気がしないでもない。
悪友が通う大学は見事なほど序列に厳しい学校だった。 先輩の言うことは絶対であり、後輩は異論を唱える権限を一切持たない。 たとえ理不尽なことであろうとも、先輩の指示には絶対服従なのである。
かなり以前のことになるが、四年となり、その大学における序列の頂点に君臨していた悪友に誘われて学祭に遊びにいったことがある。 様々な学部が企画する催し物を一通り見て周ったあと、悪友が所属する学部が開いている模擬店に腰を落ち着けることになった。
そこはショーパブとも居酒屋とも言えない不思議な空間で、焼き鳥やらフライドポテトやらの臭いがたち込める中、ステージでは女装した男子学生がクネクネしながら歌っている。 そのステージに向って罵声やら喝采が入り乱れるという一種独特の雰囲気だ。 物珍しさもあって最初はキョロキョロしていたが、酒が進むにつれて異空間にも自然に馴染めるものである。
しばし酒を飲み、ステージ上で展開される体を張った芸に大笑いしていたのだが、悪友が 「羊羹 (ようかん) が食べたい」 と言い出した。 後輩たちは 「酒に羊羹ですか?」 とか 「それはちょっと準備していないんですけど」 と困惑していたが、悪友の 「なんとかせいや」 という一言に顔を引きつらせつつも 「分かりました」 と大学を飛び出していった。
少しして近所のコンビニから羊羹を買ってきたのだが、それを切り分けるところを見ていた悪友は 「栗が入ってない」 と言う。 「やっぱり栗羊羹じゃなきゃ」 という一言に後輩たちは 「分かりました」 と大学を飛び出し、栗が入っている羊羹を調達してきた。
それを食べながら酒を飲んでいると、悪友が 「コーラが飲みたい」 と言ったので、後輩たちは 「どうぞ」 と缶入りのコーラを持ってきた。 すると悪友は 「コーラはビン入りに限る。しかもレギュラーサイズの」 などという。 喫茶店で出されるような小さなビン入りのコーラなど市販品で売っているはずもない。 戸惑う後輩たちに向って 「なんとかせいや」 という悪魔の一言。
数時間して戻った後輩たちは見事にレギュラーサイズのビン入りコーラを調達してきた。 数十キロも離れた街にあるボーリング場で買ってきたのだという。 無理難題を言う悪友を呆然としながら見ていたのだが、
以前の雑感にも書いたとおり歯がボロボロだった自分は 「爪楊枝 (つまようじ) がほしい」 と言った。
決して無理難題を言ったつもりはない。 飲食関係の模擬店をするのであれば、爪楊枝くらいあって当然だと思ったのである。 ところが後輩たちは 「すみません。用意していませんでした」 と言う。 「じゃあいいよ」 と答えたのだが、横から悪友の 「なんとかせいや」 という魔の声がした。
慌てふためく後輩たちの姿に申し訳なく思いつつも、爪楊枝程度であれば近くのコンビニに売っているであろうから、それほどの負担ではないだろうと少し安心していたのだが、後輩たちがなかなか帰ってこない。 どうしたのか少し心配になりかけたころ、「で、できました!」 と一本の爪楊枝を持って後輩が姿を現した。
「買ってきました」 ではなく、「できました」 とはどういう意味なのか疑問に思っていると、届けられた爪楊枝は割り箸を包丁で削って作成されたものであり、持つところにある彫刻のような部分まで見事に再現されている。 とっても有りがたく思った反面、彫刻するのに手で触りまくったのだろうと想像すると、なかなか使う気になれず、「記念に持って帰るね」 と胸ポケットに納める自分なのであった。
そんな後輩たちも翌年には新入生がきて先輩へと昇格する。 そして、自分たちがされてきたように後輩たちに無理難題を押し付けては 「なんとかせいや」 と言うのだろう。 その絶対的な上下関係は現在においても見事に継承されているに違いない。