キンチョーの夏

今は異常気象らしいが、北海道でも連日のように夏日、真夏日を記録しており、季節もすっかり夏気分であるが実際には真夏までまだ時間がある。

北海道の学校では 6月に運動会を開催するので、各スーパー、コンビニ、回転寿司から宅配業者まで運動会当日の弁当やオードブルの配達を受け付けているが、いつからこんなことになったのだろう。

昔の運動会といえば巻き寿司や稲荷寿司が超ド定番であり、その他にはゆで玉子、いったい誰がそんなに食べるんだと問いただしたくなるほど大量の漬物がある程度だったが、子供が贅沢になったのか、親同士の見栄の張り合いなのか、食べるものが年々豪華になり、最終的には自分の手に負えなくなって業者に発注するものだから、家庭の味も何もあったものじゃなくなるという無益な状態に陥っている。

忙しい現代人、早起きして日が昇る前から家族のためにお手製の弁当を作ることなど難しいのかもしれないが・・・。

子どもたちは運動会の練習に余念がなく、最近はみんなジャージ姿で登校しているが、家族に見せる演技など本番で上手にできるか緊張していることだろう。

そして、大会当日に間違いなく、そして時間通りに食べ物を届けなければいけない業者も緊張しているに違いない。

お父さんたちは、果たしてうまくビデオに我が子の勇姿を収めることができるか今から緊張しているのではないだろうか。

6月になれば高校野球の地区大会も開催されるので、甲子園を夢見る球児にとっては緊張の夏が始まるのだろう。

その後すぐにやってくる夏休みは、はめをはずす子供が多いので親にとっては緊張の夏を強いられることになる。

電力需給のバランス不安で節電を強いられるか緊張の夏となるし、電力会社も安定供給することができるか緊張の夏が始まる。

省エネを意識するあまり熱中症になってしまう危険性をはらんでいるため、お年寄りにとっても緊張の夏になることだろう。

色々と緊張感が漂う夏ではあるが、何はともあれ虫刺されだけはとっても嫌なので、我が家にとっては金鳥の夏といったところだ。

春の終わり

5月 6日から始まって昨日の昼まで、実に約三週間も桜を堪能することができたし、今はライラックが満開になっているし、他の花もまだまだ花は咲き誇っているが、店に地物の春野菜が並び始めたということは花の時期も終わって実をつけて、それが収穫期を迎えつつあるということで、それはつまり春の終わりを告げているということでもある。

ツバメのヒナも成長して巣立ち、スズメも子育てに忙しそうだ。

先日、この時期に着られるものがほしくて衣料店に行ってみたところ、すでに店内は夏物ばかりで春秋物は売れ残ったものが店の片隅で投げ売り状態になっている程度しか売られていない。

安く買えるのなら投げ売り品でも構いはしないのだが、気に入ったものがあまりなかったし、ちょっと良いと思ったものは体に合うサイズがなかったので何も買わずに店を出た。

人生の大部分を室内で過ごしているため外出着などあまり必要なく、滅多に衣料店になど行かないので商品サイクルをまったく理解できていないのである。

その長い時間を過ごす部屋でも少しずつ重ね着を減らし、部屋着が初夏仕様になるまでもう少しのところだが、まだ朝晩は寒いくらいなので減らすペースは遅い。

道産子は実気温よりカレンダー通りの服装をする人が多く、すでに子どもや若者は半袖姿で歩いているが、年齢とともにファッションより実用性や快適性を求めるようになった身としては、半袖などまだ一カ月くらい先の服装だと思われる。

朝の散歩着も少しずつ重ね着が減り、今はジャージの上下のみとなったが、その散歩の途中で会う黒柴リュウくん黄色いベストは冬も夏も変わらない。

去年の冬から着るようになったのだが、夏になれば着るのをやめるか薄手のものを作ってもらえるのだろうと思っていたのに、一年を通して同じものを着せられている。

しかし、リュウくんは他の犬と異なり、夏の暑い日でも舌をベロンと出してハーハーしながら体温調節をすることもないので、あまり暑いと感じていないのかもしれない。

その散歩で公園の芝生や木々、遠くの山をみたりしながら歩くのだが、文字通りの若葉色、目にも鮮やかな緑だった草木の色も濃くなってきた。

ここ数年、毎年バジルを育てているが、そろそろ作付をする時期だ。

作付と言っても本格的な畑仕事ではなく、店で売られている栽培キットを買ってきて育てる楽しみ、収穫の楽しみを味わっている。

それでも少しずつ育て方が上手になってきたり、人から育て方を教えてもらったりしたこともあって、2011年は約 200枚の収穫だったものが 2012年には 300枚となり、去年は 600枚ものバジルを収穫することができた。

もちろん天候に左右されるので今年もたくさん収穫できるか分からないが、我が家では摘みたてのバジルを冷製パスタで食べるのがすっかり夏の風物詩となりつつある。

過去に何度か書いたが、大阪に暮らしていた頃は今頃が一年の中で最も憂鬱な時期だった。

もうすぐ鬱陶しい梅雨が始まり、それが終わると地獄のような暑さがやって来て、それが9月の中旬まで延々と続く。

北海道では冬でも寒さを嫌がる人はあまりおらず、寒いものは寒い、冬は寒くて当たり前と捉えているものと思われる。

高齢になって力がなくなり、体力も衰えてくると除雪するのが辛くなって積もる雪にうんざりすることから冬を前に憂鬱になる人がいるが、自分の場合はまだ除雪が苦にならないので冬という季節も嫌いではない。

とにかくあの暑さ、時には沖縄より体温より高い気温に蒸し風呂のような湿気、流れる汗に眠れぬ夜、いつ終わるとも知れぬ地獄のような日々が嫌だった。

それを思うと逃げ出したいような気になり、このまま時が止まってくれたらどんなに良いだろうと妄想するのが今くらいの時期だったのである。

その大阪で鍛えてもらったこともあって、北海道の夏など暑いと言ってもたかが知れており、生粋の道産子が暑がってエアコンを設置したりする中、我が家では昼間に扇風機を使うのはひと夏に 10日もなく、就寝の際に扇風機を回すのも 3日くらいなものだろう。

暑さで眠れないことも夜中に目を覚ますこともなく、窓を閉め切ったままでも何の問題もなく朝を迎えることができる。

以前までは暑さが過ぎて空気が乾燥する秋が一年で最も好きな季節だったが、今は風雪に耐えた草花が命を吹き返して一気に色づく春、そして夏に向かうこの時期が一番好きかもしれない。

銭湯

全国で銭湯の数が減り、2005年現在で 5,000軒程度だ。

家を出て、一人暮らしの始まりは風呂なしアパートだったので、そこを出るまでの 6-7年間は銭湯通いをしていた。

今の世の中には人付き合い、裸の付き合いなどなくなってしまったが、当時は友達と銭湯に行くこともあり、互いに背中を流したり湯船に浸かってくだらない話しに花を咲かせたりと、それなりにコミュニケーションを図っていた訳である。

ある日、その銭湯に行くと先に友達が来ていて洗髪をしているのを見つけた。

シャンプーが終わり、洗い流す段になったので後ろにそっと近づき、上から少しずつシャンプーを垂らしてやったところ、いつまでも泡が消えず、必死に頭をジャブジャブとすすいでいる。

それを不審に思った友達が目の前の鏡越しに自分に気付き、やっと事態を把握したかと思うと洗面器に冷水を入れてぶちまけて反撃に出たりするのだが、それが知らないオッサンにかかったりして怒鳴られたりもした。

湯船に入って何だかんだと話しをしていると、知らないオッサンやジイさんが会話に乱入してくることもあり、そこで知り合いの輪が広がったりもしたが、今ではそんな風情も失われてしまったことだろう。

そもそも最近は風呂なしのアパートなど希少物件で、各部屋に風呂もトイレも完備されているのが常識となったため、銭湯の客は減る一方で廃業が増えるのも致し方ないことかも知れない。

かなり以前の雑感にも書いたように、若い頃は髪を長く伸ばしており、今も濃くないヒゲは当時まったくと言って良いほど生えておらず、誰がどう見ても性別不明などいうものではなく、まごうことなき女として認知されるような外見だった。

それは番台のオバちゃんも同様で、ガラガラと戸を開けて男湯に入っていくたびに
「違うっ!女湯はあっち!」
と注意された。

脱衣場で服を脱ぐ際も番台のオバちゃんや周りのオッサンの注目の的で、みんなが好奇な目でこちらを見ており、どうにも落ち着かないし、いくら男同士であっても何人もの目がこちらに向けられている中で服を脱ぐのはこっ恥ずかしい。

そんなことが続き、すっかり風呂嫌いというか銭湯嫌いになってしまった自分は、人の目を気にせず入浴できる家族風呂に通うようになった。

家族風呂とは脱衣場から浴室までが個室になっている公衆浴場で、当時は銭湯の 2.5倍ほどの料金で貸し切ることができた。

家族 3人であれば、むしろ安いか、小さな子供連れだと同額で個室が使えるのだが、それを一人で使うとなると金のない学生の身分とあっては回数を減らさざるを得ない。

大衆の目にさらされて服を脱ぐ恥ずかしさに耐えてでも清潔を保つか、回数を減らして多少は頭や体の痒みに耐えてでも気兼ねなく入浴するかを検討した結果、彼女がいる訳でもモテたい訳でもない以上、家族風呂を選択するという結論に至った。

しかし、金額が 2.5倍というだけではなく、家族風呂のある場所が銭湯の 3倍の距離であったため、想像以上に入浴間隔があき、ちょっと不潔な状態が続くことになってしまったのは反省の意味も込めて記しておかねばなるまい。

しかし、が、しかしである。

うら若き青年が好奇の目にさらされて裸になるのは想像以上に恥ずかしく、想像以上にストレスを感じるものであり、不潔だと分かっていても、なかなか銭湯に足が向かなかったのである。

だったら髪を切れば良いという話しもないではないが、当時はその考えがまったく頭に浮かばず、数千円で散髪することよりも、月々数万円ほど出費が増えてでも風呂付きの部屋に引っ越すという暴挙に及び、ますます貧乏学生に拍車がかかってしまったのであった。

今は家族で風呂に入るとすればスーパー銭湯というものがあるので家族風呂という業態も減ったに違いない。

今後も公衆浴場は減り続け、古き良き文化は失われるだろう。

しかし、これも時代の流れ。

個人が使えるものがあれば公衆のものが必要とされなくなるのは電話も同じで、今では電話ボックスを見つけるのも一苦労だ。

公衆電話は 1984年の 934,903台をピークに減少が続き、2012年には約 1/4の 210,448台、銭湯は 1965年の約 22,000軒をピークに 2005年には公衆電話と同じように約 1/4となる 5,267軒となっている。

数自体は銭湯の方が少ないが、携帯電話の普及、それを使わない年齢層の人口減を考えると公衆電話のほうが早いペースで数が減っていくのではないだろうか。

いや、銭湯の利用客も高齢化が進んでいるので人口減は客数の減少に直結する。

公衆電話と銭湯、果たしてどちらが先に絶滅するのだろう。

差別

※ お断り - 今回の雑感には表現の必要上、差別用語が含まれています。

ここのところ、テレビで差別をテーマにした議論を何度か見た。

自分自身は過去の雑感に書いたように差別意識はほとんどなく、もしかすると子供の頃に差別用語を口走ってしまったこともあるかもしれないが、物心がついて以降は人を差別したり差別するようなことを口にしたりしてこなかったつもりだ。

しかし、海外ドラマを見ていると今でもアメリカやヨーロッパには人種差別が根深く存在するのは厳然たる事実であろうし、ここ数日ニュースで伝えられているようにイスラム社会では歴然たる女性差別がある。

この世から差別をなくすことは不可能なのかもしれないと思うのは、差別をしないように神経質になりすぎると逆差別を生み、それをなくそうと別の言葉に置き換えても、その言葉を不快に思う人が現れてまた差別用語になってしまうということをくり返しているからだ。

以前は体のどこかに障害があることを 『カタワ』 と総称しており、知能に問題があることを 『キチガイ』 と総称していたが、それが問題視されて今ではそれぞれ身体障害者、知的障害者と表現されている。

しかし、最近になって障害者というワードに含まれる 『害』 という字が気に入らないと言い出した団体があるらしい。

世の中の害みたいにとらえられる危険性があるからだという。

だとすれば何と表現すればよいのか、どう言ってほしいのかという対案も提示せず、一方的に気に入らない、問題だと騒ぎ立てる人や団体まで気遣っていると差別はなくなるどころか逆差別という変質した状態で残り続けるのではないだろうか。

キチガイが差別用語となったため、それから派生した一切の言葉を使うことができなくなってしまったのは困りもので、例えば趣味などに没頭する人のことを「○○キチ」と表現することすら望ましくないと言われている。

マージャン好きの雀キチ、音楽好きの音キチ、車好きのカーキチ、阪神タイガースの応援に没頭するトラキチも使用することは望ましくないため、テレビやラジオの電波に乗ったり新聞紙面に載ることはない。

以前、少年誌に連載されていた漫画 『釣りキチ三平』 も 『釣りマニア三平』 に改めるべきかどうかと議論されたこともあったと聞く。

確かに神経質に考えるとそれらの表現は好ましくないのかもしれず、言われて不快に思うのなら改めるべきかとも思うが、自身を指して自嘲気味に
「わたし実は囲碁に目がない碁キチでして・・・」
と言うくらいは差し支えないのではないだろうか。

・・・と、書いてみたが、実はこの 『目がない』 も使用するのは望ましくない表現の一つだったりするので、気にしはじめるとテレビやラジオで何も話せず、何の文章も書けなくなってしまうような気がする。

種が混じると昔は 『アイノコ』 などと言ったりしたものだが、それが差別用語となったので人種の違う親から生まれた子を 『ハーフ』 と呼んでいたところ、それすらも好ましくないと言われるようになってしまった。

犬種が混じった犬もアイノコ、ハーフなどと言っていたのを改めて今ではミックスと呼ぶようになったが、それを人間に使用して血が混じった人を指してミックスなどと言おうものなら非難轟々となってしまうという実に面倒な状況下にある。

すでに意識も運動機能も失われ、生命維持装置によって生きている人を 『植物人間』 と表現せず植物状態になってしまった人と言わねばならず、書類に目を通さず捺印することを 『めくら判』 と言ってはならず、中途半端で完成度の低いことを 『片手落ち』 と言ってはならない。

屠殺場ではなく食肉解体業が好ましく、給仕ではなく接客係で、百姓ではなく農業従事者、女工は女子工員、日雇いは自由労働者、坊主は僧侶、親方はチーフ、町医者は開業医、床屋は理容室、板前は調理師、共稼ぎは共働き・・・・・などなど、まだまだあるが、それらは本当に差別的な表現であって言われると不快に思う人が多いのだろうか。

あまりにも締め付けが強くなると、芸能人のお馬鹿キャラをイジるような、昔のクイズヘキサゴンみたいな番組は成立しなくなるかもしれない。

このままエスカレートすれば、トンチンカンなことを言う人、常識のない人、小学生程度の問題を解けない人をイジって笑うような番組を放送すれば、それは差別だとか何だとか言い出す団体が出そうな気がする。

身体であれ、知的であれ、障害を持つ人を差別する気は昔も今もないが、このまま気を使いすぎると、いや、今の時点ですら、もうすでに逆差別の領域に入っているのではないだろうかという気がしてしまう。

体の一部が不自由な人は、障害があるのではなく、それは個性だと五体不満足の著者でもある乙武洋匡氏が言っていた。

それが核心なのでないかと自分も思うし、それが正しく、障害を持つ人も障害者に接する人も本心からそう思える時が差別が消える時なのではないかと思う。

本当に身体的個性や特徴をイジるのが良くないのであれば、ハゲとかデブ、ブスに出っ歯とかだってテレビやラジオの電波に乗せるべきではないし、印刷物に掲載すべきではない。

言われて不快に思う人、傷つく人がいる以上、それは放送禁止用語、差別用語と何ら変わりないではないか。

それらの言葉を使用禁止にするか、それらと同様、同等程度の言葉まで差別用語とする現在の風潮を変えるべきではないかと思う。

あまりにも神経質になりすぎて逆差別状態が拡大すると、互いが同一社会で暮らすこと自体が困難になってしまうような気がする。

誤報

以前に住んでいた街札幌、大阪に引っ越す直前まで 24階建て高層マンションの 14階で暮らしていた。

購入したのではなく、分譲マンションであるその部屋を購入した人が賃貸物件としていたので月々の家賃を支払って住んでいたのである。

以前の雑感にも書いたように、そこでは上階の住人に悩まされたので分譲マンションを購入したり、一軒家を建てる場合は一か八かの覚悟が必要だと思ったりしたが、住人が多いだけにマンション住まいのほうがリスクが大きいかも知れない。

マンション内の住人との付き合いもさることながら、それだけ人がいると様々なトラブルも発生するものだ。

仕事から帰って食事をし、のんびりテレビなど見ながらくつろいでいたある夜、火災報知機の非常ベルがマンション中に響き渡る。

窓から上下階を見てみても炎はおろか煙さえも出ていないが、燃えているのが上階ならまだしも下階だった場合は避難が難しくなるので早めに行動すべきか迷っていると、マンションの外に避難する人の姿が見え始め、数台の消防車も到着した。

これはいよいよ脱出すべきか、その前に貴重品をまとめるべきかと 『お買い物日記』 担当者と話しながら、それでも窓から下を見ていたのだが消防車は一向に放水を開始する気配がない。

消防署員の動きも機敏ではなく、なんとなく手持ち無沙汰なようであり、歩く速度ものんびりしている。

これは何かがおかしいと感じ始めた頃、外に出ていた人たちがマンション内に戻り始めているらしく、少しずつ人数が減ってきたかと思うと駆けつけた消防車もサイレンを鳴らさずに帰って行く。

誰かがイタズラで火災警報器を鳴らしたのか、何かの勘違いで実は火事ではなかったのか、いずれにしても大事には至らず騒動は収まった。

後日、『お買い物日記』 担当者が聞いてきた話しによると、空き部屋に虫が出たので管理人さんがバルサンを焚き、それに火災報知機が反応したのが騒動の原因だったらしい。

まったく人騒がせなことではあったが、多くの人が一箇所に暮らすとこういうことも少なからず起こるのだろう。

大阪で約 14年間ほど暮らしていた 4世帯が暮らせるアパートでも夜中に何度か火災報知器が鳴った。

眠りの浅い自分はすぐに飛び起きて、どこが燃えているか外に出て確認したりするのだが、残り三軒の住人は外に出ることもなく、部屋の明かりが灯ることもない。

あれだけの音がしても人は起きずに寝ていられるのかと変に感心したり、これで火災警報の意味があるのだろうかと疑問に思ったりしたものだ。

警報は数分で消え、結局はどこも火事になっていないし、誰かが起きていてバルサンを焚いた訳でもなさそうなので装置が誤動作したのだろう。

かなり若い頃、札幌のススキノで酒を飲んでいると、ビルの火災警報機が鳴り響いた。

若い客が集まるパブの若い従業員ではあったが、それなりに訓練されているのか冷静に行動するよう客を落ち着かせ、いざとなったら脱出用シュートがあると説明を繰り返す。

それは滑り台のようなもので、そのビルより低い隣のビルの屋上に防火繊維でできた筒状の布を下ろし、その中を滑り降りるものなのだが、非常出口となっている窓の横に設置された容器の中を見た従業員が 「ああっ!」 と焦ったような声を出した。

なんとその繊維は防火性に優れているのかもしれないが防虫性はなかったらしく、虫食いでボロボロになってしまって使いものにならない。

ならば早めに避難すべきと客を店の外に誘導し、すでにエレベーターが使用停止になっていたので非常階段を降りるよう指示を出す。

ところが先に降り始めた人が逆走してきて 「煙が下から登ってくるので階下が燃えているらしい」 と言い、それでは下は危険だろうから屋上に行って救出を待つしかないということになった。

自分はどうにかなるだろうという変な自信があったので割りと落ち着いて行動していたが、中にはパニック状態になって大声を上げながら階段を駆け上がる人もいる。

その階段を上がっている途中、妙に間延びした声で館内放送が始まった。

「え~、今、火災警報器が作動しておりますが、これは私が七輪でサンマを焼いたからでありまして、火事ではありませんので避難の必要はございません」

・・・。

なんとその警備員、夜食用にサンマを持参し、サンマは炭火で焼くのが一番と七輪に火をおこし、こともあろうか狭い警備員室では煙たいからと、非常階段の踊り場で焼いていたのだという。

事情を知って怒り出す客もいたが自分は可笑しくて仕方がなく、酒で楽しい気分になっていたのも手伝って、しばらく笑いが止まらなかった。

ゾロゾロと店に戻って飲み直す者、これが潮時と会計を済ませて帰る人など様々だったが、客の何人かは店に戻ってこなかったので、騒ぎに乗じて金を払わず逃げたものと思われる。

色々なことがあるものだが、経験したのは誤報だけで実際の火事に遭遇したことは一度もない。

火事になど遭わないに越したことはないし、火事の現場を野次馬的に見たことすらないので火災には縁がないものと思われ、それならそれで少ない財産ではるが、それを失うこともないということなので喜ぶべきことなのだろうと思っている。