誤報

以前に住んでいた街札幌、大阪に引っ越す直前まで 24階建て高層マンションの 14階で暮らしていた。

購入したのではなく、分譲マンションであるその部屋を購入した人が賃貸物件としていたので月々の家賃を支払って住んでいたのである。

以前の雑感にも書いたように、そこでは上階の住人に悩まされたので分譲マンションを購入したり、一軒家を建てる場合は一か八かの覚悟が必要だと思ったりしたが、住人が多いだけにマンション住まいのほうがリスクが大きいかも知れない。

マンション内の住人との付き合いもさることながら、それだけ人がいると様々なトラブルも発生するものだ。

仕事から帰って食事をし、のんびりテレビなど見ながらくつろいでいたある夜、火災報知機の非常ベルがマンション中に響き渡る。

窓から上下階を見てみても炎はおろか煙さえも出ていないが、燃えているのが上階ならまだしも下階だった場合は避難が難しくなるので早めに行動すべきか迷っていると、マンションの外に避難する人の姿が見え始め、数台の消防車も到着した。

これはいよいよ脱出すべきか、その前に貴重品をまとめるべきかと 『お買い物日記』 担当者と話しながら、それでも窓から下を見ていたのだが消防車は一向に放水を開始する気配がない。

消防署員の動きも機敏ではなく、なんとなく手持ち無沙汰なようであり、歩く速度ものんびりしている。

これは何かがおかしいと感じ始めた頃、外に出ていた人たちがマンション内に戻り始めているらしく、少しずつ人数が減ってきたかと思うと駆けつけた消防車もサイレンを鳴らさずに帰って行く。

誰かがイタズラで火災警報器を鳴らしたのか、何かの勘違いで実は火事ではなかったのか、いずれにしても大事には至らず騒動は収まった。

後日、『お買い物日記』 担当者が聞いてきた話しによると、空き部屋に虫が出たので管理人さんがバルサンを焚き、それに火災報知機が反応したのが騒動の原因だったらしい。

まったく人騒がせなことではあったが、多くの人が一箇所に暮らすとこういうことも少なからず起こるのだろう。

大阪で約 14年間ほど暮らしていた 4世帯が暮らせるアパートでも夜中に何度か火災報知器が鳴った。

眠りの浅い自分はすぐに飛び起きて、どこが燃えているか外に出て確認したりするのだが、残り三軒の住人は外に出ることもなく、部屋の明かりが灯ることもない。

あれだけの音がしても人は起きずに寝ていられるのかと変に感心したり、これで火災警報の意味があるのだろうかと疑問に思ったりしたものだ。

警報は数分で消え、結局はどこも火事になっていないし、誰かが起きていてバルサンを焚いた訳でもなさそうなので装置が誤動作したのだろう。

かなり若い頃、札幌のススキノで酒を飲んでいると、ビルの火災警報機が鳴り響いた。

若い客が集まるパブの若い従業員ではあったが、それなりに訓練されているのか冷静に行動するよう客を落ち着かせ、いざとなったら脱出用シュートがあると説明を繰り返す。

それは滑り台のようなもので、そのビルより低い隣のビルの屋上に防火繊維でできた筒状の布を下ろし、その中を滑り降りるものなのだが、非常出口となっている窓の横に設置された容器の中を見た従業員が 「ああっ!」 と焦ったような声を出した。

なんとその繊維は防火性に優れているのかもしれないが防虫性はなかったらしく、虫食いでボロボロになってしまって使いものにならない。

ならば早めに避難すべきと客を店の外に誘導し、すでにエレベーターが使用停止になっていたので非常階段を降りるよう指示を出す。

ところが先に降り始めた人が逆走してきて 「煙が下から登ってくるので階下が燃えているらしい」 と言い、それでは下は危険だろうから屋上に行って救出を待つしかないということになった。

自分はどうにかなるだろうという変な自信があったので割りと落ち着いて行動していたが、中にはパニック状態になって大声を上げながら階段を駆け上がる人もいる。

その階段を上がっている途中、妙に間延びした声で館内放送が始まった。

「え~、今、火災警報器が作動しておりますが、これは私が七輪でサンマを焼いたからでありまして、火事ではありませんので避難の必要はございません」

・・・。

なんとその警備員、夜食用にサンマを持参し、サンマは炭火で焼くのが一番と七輪に火をおこし、こともあろうか狭い警備員室では煙たいからと、非常階段の踊り場で焼いていたのだという。

事情を知って怒り出す客もいたが自分は可笑しくて仕方がなく、酒で楽しい気分になっていたのも手伝って、しばらく笑いが止まらなかった。

ゾロゾロと店に戻って飲み直す者、これが潮時と会計を済ませて帰る人など様々だったが、客の何人かは店に戻ってこなかったので、騒ぎに乗じて金を払わず逃げたものと思われる。

色々なことがあるものだが、経験したのは誤報だけで実際の火事に遭遇したことは一度もない。

火事になど遭わないに越したことはないし、火事の現場を野次馬的に見たことすらないので火災には縁がないものと思われ、それならそれで少ない財産ではるが、それを失うこともないということなので喜ぶべきことなのだろうと思っている。