自分解体新書 - 9 -

自分解体新書 ~目次~

■ 肌

敏感肌なのも相変わらずなのだが、大阪で暮らしていた頃より少しマシになったような気がしないでもない。

それが顕著なのは散髪屋さんに行った後で、以前まではカミソリを当てられた首が痛痒くなって三日間くらいは薬用クリームをペタペタと塗っておかなければならなかったが、今は痛みも痒みも感じなくなった。

考えられる要因は複数あるが、もしかすると、それは顔剃りの技術とかカミソリの切れ味に深く関係するのかもしれない。

大阪で利用していた散髪屋さんはゾリゾリと音が出るような剃り方で、剃ったそばから皮膚がヒリヒリしてくるほど肌に抵抗を感じるが、となりの店ではヒゲの剃れる音はすれど他の部分はスーッと抵抗なくカミソリが肌を滑る。

それは良いカミソリ、手入れの行き届いたカミソリを使っているからなのか、はたまた顔剃りの技術に大きな差があるからなのか。

もしそれが原因だとすると大阪も北海道も関係なく、単に選ぶ散髪屋さんに問題があっただけということになるが。

■ まつ毛 -その 2-

管理人の独り言に書いたように、左目に白いまつ毛が生えてきた。

妙に毛が硬く、クルリと丸まっていたのでチクチクと気になって仕方がなかったが、せっかく生えた白い毛なので抜いてしまう気にもなれず、そのまま放っておいたのに気づかぬうちになくなっていたのが少し寂しい。

まつげの毛周期は早い人で約 30日、遅い人で約 90日くらいらしく、他の体毛と比較すると再生サイクルが早いということなので気づかぬうちに生えたり抜けたりするのも当然か。

かなり前にも白いまつ毛が右目に生え、その時にネットで調べたところ確実なる 『老化現象』 とのことで少なからずショックを受けたが、一般的には起こらない珍しい現象だということなのでちょっと自慢に思ったりもする複雑な感情を抱いている。

■ 肩

これも独り言に書いたが、肩がずっと痛いままである。

ずっと同じ姿勢を保っているからか、寝起きに動かすと痛みが強いが時間の経過とともに和らいで普通に生活している分には気にならなくなるので大きな支障はない。

普段の動作で一番の問題は背中が痒い時だ。

上から、つまり肩越しに背中に手を回すのは問題ないが、下から回すと痛いので、痒い場所に手が届かないことがある。

打撲した訳でも妙なひねり方をした訳でもなく、ある日を境に急に痛くなり、それがずっと続いているので近く病院で診てもらおうとは思っているのだが。

■ 太腿

同じ日の独り言で触れた太腿の裏側、つまり裏腿、正確には太腿二頭筋・半腿様筋・半膜様筋のいずれか、ちょっと洒落た呼び名だとハムストリングスが痛い。

これもある日突然のことで、最初は左足の裏腿に痛みを感じたのだが 2-3日すると右足も痛くなってきた。

前かがみになるとピリッと突っ張ったような痛みを感じる程度だったものが、今はビシビシっとした強い痛みに変わり、前屈系の運動ができずに困っている。

体が柔らかいことが少ない取り柄の一つで、頭を膝につけることなど簡単なことだったのに今は特に左足の痛みがひどく、ビックリするくらい体の硬い人のようになってしまった。

痛くなってからかなりの時間が経過し、一向に改善しないので肩の件と合わせて整形外科にいかなければならないと自覚しているが、

■ 腰

腰が重くなかなか行動に移せずにいる。

スーパー女子高生 mayu

以前にも書いたとなりの店は、ご両親と兄妹、そして妹ちゃんには娘がいるので 5人家族だ。

妹ちゃんは関東で暮らして結婚し、出産のために北海道に帰ってきている間に旦那さんが別の女性と深い仲になってしまい、帰って来なくて良いなどと訳の分からない理不尽なことを告げられ離婚したという過去を持つ。

美容の技術を身に着けたのは、それより以前なのかそれ以降なのか分からないが、親の跡を継いで繁盛店にしているのだから、甲斐性なしの男と不毛な生活を続けているより結果的には良かったのではないだろうか。

そんな事情で父親がなく、一般的な家庭とは異なる休日体系で土日も祭日も大型連休もなく、朝から晩まで忙しく店を切り盛りしているので母親と接する時間も短いという環境で育てば、多少は反抗的になったり非行に走ったりしてもおかしくはないが、妹ちゃんの娘は実に素直で可愛らしく立派に育っている。

この4月で高校三年生になった彼女の名はマユちゃん。

顔を合わせればニコニコ笑顔で挨拶してくれる。

自分が中学、高校くらいの頃、周りの大人はすべて敵だと思っていたので挨拶もしなければ、ろくに目も合わさなかったし笑顔を見せることなど皆無だった。

たまにおすそ分けなど持ってきてくれ、
「戴き物なんですけど良かったらどうぞ」
などと、きちんと会話して帰っていく。

自分は近所の人と関わりたくなかったし、上述したように口もききたくなく、そもそも親の言うことなど聞くはずもないので、おすそ分けなど持って行くことなど有り得なかった。

以前、帰省のためしばらく家を空けることを 『お買い物日記』 担当者が伝えに行くと、大人たちは店が忙しかったのか対応してくれたのがマユちゃんだったのだが、なんと話しの最後に
「気をつけて行って来てください」
と言ってくれたと感動しながら帰ってきた。

これが同じ頃の自分であれば、
「はい」
とか
「はあ」
せいぜい
「わかりました」
くらいの単語しか発しなかっただろう。

客商売をしている家庭に生まれた子なので先天的に社交性や話術に優れているのかもしれないが、少なくとも自分以外に当時の友達関係まで対象を広げてみても、たとえ真面目人間だったマサルであっても、それほど気の利いたセリフは言えなかったと思われる。

去年の今頃には
「イチゴ狩りに行って来たので食べてください」
と、山盛りのイチゴを持ってきてくれた。

繰り返しになるが、自分はおすそ分けなど近所に持っていかなかったし、親とイチゴ狩りなんぞ真っ平御免であり、行動を共にするなど考えられず、たまの外食ですら誘いを断ってお金だけ受け取って一人で買い食いしていたものだ。

そして今年の二月、なんとマユちゃんはバレンタインチョコまで持ってきてくれた。

義理チョコ、友チョコ、自分チョコなど手作りしたと言うことなので、それを手伝っていた妹ちゃんにでも
「隣のオジサンにも持って行ったら?」
などと言われたのだろうと思っていたのだが、実は一人で黙々とチョコを作り、自己判断で我が家の分まで作ってくれ、自主的に持ってきてくれたということが後に判明した。

そんな女子高生が世の中にいるだろうか。

なんと立派で思いやりがあり、心優しい女の子なのであろう。

小さい頃から書道をたしなみ、今では人に教えられるほどの腕前であり、同じく幼少の頃から英会話を習い、日常会話に支障がないほどの英語力が身に付いている。

だからと言って見るからに大人しそうなお嬢様タイプではない。

キラキラした笑顔の持ち主ではあるものの、流行のファッションに身を包み、髪を少し茶色く染めて学校の先生に叱られるという、今どきの女子高生だ。

ジャニーズの嵐のファンであり、コンサートチケットを手に入れるためにファンクラブに入会し、それでも入手困難なものだから母親である妹ちゃん、挙句の果てには孫の魅力を存分に発揮してお爺ちゃんまで入会させるという荒業を使う。

「もうみんなが持っているから」
という実に子供っぽいごまかしで、普及率が30%にも満たないスマホをまんまと買ってもらったりもしている。

そんな面がありながらも自分というものをしっかりと持っており、ユネスコ交流事業で公募された作文審査で合格した全国 12人のうちの 1人に選ばれ、ドイツに行って英語でスピーチすることになった。

とにかく同じ年頃だった自分なんぞ比較するのも恥ずかしく、それに値しないほど良くできたスーパー女子高生なのである。

しかし、本当に残念なことであるが、マユちゃんはドイツに行くことが叶わなかった。

なんと不運にも流行していたインフルエンザに感染してしまったのである。

スーパー女子高生のマユちゃんも、病気に勝てなかったのであった。

自転車新調

昨日の独り言で 『お買い物日記』 担当者が書いているが、二人そろって自転車を購入した。

大阪で暮らしている時、いずれは北海道に帰るのだから数年しか乗らないだろうと今は無きレンタサイクルのマイケルにて中古で購入したものだが、そのまま 10年ほど経過し、さらには北海道まで連れて来られた働き者の二台とは実に長い付き合いだった。

一昨年あたりから 『お買い物日記』 担当者の自転車がキコキコと異音を発するようになったり、自分の自転車は後輪のベアリングが欠けたようで、たまにチェーンの噛み合わせがおかしくなったりし始めたので近所の自転車屋さんに見てもらったところ、耐久年数を越えた経年劣化なので仕方がなく、部品をまるごと交換するしかないという。

それにはそれなりの金額を要するとも言われたので、新しく買ったほうが結果的に安く済むのか尋ねたところ、古い自転車でも元々は立派なものであり、最近になって広く出回っている海外生産の安物とは比べ物にならないくらい高品質なので、同等の乗り心地を得ようと思えば 5-6万円はするのだそうだ。

そんなに良い物であれば安易に手放すのもどうかと思い、だましだまし乗ってはいたが、いくら国産の高級品であれ経過年数にはかなわず、やはり使用には限界なのではないかと思わるようになってきた。

そんなとき、近所の大型スーパーの会員特典で国産のものが安く売られることを知り、いよいよ買い替えの時期がやって来たと判断したのである。

メーカーがブリジストンではあるが、今の時代だと部品製造から組立まですべて中国かベトナム、タイあたりでやっているだろうから今まで乗っていた自転車と同等の品質、乗り心地は期待できないかもしれないと思いつつも、せっかくの機会をのがすこともあるまい。

一応はネット通販で同等製品の価格を調べたが、どこよりも低価格だったので購入を決定した。

それが入荷したと一昨日の午後に連絡があったので、昨日になって受け取りに行き、それまでの自転車を引き取ってもらってきたのである。

さすがにチェーンも車輪のベアリングも新しいのでベダルを踏むと軽々と進み、足への負担が少なく、そろそろ体力も落ちている我が身にとって小さな力で大きな動力を得られる省エネ的乗り物は実にありがたかったりする。

それにしても以前の自転車は色々とがんばってくれた。

とくに 『お買い物日記』 担当者は、毎日の買い物、町内会の仕事で近所を走りまわっていたので足となって一緒に働いた自転車への思い入れも深いだろう。

夏の炎天下、冬の木枯らしが吹く中、早く遠くまで運んでくれたものだ。

この周辺情報でカバーしているエリアのすべてをかけ回り、それ以外にも今はイオンとなっている旧マイカル、万博公園を目の前にした毎日放送学園町のユニクロなどにも行った。

JR岸辺駅など近いもので、月に一度くらいのペースで吹田のモスバーガーまで行ったりもしていたものである。

色々と思い出深い自転車だったが、老朽化には勝てない。

以前の持ち主と合わせると 20年くらいは働いたと思うので、今はゆっくり休んでいただきたいと心から願っているところだ。

流通業の台頭

大型スーパー、コンビニを代表とする流通業が販売力にモノを言わせて川上である卸売業者、その上流である製造業、メーカーの体力を奪い続けている。

最近ではテレビやネットの通販も力を持ち、価格競争は激化するばかりだ。

消費者としては安く変えるのは嬉しい限りだが、このデフレスパイラルをどこかで断ち切らない限り、最終的には国力を弱めて日本全体が沈んでしまう。

かつての日本では定価販売が常識であり、開発費、宣伝費、人件費、利益などを考慮して発売する側が価格を決定していたが、価格破壊のパイオニア的存在で全国を席巻したダイエーの創業者である中内功氏が 「価格の決定権は消費者にある」 と定価販売をやめて安売りを始めた。

物に対してお金を出すのではなく、物の価値、その物によって与えられた利益に対して支払う報酬、つまり定価ではなく対価ということであり、それ自体は評価、賞賛すべき考え方である。

しかし、ビジネス規模が拡大し、他店を凌ぐ販売数を誇るようになると庶民の味方という当初の理念を見失い、流通業自身が価格決定権を持っていると錯覚し始める。

卸売業者やメーカーにぞんざいな態度をとり、商品の展示から棚卸まで手伝わせてみたり、商品販売までさせて自社では人件費を使うことなく利益を得ようとする始末だ。

そして、最近になって強く危惧しているのは、以前の雑感にも書いたことのあるプライベートブランドと言われる自社製品の商品化があまりにも早まってきていることである。

消費者にとって同じ機能であれば価格が安い商品が売られるのは嬉しいことではあるが、それはメーカーの体力や活力をジワジワと奪っていることであるとその雑感に書いたが、その後もプライベートブランドは増え続け、その商品投入のスピードは早まり続けている。

少し前に電子レンジで魚が焼けるという使い捨てのパックが発売され、その利便性と話題性から大ヒット商品となったが、それほどの間を置かずして大手スーパーのプライベートブランドで全く同じような商品が発売された。

最近ではジュレ(ゼリー状)タイプのポン酢が人気になったが、もうすでにプライベートブランドで商品化されている。

先の雑感で書いたように研究開発に膨大な時間を要し、企業や社員の努力の結晶で商品化されたものが、その人件費などを含めた費用を回収する前に価格競争に巻き込まれ、先行者利益を享受する前に薄利多売せざるを得なくなるのは健全なことではない。

繰り返しになるが、消費者としては良いものが安く手に入るのは嬉しいことだ。

しかし、それに慣れてしまって値上げ許すまじという考えから抜けだせずにいると、卸売を含めた中間業者、製造業、メーカーの利益ややる気を奪い、画期的な良い商品が生み出されなくなってしまう。

そして各業種の経営を圧迫し、労働賃金の低下、人員整理、企業倒産、失業率の悪化、雇用不安、就職難が延々と続く負のスパイラルにおちいる。

消費者、庶民の味方という名目で台頭している流通業だけ利益を得られれば良いというものではなく、適正な量を適正な価格で販売し、経済を活性化しなければ日本という国は悲惨な末路をたどり、最悪の結末が待っているのではないかと思う。