マサルノコト scene 16

中学二年のある日のこと、学校で一番若い女教師にマサルと一緒に呼び出された。 教師から呼出をくらうことに慣れていた自分は平気だったが、マサルにはそんな経験がなく、いったい何ごとかと不安そうにしている。 自分も体育教師に殴られたり担任に叱られたりすることはあったものの、その女教師とは何の接点もないので心当たりすらない。

二人で会いに行き、話を聴くと学校祭の演劇をやってほしいと言う内容だ。 そんなものにまったく興味もなく、まして不良をしている自分は、その話を持ちかけられること自体が不思議でならないのと、そんな恰好の悪いことなどできないという感情から、「ふざけるな。ば~か」 と相手にしなかった。 それでも 「お願い」 と頼んできたが、「うるせぇ」 と突っぱねていた。

不良だった自分が人前で劇をするなど恥ずかしくて死んだ方がましだ。 どんなに頭を下げられようと、引き受ける訳にはいかないのである。 第一、どう考えても頭を縦に振る見込みのない自分に話を持ちかけるのが理解できない。 切羽詰って女教師の頭がおかしくなったのか。 「どうして俺達なんだ?」 と訊くと、マサルには人望があり、人が集められそうで、自分はそれを統率できそうだと答える。

そう言われて悪い気はしなかったが、どう考えても乗り気になれず、態度を保留して席を立ち、マサルと 「どうするよ」 と話し合った。 女教師の話によると、演劇部というクラブはあるのだが、所属部員は一年生の女子が二人いるだけで、とても演劇などできる状態ではないということであり、せめて学校祭の時だけで良いから人数を集めて何とか演劇をしたいのだと言う。

マサルも自分も、人から頼られたり何かをお願いされると断われないという部分があり、そんなに困っているのなら一肌脱いでやるかと重い腰をあげることにした。 女教師にその旨を伝えると、顔がぱっと明るくなり、気が変わらないうちにと一年生の女子二人を引き合わせ、演目を何にするかと学校教材でもある演劇のシナリオを並べ始めた。

手にとってみると、それは文学全集の中から抜け出てきたような世界観の劇であり、とてもじゃないけど恥ずかしくて人前で披露できる代物ではない。 そんなものに興味がないのは自分だけではなく、おそらく全校生徒の大多数が興味を示さないものと思われる。 ただでさえ、演劇など始まっても誰も関心を示さず、ペチャクチャと話をしたり、席を立ったりするものが多いのに、教科書どおりの劇など誰が見るか。

マサルと自分は、どうせやるなら生徒が関心を持ち、最後まで観てもらえるものにしてやる宣言し、当時から多くの小説を読み、文章を書く能力が高かったマサルがシナリオを学校祭用に書き下ろすことにした。 その辺の作業はマサルに任せっきりだったので、マサルがどのように悩み、どれだけ苦しんで台本を書いたのか分からないが、数日後に書きあがったばかりの台本を読ませてもらった。

それは 『青春学園サスペンス友情物語』 とでも表現すれば良いのか、とにかく中学校で起こる事件を探偵役の生徒が解決に導くという内容で、同世代が登場人物なので話が解りやすい。 さらに適度な謎解きとサスペンスが散りばめられた 『火曜サスペンス劇場』 の中学校版ともいえる内容は、生徒も興味を持って観てくれるに違いない。 とりあえずは 「よくやった」 とマサルを誉め称えておいた。

事前に事情を説明したり半ば脅したりして、演劇への参加者を募っていたので、登場人物は探偵役の一名を除いてすべて実名だ。 同級生にとってもこんなに解りやすいことはない。 おまけに、各クラスのそこそこの人気者を半強制的に集めたので出演者にも華がある。 マサルは脚本と監督に専念し、自分は美術担当を買って出たので二人は裏方に徹し、表には一切顔を出さないという作戦だ。

そして、クラスの人気者や優等生、不良まで入り混じるという錚々たる面々が集結し、学校祭に向けての準備が開始されたのであった。

- つづく -

キャッチコピー

企業にはキャッチコピーというものがあり、その多くは一言で企業イメージを表している。 世の中にはコピーライターなどという職業もあって、そのライターが寸暇を惜しんで頭をひねった結果が、短いコピーの中に企業のイメージや消費者へのメッセージを込めた、まるで暗号とも呪文とも思えるようなインパクトの強い文字列へと昇華させるのだろう。

自分のような文才のない者にとって、それは芸術品のようであり、見事なまでの美しい光を放って目や心に飛び込んでくる。 小説や詞のように文字数の制限を受けないのであれば、主義主張や思いを読み手に伝えることができるのかもしれないが、たった一行、それも数文字で心に響く言葉を綴るなど神業としか思えない。 世の中には、素晴らしい才能の持ち主がいるものである。

■ 『お口の恋人』(ロッテ)

これはもう、子供の頃から目や耳に馴染んでおり、今さら何も言うまい。

■ 『目のつけどころがシャープでしょ。』(シャープ)

最初は何を言っているのかと思ったが、90年代の終わりから 「家庭用テレビをすべて液晶にする」 と宣言し、事実、業界をリードしてきたシャープを思うと、このコピーが何年ごろから使われだしたのか分からないが、「確かにあんたは鋭いぜ」 と認めざるを得ない。

■ 『ココロも満タンに』(コスモ石油)

原油価格の高騰でガソリン代も大幅に値上がりし、なかなか満タンにはできないかもしれないが、このコピーは心温まるものがある。

■ 『お金で買えない価値がある。』(マスターカード)

「二人で過ごした時間・・・Priceless」 などと、こちらも心に染み入るコピーだ。 マクドナルドの Smile は¥0だが、なんか Priceless の方が美しい感じがするのが不思議だ。

■ 『一瞬も 一生も 美しく』(資生堂)

これも素晴らしい。 男の自分でさえ 「う~む」 と唸ってしまうのだから、女性の心には強く響くものがあるのだろう。

■ 『水と生きる』(サントリー)

飲料系が主体となっている会社で、ここまで強く宣言されると、その決意の固さと水に対する思いがヒシヒシと伝わってくる。 きっと水の汚染などにも気を使い、浄化などにも積極的に取り組んでいるのではないかと、勝手にプラスの想像が働く。

■ 『味ひとすじ』(永谷園)

こちらも力強い宣言だ。 もう何もかにもなく、とにかく徹底的に味にこだわるのだろう。 企業である以上は、いろいろなことにこだわったり、色々なことを考えているのだろうが、余計な文言は一切排除する思い切りの良さが嬉しくすらある。

■ 『あしたのもと AJINOMOTO』(味の素)

ちょっぴりダジャレ系である。 あしたの ”元気の” もとなのか、あしたの ”活力” のもとなのか、アミノ酸を主に扱う会社なので ”健康” のもとなのか。 いろいろな意味が込められているとは思うが、ラップのように韻を踏んでいるのが、ちょっとオシャレだ。

■ 『からだにピース CALPIS』(カルピス)

こちらもダジャレ系。 それでも決して悪ふざけしているのではなく、直訳すれば 『体に安心』 ということであり、これも韻を踏みながら見事に企業姿勢を現している。

誰が考えたのか分からないが、どれもこれも本当に素晴らしいキャッチコピーだと思う。 消費者に伝わるメッセージもあれば、社内の意思統一にも一役かっているに違いない。 食の安全を脅かす不祥事が相次いでいるが、それらの企業に理念などがあったのだろうか。 キャッチコピーを調べてみようと検索したら、『石屋製菓』 と 『赤福』 はお詫びのページ(11/17現在)なっていて分からなかった。

キャッチコピーで、もう一つ気になっているのが、日本通運。

■ 『With Your Life』(日本通運)

たしか、With Your Life というキャッチは、ギフト販売のシャディが使っていたのではなかったか。 気になって調べてみると、シャディは今年の 6月に UCC(上島珈琲)の完全子会社になっており、キャッチコピーも変わっていた。

■ 『ギフトの国に、ギフトのお店』(シャディ)

シャディは、昔のキャッチを他社が使っても気にならないのか。 日通は他社が使っていたことを気にしないのか。 双方とも、

■ 『そんなの関係ねぇ!』(© 小島よしお

と言ったところか。 ちなみに上記はキャッチコピーではなく、単なる 2007年流行語大賞候補であって、来年には忘れ去られる危険性が最も高いものと思われる。

真の恐怖 第二夜

一年以上も前に真の恐怖について書いたが、その時の話しとは別件で怖い思いをしたことを思い出した。 それは 10年以上も前、ラスベガスで開催されたコンピュータ関係の展示会に会社命令で行かされたときのことだ。 会場はカジノやホテルが立ち並ぶ場所から遠く離れており、通常は送迎バスに乗って移動するのだが、ホテルまでの帰りのバスに乗り遅れてしまった。

同行していたK氏と二人で、次のバスを待つべきか、歩き疲れたのでタクシーに乗って帰るべきか相談していたところ、遠くからバンバンいう音と共に 「Hey!○×△◎?♂」 という怒鳴り声が聞こえてくる。 何ごとかと驚いて目をやると、イエローキャプの運転席から身を乗り出してドアを平手でバンバン叩き、運転手である兄ちゃんがこちらに向って 「乗れ!」 と叫んでいる。

K氏に (どうする?) とアイコンタクトで問いかけると、何だか分からないけど疲れたので乗って帰ろうということになり、二人でタクシーに乗り込んだ。 行き先であるホテルの名を告げると、「ずいぶん良いホテルに泊まっている」 などと言ってくるので 「会社経費で泊まっているんだよ」 などと返事をし、「あのホテルのスロットは揃いやすいから今夜は儲けてね」 などと労いの言葉をもらったりしていた。

もちろん、英語で交わされるその会話はK氏に任せ、自分はニコニコしているだけだ。 その後も何だかんだと話し、妙に明るくてテンションの高い兄ちゃんだと思っていたのだが、少し車が渋滞してくると急にイライラしてきたようで、クラクションを激しく鳴らし始めた。 車の列が先に進まなくなるとクラクションの鳴らし方に激しさが増し、窓を開けて何かを怒鳴り始める。

そして、信号待ちの列があると対抗車線を暴走し、無理矢理に列の前に進むようなことまで始めた。 信号が青に変わると制限速度など無視して爆走し、曲がり角ではタイヤが 「キキキー!」 と軋み音を発する。 何が何だか分からず、K氏と必至になって前のシートにしがみつき、「どうしたのだ」 「何があったのだ」 と運転手に聞いても返事はなく、無謀な運転が繰り広げられる。

赤信号でやっと車が停まると、運転手の兄ちゃんがブツブツと独り言をしゃべり、「げふっ」 とが 「んげげ~」 とゲップを連発し始めた。 アメリカではオナラよりゲップの方が失礼だとされているが、そんなことはお構いなしに 「んごふっ」 と続けている。 そして、助手席にマクドナルドの食べ残しがあり、そこからポテトをとって口に入れ、クチャクチャと音を立て食べながら 「げふ~」 と再びのゲップだ。

兄ちゃんは振り返って呆気に取られているこちらを向き、「食べるか?」 と勧めてくる。 「いらない」 と断わると、再び助手席に手を伸ばし、怪しげなタバコを勧めてきた。 「それは何か」 と尋ねると、なんとそれは 「マリファナ」 だと言う。 もちろん 「いらない」 と答えると、「そうか」 と少し残念そうな顔をしていたが、急にニヤ~っと笑い、何とマリファナを口に入れてムシャムシャと食べだした。

あまりのことにK氏と二人で 「あわわわ」 と声にならない声をだし、ただ驚いていると車はタイヤの音と共に急発進し、もの凄いスピードで爆走し始めた。 マリファナを食べた兄ちゃんは、すっかりテンションが上がってしまい、「ひゃっほ~!」 などと奇声をあげなら蛇行運転まで始める。 いつ他の車と接触して事故を起こしてもおかしくない状況だ。

「ああ、自分はアメリカで死ぬんだ」 とか、「これで死んだら労災あつかいになるだろうか」 などと様々な思いが頭をよぎる。 そんな不安にかられながらK氏を見ると、顔面蒼白になりながら、じっと目を閉じており、何か覚悟を決めたようだ。 このまま事故を起こさないまでも、どこか遠くに連れ去られ、無事に日本に帰れないのではないかなどと考えているうちに車はホテルに到着した。

とりあえず無事に帰れた喜びと、安堵の気持がゴチャゴチャになり、ヨロヨロと車を降りる。 兄ちゃんは 「Good luck!(幸運を)」 と言い残し、タイヤの音をたてて急発進しながら走り去っていく。 遠ざかる黄色い車体に向って 「あんたもな」 と小声でささやきながら、ホテルに入り、K氏とヒシと抱き合いながら、「怖かったよ~」 「日本に帰りたいよ~」 と涙に暮れたのであった。

テレビの行方

地デジ(地上デジタル放送)が始まり、ノイズのないクリアな映像を楽しんでいる人も多いだろうし、デジタル・ハイビジョンで超鮮明画像を見ている人もいるだろうが、我家では未だにブラウン管テレビでアナログ放送を観て、ビデオテープに録画している。 薄型テレビも DVDレコーダも低価格化が進んだので買い換えても良いのだが、いろいろと思う所があるのである。

『納得!買っとく?メモっとく』 にも書いているが、薄型テレビでは液晶でもなく、プラズマでもなく、有機ELが量産体制を確立し、低価格化が進むのを待ちたい。 DVDは 120分しか録画できないので、HD-DVD と Blu-ray(ブルーレイ)Disc の規格争いが決着するのを待ちたい。 おまけに現在はコピー制限によって一度しか録画できないデジタル放送が来年には 10回までに緩和されるので、それを待ちたい。

それもこれも、『管理人の独り言』 にも何度か書いているように、アメリカに住む義兄に日本のテレビ番組を録画して送っていることも大きな要因となっている。 現在は 120分のビデオテープを 3倍速で使い、計 6時間分を録画して、それを何本もまとめて発送しているのだが、DVDだと 120分しか録画できないので無駄が多い。 おまけにコピー制限があると、我家でも保存しておきたいというのが不可能だ。

そこで、長時間録画が可能な HD-DVD か Blu-ray が普及し、コピー制限が緩和された 『ダビング10(テン)』 規格のレコーダが発売されるのを何が何でも待ちたいところなのであるが、この計画を進めるためには義兄にも再生機を購入してもらう必要があり、だとすれば廃れる技術よりも普及が確実な方を選択せねばならず、したがって一刻も早く規格争いに終止符を打ってもらいたいと願っているのである。

しかし、こうやってあれこれと考えていること自体が無駄になる可能性も否定できないのが技術の進歩の早さだ。 アメリカでは 『joost(ジュースト)』 というインターネット上のサービスが爆発的に広まりつつあり、それが日本への上陸を目指している。 このサービスは 1万5千以上のテレビ番組を好きな時間に観られるもので、CMを早送りで飛ばすことはできないが、すべて無料で見ることができる。

日本からでも会員登録すれば 『MLB(メジャーリーグ)』 の試合を観たり、『MTV』 で最新の音楽情報を観れたりもする。 しかも、各番組は一カ月間程度は ”保存” されているので、好きな日の好きな時間に観ることができるのである。 このサービスが日本上陸を果たせば、番組を録画してアメリカに送る必要がなくなるだろう。 すでに日本のテレビ各局と交渉に入っているらしいのでサービスの開始は近いかもしれない。

『joost』 のサービス開始を待たなくても日本のサービスで 『Gyao(ギャオ)』 とか 『ドガッチ』 という無料番組配信サービスもあるし、各テレビ局が配信する 『第2日本テレビ(日テレ系)』、『みんなで特ダネ!(日テレ系)』、『動画6.1チャンネル(TBS系)』、『テレ朝bb(テレ朝系)』、『あにてれ(テレビ東京系)』、『ワッチミー!TV(フジ系)』 などや、マイクロソフトの Windows Vista で利用できる 『メディアオンライン』 でのサービスが拡大され、テレビなどなくても全番組が観られるようになるかもしれない。

プロテクトによって録画ができず、保存版にできないのが難点ではあるが、単に番組を楽しむ分には願ったりかなったりのサービスであり、録画したものをアメリカまで送る必要がなくなるかもしれない。 言語の違いこそあれ、各国が同様のサービスを開始すれば全世界で全世界のテレビが観られるようになり、仕事の関係や留学で海外に暮らす人にも便利な環境になるだろう。

そして、わざわざ基地局を建設しなくても、ネットを経由すれば全国、全世界に番組を配信できるのだからテレビ局の負担も少なく、『joost』 のように CM料が分配される仕組みであれば収入も得られるので、そういったサービスに番組を提供するテレビ局は加速度的な広がりを見せるかも知れない。

テレビ放送を受信する必要性が薄れたとき、視聴率競争などというのが無意味になり、ビデオリサーチ社の存在意義も問われることになるかもしれない。 何せ、ネットであれば、どれだけの人が視聴したのか正確な数字が把握できる。 テレビ局は多くの人に見てもらえる良質な番組を作ることに専念し、それの配信はネット業界がやって利益を分配する。

これこそが楽天の三木谷氏や元ライブドアの堀江氏が思い描くのとは異なり、真の相乗効果が発揮できるネットとテレビの融合ではなかろうか。