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キセキ

奇跡的な軌跡を描き鬼籍に入らずに済んだ冷蔵庫。

韻を踏んだラップのようになってしまったが、我が家の冷蔵庫は迷走の果てに奇跡的な復活を遂げた。

一時は本気で買い替えを検討したが、当分はこのままいけそうである。

3月21日の独り言に書いたのが一連のトラブルの発端だ。

その時に発生した症状は、冷凍庫に謎の氷ができるというもので、自動製氷機の氷をためておく部屋の左側面につららができ、壁面にも厚さ 6-7ミリ程度の氷がびっしりと張り付くようになった。

その部屋の右隣にある小さな冷凍室は右側面の冷蔵庫本体との間に氷が厚くでき、引き出し式になっている部屋を開け閉めするたびにガサゴゾと氷が擦れる音がする。

最初は本体との隙間を塞ぐ磁石入りの樹脂パッキンがだめになったかと思ったが、左右同時に劣化が進むとは考えにくく、昔の冷蔵庫でよくみられた、いわゆる『霜』というやつが発生してしまったのかとも考えたが、それにしても下部にある残り一箇所の冷凍庫に異常はない。

原因は不明なままだが、このまま放置しておくわけにもいかないので、左右の冷凍室とも引き出し部を取り外して氷を除去することにした。

左側の製氷部は引き出し部に張り付いた氷なので除去は簡単だったが、右側の冷凍室は本体側に氷が張り付いているので面倒だ。

布巾に熱湯を染み込ませ、それを凍結部に当てて少しずつ氷を融かし、マイナスドライバーでガリガリと冷蔵庫本体にキズをつけないよう慎重に削る。

その作業を何度かしているうちに氷が一気に剥がれ落ちた。

引き出し部を戻してみると動きもスムーズになったので一件落着となったのだが、その日の夜にはまた左右の冷凍室とも氷が発生して開け閉めするとガサゴソ音を立てる。

もしかしたらと思い、自動製氷機能で氷を作るために必要な水を溜めておくタンクを調べると、樹脂製でできた本体との接地面が少し歪んでおり、冷蔵庫内に水が漏れていた。

念のために歪みを修正して設置し直してみたが、やはり製氷室につららができる。

これはもうダメなのだろうと。

もう少し、あと 2年、せめて10年間くらいは使いたかったが、買い換えるしかないのかと 『お買い物日記』 担当者と相談し、次はどんな冷蔵庫を購入するかの検討に入ることにした。

すると、翌日からできる量が減り始め、2-3日すると庫内の氷が消えてなくなってしまったのである。

3月25日の独り言にも書いたように、やはり『もうダメかと諦めると復活する』というのは我が家のあるあるのようだ。

・・・ところが、これでめでたしめでたしとはならなかったのである。

先週の日曜日、今度は冷蔵庫が異音を発するようになり、氷が減っても自動的に製氷してくれなくなってしまった。

前回のトラブルの際に無理に氷を削ったり、メリメリと剥がしたりしたため庫内の何処かに傷をつけてしまったのではないだろうかと不安になる。

何かのタイミングで異音が収まったりするので、とりあえずその日は様子を見ることにしたが、いつまで経っても氷は作ってくれない。

『お買い物日記』 担当者がネットで調べたところ、同じように製氷しなくなった冷蔵庫を自分で分解して直したという情報があったので、とりあえず翌日にチャレンジし、それでダメなら知り合いの電気屋さんに見てもらい、寿命だったら冷蔵庫を買い換えるという結論に達した。

そして翌日、ネットに掲載されている写真、説明文を見ながら分解作業に取り掛かる。

最初の手順、手前のネジ止めされているセンサーは、プラスドライバーでネジを回して簡単に外すことができた。

次の手順、製氷皿が格納されている部分の手前のカバーを外す作業。

カバーはネジ止めされておらず、はめ込まれているだけなので固定している左右のツメを押せば外れるとのことだったが、それがどう頑張っても外すことができない。

確かに左側にツメがあって軽く押せば外れそうになるのだが、右側が固定されたままなので無理に動かすとカバーを破損してしまう危険性がある。

そして、右側にはどう見てもツメらしきものがない。

すったもんだしたあげく、やっと見つけたのは底面にあるツメだった。

ネットにある情報が古すぎるのか、逆に新しすぎるのか、とにかく我が家の冷蔵庫の部品は写真や文章にあるものと形状が異なるため説明通りでは外れなかったのである。

やっとの思いで前面のカバーを外すことができ、次の手順ではいよいよ製氷機能の中心部である製氷皿と、それを制御するモーターが一体になったユニットを外す作業だ。

これまたネットの写真を見て説明文を真剣に読みながら作業するもユニットはびくともしない。

このユニットもネジ止めされているのではなく、はめ込み式になっているので左右の側面にあるツメを押せば取れるとあるが、そのツメらしきものが見当たらず、微妙に突起している部分がそうなのかと思って押せども引けどもガッチリと固定されたままだ。

写真に矢印がある訳でもなく、文章で『押す』とあっても、左右から中心に向かって押すのか、上に向かって押すのか、はたまた奥に向かって押すのかすら分からない。

うんともすんとも言わないユニットを見ながら呆然としている間も、ドアが開けっ放しになっているという警告のブザーはむなしく鳴り響く。

そうこうしているうちに庫内の温度が上がり、中途半端な角度で止まっていた製氷皿から氷がドサッと落ちてきた。

その他にもユニット内部で凍結していたと思われる氷が落ちてきたり、融けて水になってボタボタと庫内を濡らす。

もうこれ以上の作業は無理だと判断し、外したカバー、センサーを取り付けて引き出しを元に戻した。

ところが、冷蔵庫はしばらくしても耳障りな異音を発せず、何事もなかったように静かなモーター音を流し続ける。

そして、庫内の温度が下がった頃、ウイーンという動作音が聞こえ、製氷機が給水を始めた。

・・・。

それから数時間後、製氷室に「カラカラ、ゴトゴト」という音が鳴り、見事に氷ができたのである。

きっと分解作業中に上昇した温度でユニット内の不要部分の凍結が融けて正常動作するようになったのではないだろうか。

あれから一週間、冷蔵庫は何事もなく動き続け、順調に氷を作り続けてくれている。

完全に問題が解決したとは思えないが、また同様の症状になった時は、無理をせず製氷部分の引き出しを抜き、庫内の温度を上昇させて余分な氷を融かす作戦で対処しようと思う。

これからも、せめてあと 2年くらいは元気に働いてほしいと願いつつ、今日も冷蔵庫が作ってくれた氷で酒を呑んでいる。

自分解体新書 - 28 -

自分解体新書 ~目次~

■ 肩 その3

昨年の10月時点で楽になってきた左肩の痛みはすっかりなくなった。

痛くなったのは 5年前、いや、6年前くらいだっただろうか。

それからずっと病院に行くこともなく痛みに耐えてきたが、それがやっと開放された。

痛かった期間が長かったため、今でも恐る恐る腕を動かすことは多いが、そのたびに痛くない嬉しさを実感しているところだ。

■ 指 その7

昨年12月から快方に向かい、すっかり良くなっていた指先の荒れが復活してしまった。

数日前から右手親指に発疹のようなものが群生してボコボコした感じになっていたのだが、ついに表皮が硬くなってひび割れてきたのである。

2日前から薬を塗ってから綿手袋をして就寝するようにしているが、今のところ症状に変化はない。

人差し指と中指は問題ないところをみると、やはりマウス操作で親指が触れる部分のテーピングが甘かったのだろうということで、『お買い物日記』 担当者がさらにテープを貼ってくれた。

これで良くなると嬉しいのだが。

■ 目 その5

先日の独り言にも書いたようにメガネが少し合わなくなってきている。

視力が落ちたのかと言えばそうでもなく、今でも裸眼で困るのはパソコン画面を見るときと、海外ドラマを見る際の字幕を読むときくらいなもので、それ以外はメガネがなくても支障はない。

むしろ老眼が進んでいるのでメガネをすると手元が見づらくて困ってしまう。

テレビを見ながら食事をする場合、メガネをしているとテレビを見るぶんには問題ないのだが、視線を食卓に移すとピントが合わない。

パソコンの画面を見るのはメガネがあった方が楽なのだが、手元の資料を見ようとするとピントが合わない。

資料に目を通しながらプログラムしなければならないような仕事は最悪で、メガネをしたり外したりと忙しくて仕方なく、途中で面倒になってしまってメガネを外したまま顔を画面に近づけてプログラムしたりしている。

これから益々老眼はひどくなるだろうから、次に仕事用のメガネを作る場合は遠近両用にしなければならないだろう。

■ 脳 その5

女優 Aと女優 Bは、ほぼ同時期に世に現れた。

双方とも人気があったが、最近は Aの露出が増えて Bの姿を見なくなってきた。

その話をしていて Bの名前が思い出せず、なんとか絞り出そうと思っても例によって
「あの CMに出てる女優」
「昔のドラマで喫茶店で働く役をしてた女優」
などと断片的な情報しかなく、『お買い物日記』 担当者が次々に女優の名前を挙げるものの、なかなか正解が出ないというイライラ状態がしばし続いた後、やっとの思いで女優名をひねり出すことができた。

二人で
「あ~思い出せて良かった」
と気分もスッキリ、互いに功績を褒めあったりしていたが、そもそも何の話をしていて、なぜその女優の名前を思い出そうとしていたのか忘れてしまっていた。

・・・。

もうすっかり爺さんである。

記憶 Memory-20

過去の記憶

今までは子供の頃の記憶、記憶に残っていることを書いてきたが、今回は全くの逆で、どうしても思い出せないこと、逆立ちしても何をしても記憶の奥深くから取り出すことのできないことを書いていこうと思う。

雨の日の散歩をしていると、子どもたちが傘をさしていたり低学年の子はカッパを着せられたりしているが、自分が子供の頃はどうしていたのだろう。

小学生の頃、いや、中学生になっても雨の日にどうやって登校していたのか思い出せない。

雨が降ったからといって学校を休んでいた訳でもないだろうが、傘をさして登校した記憶がないのである。

そもそも何色の傘を使っていたのか、そして、学校に着いてから雨具をどうしていたのか思い出せない。

自分などそそっかしいので学校に傘を忘れて帰ったことも一度や二度ではないと思われるのだが、その一切の記憶がスッポリと抜け落ちていて脳の一部に空白地帯ができている感じだ。

小学校から中学校までの 9年間、晴れた日ばかりのはずはないのに登校の際の雨の記憶がないに等しい。

いったい雨降りの際はどうやって学校に行っていたのだろう。

次に思い出せないのは小学校での上履きだ。

記憶している限りでは、学校の入口にロッカー的なものや靴箱的なものはなかったように思う。

ということは、靴を履き替えた後はどうしていたのか思い出せない。

教室の後ろに棚みたいなものがあったので、そこまで持ってきて入れたりしていたのだろうか。

いや、やはり記憶違いで入り口にロッカーなり靴箱なりがあったのだろうか。

中学生の頃は素行がよろしくなく、家で勉強もしなかったので教科書やノート、筆記用具などの全ては教室の机の中に入れっぱなしにしてあり、手ぶらで学校に行っていた上に校内へは土足のまま入っていたので記憶がなくて当然だが、まだスレていない小学校の頃は何をどうしていたのだろう。

そして同じように記憶が無いのは登校前の朝ごはんだ。

たぶん朝食は抜いていなかったので何かしら食べていたと思うのだが、それがパンだったのか米だったのか、はたまたシリアル系だったのか、一切の記憶がない。

パンに目玉焼きだった記憶もないし、白ご飯と味噌汁だった記憶もないし、シリアルに牛乳だった記憶もなく、子供の頃の自分は朝に何を食べていたのだろうと不思議に思ってしまう。

両親共働きだったので、朝はバタバタしていたに違いない。

中学になると親より家を出るのが遅かったので勝手に何か食べてから家を出ていた可能性もあるが、小学校の時はどうだろう。

一家三人でにこやかに会話しながら朝ごはんを食べた記憶など皆無なのである。

そして、やっぱり思い出せないのは寝間着だ。

パジャマを着て寝ていたのは間違いないのだが、着替えている自分の記憶がない。

いつも記憶がなくなるほどの睡魔に耐えて着替えていたはずもなく、毎日のことであるはずなのにどうやって着替え、脱いだ服をどうしていたのか思い出せずにいる。

小さな頃は親が翌日に着るものを用意していてくれただろうが、中学生の頃はどうしていたのか。

中学は学生服なので朝はそれを着たら良いが、前日の夜に脱いだものはどこにどうやっておいたのだろう。

自分の性格からいって毎回タンスに入れていたはずはなく、かといってハンガーにかけて部屋の壁に吊っておくようなこともしていない。

毎回たたんでどこかに置いていたのか、それとも脱ぎ散らかしたままにしていたのだろうか。

大きなイベントや非日常的なこと、友だちと楽しく過ごしたことなどは覚えているが、あまりにも日常的で、あまりにも繰り返し行うことは無意識にやっているからなのか、ほとんど覚えておらず、記憶を無理に引っ張り出そうとしても出てこないものなのかも知れない。

それとも自分がアホすぎて覚えていないだけなのだろうか。

春遠からじ

長かった北海道の冬も終わり、いよいよ春がそこまで来ているようだ。

散歩をしていると公園の芝生が茶色から緑に変わりつつあるのが目にとまる。

桜の芽も少しふっくらとしてきた。

石垣の隙間から顔だけだしていたスズメも外に出て日向ぼっこしている。

冬の間は聞こえなかった鳥の鳴き声がする。

道行く人の服装も軽く、そして明るい色になってきた。

我が家では除雪用具を片付け、散水用のホースを出して春の準備は万端だ。

昨日の登校を最後に子どもたちは春休みになった。

小学校の高学年になってもラブラブな関係を保っていた父娘がいたが、5年生の 2学期から娘が友だちと通学するようになり、父親が一人寂しそうにトボトボと出勤するなったのは過去の独り言に書いた通りだ。

その娘はどんどん大人になり、去年の 4月からは近所に住む新一年生の手を引いて通学するようになった。

他人の子どもながら、その成長ぶりを頼もしく思ったりしていたが、その娘も今年で卒業で来月からは中学生になる。

2014年の秋に引っ越してしまった黒柴リュウくんが 8歳の時、
「ボクと同じ歳だぁ~」
とニコニコしていた男の子はすでに中学生になっているのだろう。

そろそろ家庭菜園の準備を始めている家もあり、あちらこちらで土いじりしている人もいる。

となりの店の妹ちゃんも、私有地の一画で家庭菜園を始める準備に余念がなく、つい先日も畑の中で草むしりをする姿があった。

毎年のことなのだが、妹ちゃんは
「せっかく種をまいてもほとんど風に飛ばされちゃてさぁ」
「半分も育たないんだよねぇ」
とボヤいている。

しかし、我が家では真の理由を目撃していた。

種まきが終わった直後、近所のスズメが
「わーい!」
と集まり、土の中に頭を突っ込んで種を食べてしまうのである。

この町はどういう訳か庭に餌台を設置して鳥に餌をやる家が多い。

その数は確認できているだけで月曜から金曜の散歩コースを合わせると十数軒に登る。

我が家の周りにも餌台のある家はあるが、その一軒が裏のお宅だ。

そのお宅の裏庭には桜の木があるのだが、そこにいつも数十羽のスズメが遊びに来ている。

そのスズメたちが横目で種まきする妹ちゃんの姿を見ているので、きっと種を食べてしまう犯行グループだと思われるが、その事実を妹ちゃんは知らない。

去年から畑に種まきをするのをやめ、ガラス張りで温室状態となっている玄関先で苗まで育ててから畑に植えるようにしたので被害はなくなっているだろうが、スズメたちは餌にありつけないのでガッカリしていることだろう。

春を待つ人の楽しみも色々だろうが、我が家としてはもう少し暖かくなって桜の季節になるのが待ち遠しい。

例年通り、今年も桜の樹の下で昼ごはんを食べるのが今から楽しみだ。

そろそろ桜の便りも聞こえ始めたが、その便りが北海道に届くまで、まだ 1カ月くらいかかりそうである。

初老

先週末から参加しているプロジェクトでは若い子たちと仕事をしている。

実際の年齢は分からないが、LINEで飛び交うメッセージには若者言葉が多いので、現在の参加者 22名中の 80%以上が 20代、その他も 30代なのではないだろうか。

すっかり爺さんになっているのに参加しているのは自分くらいなものだ。

若い子を相手にしていると、とにかくレスポンスが早い。

LINEでメッセージを送信すると、遅くても 30秒以内、早ければほんの数秒で返信がある。

いったいどうやってメッセージを読み、どうやってタイプしているのかと不思議に思ってしまうほどのスピードだ。

自分も業界歴が長くなったのでキーボードのタイプスピードは遅い方ではない。

むしろ一般の人より早いくらいだとは思う。

それなのにスピードについて行けず、あれよあれよという間に返信しようと思っていたメッセージが画面上部に消え、
「あわわわ」
と焦っているうちに、遥か上まで行っているので必死にスクロールさせて探すという有様だ。

これはもう、タイプスピードがどうしたとかいう次元ではなく、反射神経と動体視力の勝負といった感じである。

次から次に寄せられるメッセージで画面がどんどん変化しても読みこなし、それを目で追いつつも自分のメッセージを高速でタイピングするという芸当を若者はなんなくやり遂げているのだろう。

それだけのことをやりながらも正確に返信してくるのだから、読み流しているのではなくメッセージ内容を理解し、キーボードの誤打も誤変換も少なく返信するのだから神業レベルである。

しかし、それは自分が老いて反射神経や動体視力が低下している証拠でもある。

若かりし頃、自分の親や周りの大人を見て鈍いとかどんくさいと感じていたのと同様、今の若者からすると自分などは十分にノロノロしており、レスポンス速度も遅いと思われているに違いない。

そんなことに対抗心を燃やし、若者言葉を織り交ぜつつ高速にレスポンスするなど愚の骨頂だと思われるので、そこは流れに身を任せて自分にできることを自分のペースでやることにしている。

先週の雑感にも書いたように今やっている作業を大雑把に言うと、寄せられる質問に適宜回答するという内容なのだが、若い子たちは言葉遣いや説明のニュアンスを責任者から度々注意されているようだ。

しかし、自分は今のところその点に関して注意を受けたことはない。

しかし、しかし、若い子たちが 1件あたり 4-5分で返信するところ、自分は 6-7分かかっている。

テレビで地方の高齢者を活用したビジネスを展開している経営者が
「お年寄りはペースがゆっくりでも仕事が丁寧なのでありがたい」
などと言っているのを見たことがあるが、自分もまさにその領域に足を踏み入れたということだろうか。

なんだか寂しい気もしないではないが、この業界は一般の仕事よりも年齢差が如実に現れるので仕方がない。

一昔前、40代になると『初老』と呼ばれていたが、今は一般的に 60代からを指すという。

まだ『お年寄り』とか『高齢者』などと言われる年齢には達していないものの、若者ほどのスピード感はないにせよ、ミスの少ない仕事を丁寧にしていこうと『初老』の後ろ姿が見え始めてきたおっさんは心に誓ったりしているのであった。

意地

意地でも土曜の夜は雑感の更新をしようと思う。

独り言にも書いたように、急遽のヘルプで夕方からバタバタしており、今でも完全には落ち着いていないのだが、長いこと雑感を書いてきたので他人の仕事のヘルプごときで途絶えるのも悔しく、何が何でも更新してやろうとポチポチとキーボードを叩いている訳だ。

独り言を毎日、雑感を毎週、その他のブログなども含めて子供の頃、学生時代は苦手だった作文を日々書き続けていることが今回は大いに役立った。

今日の知り合いの会社からの依頼は、とあるビジネスをネットで公開したので寄せられる質問に回答してほしいという内容だ。

一般的にはテンプレート(文例、回答例)が用意されているものだが、それすらもないので質問には臨機応変に対応しなければならない。

そのヘルプを開始する前、ユーザーからの質問に対して試験的に回答をしてみてほしいと依頼されたので、いつもの調子で自分なりに考えて回答してみた。

何人かが同時に同じ質問に回答を寄せたのだが、責任者から数々の指摘、いわゆるダメ出しがあって書き直しとなっているところ、自分は一発OKをもらうことができたのは、駄文とは言え文章を書き慣れている成果だろう。

ただし、いつもの通り、誤字が指摘されたのは言うまでもないが・・・。

何も思いつかない時は 2

以前にも同じようなことがあったが、パソコンに向かい、こうしてキーボードを打っている今でも頭の中には何もネタが思い浮かんでいない。

前回は適当なことを書いているうちにネタを思いついたので今回もそれを期待しているのだが、今のところは何かが浮かびそうな気配すらない。

そんな時は時事ネタが便利なのだが、アメリカ大統領に就任したトランプ氏のことは少し前に書いたばかりだ。

しかし、その時の雑感を見ると高齢ドライバーに関することを書いているが、その点で少し気になることがある。

あれからも高齢ドライバーによる事故が後を絶たず、その多くはブレーキとアクセルの踏み間違いが原因だ。

しかし、それは本当なのだろうか。

そんなに間違いやすいのなら自動運転がどうしたとか言う前に、基本的な構造を変えるべきだと思うし、なぜ高齢者だけが間違うのかと不思議にも思う。

高齢になって動体視力や反射神経が衰えるのは理解できるが、高齢者だから間違えるなどということがあるのだろうか。

知識人は若ければ間違いに気づくのも対処するのも速いが高齢者は双方とも遅いので事故になると言うが、若者にもどんくさい奴はいて反射神経なども凡人以下という場合だってあるだろう。

ここまで踏み間違いが多いと、本当は電気系統、電子機器、それらを制御するプログラムに問題があるのではないかと疑いたくなる。

本当はブレーキを踏んでいるのに、または何も踏んでいないのに突如として暴走を始めて制御不能となってしまうような不具合が潜んでいたら・・・。

最近の車はネットと繋がっていることも多いので、悪意を持つ誰かが不正なプログラムを侵入させたのでは・・・。

などなど色々と不安になってしまい、こういう時は自分は運転免許を取得していなくて良かったなどと思う。

もうひとつ時事ネタになるが、安倍総理大臣婦人の昭恵氏が名誉校長になっていた件と、その学校が取得した土地に関して国会が紛糾している。

それ自体には何の興味もないが、いつから首相夫人のことを海外の例に倣って『ファーストレディ』と呼ぶようになったのだろう。

自分が子供の頃は、そんな小洒落た呼称はなかったはずだ。

それで調べてみると、それは第1次安倍内閣が始まりだというから 2006年か 2007年と、ごく最近のことではないか。

今ではすっかり定着しているが、そのファーストレディと呼ばれるにふさわしい人物は今までどれだけいただろう。

政治の話で言えば、最も勢いがあるのは小池百合子氏だ。

その勢いに押されて所属していた党を離れ、小池氏を支援する政治団体『都民ファーストの会』に流れる政治家もいるほどである。

さて、次の東京都議選でどのような結果を残すだろう。

と、思いついたことをツラツラと書き綴ったが、これではたまに書いている『真性雑感』と何も変わらないではないか。

CMあるある

少し前に我が家におけるあるあるネタを書いたが、テレビCMを見ていると同じようなパターンの繰り返し、過去のCMの焼き直し的なものが多くて呆れてしまうことが多い。

あるある1. 特に可愛いくもない子供を登場させる

オーディションを勝ち抜いた誰の目から見ても可愛いと認めざるをえない赤ちゃんや幼児ではなく、
「う~ん」
と唸り声しか出てこないような微妙なラインだったり、
「はあぁ!?」
と大声で聞いてみたくなるような容姿の子どもが登場するCMがある。

全国レベルのものではなく地方CMに多いのだが、間違っても制作会社がブッキングしたプロダクション所属のモデルではないであろうということが明白な、本当にその子をCMに登場させるが正解だったのかと経営者に問いただしたくなるほど残念なレベルの子どもが何の指導も受けていないことが丸出しな演技で商品やサービスを紹介する内容だ。

たぶん経営者の孫、社員の子どもか何かなのだろう、親バカ過ぎて冷静に美的水準を見極めることができず、周りからお世辞で褒められていることにも気付かずに CM出演させてしまったに違いない。

社員の皆様は取引先や顧客からの微妙な反応を受け、さぞかし苦労されているものと思われる。

あるある2. ペットが人間の言葉をしゃべりだす

飼っている犬や猫、鳥などが急にしゃべりだすというシチュエーションもありがちだ。

それがペットフードを始めとしたペット関連用品で、
「おいしいワン」
とか
「うれしいニャン」
とか言うのならまだ分からないでもないが、それらとは無関係な商品の CMで何の脈略もない場合が多いので、その演出の意図をはかりかねる。

あるある3. 父親役が情けない

男女差別、男女格差が社会問題となり、女性の立場や対応が向上するとともに食器洗い、トイレ掃除、風呂掃除などなどのCMに女性ばかり登場するのはいかがなものかという婦人団体からの猛抗議を恐れ、各企業はこぞって CMで男に掃除をさせたがる。

そして、だいたいにおいては父親の威厳も何もあったものではなく、情けない顔をして掃除している姿ばかりだ。

その他にも娘や妻から文句を言われたり叱られたりするCMも多く、そこまで見下していながらしつけなどで父親に威厳をもって子どもへ対処せよというほうが無理というものだ。

あるある4. ああ勘違い

これはもう、見るのも飽き飽き、食傷気味どころか見せられるとため息しか出てこないのが、褒められて照れたら実は違ったというやつだ。

画面の中の女性が
「きれいだなぁ」
「かわいい!」
などと言われて照れていると、あるいは画面の中の男性が
「すてきですねぇ」
「すごいですね」
と言われて照れていると、隣の異性は商品やサービスを褒めていたというオチ。

昔から使い古され、見飽きたパターンだと言うのにどうして何年かに一度はこの手の CMが登場するのか。

スポンサーにしても制作会社にしても打ち合わせの段階で気づいても良さそうなものだが。

あるある5. ポスターや看板の人が動き出す

これも見飽きるくらいに使い古されたパターンで、ポスターや看板の前で話していると、急に写真が動き出してビックリしたりするアレである。

その他にもテレビを見ていると中の人から話しかけられたり、画面から人が飛び出てきたりするのも常套手段だ。

これらはもう見飽きているので二度と作らないでいただきたい。

あるある6. 独りよがりなCM

感動させよう、させようとして何も伝わってこないCM。

泣かせよう、泣かせようとして何も伝わってこないCM。

人によって感動する場面、泣ける場面というのは異なるだろうから一概には言えないのかもしれないが、あまりにも押し付けがましく、いかにもな演出で作成された CMを見せられると感動するどころか興ざめしてしまう。

そんな CMを見せられると、むしろその企業のことが嫌いになってしまうのは自分だけだろうか。

あるある7. 笑わせようとしてダダ滑りなCM

これは上記 あるある4. に通ずるものがあるが、企画過程、制作過程でのみ盛り上がり、実際に映像化してしまうとちっとも面白くないという最悪のパターンだ。

ことの重大さに気づいたときには莫大な予算を投じた後なので、取り返しがつかないまま放映されることになってしまったのではないかと思ってしまうくらい悲惨な CMもある。

それが素人に毛の生えたくらいの役者がやって滑るのならまだしも、そこそこ名の売れたタレント、中堅のお笑い芸人などを起用してダダ滑りしたのでは目も当てられない。

お笑い芸人もタレント生命に汚点を残すことになりかねないので、出演を決める前に台本などを入念にチェックしてから仕事を引き受けるかどうか決めたほうが良いのではないだろうか。

ショウコノコト 8

ショウコがこの町にやってきたのは昨年の 9月10日のこと。

それから 5カ月が経過し、すっかり環境に慣れたようだ。

そして、年齢相応になってしまった記憶力は少しずつ元に戻りつつある。

病気をしたり環境の激変がストレスとなって記憶力が低下し、認知症やアルツハイマー病を引き起こす場合があると聞いたことがあり、それと条件が合うこともあってショウコが認知症になってしまったと覚悟したこともあった。

実は施設に入ってからのほうが物忘れが激しくなり、配達されたハガキを自分で片付けたのも忘れて清掃員の人が捨ててしまったと言ってみたり、新しく購入した電話機の使い方を何度説明しても覚えられず、次の日どころか数時間後に同じことを聞いてくる。

これはもう以前のショウコに戻ることはないのだろうと。

このままショウコの頭の中に花が咲き乱れ、花畑状態になってしまうかも知れないと覚悟したものだ。

昨年 6月の入院から 9月くらいまで自分の記憶があやふやなことはショウコも自覚しているようで、
「あの頃のことが思い出せない」
「どうやって入院したか覚えていない」
「転院したことも分からない」
などと、今になって言い出したりしている。

もっと言えば、故郷を出る際に仲良くしていただいていた近所の方々に挨拶をしに行ったこと以外は、自分と 『お買い物日記』 担当者が家具の廃棄の手配や土地と家の処分まで進めるために 2週間おきに帰省していたことも正確には把握できていないらしい。

6月に救急搬送された病院に入院していたことも、自分たちが駆けつけたことも覚えていない。

曖昧かつ断片的な記憶しかなく、故郷を出てこの町に来るまでの道中、
「子どもたちはこんな長い距離を移動して来てくれてたんだなぁ」
と、流れる車窓の風景を見ながら考えていたことは覚えていても、同乗してくれた介護師さん、運転手さんの名前も顔も、何を話したのかも覚えていないという。

確かにあの頃はショウコの記憶力の低下に愕然とし、自分たちも大いに戸惑った。

今までとは明らかに違う言動に右往左往させられ、あまりにも話しが通じないことに苛立ちを覚え、ついつい声を荒げてしまうことも少なからずあったのも事実だ。

あまりにも伝えたことを覚えていないので、施設に入るまでにしなければいけないことをリストにして紙に書き、次に来るまでにやっておくようにと言い渡し、処理が済んだらチェックマークを付けるようにさせていた。

医師は年齢相応の記憶力と言っていたが、それまでのショウコが記憶力も優れたスーパー婆さんだっただけに、その落差を見ると怒りとも悲しみとも言えぬ感情が湧いてしまったものだ。

ところが、昨年の 10月後半か 11月頃から少しずつショウコの頭の中の霧が晴れてきたようで、伝えたこと、何かを置いた場所などを忘れずに覚えているようになってきた。

以前のような記憶力は取り戻せないにせよ、普通に会話できるようにさえなれば良いと思っていたが、最近は前に会ったときの会話を覚えているし、何カ月も前に買った物の値段を 1円単位まで覚えていたりする。

そして、ずっと覚えられなかった職員さんの名前も覚えたようだし、施設に備えられている洗濯機や乾燥機の使い方もマスターしたらしい。

まだ微妙に話が噛み合わないこともないではないが、年齢以上の記憶力、以前のショウコに確実に近づきつつある。

施設での生活にもすっかり慣れ、体も心も落ち着いたとは言え、超高齢者でありながら記憶力を回復させてしまうのだから、やっぱりショウコはスーパー婆さんなのであろう。

パラリンピック

平昌(ピョンチャン)冬季オリンピックの開催まで1年となり、韓国では盛り上がりをみせているという報道もあれば、国民的関心があまりにも薄いので盛り上げるのに政府や関係組織が必死になっているという情報もあるが、今の韓国は政治不信、政治不安の真っ只中にあるので後者の情報のほうが正しいのではないかと勝手に推測したりしている。

オリンピックと言えば終了後に開催されるパラリンピックへの注目度も少しずつ上がってきているようだ。

以前までは NHKや BSでさえ放送がなく、競技の結果をニュースで伝える程度だったが、前大会のリオオリンピックから放送枠が大きく拡大した。

『24時間テレビ 愛は地球を救う』などと大上段に構える日本テレビが中継しないことが腹立たしいと独り言にも書いたが、本当にその気がないのであれば安易に福祉だ何だと取り上げるべきではないと思う。

自分はと言えば、福祉とかに無関心ではないものの、どうにも自分から積極的に参加するのはちょっと気恥ずかしいというか、自分はそんな立派な人間ではないので偽善的すぎやしないだろうかなどと余計なことを考えてしまうので、陰ながらそっと応援することに徹している。

ただし、手放しですべて受け入れ、すべてに賛同している訳ではない。

例えばパラリンピックの選手がオリンピックの競技に出場したいと訴えているが、それには反対だ。

短距離走もそうだが、とくに跳躍力を競う幅跳び、三段跳び、高跳びなどなどでは義足が高性能すぎて今となっては人間離れした跳躍力を得ることができるようになっている。

決して差別的な意味ではないが、生身の体と人工的な体の持ち主が同じステージで記録を競うのは、やはりフェアとは言い難いのではないだろうか。

それを認めてしまったら、オリンピックで金メダルを得るために足を改造する人だって現れるかもしれず、それは薬物によるドーピングに類似したルール違反となってしまうのではないかと思う。

パラリンピックで活躍する人を見ると感動を覚えることも多いが、それと同時に反オリンピック的精神が見え隠れしたり、不公平感を覚えたりしてしまうこともある。

障害者のための競技だ何だとキレイ事で塗り固められているが、本質はどうなのか。

野球やソフトボールがオリンピックの種目に選ばれたり外されたりするのは競技をするためには様々な道具が必要なため、貧困国などでは普及しないことが問題点として挙げられているからだ。

しかし、パラリンピックの出場者が使っている義足はどうなのか。

まるでフォーミュラーカーのような車椅子はどうなのか。

選手がスポンサーを見つけ、強度を高めるとともに柔軟性の向上をさせて軽量化を図るという相反する難題に取り組み、それが車椅子だと空力性能にまで及び、とても個人ができることではなくなるし、開発には莫大な費用を要する。

パラリンピックはだれもが参加できる大会ではなく、選ばれし者、それは身体能力が優れているのみならずスポンサーや協力企業と手を組める人材でなければならないのではないのか。

そして、どんなに優れた人材がいたとしても発展途上国、いわゆる貧困国ではその人を支えるスポンサーも企業も存在しないと思われるため、参加できたとしてもメダルなど狙えるはずもないだろう。

車椅子マラソンなどで、まるでスポーツカーのようなものを使用する人ばかりの中で、病院で使われているような車椅子で勝てるはずがない。

そんなことを思いながらパラリンピクを見ていると、ひたむきに頑張る選手の姿に感動しつつも心のどこかに冷めた部分があることに気づく。

パラリンピック委員会が一元的にスポンサーから集めたお金や協力してくれる企業を管理し、各国の有能な選手に均等に配分するなどの制度を設けない限り、平等で公平な大会はできないような気がするのだが、現状に不満を持っている選手はいないのだろうか。

本当に公平になるようなルール作りは必要ないのだろうか。