大阪府摂津市JR千里丘駅周辺密着情報!!

春爛漫

北海道は初夏の一歩手前、春真っ盛りとなっている。

毎年のことではあるが、梅も桜もチューリップもスイセンにスズラン、ライラックなどなど、ありとあらゆる花が咲き乱れており、雪と樹木のモノトーンの世界から一気に原色まぶしいカラフルな世界へと変貌を遂げた。

そうなれば北海道民もウキウキし、野へ山へと繰り出して行く。

出不精を絵に描いたような自堕落的な生活を送っている我が家も、この時期だけは積極的に外に出て春の陽射しを堪能する。

この時期にはいつも独り言にも書いているように、桜の樹の下で昼ごはんを食べるのが毎年の恒例行事だ。

桜の時期は短いので、雨さえ降らなければ毎日でも出かけようと思っているが、少し前のソメイヨシノの時期は天候に恵まれず、せっかく満開になったと思ったら暴風雨となってしまい、あっという間に桜は散ってしまった。

今は八重桜が見頃を迎えている。

まだ満開にはなっておらず、おまけに八重桜は花の寿命が長いのでまだまだ楽しめそうだし、天気も大きく崩れることはなさそうなので花を見ながらの昼食は何回くらいできるだろう。

実は今日の昼も桜の樹の下で食べてきた。

北海道の5月にしては暑いくらいの気温だが、木陰は涼しく実に気持ちが良い。

陽の光を全身で浴びると体の芯からポカポカしてきて思わず眠りそうになってしまう。

そんな楽しい思いをしてきたところなので、パソコンに向かってカタカタとキーボードを打つ気分ではない。

そう、今回の雑感は気乗りしないし書くのが面倒だということを訴えたいのである。

なぜ、こんなに気持ちのよい日にグダグダと駄文を書き殴らなければならないのか。

いや、誰に強要されている訳でもなく、誰かが毎週の更新を楽しみに待っている訳でもないので、書きたくなければやめたら良いだけの話ではあるのだが・・・

話は戻って桜のことになるが、若かりし頃は毎年のこの時期を心待ちにするほどではなかった。

なぜ人は年齢を重ねるごとに咲く桜に感動し、散りゆく桜に悲哀を感じるのか。

「それは、生きている間にあと何回くらい桜を見られるかと想うからだ」
とは、義兄の言葉である。

確かにそうかもしれない。

これから先、あとどれくらい桜の咲く時期を迎えることができるだろう。

日本人の平均寿命はどんどん延びて人生100年時代となりつつある。

だとすれば、今まで見てきたのと同じくらいの回数は見ることができるかもしれない。

そうだとしても、子供の頃や若い頃は今と異なり、そんなことは考えもしなかったが、そろそろ人生の終わりを意識する年齢になってきているのは確かだ。

ただし、自分の場合はそれで考えを新たにしたり、立ち振舞を改めたりすることはなく、せっかくだから桜の時期を思い切り楽しんでおこうと思ったりする、不届き者だったりするのであるが・・・。

デジタル化の波 Signal-20

デジタル化の波 ~目次~

スマホの普及率が圧倒的になってきた。

それとともに固定電話の普及(設置)率は大きく下がり、パソコンの普及率は頭打ちから減少傾向となっている。

少し前であれば、公共の書類などに記載するのは固定電話番号と制限され、携帯電話の番号は拒否されたものであるが、今となってはむしろ固定電話を持つ単身世帯は稀だ。

スマホがあればネットも楽に繋がり閲覧も可能なので Webサイトの閲覧も今はスマホからが 70%、タブレットからが 20%、パソコンからは 10%程度という構成になっている。

もちろん、サイトの内容などによって比率は変わるだろうが、Twitter、facebook、Instagramなどの SNSだと 90%以上がスマホやタブレットからだと思われる。

確かにスマホからのネット検索などは便利なことこの上ない。

わざわざ文字入力しなくても音声認識で検索してくれるし、GPS機能で場所を特定できるため、店などは現在地の近くにあるものを優先的に調べてくれる。

以前は『大阪 千里丘 歯医者』 などいうワードで検索していたものが 『歯医者』 と 1ワードで検索すれば自動的に現在地の近くにある歯医者を調べてくれるのだからありがたい。

そんなに便利なものだから、ますます普及するだろうし、手元でいつでもネットが使えるのだからパソコンを持つ必要性も薄れる。

パソコンは大学生の必需品、それがなければ就職活動に大きな支障をきたすという時代もあったが、今はスマホがあれば事足りるのでパソコンまで買う必要がない。

今や日本の学生のパソコン所有率は世界でも最低レベル、それがゆえにパソコンに関するスキルも世界で最低のレベルになってしまっている(Newsweek)。

それは今後ますます必要となるパソコンのスキル、プログラミング能力が低いということで、日本の世界競争力が現在の 8位から低下の一途をたどるのではないかと不安になってしまう。

パソコンが一気に普及して社会の必需品となった 1995年くらいから、スマホが普及する 2010年までの 15年間に社会に出た現在 30~45歳くらいの人たちは、パソコンの使えない上司と部下に囲まれて、さぞかし苦労されているのではないかと思われる。

そのパソコンを使えない上の世代が大量に定年退職するご時世になってきた。

新聞購読を辞めてしまう世帯主の 7割がリタイアした 60代 70代世帯なのだそうだ。

そうなると、パソコンやスマホが使えないため主たる情報源はテレビが圧倒的になってしまうのだろうから、マスコミによって世論を操作することなど簡単なことに違いない。

しかし、これから数年後になれば、テレビの視聴率よりネット閲覧率のほうが遥かに上回る時代が確実にやってくる。

そうなると世論を大きく動かすのはテレビではなくネットということになり、その伝播力のすさまじさから、すべてが萎縮した世の中になってしまわないか心配だ。

今現在もネットで悪評が広がらないよう、神経質にならざるをえない状況になっている。

それはすべての業種に言えることで、接客態度が悪かったりちょっとした落ち度があれば、あっという間にネットで叩かれ、顧客にそっぽを向かれてしまうという危険性をはらんでおり、一瞬たりとも気が抜けない。

個人が発信する情報も、安易な書き込みで個人が特定される場合もあるので気をつけるべきだ。

facebookを除けば多くの場合は匿名でネット住民となっているが、Twitterでもブログでも、たとえば
「昨日、近所に○○という店がオープンしたから行ってみた」
などと書き込めば、その日付と店名、新規オープンなどの情報から店の住所が特定され、そのネット住民は確実にその辺りに住んでいることが分かる。

並行して実名のfacebookなどをやっていて、同じ情報を書き込んでいたりすれば知人に Twitterなどのアカウント名が知られてしまう可能性も低くない。

それらのことを気にすれば、気軽につぶやいたり書き込んだりできなくなってしまう。

しかし、いくらネットの世界でもルールやマナーがあるのだから、一定程度の気を使いながら利用するのは当然か。

マナーと言えば、最近は常識にも変化が起こっているようなので、自分のようなオッサンは特に気をつけなければならないだろう。

少し前に話題となったのは『電話野郎』。

スマホ、LINE世代からすると、携帯電話にいきなり電話してくるのは迷惑千万な行為なのだそうだ。

まずは LINEかメールにて電話しても良いか確認し、了解を得てから電話すべきなのだとか。

・・・。

何のための携帯電話なのだろう。

いつでも、外出中でも電話を受けられるという利便性から生まれたのが携帯電話であり、それが進化したのがスマホな訳で、その根本は携帯性を実現した電話であることに変わりはない。

いつでもどこでも電話できることを前提としているのであれば、なぜ電話して良いかとお伺いを立てなければならないのか。

「ふざけたことをぬかすなっ!」
と、怒鳴ってやりたいオッサンではあるが、それが新常識、現代のマナーなのであれば仕方がない。

ここは素直に従い、若者に電話する時は先に LINEで問い合わせることにしようと思う。

いや、若者に電話することなどないと思われるが・・・。

駄文

かなり以前の雑感にも書いたように、毎日のように独り言を更新したり週に一度はこの雑感を更新したりしているが、実のところは作文は苦手だったりする。

良く書こう、面白く書かなければという意識が強すぎ、結果的に何を書いたら良いのか、どう書けば良いのか分からなくなってしまう。

したがって、小学生から始まった学生時代に一度たりとも文章に関して褒められたことも、優秀な成績を収めたこともない。

今日現在、こうして駄文を垂れ流したりできているのは、開き直りによるところが圧倒的に大きく、良い文章を書こうとか面白い文章を書こうなどという意識を持たず、恥をかくつもりで書きなぐるようにしているからだろう。

細かなことを気にしていては何も書けないし何も伝えられない。

かと言って、文章で何かを伝えたいという意識もないので、そもそもそのことを気にする必要などないというのが現状だ。

読書感想文も同じで、子供のことから作文以上に超苦手なものの一つだった。

この年齢になって読書感想文を書くことなどないが、どっぷりと浸かっている海外ドラマの感想などを書くことはある。

ところが、必要に応じてドラマの粗筋なども記載しようとすると、それがうまくまとめられない。

頭では起承転結を理解しているつもりなのだが、文章化しようとすると時系列がどうなっていたのか、ドラマの中の彼は何を思い、彼女はどう考えていたのかなどさっぱり思い出せないのである。

他人のブログを見たりすると、ドラマの内容、感想が良くまとめられているものが多いので感心してしまう。

自分には文才もなければ物語を正確に理解する能力もないのだと、つくづく情けなくなったりしていたのだが、ある人のブロクを読んでいて才能ではなく努力が必要なのだと分かった。

その人は我が家でも大好きな海外ドラマを一話ごとにまとめているのだが、粗筋を書き、登場人物の心情を分析し、それらについての感想も上手に書いているそのブログを運営するために相当な時間と労力を要しているらしい。

ドラマのストーリーの中には少し難解なものもあり、そんな話も見事にまとめているのは才能だと思っていたのだが、実はブログに文章としてまとめるため、メモをとったりしながら何度も見直し、自分なりに解釈できるまでそれを繰り返しているのだそうだ。

とてもじゃないけどそんなことはできない。

いや、大好きなドラマであれば不可能ではないかもしれないが、それを時間が許してくれないだろう。

時間が許せば何度だって見たいし、自分なりに理解し、解釈できるまで繰り返してみたい。

しかし、仕事だってしなければならないのでそれは無理な話である。

いや、いっその事、それを職業にしてしまえば思う存分、誰に遠慮することなく大好きな海外ドラマを見られるではないか。

いやいや、物書きとなるには努力だけではなく、やはり才能も必要だ。

さらに言えば、自分の好きな作品だけ見ることを努力などといえるはずがない。

やはりこの件に関しては趣味にとどめ、これからも駄文を垂れ流すしかないのであろう。

反復

可能な限り面倒な反復作業は避けたく、同じことを何度も繰り返すのであれば何とか自動化できないかと考え、それが実現して楽できるのであれば努力と手間を惜しまない性分であるということは以前の雑感にも書いた通りだ。

しかし、好きなものであれば、それを何度繰り返しても苦にならない。

絵の勉強をしていた頃、毎日かかさず特定の絵を描いていた。

どんなに夜遅くに帰宅しようと、どんなに酒を呑んでいようと、どんなに風邪をひいて熱があろうと、必ず 1枚の絵を描いてからでなければ眠りにつかない。

それも、描くのはいつも同じ絵で、同じ人物の同じ角度から見た同じ顔だ。

目的はその人物を描くことではなく筆使いだったり筆圧だったりを体に刻み込むための、いわば訓練のようなものであり、いつも同じものを描く必要はないのだが、違うものを描こうとすると想像力を豊かにせねばならず、色々と考えたりしているうちに創作意欲に火が付いて眠れなくなってしまう危険性があるため、あえて毎日同じものを描いていたのである。

それでも今から考えると、よくもまあ、飽きずにそんな生活を 4年間も続けたものだと我ながら感心してしまう。

面白いと思った映画は最低でも2回、多いものだと10回近く観ているし、面白いと思ったドラマも何度も繰り返し見ることが多い。

これに関しては自分だけではなく、『お買い物日記』 担当者も同じなので実に助かる。

一人だけがそういう性分で、何度も同じものが観たいのに嫌がられるとか、我慢して相手に付き合わなければならないのであればストレスとなってしまうが、互いに観たいと思っているのだから平和が乱されることはない。

今はあまりやらなくなってしまったが、一度クリアしたゲームを最初から何度でも繰り返しプレイすることも多かった。

それはアクションゲームでもシューティングゲーム、ロールプレイングゲーム(RPG)でも同じで、とくに RPGなどはストーリーも結末も分かっているのに、なぜ繰り返しプレイしなければならないのかと自分でも疑問に思いつつやっていたような気がする。

そして、なぜなのかという疑問に対する答えは今でも見つかっていない。

好きなマンガも何度も読み返し、あまりにも読みすぎてページがボロボロになったら買い直してまで何度も何度も読んでいた。

結果、16巻くらいのコミックの中の、どのシーンであっても絵が頭に浮かぶようになったし、台詞(せりふ)もほとんど暗記してしまったので、どこか一部の台詞を聞けば、そこから続く台詞をスラスラと言えるようになって友だちから驚かれたりしたこともある。

今も好きな作家の小説などを繰り返し何度も読んでいる。

大阪から引っ越してくる際に本を 500冊以上もリサイクル店に売ってしまったため、今手元にある数が少ないという理由もあるが、現存する本はすべて 3回以上、多いものだと 2-30回は繰り返し読んでいる。

もうストーリーも分かっているし、台詞の一部は記憶してしまっているのだが、読むたびにハラハラ・ドキドキしたりしているので、めでたい性格だと自分に呆れたりしないでもない。

違う作家の違う作品を読んだほうが見識も知識にも広がりがあるのではないかと思わないでもないが、ある程度の時間が経過すると、どうしてもまた読みたくなってしまう。

そして今夜もまた、枕元に置いてあるすでに 5回以上は読んでいる本に再び目を通しながら眠りにつくのである。

強迫性障害(OCD)

強迫性障害をざっくり言うと、自分の意に反してマイナスイメージが頭に浮かび、それを払拭するために同じ行動を繰り返してしまう病気だ。

今回は、具体例を挙げながら、果たしは自分はどうだろうかと考えてみることにした。

というのも、強迫性障害というほどではないが、こだわりは強い方だと自覚しているからである。

普段は何がどこにあろうと気にしないが、整理し始めると細部まで気になってしまう。

例えば本であれば、普段は乱雑に積み上げていようと斜めになっていようと気にもならないが、いざ整理を始めると作家順、発売順に並べたくなるし、本の高さも気になり背の低い順とかにしたくなってくる。

何かを並べる場合もミリ単位で平行なり垂直なりに並べたくなってしまう。

あくまでも、それはやり始めればということであって、普段はどうなっていようと気にしないところが強迫性障害との違いだと思われる。

普段の生活で強迫性障害なみにこだわりが強く出てしまうと家族などに迷惑をかけるが、仕事だとむしろ評価される場合もある。

Webサイトのデザインをする場合も、例えば四角い枠があった場合、1ピクセル(ドット)単位のズレも許せず、縦横がピタリと合うまで調整を続けてしまう。

しかしそれは、仕上がりが美しくなるためむしろ喜ばれることなので、プラスに作用している具体例だろう。

さて、強迫性障害における強迫観念と脅迫行為の具体例だが、それは以下のようなものなのだそうだ。

■ 汚染に関するもの ■

電車の吊革に触ることができない、公衆トイレの便座に座れない、または接触した後、菌やウイルスなどに汚染されるような不安に襲われ、何度も手を洗ったり、何時間も風呂に入ったりしてしまう。

これに関しては平気だ。

吊革にも平気で触れるし、公衆トイレなどは、たとえ便座クリーナーなどが設置されていたとしても、いちいち面倒なのでそんなものは使用せずにどっかと腰を落ち着けられる。

■ 安全確認に関するもの ■

外出の際、ドアに鍵をかけたか、窓は閉めたか、ストーブやガスコンロの火を消し忘れていないかなどと不安になり、何度も家に戻って戸締まりや火の元を確認してしまう。

これに関しては年に何度かは気になって引き返し、玄関の戸締まりを確認することがないではないが、毎回ということもないし、それを何度も繰り返すということもないので病的ではないだろう。

■ 他傷行為への疑念に関するもの ■

車の運転中に何かを踏んだりした場合、人をひいたのではないかという不安に襲われ、その場所に戻って確認せずにはいられない。その他、自分の行為が誤って人を傷つけてはいないか不安にさいなまれる。

これに関しても自分には病的症状はないだろう。

そもそも車の運転をしないので人をひくこともないし、人に不信感や不快感を与えてしまわないよう、一般常識的な気遣いくらいはするが、それ以上のことはないし、いちいち人を傷つけていないかなどと考えることもない。

■ 順序や数字などに関するもの ■

衣服を着る際、必ず決められた順序でなければいけないと考えてしまい、順番を間違うと最初からやり直すなどして 1つの行為に長い時間を費やす。

特定の数字を不吉と感じ、あらゆる行為の際にその数字を避けようとする。

左右対称でないといけないといった、ものの配置などに強くこだわるケースもある。

これに関しては若干の心当たりがある。

これは日本人ならだれでも少なからず思い当たるふしがあると思われるが、『4』という数字はちょっと敬遠してしまう。

たとえば何かを食べる際、3個とか 5個なら良いが 4個はちょっと気分がよろしくない。

ブログの更新をする際、時間が 04分だったり 42(しに)分だったりすると、投稿するのを少し待って 05分や 43分になってからボタンをクリックしたりする。

しかし、時間を見るのを忘れていて投稿時間が 04分や 42分になってしまったら、それを削除してやり直そうというほどではない。

左右対称などにこだわるのは冒頭に書いた通りであり、かなり強くこだわる傾向にあるのは自覚している。

■ その他 ■

不要になったものでも、いつかまた使うのではないかという思い込みから捨てられず、家の中が不要なもので埋め尽くされる。

これに関してはまったく当てはまらず、超ドライなショウコの血を完璧に受け継いだものと思われ、『お買い物日記』 担当者がオロオロするほど物には執着も頓着もせずにバンバン捨てることができる。

むしろ、これに当てはまりそうなのは 『お買い物日記』 担当者だ。

もちろん、家の中が埋め尽くされるようなことはないが、自分から見るともう何年も使っていないのだから持っていても仕方がないだろうと思うものも、『いざという時のため』 に捨てずにいることが多い。

その 『いざ』 がいつになったら来るのかは、まったくの不明なのだが・・・。

キセキ

奇跡的な軌跡を描き鬼籍に入らずに済んだ冷蔵庫。

韻を踏んだラップのようになってしまったが、我が家の冷蔵庫は迷走の果てに奇跡的な復活を遂げた。

一時は本気で買い替えを検討したが、当分はこのままいけそうである。

3月21日の独り言に書いたのが一連のトラブルの発端だ。

その時に発生した症状は、冷凍庫に謎の氷ができるというもので、自動製氷機の氷をためておく部屋の左側面につららができ、壁面にも厚さ 6-7ミリ程度の氷がびっしりと張り付くようになった。

その部屋の右隣にある小さな冷凍室は右側面の冷蔵庫本体との間に氷が厚くでき、引き出し式になっている部屋を開け閉めするたびにガサゴゾと氷が擦れる音がする。

最初は本体との隙間を塞ぐ磁石入りの樹脂パッキンがだめになったかと思ったが、左右同時に劣化が進むとは考えにくく、昔の冷蔵庫でよくみられた、いわゆる『霜』というやつが発生してしまったのかとも考えたが、それにしても下部にある残り一箇所の冷凍庫に異常はない。

原因は不明なままだが、このまま放置しておくわけにもいかないので、左右の冷凍室とも引き出し部を取り外して氷を除去することにした。

左側の製氷部は引き出し部に張り付いた氷なので除去は簡単だったが、右側の冷凍室は本体側に氷が張り付いているので面倒だ。

布巾に熱湯を染み込ませ、それを凍結部に当てて少しずつ氷を融かし、マイナスドライバーでガリガリと冷蔵庫本体にキズをつけないよう慎重に削る。

その作業を何度かしているうちに氷が一気に剥がれ落ちた。

引き出し部を戻してみると動きもスムーズになったので一件落着となったのだが、その日の夜にはまた左右の冷凍室とも氷が発生して開け閉めするとガサゴソ音を立てる。

もしかしたらと思い、自動製氷機能で氷を作るために必要な水を溜めておくタンクを調べると、樹脂製でできた本体との接地面が少し歪んでおり、冷蔵庫内に水が漏れていた。

念のために歪みを修正して設置し直してみたが、やはり製氷室につららができる。

これはもうダメなのだろうと。

もう少し、あと 2年、せめて10年間くらいは使いたかったが、買い換えるしかないのかと 『お買い物日記』 担当者と相談し、次はどんな冷蔵庫を購入するかの検討に入ることにした。

すると、翌日からできる量が減り始め、2-3日すると庫内の氷が消えてなくなってしまったのである。

3月25日の独り言にも書いたように、やはり『もうダメかと諦めると復活する』というのは我が家のあるあるのようだ。

・・・ところが、これでめでたしめでたしとはならなかったのである。

先週の日曜日、今度は冷蔵庫が異音を発するようになり、氷が減っても自動的に製氷してくれなくなってしまった。

前回のトラブルの際に無理に氷を削ったり、メリメリと剥がしたりしたため庫内の何処かに傷をつけてしまったのではないだろうかと不安になる。

何かのタイミングで異音が収まったりするので、とりあえずその日は様子を見ることにしたが、いつまで経っても氷は作ってくれない。

『お買い物日記』 担当者がネットで調べたところ、同じように製氷しなくなった冷蔵庫を自分で分解して直したという情報があったので、とりあえず翌日にチャレンジし、それでダメなら知り合いの電気屋さんに見てもらい、寿命だったら冷蔵庫を買い換えるという結論に達した。

そして翌日、ネットに掲載されている写真、説明文を見ながら分解作業に取り掛かる。

最初の手順、手前のネジ止めされているセンサーは、プラスドライバーでネジを回して簡単に外すことができた。

次の手順、製氷皿が格納されている部分の手前のカバーを外す作業。

カバーはネジ止めされておらず、はめ込まれているだけなので固定している左右のツメを押せば外れるとのことだったが、それがどう頑張っても外すことができない。

確かに左側にツメがあって軽く押せば外れそうになるのだが、右側が固定されたままなので無理に動かすとカバーを破損してしまう危険性がある。

そして、右側にはどう見てもツメらしきものがない。

すったもんだしたあげく、やっと見つけたのは底面にあるツメだった。

ネットにある情報が古すぎるのか、逆に新しすぎるのか、とにかく我が家の冷蔵庫の部品は写真や文章にあるものと形状が異なるため説明通りでは外れなかったのである。

やっとの思いで前面のカバーを外すことができ、次の手順ではいよいよ製氷機能の中心部である製氷皿と、それを制御するモーターが一体になったユニットを外す作業だ。

これまたネットの写真を見て説明文を真剣に読みながら作業するもユニットはびくともしない。

このユニットもネジ止めされているのではなく、はめ込み式になっているので左右の側面にあるツメを押せば取れるとあるが、そのツメらしきものが見当たらず、微妙に突起している部分がそうなのかと思って押せども引けどもガッチリと固定されたままだ。

写真に矢印がある訳でもなく、文章で『押す』とあっても、左右から中心に向かって押すのか、上に向かって押すのか、はたまた奥に向かって押すのかすら分からない。

うんともすんとも言わないユニットを見ながら呆然としている間も、ドアが開けっ放しになっているという警告のブザーはむなしく鳴り響く。

そうこうしているうちに庫内の温度が上がり、中途半端な角度で止まっていた製氷皿から氷がドサッと落ちてきた。

その他にもユニット内部で凍結していたと思われる氷が落ちてきたり、融けて水になってボタボタと庫内を濡らす。

もうこれ以上の作業は無理だと判断し、外したカバー、センサーを取り付けて引き出しを元に戻した。

ところが、冷蔵庫はしばらくしても耳障りな異音を発せず、何事もなかったように静かなモーター音を流し続ける。

そして、庫内の温度が下がった頃、ウイーンという動作音が聞こえ、製氷機が給水を始めた。

・・・。

それから数時間後、製氷室に「カラカラ、ゴトゴト」という音が鳴り、見事に氷ができたのである。

きっと分解作業中に上昇した温度でユニット内の不要部分の凍結が融けて正常動作するようになったのではないだろうか。

あれから一週間、冷蔵庫は何事もなく動き続け、順調に氷を作り続けてくれている。

完全に問題が解決したとは思えないが、また同様の症状になった時は、無理をせず製氷部分の引き出しを抜き、庫内の温度を上昇させて余分な氷を融かす作戦で対処しようと思う。

これからも、せめてあと 2年くらいは元気に働いてほしいと願いつつ、今日も冷蔵庫が作ってくれた氷で酒を呑んでいる。

自分解体新書 - 28 -

自分解体新書 ~目次~

■ 肩 その3

昨年の10月時点で楽になってきた左肩の痛みはすっかりなくなった。

痛くなったのは 5年前、いや、6年前くらいだっただろうか。

それからずっと病院に行くこともなく痛みに耐えてきたが、それがやっと開放された。

痛かった期間が長かったため、今でも恐る恐る腕を動かすことは多いが、そのたびに痛くない嬉しさを実感しているところだ。

■ 指 その7

昨年12月から快方に向かい、すっかり良くなっていた指先の荒れが復活してしまった。

数日前から右手親指に発疹のようなものが群生してボコボコした感じになっていたのだが、ついに表皮が硬くなってひび割れてきたのである。

2日前から薬を塗ってから綿手袋をして就寝するようにしているが、今のところ症状に変化はない。

人差し指と中指は問題ないところをみると、やはりマウス操作で親指が触れる部分のテーピングが甘かったのだろうということで、『お買い物日記』 担当者がさらにテープを貼ってくれた。

これで良くなると嬉しいのだが。

■ 目 その5

先日の独り言にも書いたようにメガネが少し合わなくなってきている。

視力が落ちたのかと言えばそうでもなく、今でも裸眼で困るのはパソコン画面を見るときと、海外ドラマを見る際の字幕を読むときくらいなもので、それ以外はメガネがなくても支障はない。

むしろ老眼が進んでいるのでメガネをすると手元が見づらくて困ってしまう。

テレビを見ながら食事をする場合、メガネをしているとテレビを見るぶんには問題ないのだが、視線を食卓に移すとピントが合わない。

パソコンの画面を見るのはメガネがあった方が楽なのだが、手元の資料を見ようとするとピントが合わない。

資料に目を通しながらプログラムしなければならないような仕事は最悪で、メガネをしたり外したりと忙しくて仕方なく、途中で面倒になってしまってメガネを外したまま顔を画面に近づけてプログラムしたりしている。

これから益々老眼はひどくなるだろうから、次に仕事用のメガネを作る場合は遠近両用にしなければならないだろう。

■ 脳 その5

女優 Aと女優 Bは、ほぼ同時期に世に現れた。

双方とも人気があったが、最近は Aの露出が増えて Bの姿を見なくなってきた。

その話をしていて Bの名前が思い出せず、なんとか絞り出そうと思っても例によって
「あの CMに出てる女優」
「昔のドラマで喫茶店で働く役をしてた女優」
などと断片的な情報しかなく、『お買い物日記』 担当者が次々に女優の名前を挙げるものの、なかなか正解が出ないというイライラ状態がしばし続いた後、やっとの思いで女優名をひねり出すことができた。

二人で
「あ~思い出せて良かった」
と気分もスッキリ、互いに功績を褒めあったりしていたが、そもそも何の話をしていて、なぜその女優の名前を思い出そうとしていたのか忘れてしまっていた。

・・・。

もうすっかり爺さんである。

記憶 Memory-20

過去の記憶

今までは子供の頃の記憶、記憶に残っていることを書いてきたが、今回は全くの逆で、どうしても思い出せないこと、逆立ちしても何をしても記憶の奥深くから取り出すことのできないことを書いていこうと思う。

雨の日の散歩をしていると、子どもたちが傘をさしていたり低学年の子はカッパを着せられたりしているが、自分が子供の頃はどうしていたのだろう。

小学生の頃、いや、中学生になっても雨の日にどうやって登校していたのか思い出せない。

雨が降ったからといって学校を休んでいた訳でもないだろうが、傘をさして登校した記憶がないのである。

そもそも何色の傘を使っていたのか、そして、学校に着いてから雨具をどうしていたのか思い出せない。

自分などそそっかしいので学校に傘を忘れて帰ったことも一度や二度ではないと思われるのだが、その一切の記憶がスッポリと抜け落ちていて脳の一部に空白地帯ができている感じだ。

小学校から中学校までの 9年間、晴れた日ばかりのはずはないのに登校の際の雨の記憶がないに等しい。

いったい雨降りの際はどうやって学校に行っていたのだろう。

次に思い出せないのは小学校での上履きだ。

記憶している限りでは、学校の入口にロッカー的なものや靴箱的なものはなかったように思う。

ということは、靴を履き替えた後はどうしていたのか思い出せない。

教室の後ろに棚みたいなものがあったので、そこまで持ってきて入れたりしていたのだろうか。

いや、やはり記憶違いで入り口にロッカーなり靴箱なりがあったのだろうか。

中学生の頃は素行がよろしくなく、家で勉強もしなかったので教科書やノート、筆記用具などの全ては教室の机の中に入れっぱなしにしてあり、手ぶらで学校に行っていた上に校内へは土足のまま入っていたので記憶がなくて当然だが、まだスレていない小学校の頃は何をどうしていたのだろう。

そして同じように記憶が無いのは登校前の朝ごはんだ。

たぶん朝食は抜いていなかったので何かしら食べていたと思うのだが、それがパンだったのか米だったのか、はたまたシリアル系だったのか、一切の記憶がない。

パンに目玉焼きだった記憶もないし、白ご飯と味噌汁だった記憶もないし、シリアルに牛乳だった記憶もなく、子供の頃の自分は朝に何を食べていたのだろうと不思議に思ってしまう。

両親共働きだったので、朝はバタバタしていたに違いない。

中学になると親より家を出るのが遅かったので勝手に何か食べてから家を出ていた可能性もあるが、小学校の時はどうだろう。

一家三人でにこやかに会話しながら朝ごはんを食べた記憶など皆無なのである。

そして、やっぱり思い出せないのは寝間着だ。

パジャマを着て寝ていたのは間違いないのだが、着替えている自分の記憶がない。

いつも記憶がなくなるほどの睡魔に耐えて着替えていたはずもなく、毎日のことであるはずなのにどうやって着替え、脱いだ服をどうしていたのか思い出せずにいる。

小さな頃は親が翌日に着るものを用意していてくれただろうが、中学生の頃はどうしていたのか。

中学は学生服なので朝はそれを着たら良いが、前日の夜に脱いだものはどこにどうやっておいたのだろう。

自分の性格からいって毎回タンスに入れていたはずはなく、かといってハンガーにかけて部屋の壁に吊っておくようなこともしていない。

毎回たたんでどこかに置いていたのか、それとも脱ぎ散らかしたままにしていたのだろうか。

大きなイベントや非日常的なこと、友だちと楽しく過ごしたことなどは覚えているが、あまりにも日常的で、あまりにも繰り返し行うことは無意識にやっているからなのか、ほとんど覚えておらず、記憶を無理に引っ張り出そうとしても出てこないものなのかも知れない。

それとも自分がアホすぎて覚えていないだけなのだろうか。

春遠からじ

長かった北海道の冬も終わり、いよいよ春がそこまで来ているようだ。

散歩をしていると公園の芝生が茶色から緑に変わりつつあるのが目にとまる。

桜の芽も少しふっくらとしてきた。

石垣の隙間から顔だけだしていたスズメも外に出て日向ぼっこしている。

冬の間は聞こえなかった鳥の鳴き声がする。

道行く人の服装も軽く、そして明るい色になってきた。

我が家では除雪用具を片付け、散水用のホースを出して春の準備は万端だ。

昨日の登校を最後に子どもたちは春休みになった。

小学校の高学年になってもラブラブな関係を保っていた父娘がいたが、5年生の 2学期から娘が友だちと通学するようになり、父親が一人寂しそうにトボトボと出勤するなったのは過去の独り言に書いた通りだ。

その娘はどんどん大人になり、去年の 4月からは近所に住む新一年生の手を引いて通学するようになった。

他人の子どもながら、その成長ぶりを頼もしく思ったりしていたが、その娘も今年で卒業で来月からは中学生になる。

2014年の秋に引っ越してしまった黒柴リュウくんが 8歳の時、
「ボクと同じ歳だぁ~」
とニコニコしていた男の子はすでに中学生になっているのだろう。

そろそろ家庭菜園の準備を始めている家もあり、あちらこちらで土いじりしている人もいる。

となりの店の妹ちゃんも、私有地の一画で家庭菜園を始める準備に余念がなく、つい先日も畑の中で草むしりをする姿があった。

毎年のことなのだが、妹ちゃんは
「せっかく種をまいてもほとんど風に飛ばされちゃてさぁ」
「半分も育たないんだよねぇ」
とボヤいている。

しかし、我が家では真の理由を目撃していた。

種まきが終わった直後、近所のスズメが
「わーい!」
と集まり、土の中に頭を突っ込んで種を食べてしまうのである。

この町はどういう訳か庭に餌台を設置して鳥に餌をやる家が多い。

その数は確認できているだけで月曜から金曜の散歩コースを合わせると十数軒に登る。

我が家の周りにも餌台のある家はあるが、その一軒が裏のお宅だ。

そのお宅の裏庭には桜の木があるのだが、そこにいつも数十羽のスズメが遊びに来ている。

そのスズメたちが横目で種まきする妹ちゃんの姿を見ているので、きっと種を食べてしまう犯行グループだと思われるが、その事実を妹ちゃんは知らない。

去年から畑に種まきをするのをやめ、ガラス張りで温室状態となっている玄関先で苗まで育ててから畑に植えるようにしたので被害はなくなっているだろうが、スズメたちは餌にありつけないのでガッカリしていることだろう。

春を待つ人の楽しみも色々だろうが、我が家としてはもう少し暖かくなって桜の季節になるのが待ち遠しい。

例年通り、今年も桜の樹の下で昼ごはんを食べるのが今から楽しみだ。

そろそろ桜の便りも聞こえ始めたが、その便りが北海道に届くまで、まだ 1カ月くらいかかりそうである。

初老

先週末から参加しているプロジェクトでは若い子たちと仕事をしている。

実際の年齢は分からないが、LINEで飛び交うメッセージには若者言葉が多いので、現在の参加者 22名中の 80%以上が 20代、その他も 30代なのではないだろうか。

すっかり爺さんになっているのに参加しているのは自分くらいなものだ。

若い子を相手にしていると、とにかくレスポンスが早い。

LINEでメッセージを送信すると、遅くても 30秒以内、早ければほんの数秒で返信がある。

いったいどうやってメッセージを読み、どうやってタイプしているのかと不思議に思ってしまうほどのスピードだ。

自分も業界歴が長くなったのでキーボードのタイプスピードは遅い方ではない。

むしろ一般の人より早いくらいだとは思う。

それなのにスピードについて行けず、あれよあれよという間に返信しようと思っていたメッセージが画面上部に消え、
「あわわわ」
と焦っているうちに、遥か上まで行っているので必死にスクロールさせて探すという有様だ。

これはもう、タイプスピードがどうしたとかいう次元ではなく、反射神経と動体視力の勝負といった感じである。

次から次に寄せられるメッセージで画面がどんどん変化しても読みこなし、それを目で追いつつも自分のメッセージを高速でタイピングするという芸当を若者はなんなくやり遂げているのだろう。

それだけのことをやりながらも正確に返信してくるのだから、読み流しているのではなくメッセージ内容を理解し、キーボードの誤打も誤変換も少なく返信するのだから神業レベルである。

しかし、それは自分が老いて反射神経や動体視力が低下している証拠でもある。

若かりし頃、自分の親や周りの大人を見て鈍いとかどんくさいと感じていたのと同様、今の若者からすると自分などは十分にノロノロしており、レスポンス速度も遅いと思われているに違いない。

そんなことに対抗心を燃やし、若者言葉を織り交ぜつつ高速にレスポンスするなど愚の骨頂だと思われるので、そこは流れに身を任せて自分にできることを自分のペースでやることにしている。

先週の雑感にも書いたように今やっている作業を大雑把に言うと、寄せられる質問に適宜回答するという内容なのだが、若い子たちは言葉遣いや説明のニュアンスを責任者から度々注意されているようだ。

しかし、自分は今のところその点に関して注意を受けたことはない。

しかし、しかし、若い子たちが 1件あたり 4-5分で返信するところ、自分は 6-7分かかっている。

テレビで地方の高齢者を活用したビジネスを展開している経営者が
「お年寄りはペースがゆっくりでも仕事が丁寧なのでありがたい」
などと言っているのを見たことがあるが、自分もまさにその領域に足を踏み入れたということだろうか。

なんだか寂しい気もしないではないが、この業界は一般の仕事よりも年齢差が如実に現れるので仕方がない。

一昔前、40代になると『初老』と呼ばれていたが、今は一般的に 60代からを指すという。

まだ『お年寄り』とか『高齢者』などと言われる年齢には達していないものの、若者ほどのスピード感はないにせよ、ミスの少ない仕事を丁寧にしていこうと『初老』の後ろ姿が見え始めてきたおっさんは心に誓ったりしているのであった。