我が母ショウコは無類の洋服好きだ。
だが、ファッション性に富んでいるとか美を追求しているとか、そういったことではない。
昔から見かけはコロンとしており、背も小さく、雑誌に掲載されているモデルさんとは明らかに異なる純和風な体型の持ち主であるから似合うものは限られる。
それを本人も分かっているのか、ファッション誌などには一切の興味を示さず、ただ自分が気に入ったものを購入するというのが信条だったようだが、その服選びに付き合わされるのはたまったものではない。
子どもの頃から毎週のように洋品店に連れられて行ったが、そこには実に退屈な時間が流れていた。
ショウコは買う服に迷って 1時間も 2時間も試着を繰り返す。
楽しく買物をする大人にとって 2時間などあっという間だろうが、子どもにとっては退屈な、そしてヒマな地獄の時間なのである。
行きつけの洋品店には同学年くらいの子どもがいたので、その子が店にいれば遊んだりもしたが、そんなチャンスは滅多にあるものではなく、常に無味乾燥で虚無な時間が過ぎるのを大あくびをしながら待っていたように思う。
よくもまあ、そんなに洋服を買う金があったものだと今更ながらに思うが、両親とも公務員だったので金持ちではないものの生活に大きな不安はなかったのだろう。
上を見ればきりがない。
当時の日本は好景気で、父方の叔父が勤めていた繊維業、母方の伯父が勤めていた鉄鋼業などは絶好調、給料は公務員の軽く 2倍はあったらしく、両親は二人の給料を合わせても一人分にもならないとボヤいていたものだ。
それでも父親の大酒飲みを除いて二人に趣味と呼べるものはなく、他に金がかからなかったので衣装に家計を回すことができたのだろう。
父親が亡くなり、年金生活となって年老いた今でもショウコは服を買っている。
出歩くことが嫌いな上に足腰が弱ってまったく外出しなくなったショウコを相手に百貨店の経営者が御用聞きとなり、様々な日用品や食料品を調達してくれているが、それだけでは大きな商売にならないとみえて配達の際に服を何着か持ってきては買わせているようだ。
帰るたびに見たことのない服が増え、タンスに入りきらなくなったものが和室の鴨居にぶら下げられている。
外出することもないくせに服ばかり買っても仕方ないだろうとは思うのだが、月に一度の通院、週に一度のデイサービスに行くのにも着ていくものには気を使っているらしい。
多分、前回と同じものは着て行かない、あまり短いローテーションで同じ服は着ないのだろう。
ショウコが白内障の手術をするので帰省した際、病院に 2日続けて同じものを着て行くと文句を言われたのは以前の雑感に書いた通りだが、それは自分がそういうことをしない、したくないから人のことも気になるのだと思われる。
ファッション誌などには一切目を通さないのに妙に流行には敏感で、少しデザインが古くなるともう袖を通したがらない。
何度か袖を通して型崩れしてくるともう着ない。
何となく買ってみたは良いが、実際に着てみると気に入らないものも少なくない。
そうしてまた百貨店の御用聞きが服を持ってやって来る。
そんなこんなで家には着もしない服があふれていた。
そのままにしておくのもいかがなものかと思ったので、
「整理してやろうか」
と聞いたところ、
「うんっ」
という素直な良いお返事だったので、上階にあったハンガーラック 2台を一階に下ろし、そこに掛けられていた服と一階のクローゼットに入れられていた服、そして和室の鴨居にブラブラと掛けられていた服、畳んで床に並べられていた服の中から要不要を選別することにした。
ソファにドッシリと腰を下ろしたショウコを相手に、ハンガーに掛けられた服を一着ずつ見せ、これから先も着るのか着ないのかを判断させる。
そこで少なからず感心してしまったのは、さすが我が母親だけあって選別に迷いがない。
これも以前の雑感に書いたが、物に執着も頓着もしないのが我が家の家系であり、人から呆れられるほどあっさりと物を捨てて過去と決別してしまう。
今回の服選びの際も、次から次に見せる服に対して 「いる」「いらない」 のジャッジが早い。
ホイホイと捨てることにした衣類は山のようになり、普通には処理できそうもない量となってしまったので、前回の廃棄処理でもお願いしてもうすっかりお馴染みになってしまった業者に引き取ってもらうことにした。
今回、廃棄した衣類は総額で100万円近くになるものと思われる。
どうせ数度しか袖を通していない服もあるのだから金の無駄遣いだと思うが、着るものに気を使わなくなってしまったショウコを想像するのは寂しい。
人並みに体が弱り始めてはいるが、見かけだけは若々しいスーパー婆さんでいてくれた方が息子としては嬉しいし、安心もできる。
結局は収まりきらなかったので、ホームセンターに行ってハンガーラックを新たに 1台調達することになってしまったが、何とか残った服をすべて並べることはできた。
もうこれ以上は服を掛ける場所がないので、
「店の人が服を持ってきても安易に買わないように」
とショウコに言い渡すと
「うんっ分かった」
と元気に答えていたが、次に行った時にはまた整理しきれなくなった服が床に置かれているのではないだろうか。
そして、それよりも恐ろしい事実が存在する・・・。
今回整理したのは 1階のクローゼットとハンガーラックから溢れていた服と 2階にあった 2台のハンガーラックのみ。
実はまだ、上階には複数の、それも大きな洋服ダンスが 4-5台あり、その中には山のように洋服が眠っていたりするのであった。