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2006年10月

嫌いな理由 嫌いな理由

  野球シーズンが終わってしまい、何だか力が抜けた毎日だ。 ちょっとヒマな時、テレビで見たい番組がない時、例え興味のある球団の試合じゃなくても、ぼんやりと画面を眺めていることができたが、今はテレビのスイッチを OFF にするしかない。 ケーブルテレビや CS 放送でも受信していればスポーツ専用チャンネルを楽しめるのだろうが、そこまでするほどスポーツに興味はない。

  そんな訳で少し寂しい季節になってしまったが、今年の日本シリーズでは、10/26 の独り言に書いたように、陰ながら応援している日ハムが、心底嫌いな中日を倒してくれたので実に気分が良い。 過去の独り言から何度も中日が嫌いだと書いているが、あのチームが嫌いなことに確たる理由がある訳ではなく、最初は何となく好きになれないという程度だった。

  そこに現役時代から嫌いだった落合氏が監督として就任したため、嫌いな度合いが倍増し、心底いやになった訳である。 落合氏が嫌いな理由はいくつかあるが、現役時代の言動に腹が立ったり呆れたりしたのが一番の原因だ。 一流選手で、素晴らしい成績をおさめたことは知っている。 その実績は尊敬すべきものかも知れないが人間として尊敬できない。

  彼がバッティング練習しているところにテレビの取材があったとき、カメラマンに向って 「そこは危ないよ」 と言っていた。 それは彼の姿を真正面というか真横というか、ピッチャーから見た角度ではなく、それとは直角の位置、つまり落合氏の体の正面で首は横を向いている状態だ。 普通に打てば球は前方に飛ぶのだから、真横のカメラが危ないはずがない。

  ところが、落合氏はボールをカットして真横に飛ばし、カメラを直撃した。 そして 「だから危ないって言っただろ」 的なことを言いながらニヤニヤしている。 テレビ局の人は 「わざと狙ったに違いない。 すごい技術だ」 と誉めていたが、そんなはずはなかろう。 確かに方向的にはカメラマン側を狙ったのだろうが、カメラのレンズをピンポイントで狙えるはずがない。

  そんな技術があれば三冠王や首位打者などという次元ではなく、年間打率 8割以上だって可能なはずだ。 カメラマンを驚かせてやろうと方向的には狙ったのだろうが、カメラのレンズに当たったのは偶然に過ぎないはずだ。 それなのにアホみたいに称えるレポーターに対して否定もせず、さも最初から狙ってました的な受け答えをして自慢気な顔をしている。

  何年のことだったか忘れてしまったが、オールスター戦に出場した落合氏。 確かに難しい球をホームランにした。 それ自体は素晴らしいプレーだが、その後のインタビューがいけない。 レポーターが 「難しい球を素晴らしいホームランでした」 と水を向けると、彼は 「あれは俺だから打てるのであって、若い選手は真似をしてはいけない。 あの打ち方をすると体がバラバラになってしまう」 などとぬかす。

  漫画 『巨人の星』 で大リーグボール 1号を打った後の花形満じゃあるまいし、どんな打ち方をすれば体がバラバラになるのか教えてもらいたいものだ。 そして、どうして彼なら体がバラバラにならないのか納得のいくように合理的な説明をしていただきたい。 そんな打法が世の中に存在するはずがなかろう。 口から出任せに適当な話を付け加えてまで自慢してほしくない。

  大きくは、これらの二点で彼の言動に信憑性などなく、結果に対して適当な肉付けをしてまで自慢する嫌な性格の持ち主であると思い、大嫌いな選手となった。 そうなれば容姿から何からすべて気持悪く見えてくる。 それらに関しては 『管理人の独り言』 に書き散らかしたので割愛するが、本当に彼の姿を見るのもおぞましい。

  もともと好きではなかった中日に、そんな彼が監督として就任したのが、あのチームを蛇蠍のように忌み嫌うことになった最大の理由なのである。

2006 / 10 / 28 (土) ¦ 固定リンク

超プチ家出 超プチ家出

  『プチ家出』 という言葉が数年前から使われている。 多くは中・高生に見られ、友達の家などに外泊を続けて何日も自分の家に帰らないという現象だ。 一応は携帯電話で居場所を親に連絡しているため、通常の家出とは異なるのだが、何日も外泊を続けて家に帰りたがらないという意味では、ちょっとした家出の心理だ。

  これは携帯電話の中・高生への普及と共に増えてきている現象らしく、携帯電話で親と子が連絡を取りやすい。そして、居場所も一応親が把握しているという理由から、成り立つものと言えるが、そんなものが成り立つこと自体が少し変なのではないだろうか。 現代は友達の家に泊まるということが珍しくなく、どの家庭でも日常的に行われていることなのだろうか。

  自分が中・高生の頃は不良だったために親から信用されていなかったこともあるが、外泊をするなど至難の技だった。 『おっさん声』 や 『おばはん声』 の友達に頼んで偽の親を演じて電話にでてもらったりして親を欺いていたが、それでも一泊が限度で連泊など許されるはずもない。 何日もの宿泊を許すということは、それだけ自分の子供を信じているからか、諦めているかのどちらかだろう。

  自分の場合、本格的な家出も今に言われるプチ家出もしたことがないが、数時間単位の 『超プチ家出』 なら何回もしたことがある。 母親がヒステリックな性格で、怒り出すと手のつけようがなくなる。 現代であれば 『幼児虐待』 などというオドロオドロしいタイトルが付けられるのではないかと思われるくらい、殴られたり振り回されたりしたものだ。

  まだ小学生だった自分は、その攻撃から身を守るためと、恐怖から逃れるために家を飛び出す。 裏に停めてある自転車に飛び乗り、一目散にできるだけ家から遠く離れようと必死に自転車をこぎ続けるのである。 昼間であれば、そのまま友達と遊んだりするが、夜だと誰も外で遊んでいないし、一家団欒をしている家を訪ねる訳にもいかない。

  そうなると頼れるのは同じ街に住む叔母である。 小さな街とは言え、中心部を挟んで反対側に住んでいる叔母の家までは、全速力で自転車を走らせても 30分以上はかかってしまう。 母親が追いかけてきたらどうしようかという恐怖と戦いながら、それはそれは必死に自転車をこいだものだ。

  叔母は市立病院に勤務しており、当直などもあったため家にいるとは限らなかった。 家に居ればそのまま中に上がりこみ、さも遊びにきた風を装うのだが、一人で遊びに行くことなどないので 「どうした」 「何があった」 と詰め寄られる。 「別に〜」 などと言いながらテレビを見ているのだが、叔母は実家に電話をして 「こっちに来てるからね」 と母親に告げてしまう。

  叔母が家に居なくても勤務している病院がすぐ近くにあり、どこで働いているかも分かっているので問題はない。 レントゲン技師をしていたのでレントゲン室に行けば良いのである。 その部屋は何だかよく分からない機械やスイッチが並んでおり、子供の興味をそそる場所だった。 たまにスイッチを触って叱られたりもしたが、何時間いても飽きない空間だったのである。

  そこに行っても例によって 「どうした」 「何があった」 と詰め寄られる。そして、家での答えと同じく 「別に〜」 などと言いながらスイッチを触っては叱られたりしていた。 子供心に母親のヒステリーがひどいとか、殴られたなどと言ってはいけないような気がして、いつも 「別に〜」 と答えていたのだが、叔母は何かを感じ取ったらしく、いつも母親に電話し、迎えにきた母親に何事かを言っていた。

  しかし、人間の性格などというものは簡単に直るはずもなく、それからも度々ヒステリー状態になった母親から逃亡し、叔母の家や病院に駆け込んで数時間を過ごすという超プチ家出は小学校を卒業するまで続いたのであった。

2006 / 10 / 21 (土) ¦ 固定リンク

想い出の居酒屋 其の肆 想い出の居酒屋 其の肆

  『想い出の居酒屋』 というタイトルで、なぜ 『其の肆(よん)』 かと言えば、過去に 『其の参』 まで進んでいたからであるが、それを書いたのは 2003年 04月 06日のことなので 3年以上も前と言うことになる。 決してネタが尽きた訳ではなかったのだが、何となく書くのを忘れていた。 先日、どういう訳か入浴中に何の脈絡もなく当時のことを思い出し、続きを書くことにした訳である。

  『其の参』 の文末に書いたように、その日は突然やってきた。 いつもの週末のように店に顔を出すと知らない人がカウンターの中で調理をし、知らない人が料理を運んでいる。 顔なじみの従業員の一人が寄ってきて 「実は店長と○○さんが店を辞めてね〜」 と言う。 そして、どうやら自分たちで店を開くらしいということを聞かされた。

  水商売の世界では珍しい話しではなく、どこにでもあるような一件だが、それまで何度も通いつめ、まるで自宅のようにリラックスできる場で起こったその ”事件” は、若い (当時) サラリーマンには少なからずショックを与える出来事だった。 その日は何となく気分も乗らず、テンションも低いまま店で時間を過ごし、酔いも中途半端なまま帰宅することになった。

  数週間後、仕事中に受付の女性が 「お客さんです」 と言うので席を立つと、居酒屋を辞めた店長と従業員が二人揃って来ており、新しく店を開いた挨拶と、二人が結婚した報告を同時に受けた。 店を開くのは聞いていたが、結婚することなど夢にも思っていなかったので、驚きのあまり腰が抜けそうになった。 何せ歳の差が 10歳以上もある。 そして年上なのは女性の方だったので、二人が揃って辞めたと聞いても、店を開くと聞いても、結婚などとは考えも及ばなかったのである。

  当時は 『自分たちにとって大切な店を捨てた人たち』 とか、すぐ近くに店をかまえた 『裏切り者』 などという思いが少なからずあったのだが、結婚して夫婦で店を営むという話を聞けば祝いに行かざるを得なく、その週末に 10人くらいで新しい店に行った。

  ところが、以前の店の常連さんも祝いに駆けつけており、店内は人で溢れている。 さらに、その新しい店というのが以前の店の 1/4 くらいの広さしかなく、20人も入れば一杯だ。 入店をためらっていると、今や大将となった元店長が 「来てくれると思って席を用意してた」 と言うので店の奥に進むと、店で唯一の個室があり、そこには 『予約席』 という手書きの紙が置かれていた。

  しかし、その個室は本来 6人ほどの収容能力しかないため、無理矢理 10人が入ると身動きがとれないほどのギュウギュウ状態である。 それでも料理は以前の店と同様に美味しく、値段も安かったのでピラニアのように食べまくった。 途中、狭い場所に大人数が収容されているものだから、酸素が不足して息苦しさすら覚えたが、腹が割れそうになるくらい食べて飲んだ。

  満足して帰ろうとすると、外まで元店長である大将が出てきて、真剣な目をしながら 「本当にたのむ。これからも来てほしい」 と頭を下げる。 前述したように色々な思いはあったが、基本的に楽しく酒が飲めて、安くて美味しいものを食べさせてもらえれば客としては来店を断わる理由はない。「また来るよ」 と言って店を後にすると以前の居酒屋の前を通過した。

  店内はそれなりに混んでおり、自分たちが店を変えても大きなダメージはなさそうだ。 少し後ろ髪を引かれつつ、その店と決別し、翌週からも新しい店に通うことになった。 その日を境に 『想い出の居酒屋』 は舞台を移すこととなり、新しい想い出が新しい店で刻まれることになっていったのであった。

2006 / 10 / 14 (土) ¦ 固定リンク

他人の痛み 他人の痛み

  『他人の痛みは百年でも我慢できる』 と言うが、そういう面は確かにあると思う。 身近なところでは、テレビのバラエティー番組などで芸能人が熱湯や氷水に入れられるのを笑って見ているが、本人達は本当に熱かったり冷たかったり大変なのだろう。 仮に自分がやるとすれば熱湯であればまだしも、氷水に入れられたら心臓が停止してしまうに違いない。

  ここ数日、イジメを苦にして自殺してしまった小学生のことがマスコミで話題になっているが、親族の気持をないがしろにした教育委員会や学校も、まさに 『他人の痛み』 だったから問題を放置できたと思われ、これが身内のことや事件の当事者であれば ”原因究明” に一年以上も時間をかけたり、「遺書にはイジメなどと一言も書いていない」 などという馬鹿なことは言えなかったはずだ。

  殴られたり蹴られたりというイジメも相当に辛いものがあるだろうが、周りから無視されるという陰湿なイジメも、それを受けた本人は心に過度の重苦を負う。 中学校の同級生が高校の三年間、クラスの全員から無視されるというイジメを受けた。 彼が立派だったのは学校を辞めることも転校することもせずに三年もの間、通い続けたことである。

  しかし、残念なことに三年間で受けた傷はあまりにも深く、社会人になってから精神に異常をきたしてしまったと伝え聞いた。 そして、その後の彼がどういう生活をしているのか今は誰も知らないようだ。 他人の痛みだからこそ三年間もイジメることができ、自分は痛みを感じなかったからこそ、その後の彼を心配する必要もないのだろうが、イジメていた同級生達に慙愧の念はないのだろうか。

  少なくとも自分は無視するなどの陰湿なイジメをした経験はない。 以前の雑感に書いたように、その気がないのにイジメる側になってしまったことはあるが、本気でイジメてやろうと考えたり、誰かを無視するなどしたことはない。 むしろ陰湿なイジメをする奴は嫌いだし、そんな奴を心から軽蔑する。

  特に自分の痛みには敏感なくせに人の痛みには鈍感な奴は本当に嫌いだ。 以前務めていた会社でのことだが、女性社員二人から休憩時間に泣きながら相談を持ちかけられた。 話を聞けば 「自分たちは無視されている」 と言うのである。 ある男性社員に 「話しかけても返事をしてくれない」 とか、「すれ違うときに目をそらせる」 などと切々と訴えかけてくるのである。

  それが事実であれば問題だが、自分はそういう状況を把握していなかったし、少なくとも対象の男性社員が彼女達の悪口を言ったりするのを聞いたこともなければ、無視するのを見たこともない。 それどころか週末に酒を飲みに行くと、みんなで楽しそうに話をしたりしている。「気にし過ぎだと思う」 と彼女達に言い、その後の経過を見ていたが何の問題もなく、結局は彼女達の勘違いだった。

  その女性社員二人は自分が無視されていると勘違いし、泣きながらその辛さを訴えてきたにも関わらず、女性新入社員を長期間に渡って無視し続けるという陰湿なイジメをやった。 開発の現場で女性社員が三人しかいなかったため、無視された新入社員は孤立してしまう。 それを察知できれば手の打ちようもあったのだが、残念ながら自分は大阪に転勤してきた後のことだった。

  前の職場の社員から、その女性社員が依願退職すると聞き、驚いて本人に電話をして初めてイジメを受けていることを知った。 精神的にも仕事を続けることができないほど追い詰められていたので、引き止めることを諦めざるを得なかったが、イジメを続けた女性社員二人に対してもの凄い怒りを感じた。 自分の痛みにはあれほど敏感なくせに、なぜ人に辛い思いをさせるのか。

  依願退職した女性は、その後に元同僚と結婚し、現在は幸せな家庭を築いているので安心しているが、これが簡単には辞めることのできない学校だったりした場合はどうなっていたことだろう。

  あれからイジメた側の女性達とは必要がないので何の連絡もとっていないが、彼女達のしたことは絶対に許せないし、昔のことなので今さら叱ることもないだろう。 何かの縁で再会することがあっても、イジメの意味ではなく彼女達を無視してしまうに違いない。

なぜなら、そんな程度の低い奴とは口もききたくないからである。

2006 / 10 / 07 (土) ¦ 固定リンク

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