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雑感何となく感じたこと雑感何となく感じたこと

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2001年 6月

コミュニケーション コミュニケーション

 可能な限り一週間に一度の割でこの雑感を更新している。自分でも「よくネタが続くな〜」と思っていたが、さすがに話題に取り上げるネタを探すのに苦労するようになってきた。

 そこで頼りになるのが、この拙い文書を読んでいただいた方々の感想や意見である。

 「嗚呼日本人(01/01/20)」は「いろいろと問題も多いが日本人も捨てたものではない」という趣旨の雑感だった。阪神・淡路大震災が発生し、すべての機能が麻痺した中でも”略奪”や”暴動”が起こらなかったことを喜ばしく思ったことを書き綴ったものだ。

 この雑感に対して遠隔地(アメリカ)から、1994年1月17日(阪神・淡路大震災とまったく同じ月日(ただし年は異なる))に発生した「ノースリッジ大地震(ロサンゼルス市)」で日本人がとった行動の報告があった。

 被災地に観光バスで乗りつけ、記念写真の撮影。日本の報道関係者が大挙として現地を訪れたため交通量が増大し、赤十字や軍の車両が目的地に到着できないなど、数々のトラブルを引き起こしたとの事だった。

 そのような恥ずかしい姿が現地(アメリカ)のニュースで取り上げられ、地震から 10日以上が経過したのち、領事館から各旅行社に厳重注意のお達しがでたらしい。

 そのようなツアーを企画する旅行代理店もどうかと思うが、それに嬉々として参加する日本人もバカ丸出しとしか言いようがない。現地の方々に申し訳ないと思うと同時に、そのような行為に対して顔から火が出るほど恥ずかしい思いがした。

 「漢字(01/06/03)」は各メディアで使われる単語に「ひらがな表記が目立つ」という内容だったのだが、ある方から回答が寄せられた。

 それによると「紙面全体の表記を統一して、新聞を読みやすくすると同時に、他の新聞との間にも、できるだけ表記の不統一を避けようとする」ことを目的とした、「スタイルハンドブック」という辞書みたいなものが存在し、それを基に新聞記事が執筆されるので全紙同様の表記になるのであろうと教えていただいたのである。

 ほろ酔い気分で書いている単なる個人的な意見(雑感)であるがため、真剣に感想や意見をいただくと「こんなことではいけない!」「もっと真面目に取り組まねば!」などと反省するのだが、もともと”お気楽”な性格であるため、次の週には勝手気ままな文書を書くことになってしまう。

 とくに意見とか助言ではなくても「読んでいます」などという e-mailをいただくこともある。そのたびに「恥ずかしい」「どうしよう」「もっと真面目に」という言葉が頭の中をグルグルと回るのだが、WWWとして公開しているからには読んでいただくのは”必然”であり、感想や意見をもらえるのは「ありがたいこと」だと受け止めている。

 少し前まではネット上でのコミュニケーションを否定的に感じていた。”メル友”などは「なんて希薄な関係なのだろう」と思っていた。mailを受信したら短時間で返信しなければならないという義務感で成り立っている関係は本当の”友”ではないと・・・・。

 基本的に考え方は変わっていないが、ネット上で成立するコミュニケーションが存在するのも事実なのだということに改めて気が付いた。

 お互いの所在地、性別、外見など関係なく、自由に意見を交換できる場所、空間を提供してくれるネットの世界のコミュニケーションも擬似的ではあるが「否定すべきものではない」と再認識しているところなのである。

 これからも勝手気ままに書かれるであろう「雑感」だが、疑問に対する回答、間違った意見に対する反論などを寄せていただければ、これ以上の喜びはないと感じつつ、今日も来週の雑感ネタを必死に探しているのである。

2001 / 06 / 24 (日) ¦ 固定リンク

夏を前に想うこと 夏を前に想うこと

 梅雨に入ってしまった。これから数日は雨が降ったり止んだりするのであろう。今年に入ってからの降水量は例年と比較して極端に少ないとのことなので、嫌な雨もがまんするしかなさそうだ。

 空梅雨になってしまうと水不足になり、飲料水や農作物への被害が出てしまう。1994年にあった米不足にまで発展してしまうかもしれない。それほど米に執着心はないが、やはり蓄えがなくなるのは不安なものである。

 梅雨が終わると本格的な夏がやってくる。梅雨が終わって本格的な”夏”ということは今は夏のイントロなのだろうか?先日、会社の仲間と大阪はいつから”夏”なのだろうかと話していた。

 気温が 25度を超えて天気予報などで「夏日」と言われる日が 1週間で 4日以上(50%以上)になったら夏?とにかく暑い!と感じ始めたときが夏?などと考えたのだが結局はよく分からなかった。

 その会話の直後に FMラジオから TUBE(チューブ)の曲が流れてきたので「もうすでに夏らしい」というということでお互いに納得していたりしていたのである。

 大阪に暮らし始めていろいろな違和感を覚えつつも、それなりに慣れ親しんできたが、この”夏”だけはいまだに馴染むことができない。出張などで数日間の滞在は経験していたが長期にわたって暮らした事がなかったので、これほど辛いものだとは想像もしていなかった。

 大阪に来て最初の年は心身ともに大きなダメージを受けてしまった。昔から「水が変わる」とか「水に馴染む」とか言われるが、水がこれほど重要だと実感していなかった。とにかく水が美味しくないのである。当時は浄水場のシステムが古かったのであろうが、水道から出てくる水がドブ臭くて我慢できなかった。

 飲料水として許されるのであろうか?と疑ってしまうほどの異臭を放っていたように思う。お買物日記の担当者はシャワーを浴びていて、その臭いに耐えきれず口と鼻をおさえながらバスルームから逃げ出してきたほどである。

 現在は浄水のシステムが変わったのと、慣れてしまったおかげで普通に水を使用してるのだが、のどが渇いた時にゴクゴク飲む水はミネラルウォーターに頼っている。

 さらに大きなダメージだったのが、この暑さである。赴任してきたのは 9月の終わり頃だったが、とにかく暑い。会社の同僚などは「過ごしやすくなった」と言っていたが、その湿気と気温には耐えることができなく、購入したばかりのエアコンをガンガンに効かせていた。その年は特に暑い年だったらしいのだが、10月の中旬までエアコンのお世話になっていたように記憶している。

 現在は多少(30度くらい)の暑さには慣れてきたが、湿度には馴染むことができない。これからの”本格的な夏”になると気温 35度、湿度 80%以上という日が襲いかかってくるのであろう。

 今でも夏バテになってしまうが、大阪に来てからの数年間はまさに地獄だった。とにかく暑くて眠ることができない。暑さに耐えきれずに一晩中エアコンのお世話になっていた。食欲もなくなり、普段の半分程度しか食べることができない。

 以前からこの雑感に書いているとおり、麺類は大好物なのだが毎晩のように”麺”を食べていると体が受け付けなくなってくる。しまいには何を食べたら良いのか分からなくなってしまうのであった。

 それでも生き延びる知恵は自然に身につくもので、西側の窓に遮光カーテン。寝具の上にゴザ(のようなもの)。エアコン+扇風機。枕にはアイスノンなどなどの秘密兵器を使用して、快適とはいかないまでも、なんとか耐えられるようになった。

 いろいろと工夫をして暑くて長い”夏”を乗り切っているのだが、湿気だけは許すことができない。発表される”湿度”はどのように算出されているのか解らないが、80%などというのは信じられない値である。100%中 80%が水分だったら肉眼で水滴が確認できそうなものだと思うのだが、いまだに水滴を見るこはできていない。

 きっと、なにか根本的に考え方が間違っているのかもしれない・・・。と夏を前に少し悩んだりしているのである。

2001 / 06 / 17 (日) ¦ 固定リンク

小泉人気 小泉人気

 この雑感で政治関連を取り上げるのはいかがなものかと思い、今まではあえて避けてきたが、ここまで世の中の関心を集めているのであれば雑感のネタとしても通用するのではないかと思う。

 とにかく TV、新聞、雑誌などで政治の話題が大きく取り上げられている。NHKの国会中継の視聴率も上昇し、「中継時間を延長してほしい」という意見まで寄せられているそうだ。突発的な事件や事故を除くと日本人の関心は”ベースボール”と”政治”に集中している。

 ちょっとした事情で個人的には以前から政治に関心があったので今のように露出度が高くなったことは喜ばしく思っている。総裁になる前から小泉さんにも興味があった。総裁選の時も圧倒的に橋本元総理が優勢と伝えられる中、小泉さんがいいな〜と思っていた。特別に応援しているわけでもなかったのが、自民党の中では”まだマシ”な人物だと思っていたのである。

 直前までは「自民党はもうイヤだ!」と考えていた。旧態依然とした体質に加えて派閥の論理や既得権益がモロに出ていて「このままでは良い世の中になるはずがない!」と考え、次の選挙では違う党の政治家に投票しようとまで思っていた。革新的な政策を掲げていた民主党に興味が移っていたことと、森政権にはホトホト愛想が尽きていたこともあり、体内では自民党離れが進行していたのである。

 そこに森首相退陣があり、総裁選が持ち上がり、小泉さんの立候補があった。そして、心の中で願っていたとおり、小泉さんが総裁に選ばれた。くり返しになるが”自民党の中ではマシ”程度に思っていた小泉さんであるが、「改革」をスローガンとする姿勢や「なにがなんでもやりとげる」という意気込みが「もう一度だけ期待してみよう」という気にさせてくれた。

 今のところは高い支持率を維持したまま改革路線を突っ走っている小泉内閣であるが、以前の雑感でも触れたとおりに日本人は全体が一方に向う性質があるようなので、政策が失敗したときの反動が大きいのではないかとマスコミは伝えている。

 確かにそういう心配もあるとは思うのだが、少々のつまづき程度で以前の森政権のように支持率が一桁になってしまうことはないと予想している。仮に政策が失敗し、更なる景気後退や金融不安がおこったとしても、自民党内で他に首相にふさわしい人物がいるかと考えると誰もいないように思う。

 では、他の党では?と考えてみると、ちょっと期待していた民主党も今となっては”革新的”とは思えない。小泉政権に対する批判のしかたを見ていると、むしろ古くさえ思ってしまう。それ以外の党も「いまいち」で政治を任せる気にはなれない。したがって、小泉人気が下降線をたどったとしても最低 30%程度で落ち着いてしまうのではないだろうかという気がしている。

 最近の報道を見ているとメディアも野党も小泉政権の改革のスピードについていけていないと感じる。今月末にも提出される「骨太の方針」に関して「こういう路線になりますよ」というアナウンスがあった。それに対してメディアも野党も地方議員も過剰な反応を示している。

 道路特定財源の見直しに対しては「うちの県には道路が必要なんです」と陳情にまで出かけた議員もいる。誰も道路建設をやめるとは言っていないし、必要な公共事業は続けると言っているのにである。単にムダな公共事業を見直し、道路建設に関しても訳のわからない中間業者(マージン)を排除するなど、税金の無駄遣いを見直そうとし、ムダな税金を使わない。節約する。という方針のどこに反対の余地があるのだろう。

 財政緊縮は景気の悪化に繋がるという報道も多く目にするが、ムダを省いて必要な事業に投資すると言っており、縮小するとは誰も言っていないのにどうしてそのような報道になってしまうのだろうと感じている。

 それらはマスコミ、野党、地方議員とも今までの政治になれてしまっており、改革のスピードについて行けていないのだと思う。今までは密室で物事が決定し、その結果だけを知らされていた。それに対しては反対意見もあって当然だと思うが、今回のように事前にアナウンスされた内容にヒステリックに反応するのはいかがなものか。もう少しこうしましょうとか、これを追加しましょうとか前向きな意見があり、それを取り入れてこそ民主主義だと思うのだが・・・。

 小泉内閣が実施している開かれた議論に誰もついて行けていない。それを理解し、支持しているのは一般国民だけなのではないだろうか。そういうことからも、当分の間は小泉人気が続くに違いないと考え、長期政権になるかもしれないと想像しているのである。

2001 / 06 / 10 (日) ¦ 固定リンク

漢字 漢字

 年齢がバレてしまうが、小学生の頃に「旧漢字」から「新漢字」への変更があった。それまで略字と呼ばれていたものが正式な文字に格上げになったわけだ。

 もともと勉強が好きではなかったが、この新旧交代劇でますます嫌いになったように思える。今から考えると日本の教育制度に柔軟性が欠けているのだと思うのだが、テストでもなんでもそれまで”正解”だった旧漢字がある日突然、それも学んでいる子供達の了解なしに”不正解”になってしまった。

 これから覚えるものなら許せるが、過去に覚えてしまった漢字も旧漢字を書いたら「間違い」とされるのには納得がいかなかった。「一応正解だけど今度から新漢字を使ってね」くらいの柔軟性は必要なのではないだろうか。

 漢字とは話題がそれてしまうが、小学校の低学年だったか幼稚園のころに時計の読みかたで、10時55分を「11時5分前」と回答して”不正解”にされたこともある。当時それがなぜ不正解なのか理解できなかった。回答集にある答えと違うものはすべて”不正解”としか判断できないのであろうが、今だに「な、なぜ?」と考えてしまう。

 自分を正当化する気はないが、どういう理由で”不正解”なのかを説明された記憶がないので「なんだかな〜」という感じなのである。

 その小さい疑問が解決したからといって今の人生に影響があるわけでもないし、それが”正解”と認められたからといって当時の成績が格段に良くなるわけでもないので、今となってはどうでもいいことなのであるが・・・。

 最近、新聞や TVのニュース番組を見ていて不思議に思っていることがある。本文や見出しに”ひらがな”が多いのである。

 「隠蔽(いんぺい)」という字が「隠ぺい」と書かれていたり、「改竄(かいざん)」という字が「改ざん」と書かれている。それ以外にも”ひらがな”を使用しているのをよく見かけるようになった。会社などでよく使われる「稟議書(りんぎしょ)」も「りん議書」と表現されているのを見たことがある。

 とくに漢字に強いわけでも、わざわざ難しい漢字を使ってほしいとも思っていないが、それこそ「ある日突然」そのようになったように思い、とても気になっている。これは文部科学省(旧文部省)の「お達し」なのだろうか?それとも JIS規格の変更に起因しているのだろうか?それらの漢字は知らない間に JISの第一水準から第二水準に”格下げ”になってしまったのだろうか?

 昔、コンピュータ用のフォントを作成したことがあり、JISの第一から第三、外字も含めて 7千数百文字を 4種類ほどチクチクと一文字、一文字作っていった。結果的に延べ 3万文字程度を作成したので”漢字”というよりも”図形”として記憶している場合が多い。

 その中には確かに隠蔽(いんぺい)の”蔽”や改竄(かいざん)の”竄”という漢字も含まれていたと思う。すでにそれが第一水準か第二かは忘れてしまったが・・・。

 話をもとに戻すと、そのように漢字(単語)の一部を「ひらがな」で表現するのは、いつから始まり、そのキッカケは何だったのであろう?新聞や TVのニュースで「今後はこうなります」というと宣言されたのを見たことがない。しかし、どの新聞もどの TV局のニュースでも同じように”ひらがな”を使用しているので、何かがあったに違いない。

 結果的に事の真相は解っていないのだが、妙に気になっているのと、それを見るたびに子供のころに納得できなかった事実を思い出したりしている今日このごろである。

2001 / 06 / 03 (日) ¦ 固定リンク

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