前に住んでいた街から大阪への出張が何度かあった。 その際、本社が手配してくれるホテルの評判が同僚の間ですこぶる悪い。 理由を聞いても 「恐いから嫌だ」 としか言わないので、「幽霊でも出るのか?」 と質問したが、「とにかく恐いの!」 とだけ言う。 自分の場合は、たまたま違うホテルを用意されていたので、その恐怖のホテルとやらに宿泊したことがなかったのである。
何度か目の出張で、ついに恐怖のホテルが用意された。 同僚は 「恐いよ〜」 と言ってプレッシャーをかけてくるが、何が恐いのか理解できなかったし、たとえ心霊現象がおこったとしても、ドバーッ!と出てくるものでなければ特に恐いとも思わないので、さほど気にせずに出張に向った。
夜になってチェックインしたホテルの部屋の中を見渡しても幽霊など出そうもない。何が恐いのだろうと不思議に思いながらも腹が減ったので一階ロビーの横にあったレストランっぽい場所で食事をしようと下に向う。 そして、エレベーターのドアが開き、目の前に広がる光景に驚かされた。 なんとガラの悪い、そのスジの人たちが狭いロビーを埋め尽くしているではないか。
会話を小耳に挟んだところ、隣にあるゴルフの練習場の営業が終わり、そこからロビーに集まって来たらしい。 ジロジロ見て因縁をつけられても嫌なので ”チラ見” しながら人の間を通り抜けてレストランに入ろうと思ったが、中はそのスジの人で一杯だ。 席が空いていなかったので仕方なくホテルを出て、すぐ近くにあった喫茶店に入った。
ところがその店の中にも同種の人がたくさんいる。 気に障るようなことさえしなければ、素人 (しろうと) である自分には何もしてこないだろうから空いている席に座って食事を注文し、持参した本を読んでいた。 しかし、そのスジの人たちが大声で会話するので気になって仕方がない。 読んでいる本の内容もさっぱり頭に入ってこないので、読むふりをしながら話に聞き耳を立てていた。
幹部らしき人が若い衆に向かって何事かを言い、取り囲んだ若い衆が 「へい!」 と返事をしてる。 まるでヤクザ映画を観ているようで可笑しくてたまらない。 笑いをこらえて本を読むふりを続けていると、幹部らしき人の携帯電話が鳴り、話しを始めた。 そして、その幹部らしき人が 「なに〜!そんな奴は懲役いかしたれー!」 と怒鳴ったところで、可笑しさをこらえきれずに 「うぷぷぷ」 と笑ってしまった。
店内がシ〜ンとなり、みんながこちらを見ているらしかったが、本に目を落として笑っているので内容が可笑しいのだと思ったのだろう。 すぐに大声での会話が再開され、自分の身に危険が及ぶことはなかった。 その後も可笑しさをこらえながら食事をし、まだロビーでたむろしているスジ者の間を通って部屋に帰った。
出張から帰り、職場でその話しをすると、「そんな恐いもの知らずは見たことがない」 と呆れられてしまった。 そして皆が恐怖に思っていたのは、その人たちのことだったらしいのである。 しかし前述したように、こちらが何もしていないのに言いがかりをつけてきたり、殴られたり蹴られたりするはずがないので恐いとは感じないのだが、それは感覚がおかしいのだろうか。
自分にとっては 『
デパ地下のオバチャン』 や 『
年末の買出しのオバチャン』、『
スーパーのオバチャン』 の方がよっぽど恐いと思うのだが・・・。