想い出の居酒屋 其の伍

想い出の居酒屋 おしながき

其の肆を書いてから実に一年半ぶりの続編になるが、これだけ間隔が長いと言うことは実はたいした想い出などないのではないかという疑問も出たり引っ込んだりしており、実のところはいかがなものかと自問自答してみれば、溢れる想い出は確実にあるのだが、いつも同じようなメンバーで同じような料理を食べ、同じ酒を飲んで同じような時間を過ごしていたので大きな場面展開がないのである。

毎週とまではいかないが、二週間に一回、いや、それ以上のペースで飲んで騒いでいたのは、それが楽しく、自ら進んで店に通っていたのも勿論だが、仕事が忙しくて何週間か行けない日が続くと 「最近どうした?」 などと会社にまで電話がかかってきたり、中元だの歳暮だのを持ってきては 「よろしくね」 と言われてしまうので仕方なしに通っていた部分も大きい。

いつも代わり映えしない時間を過ごしていたが、たまには小さなイベントもある。 メンバーが 十数人もいれば月に一度や二度は誰かしらの誕生日だったりするもので、当時は大多数が独身であり、なおかつ彼女も彼氏もいないという誠に若者らしからぬ悲しい集団であったため、その居酒屋で祝ってやったりしたものである。

そんな時に気を利かせて何かサービスするとか料金を安くするとかいうことをすれば、感謝の言葉のひとつもかけて、また来ようという気にもなろうかというものであるが、単に 「おめでとう」 の一言で終わらせるという憎々しさ滲み出る店であり、「二度と来るか!」 という捨てぜりふを投げつけてやりたくはなるものの、とても居心地が良くて安い店だったのでついつい通ってしまう。

書いていて急に思い出した。 「朝早く市場で仕入れたイカで自家製の塩辛を造ったから食べさせてやる」 とか 「上物のクジラのベーコンが入ったから食べるか?」 などと言いながら店のメニューにない物を出してくれたり、さんざん飲んだ後に 「締めにソウメンでも食べるか?」 などと言っては次から次に自分たちが喜ぶ物を出してくれるのは良いが、きっちり料金をとりやがったのである。

大半が独身族のこちらも無茶を言って、「普段から野菜不足だからキャベツの千切りが食べたい」 などとメニューにないものを注文し、「えっ!?」 と固まる大将に 「いいから黙ってキャベツの千切り山盛りにマヨネーズをくれ!」 と言い、大皿に溢れんばかりに盛られたキャベツの千切りに、一緒に出された大きな業務用マヨネーズのチューブを思いっきり絞ってワシャワシャと食べたりしていた。

「お前らはキリギリスか」 などと呆れ顔で見ていた大将だったが、何度も注文するうちに、そのキャベツの千切りにまで値段を付けるようになった。 負けてはならじと、飲み放題の日に注文した冷奴などは 「噛まずに飲むからタダにしろ!」 と無茶な交渉をしては 「ふざけるな」 と一言で玉砕させられていた。

それでも今から思うと若さと強靭な胃袋を持つ大食漢ばかりのメンバーに気を使い、一品一品の量が多かったのではないだろうか。 それほどの品数は注文していないのに、いつも腹一杯になって店を出た。 何本もの焼酎ビンを空にして、腹も十分に満たされたのに割り勘にすると一人 3千数百円程度で済んでいた。 食道楽の街、大阪の居酒屋の料理が少ないとさえ思った。

今となっては定かではないが、もし料理を大盛にしていてくれたのであれば、若い胃袋を満たしてくれたことに感謝せねばなるまい。