栄枯盛衰

栄枯盛衰は世の習いと言うが、百貨店の大型統合が相次ぎ、勢力図を次々に塗り替えている。 村上ファンドがゴニョゴニョしたおかげで阪急と阪神、大丸と松坂屋、三越と伊勢丹などなど、これから先の展開が読めないくらいに賑やかだ。

そもそも、百貨店の売り上げが下降線をたどり、一向に回復の兆しが見えないことが大きな要因だが、どうして消費者の足が遠のいたのかといえば、代表格のイオンが進めているような郊外型のショッピングセンター、スーパーセンターの台頭があり、人の流れが街の中心に向わず、郊外に向うようになってしまったことが大きい。

そして、それを可能にしたのは日本が車社会となり、広い駐車場を確保している郊外店で買い物をする方が便利になったことと、一週間分とかのまとめ買いをして大型冷蔵庫に保存しておくというライフスタイルが定着したことが挙げられる。

今は繁栄を極める郊外店、衰退の一途をたどる百貨店という図式が明確となっており、百貨店業界が経営統合などで生き残りを模索する中、郊外店への投資額は膨らむばかりで今後一層の差が生じるのではないかと懸念する声が多く聞かれるが、果たして本当にそうなのだろうか。

自動車業界に目を向けるとトヨタが生産台数世界一になるのが確実視され、アメリカのみならず、世界中を席巻している日本の自動車産業ではあるが、足元の国内販売は縮小が進み、1970年代と同等の販売数量しか見込めなくなってしまった。 それにはもちろん人口減少による影響が少なくないが、現代人の車離れに歯止めがかからないのが最大の要因となっている。

日本経済がバブル景気で浮かれていた時代、車を持っていなければ彼女もできないと言われ、18歳になった若者が免許を取得して誰も彼もが親のスネをかじって車を購入し、湯水のようにガソリンを消費していたものだが、最近の若者の圧倒的多数が車に興味を示さない。

バブルが弾け、失われた 10年とも 15年とも言われる不況、デフレ時代に育った若者は倹約が身についており、アホみたいに金を使うデートとか、夜景を見にドライブするという習性も習慣もなく、二人で慎ましやかにデートを楽しむ術を知っている。

女性が車を持つ男性のみに興味を示す時代はとうの昔に過ぎ去り、今は電車に乗って映画を見に行ったり、テーマパークに行って遊ぶのも厭わない。 現代を生きる若者にとって、車は必須でもなければ重要なアイテムでもなくなってしまった。

そんな世代が家庭を持ち、週末に買い物に出かける際、郊外店に向うだろうか。 家の近所に大型スーパーがあれば出かけるだろうが、ちょっとオシャレな服を買うとき、たまには買い物をして外食でもしようかと考えたとき、車を持たない家族が向う先は公共の交通機関が発達した街の中心部になるのではないだろうか。

この厳しい状況を百貨店が乗り切って競争力を高め、我が世の春を謳歌している郊外店に消費者が足を向けなくなったとき、勢力図は再び大きく書き替えられ、それぞれの立場も大きく変わることだろう。

栄枯盛衰は世の習い。 そう言った昔の人は、すべてにおいて達観しているのだと心から感心してしまう今日この頃である。