マサルノコト scene 14

それは、あまりにも突然のできごとだった。 セイジの親は全国の隅々まで、どこに転勤になっても仕方のない仕事をしていたのは事実だが、その事実が伝えられ、一カ月後にはこの街、この学校、このクラスから去って行ってしまうなど、あまりにも時間がなさすぎる。

当時、学級には班というものがあり、自分とマサル、セイジ、ノブアキの男 4人、マミ、マミ、クミ、チズコの女 4人で構成されていた。 その中でセイジとチズコ関係がどこまで進んでいたか詳しくはないが、とりあえずは恋仲であろうことは周知の事実となっており、今後の二人の関係がどうなってしまうのかというのも最大の関心事となった。

自分やマサルとノブアキは、セイジと仲良くしていたものの、転校が決まってしまったのだから仕方がないと割り切って残り少なくなった日々を送っていたと思う。 何も特別なことをする訳でもなく、最後のその日まで普段と変わらぬ学校生活、いつもと同じ休み時間。 余す体力を発散させるように暴れ、声がかれるまで大騒ぎし、涙が出るほど笑っていた。

そしてセイジが登校する最後の日。 記憶が定かではないのだが、出発の時間の都合で何時間目かまでの授業は受けていたような気がする。 そして、次の授業が始まる頃にセイジは両親と共に学校を去って行く。 クラスでセイジを見送らないのかと担任に聞いたところ、「そうするつもりはない」 との回答。 しかし、友達の去りゆく姿を見ることが出来ないのは納得できなかった。

これまでの 『マサルノコト』 では、何度となく 「マサルは真面目だ」 と書いてきたし、事実、それは現在に至るまで変わらないので、持って生まれた気質なのだろう。 とことん反抗期だった自分は、寝坊して学校に遅刻するのも授業をサボるのも平気だったが、その超真面目で曲がったことが大嫌いなマサルは、この日、セイジを見送るために生まれて初めて授業をサボった。

ノブアキも女子 4人も授業を受けず、一緒の班だった全員が通用門でセイジと両親が出てくるのを待っていた。 普段はうるさいくらいに騒いでいる仲間なのに、みんな口数も少なく、どこかうつむき加減で最後の時を待つ。 チズコは何かに耐えるように一点を見つめて動かない。

少しして学校側に挨拶を済ませたセイジと両親が姿を現した。 寂しい気持を抑え、努めて明るくセイジと別れの挨拶を交わしたが、今となっては何を話したのか覚えていない。 セイジとチズコが話すとき、全員が気を利かせて少しその場を離れた。 何を話しているのか聞こえなかったが、チズコの目から涙があふれていたのだけは鮮明に記憶している。

ご両親は、教室に戻らないと先生に叱られると心配してくださったが、誰も戻る者はおらず、校門を出てセイジの姿が見えなくなるまで見送り、最後まで手を振った。

別れの余韻にひたっていると、「ちょっと来い」 という担任の声。 受け持った生徒を見送りに来ていたのだろう。 そのままゾロゾロと職員室の前まで連行され、全員が廊下に並ばされた。 そして、「正座して反省しろ」 との命令を受けて全員で正座し、一人ずつゲンコツをもらってしまったが、その手に力はなく、頭に触れる程度のものだった。

驚いて担任の顔を見ると、「困った奴らだ」 とでも言いたげに目は笑っていた。 近くにいながらセイジを最後まで見送らせてくれたこと、授業をサボったことを本気で叱らなかったことに関しては、今でも感謝しているし、その心意気が嬉しかった。

生まれて初めて授業をサボり、廊下を通る上級生や下級生、他のクラスの奴らにクスクス笑われながら正座を続けるマサルだったが、やったことを後悔はしていないようで、その横顔はどこか誇らしげでもあった。