記憶 Memory-03

Memory 01 02

前回書いたように、病院ですらニコニコしている赤ちゃんだったのだが、とにかく風呂が嫌いだったようで、親はとても苦労したらしい。

頭や体を洗っている間はニコニコして遊んだりしているくせに、いざ湯船に入れようとすると火が着いたように泣き叫び、必死に足を縮めて湯につかることを拒否するのだという。

時は昭和、両親とも公務員をしていたのだが、その住まいである官舎には風呂がなく、当時はどこにでもあった銭湯に通っていた。

来るたびに耳をつんざくような大声で泣き叫ぶものだから、すっかり銭湯では有名人となっており、番台のおじさんに
「おっ、また来たな」
などと言われていたらしい。

つまり、生まれてすぐは病弱だったので病院の有名人、ギャーギャー泣き叫ぶので銭湯でも有名人、小学生になると粗暴なガキ大将となって有名人、中学時代は不良となって有名人と、自覚はないのだがずっと目立つ存在であったらしいのである。

それはさておき、なぜ、何ゆえに入浴を極度に嫌ったかという件についてであるが、それはまったくと言って良いほど記憶がない。

親に言わせると生まれた直後に入れられる産湯が看護師さんの手違いか何かによって異常に熱く、それがトラウマとなってしまったのではないかとのことだが、さすがにこの世に生を受けた直後の記憶は残っておらず、真相は闇の中だったりするのであるが、何事もなくトラウマになったりするはずもないので、案外その説は正しいのかも知れない。

また、へその緒が首だか体だかに巻き付いていたのが原因で、なかなか呼吸を開始せず鳴き声を上げることもできず、左半身が紫色になった状態で生まれたらしく、母親は可哀想な子を産んでしまったと思ったらしいのだが、そういう状態だったからこそ人よりも産湯が熱く感じたか、刺すように肌に沁みたりしてトラウマになった可能性もある。

その記憶を今でも引きずっているのかどうか定かではないが、実を言えば今でもそんなに風呂が好きではない。

先日行った湯治のように、実際に温泉に浸かれば気持ち良く過ごせるのは分かってはいるのだが、なかなか自分から進んで温泉に行こうとか、ゆっくり風呂に入ろうという気にならない。

さらに白状すれば、その温泉で 10年以上ぶりに湯船に入ったのである。

大阪で過ごした 13年間、そこで住んでいた借家にあるバスタブに一度も入ったことはない。

北海道に帰ってきて 2年、この家のバスタブにも一度も入っていない。

普段の生活で使うのはシャワーのみで、湯船にお湯をためたことがないのである。

そして、不潔にしている訳にもいかないのでシャワーは浴びるが、それですら渋々といった感じであり、相当な覚悟と気合をもって浴室に向かうのである。

これはきっと、生まれた直後に起こった 『何か』 が起因しているに違いない。