確率

とてつもなく古い2005年09月03日の雑感で自分と『お買い物日記』 担当者が同じ薬で同じ副作用が表れたことに触れ、それが十万分の一の確率だと書いているが、その同じ副作用を持つ者が夫婦でいる確率まで計算すると、天文学的数字になるのではないかと思われる。

2012年、三幸製菓の『ぱりんこ』を買ったところ、小袋は2枚入りのはずなのに3枚入っているものがあった。

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ネットで画像検索してみたところ、少なからず情報はあるものの、その数は決して多くはない。

つまり、機械処理している製造過程で小袋に3枚入ってしまうことは稀であり、検品までくぐり抜けて出荷されるのは何十万とか何百万に一度のことではないだろうか。

若いころ入り浸っていた喫茶店のマスターが雪深い冬の北海道で車の鍵を落としてしまった。

降り積もった雪の中に落とした鍵を見つけられる確率など限りなくゼロに等しい。

しかし、以前にも鍵を紛失していて今回落としてしまった鍵はすでにスペアキーだったので、何が何でも見つけ出さねば車のエンジンをかけることができないという最悪の状況だった。

雪の降りしきる中、マスターと自分、そして他にも 2人、手で雪を掘ったりしながら必死で鍵を探すこと 1時間。

もう見つからないと諦めかけたその時!!

・・・もの凄い確率に当たって見つかったという話しではない。

何を思ったのか、マスターが自分の家の鍵を車のドアに挿して回してみたところ、何の抵抗も示さずドアが開くではないか。

そして、おもむろにイグニッションキーの穴に家の鍵を入れて回すと見事にエンジンが始動した。

・・・。

何という偶然、何という確率。

同じメーカーの同車種であれば、何十万台に一台か何百万台に一台の確率で鍵が合うこともあるかも知れないが、家のドアの鍵で車のエンジンがかかるなど、どんな専門家が計算したところでその確率を導き出すことはできないのではないだろうか。

マスターが購入した車は中古車で、家は築十年以上が経過していたので、家の鍵は経年劣化で凹凸が削れ、中古車の鍵穴も良い具合に摩耗した結果、なんだか良い具合になった偶然が奇跡を呼んだのではないかと思っていたが、その後に作った家の合鍵でもエンジンは始動したので偶然にも凹凸の形状が極めて類似していたのだろう。

つい最近も驚きの偶然、極めて低い確率の一般には起こらないことが身の回りで起きた。

自分の持つWi-Fi端末と、義兄のそれが競合したのである。

こちらはまだソフトバンクに買収される前の EMOBILE、義兄は買収後の Y!MOBILEで、端末機は製造元が違う。

しかし、その2台が稼働しているとネット接続ができないことが判明した。

最初は互いに接続ができないと悩んでいたが、どちらか一方の端末の電源を切ると正常動作することに気づき、色々と試してみた結果、機器が干渉し合っているという結論に至った。

今の時代、だれでも簡単に使えるように面倒な設定は機器が自動判別したり製品の出荷時に設定を終わらせているものが大半だ。

通常はそのまま最短の手順で使って問題ないが、稀にこういう事態が発生する。

低い確率ながらも、そのような事態に遭遇してしまった場合は手動でチャンネルを変更するか、どちらかを使用中止にするしかない。

今回のケース場合、義兄と一緒にいる時は自分の端末の使用を止め、義兄の端末に接続させてもらうことにした。

しかし、無線通信の機器が増える一方の今、家庭内で同様の事態が発生する確率は高まっている。

無線通信には 2.4GHz帯と、5GHz帯があるが、多くの場合は 2.4GHz帯で使用する設定で出荷されており、外でも家の中でもとても混雑している状況だ。

今はスマホやタブレット、パソコンの無線LANやワイヤレスマウスに加えてテレビやHDDレコーダ、ワイヤレスヘッドホンなどのAV機器、コードレス電話機までも Wi-Fiや同じ 2.4GHz帯の bluetooth(ブルートゥース)を使っていることがあるし、電子レンジのマイクロ波も実は 2.4GHz帯なので干渉しないとは言えない。

これからもエアコンや冷蔵庫に無線通信機能が搭載されるだろうから電波の大渋滞が起こるに違いない。

偶然が偶然ではなく、高い確率で問題が発生するようになる日は近い。

そういう日が到来する確率はとっても高いものと思われる。

温暖化

やはり異常な事態だと言わざるを得ないだろう。

今回の台風でも、一か月に降る量の雨が一日で降ったなどという事態が各地で発生している。

6月に北海道で気温が30℃を超えたり、まだ梅雨明けする前に群馬県で39℃に達したりと異常な状態だ。

そもそも、日本には以前からこれほどの竜巻が発生しただろうか。

ここ数年、ダウンバースト現象や竜巻などで被害を受けることが多くなったように思う。

竜巻という呼び名があるくらいなので、昔から一定程度は発生していたのだろうが、近年になって激増しているように感じるのは、単に情報網が発達したことと、手軽にスマホなどで動画撮影や写真撮影ができるようになったからだろうか。

下水処理が追いつかずに道路に水があふれるほどの大雨、北極の氷の激減、世界各地にある氷河の激減、巨大台風、巨大トルネードの発生、進行する砂漠化。

日本のみならず、世界各地で異常な事態が起こっているのは地球温暖化によるものではないのか。

世界に目を向けずとも身近な問題として温暖化を意識できる。

北海道では今まで水揚げされなかった魚が捕れるようになったし、経験したことのない大雨や最高気温を記録したりしているのは温暖化が原因だろう。

先月の帰省の際、6月の北海道にしては暑かったので実家の窓を開けていると外からセミの声が聞こえてきた。

子供のころは、この辺りにセミなど生息していなかったはずだ。

野山を駆け回って遊んでいた野生児だったので、もしセミがいようものなら間違いなく捕獲していたことだろう。

しかし、セミの声など聞いたことがないし、悪ガキ情報網にもセミのことなど伝わってこなかったので、当時は生息していなかったはずだ。

少し気になって調べてみたところ、やはりセミの分布は北上を続けているとのことで、それは温暖化が原因であろうと結論づけられていた。

昔は北海道にゴキブリなどいなかったが30年ほど前から、気密性が高く、いつも暖房している商業施設などで姿が見られるようになった。

まだ一般家庭にゴキブリが出たという話は聞いたことがないが、温暖化が進む今、家の中をガサゴソ動きまわるのも時間の問題かもしれない。

この一週間、急な暑さもあって日本各地で熱中症による救急搬送が急増した。

そして、かなりの数の人が命を落としている。

昔は熱中症などという言葉はなく日射病と言われており、文字通り炎天下に外で長く直射日光を浴びていたら発症するものだと思われていた。

しかし、熱中症に陽の光は関係なく、主に温度と湿度によって引き起こされる。

昔は家の中で暑さのために人が死ぬなどということは有り得なかっただろう。

エアコンなど文明の利器を使用せず、窓を開けるなど自然に任せて暮らしていると熱中症で死亡してしまう。

外でも水分補給に神経を使わなければ、命の危険にさらされる。

つまり、今の日本は、地球は、何もせず自然のままに暮らしていては生きていけない。

それは、今の日本が、地球が、人間の生息に適さない環境になってしまったということだ。

温暖化の原因と言われる二酸化炭素の排出量を削減する取り組みも、中国を始めとする発展途上国は、今まで好き放題に排出してきた先進国に責任があるのだから我々に削減する義務はないなどと言っているが、以前までは二酸化炭素が温暖化をもたらすなどと知らずに排出してしまっていたのであって、それを知った今でも視界が悪くなってノドが痛くなるほど汚染物質を吐き出しまくっている国には偉そうなことを言ってほしくはない。

国益を優先したいのは分からないでもないが、この星がダメになってしまったら元も子もないだろう。

2050年には日本の人口が約9700万人に減少すると国土交通省が発表したが、あと35年も地球がもつだろうか。

同じ2050年、世界人口は約90億人を超えると予想されているが、それだけの人数が食べていけるだけの資源が地球に残っているだろうか。

貧富の差も拡大している今、2050年には富める者だけが地球を脱出して火星に移住し、貧しき者は地球に残され滅亡への道をたどっているかも知れない。

夏が来れば

夏が来れば思い出す、はるかな大阪、遠い空。

北海道にもやっと夏が来て、昨夜は今季初めて発泡酒を飲むことができた。

夏が来たと言っても最高気温は24.6℃だったので正確には夏日にとどいてはいなかったが、今日は27.4℃まで上がったので間違いなく夏本番だ。

5年もすれば体が慣れると言われていたが、北海道に帰ってきて8度目の夏となっても大阪の記憶と肌感覚が残っているので我慢できないような暑さを経験したことがない。

生粋の道産子は、すでに夏バテしているだの食事がノドを通らないだの寝苦しいだの言い始めているようだが、我家の場合は食事も美味しく頂いているし夜も眠れている。

大阪で必須だったエアコンは設置すらしていないし、扇風機も1シーズンに10日ほどしか使わず、就寝の際に使うことなど3日あるかないかだ。

同じく大阪で必需品だったアイスノンも使うのは1シーズンに10日ほどだろう。

暑くて眠れないなどということはないし、食欲がなくなることもない。

大阪で暮らしていた頃、夏が近づくにつれ憂鬱になったものだ。

ゴールデンウィークを過ぎると来る夏を思って気分が暗くなり、6月の梅雨の時期には恐怖すら覚え、いよいよ夏本番の今時期になると、9月の彼岸が待ち遠しくて仕方がなかった。

大阪に引っ越した1994年10月は、まだ暑さに慣れていないからか10月が終わるまでエアコンのお世話になっていた。

今から思えばその年は異常気象だったのかもしれないが、とにかく暑くて暑くて、とても人間が住むところではないなどと思ったりしていたものである。

それでも、その年は10月の暑さを経験しただけだったのでマシだったが、翌年からは夏の最初から最後まで経験することになり、見事なくらい典型的な夏バテになってしまった。

食欲もなく食べ物がノドを通らないどころか味噌汁でさえ飲むのがつらい。

来る日も来る日も麺類を流し込んでいたが、さすがに栄養面でいかがなものかということになり、『お買い物日記』 担当者と検討を重ねた結果、なぜか味噌汁ではなく赤だしなら飲めることが判明し、ごはんとおかずを赤だしで流し込むことで何とか夏を乗り切った。

ただでさえ寝付きが悪いのに夜も暑くて暑くて眠れない。

敷布団の下に『すのこ』を敷いて空気の流れを良くし、シーツの上に『ござ』を敷いて清涼感をプラスしてみたりしていたが、そんなものは焼け石に水状態であり、ものの1分もすれば自分の体温で布団が温まり、ダラダラと汗が流れ出る。

寝返りをすると『ござ』の効果で冷たく感じる部分があるが、1分もすれば暑くなるのでまた寝返りして反対を向くということを繰り返す。

『お買い物日記』 担当者は自分より寝付きが良いので隣で寝息を立てはじめるが、一時間もしないうちに暑さで目覚めて布団を這い出して行くので、自分も起きて行き、当時は愛煙家だった二人は揃ってタバコの煙をくゆらせながら目を半開きにしてボーっとしていたものだ。

それから比較すると北海道の暑さなど可愛いものである。

道産子が暑いと騒いでいても、30℃を超える真夏日は1シーズンに3日ほど、最低25℃の熱帯夜も1日か2日、もちろん35℃以上の猛暑日など未知の領域で北海道に帰ってきてから経験したことがない。

やっと25℃の夏日になった今も、最低気温は15℃前後なので朝晩は窓を開けていると寒くなってしまう。

こんな環境で丸7年、8度目の夏を迎えているのだから二度と大阪の暑さを経験したくはない。

無風で西日が射せば、部屋の中が30℃を超える日もないことはないが、そんな時も
「大阪より全然マシ」
「大阪と比べりゃ天国」
などと呪文のように唱えれば楽勝で乗り切ることができる。

夏が来れば思い出す。

あの暑さとの闘いの日々を・・・。

レイコノコト 3

今まで書いてきたようにレイコには身勝手な一面もあるが、上に男きょうだいが何人もいるのに高齢の母親を一人で見守り、入退院を繰り返したり、施設にも入ったりした経済的負担も一人で背負って最後の最後まで面倒を見続け、その愚痴や不満を一切口にしなかった実に立派な叔母なのである。

超高齢となり、もう危ないからと運転免許証も返納した今でも雪が解ければ遠くまで自転車で出かけ、雪道をものともせず歩き回っているレイコだが、さすがに寄る年波には勝てず、最近は耳が聞こえづらくなってきたらしい。

ただし、今回の帰省で初めて聞いたのだが、俗に言われる耳が遠くなるという症状ではなく、ひどい耳鳴りに悩まされているとのことだ。

耳鳴りがして常に雑音が聞こえている状態なので周りの音が耳に届きにくい状態なので、補聴器をすれば良いとかそういうことではないらしい。

いくら元気だと言っても超高齢者に変わりはないのだから、ここのところすっかり婆さんらしくなってしまった我が母と共に自分が今暮らしている街に移り住むように言ってはみたが、以前の雑感に書いたように別の家系なのだから世話にはなれないと言い張り聞く耳を持たない。

母親も体が弱っているくせに、この街を離れたくないと言うので、ならば年老いた姉妹で仲良く暮らしていれば良いと放っておいたのだが、いつまで経っても母親の体は良くならないし、もし万が一、このまま寝たきりにでもなろうものなら移動すら困難になって同じ街に暮らすも何もあったものではなくなってしまう可能性も出てきたことから、やはり移住を検討すべきではないかと聞いてみたところ、知った人の居ないところで暮らすのは嫌だが話し相手になってくれる叔母が一緒なら考えないでもないとのことだ。

そこで叔母に一緒に移住してきてはと問うてみたが、以前と同様に家系が違うからと言い出すので、
「誰も面倒見てやるとは言っていない」
「一人でいるより血族が近くにいる方が少しは安心できる」
「札幌など雪が多いので除雪が大変だ」
「今どき安い家賃で住めるところなど築2-30年の安普請だから光熱費がかかる」
などなどと説得するも良い返事をしない。

そこで、今回の帰省で設けられたタカノリ夫妻との会食の席で、この話題に触れておけばタカノリの賛同も得られる可能性があると判断し、話しが人生の終わらせ方に向かったのを機に一緒の街で暮らそうと言ってるのにレイコが言うことを聞かないと告げ口してやると、レイコは頭をプルプル振って「なにも聞こえな~い」などと言い出す。

自分に都合の悪い話しになったからといって子どもみたいな態度をとるレイコの姿に自分も『お買い物日記』担当者も呆気に取られ、タカノリ夫妻もポカーンとしていた。

食事中の会話は、もの凄く平均年齢の高い一団にふさわしく病気やら健康やらという内容が圧倒的で、当然のことながらショウコの骨折についても話題になる。

しかし、その話題から派生した札幌に住む母親方の伯父のサトシの話しには驚かされた。

転んだのか階段から落ちたのか、その原因は忘れてしまったがサトシはずっと右太ももあたりに痛みがあったので、毎日毎日ずっと市販薬のメンソレータムを塗り続けていたらしい。

少しずつ良くはなっているものの、いつまで経っても痛みが治まらないので数カ月後に病院に行ってみたところ骨折していたことが判明した。

しかし、その時にはすでに骨はくっついており、もうすぐ治るところだったという。

レイコは、
「あの人は骨が折れているのをメンソレータムだけで治したのよ」
などと淡々と話すが、聞いているこちらは驚くやら可笑しいやらで笑いが止まらない。

その骨折の話しから再び派生して今度はレイコ自身のことを語りだした。

昼間が妙に暖かかった冬の夜、外出先から帰宅するレイコが夜の寒さで凍りついた路面を慎重に歩いていたところ、後ろから車のエンジン音が近づいてきたので邪魔にならぬよう道のできるだけ端を歩こうとした瞬間、鏡のようになった氷に足を取られて体が宙に浮き、ヒザから路面に落ちたと思ったら道路の反対側まで一気に滑っていってしまったらしい。

あまりの痛さに身動きできず、そのままの姿勢で耐えていると打ち付けた足の感覚が薄れてシビレを感じるようになってきたという。

前に書いたようにレントゲン技師として定年まで病院に勤めていたレイコは様々な経験から類推し、これは骨が折れたに違いないと判断した。

動こうにも痛くて動けず、凍てつく寒さの中を道路に倒れたままのレイコ。

田舎の夜道は人通りもなく、待てど暮らせど車すら通らない。

このままでは凍死してしまうと焦るレイコ。

何とか家まで帰るか、近くの電話ボックス(当時)まで辿り着ければ救急車を呼ぶことができると両手で上半身を起こし、恐る恐る足を動かしてみたところ何の問題もなく動く。

骨折していたら動かせるはずがない思いつつ立ってみたところ立てる。

もしやと思い、歩いてみたところ歩ける。

なまじっか知識があるため勝手に骨折だと思い込んでしまったが、実は単なる打撲で骨には1ミクロンのヒビも入っていなかったらしい。

その、あまりにも馬鹿馬鹿しい話しを大笑いしながら聞いてはいたが、冷静に考えれば危険と隣り合わせの喜劇でもある。

話しの中の背後から近づいてきたという車がどうなってしまったのか分からなかったが、もし転倒したことで轢かれていたら・・・。

骨折でなくて良かったが、もし骨折していて動くことすらできず、そのまま人が通らず何時間も経過してしまったら・・・。

やはり年老いた叔母を一人にさせるのは心配だ。

ここは長い時間をかけてでも説得し、母親と一緒に移住させなければと決意を新たにしている今日このごろである。