プレゼント大作戦

少し前の独り言に書いたように、今年のクリスマスは狸顔のワンプにプレゼントをあげようと計画し、以前から準備を進めていた。

クリスマス用品が店頭に並ぶようになると、まずは百均に行ってプレゼントを入れるためのサンタブーツを購入。

次は中身であるが、これは以前から知っていたワンプの大好物であるゴン太のササミジャーキーを入れてあげることに決定しており、イオン系スーパーが 5%OFFになる 20日を待って買いに行った。

さっそく準備しようと思ったら、購入した 71枚入りのササミジャーキーは大きすぎてブーツに入らないことが判明。

本当であれば封を切らずにプレゼントしたいところだが、仕方がないので開封して 2パックに分かれている内袋の状態で詰め込み、何とか体裁を繕うことに成功。

それからの 4日間は、そのブーツを見るたびにニンマリとしてしまい、早くワンプのもとに届けたくてたまらなかった。

24日の夜にコッソリと届けようと 『お買い物日記』 担当者と作戦を立てていたのだが、実はお隣さんは就寝時間が遅いのでそれが困りものだ。

我が家の就寝時間も決して早くはなく、いつも 12:00前後になって床につくのだが、その際に部屋の灯りを消すと隣の窓がまだ明るいことが多い。

おまけに我が家の起床時間は 6:30なのに、その時間にお隣さんはとっくに起きていて、ご主人が職場に持っていく弁当まで出来上がっており、『お買い物日記』 担当者と二人で
「いったいいつ寝ているのだろう?」
と不思議に思っていたのである。

深夜、お隣が寝ついてからプレゼントを届けるべきか、メチャメチャ早起きして届けるべきか。

クリスマスは夜更かしして酒を呑んで寝るのは眼に見えており、お隣より早く起きることなど至難の業に近いものと思われ、そんなことをするくらいなら眠い目をこすってでも夜遅くまで待ったほうが良いという結論に達し、隣の窓の明かりが消えるのを待っていた。

ところが金曜の夜ともなると明かりは点いたままで、深夜 1:00近くになっても消えることなく光がもれたままだ。

まだまだ眠くはなかったが、それ以上起きていると空腹に耐えかねて何か食べてしまいそうだったので、可能な限り静かに置いてくることにした。

家を出て隣に向かって斜めに歩き、お隣りの敷地を玄関に向かって斜めに歩けば見事なVの字ができあがってしまい、ワンプへのプレゼントが我が家の仕業ということがバレバレになてしまうので、玄関を出てから反対方向に向かって斜めに歩き、道路を移動して隣の家を一旦は通り過ぎて反対側から玄関に向かって斜めに歩くという漢数字の八の字作戦を決行。

北海道の玄関は扉の前にもう一枚引き戸があって風除室というスペースが設けられていることが多いのだが、そこにサンタブーツを静かに置いたところ、玄関の中からゴソゴソッという音が聞こえて少し慌てる。

どうやらワンプが玄関に入れられているようで、物音とササミジャーキーの香りに反応して向こうから様子を伺っているらしい。

静かに引き戸を閉め、ワンプ以外の誰にも気づかれることなく一目散に家に駆けこんできたが、運悪く外は吹雪模様で体が真っ白になってしまった。

無事に作戦が成功したことを互いに褒め称えながら昨日の夜は眠りにつくことに。

そして今朝、まだ布団の中でグズグズしている時間に 『お買い物日記』 担当者の携帯電話にメールの着信。

それは隣りの奥さんからで、ワンプのところにサンタが来てプレゼントを置いて行ったとの知らせ。

文章には
「もしかして隣のサンタさん?」
との一文があったが、
「さあどうでしょう?」
と、しらばっくれたまま今も正体を明かしてはいない。

しかし、あんなに綿密に計画を練り、見事な八の字作戦でコッソリとプレゼントを置き、朝には雪で足あとも消えていたはずなのに、我が家の仕業とバレバレなのはどういう訳だろう。

テレビが難しい

色々な意味でテレビが難しい。

■ 国際競争で勝ち残るのが難しい。

テレビは家電の中心にあり、決して負けてはいけない分野だが日本メーカーは韓国勢にやられっ放しで海外シェアを落とし続けている。

将来的にはエアコンから洗濯機、冷蔵庫までネットワークで結ばれ、消費電力や細かな設定などをコントロールすることになるが、それの中心にはテレビがあり、核となる技術が詰め込まれることになるはずだ。

技術力、品質で世界を席巻してきた日本だが、デジタル化とともに技術の差がつきにくく、機械化によって品質も一定になってしまい、デザインと価格だけが重要視されるようになった今では将来的にテレビを開発、販売し続けることは難しいかも知れない。

そして家庭の中核となるテレビは他国の技術が優先し、その周りの家電もネットワークの接続性、操作性などから同国のものが選ばれ、利益を享受できるのはごく限られた国やメーカーになってしまうだろう。

■ 高視聴率を獲得するのが難しい。

テレビ業界の自業自得な面も大きいが、今では余程のイベントでもない限り 20%とか 30%の視聴率を獲得することができなくなってしまった。

趣味が多様化し、衛星放送などを含めてチャンネル数が膨大になった今、視聴されるチャンネルも分散するのは当然のことではあるが、根本的には以前からある地上波放送の内容がつまらなくなり、質の低下に歯止めがかからないのが大きな要因だと思われる。

同様のことは以前の雑感にも書いたので多くは語らないが、このままでは衰退の一途をたどるしか残された道はないように思う。

■ テレビを見るのが難しい。

上述したが、やれデータ放送だ、BSだ CSだと見られるチャンネル数は膨大になり、テレビの機能で表示可能な番組表に頼らなければ見たい番組を見つけることすらできない。

おまけにネットワーク接続すれば回線経由で様々な情報を得られたりビデオ・オン・デマンドで好きな時間に好きな映画やドラマを見ることもできるが、それなりに複雑な操作を強いられる。

それにともない、リモコンのボタンは増える一方であり、携帯電話やパソコンのキーボードのように、手元を見ずに操作するブラインドタッチができるようにならなければ快適なテレビライフを送れない時代が来るかも知れず、そうなれば脱落者も増えると予想される。

事実、我が母はデジタルテレビのリモコンを使いこなせず、電気屋さんを呼んで設定してもらい、昔のテレビに付属していたリモコンを使っている。

電源の ON/OFFと地上波のチャンネル切り替えしかできず、デジタル放送の恩恵を受けいないデジタルデバイド、情報格差社会の底辺に存在したりしているのだ。

■ テレビを見る時間をつくるのが難しい。

今の時代、インターネットに携帯電話、テレビゲームに山登り、釣りに女子会と、特に女性は時間がない。

そんな楽しい時間を割いてまで見たい番組を製作するのは容易ではないだろうが、それに勝てなければテレビの時代は終焉を迎えることだろう。

■ テレビと付き合うのが難しい。

何だか視聴者に向けた番組というより、演者たちが一方的に楽しんでしまっている内容が多いように思う。

島田紳助氏は典型で、『クイズ!ヘキサゴンII』 とか 『行列のできる法律相談所』 など高視聴率番組を多く持ってはいるが、どうも仲良しクラブ的要素が強くて見る気になれない。

紳助ファミリーの世界観や思想にこちらから歩み寄り、わざわざ仲間に入れてもらわなければいけないような雰囲気だ。

他のバラエティー番組、お笑い番組も内輪ウケ的内容が多く、そのバックグラウンドまで理解していなければ笑えないことも多々ある。

また、あまりにも突き抜けた感性やセンスで笑いをとろうとされると、こちらがお笑い芸人の感性に合わせたり内容を理解しなければならない。

視聴者が合わせるのではなく、テレビ側がこちらに合わせるのが本筋ではないだろうか。

・・・。

いろいろと文句ばかり書いてきたが、ハード的にもソフト的にもテレビには難しい問題が山積しており、地球温暖化とは逆にテレビ業界には冬の時代が待ち受けているような気がしてならない。

閉塞感

バブル崩壊以降、多少の景気浮揚はあったものの、ずっと日本経済は低空飛行を続けている感が強く、足腰がしっかりしないまま危険なバランスを保った状態であるため、リーマンショック、ギリシャ、ドバイショックなどの外的要因に大きな影響を受け、なかなか株価が上昇しない割には少しのショックで大きく下落する状態が続いている。

数年前にデフレ脱却を宣言したが、実は好転の兆しが見えかけていただけで本格回復には至っておらず、いまも深く静かにデフレは進行している。

何年も前にも書いたが、デフレという病魔は簡単に克服できず何十年もの歳月を要するものらしく、うろ覚えではあるが 17世紀初頭にローマで発生したデフレは 40年間ほど続いたとされているし、産業革命後にイギリスで起こったデフレも 20年間くらい続いた。

そして、どちらも革命、革新的な社会構造の転換や作り直しによって、やっと経済復興に至った訳であり、現状のまま政治、経済の体制などを温存したままこの難局を乗り切るのは不可能であろうと思われる。

人はおぼろげながらでも、このままではいけないということを敏感に感じ取り、政治に強いリーダーシップを求めて小泉純一郎という総理大臣を誕生させたのであろう。

独裁的とまで言われても絶大な人気と広い支持を得て長期政権を維持することができたのは、人々が求めていたリーダー像と見事に合致したからにほかならない。

国民にとっての不幸は、小泉元総理に百年の計とか国家ビジョンというものが希薄で、真の目的が郵政民営化でしかなかったことにある。

それを成し遂げるといとも簡単に総理の椅子を明け渡し、当人はさっさと引退してしまった。

代わりに政界入りした息子の小泉進次郎氏という立派な人気者を遺伝子レベルで残してくれたことは功績であるかも知れないが、後継者として安倍晋三氏を事実上の指名に近いかたちで推したのはいただけない。

たしかに小泉氏が自民党をぶっ壊したのが原因かも知れないが、それからの政権運営は目を覆いたくなるほど惨憺たるものであり、このまま自民党に主導させていたのでは日本がどこに向かってしまうのか不安でならなかったため政権交代が起こって民主与党が誕生したのであろう。

ところが、いざ蓋を開けてみるとこの有様で、日本という国自体が迷走しており、すっかり世界から取り残されることになってしまった。

唯一の評価を受けた事業仕分けも実行力が伴わず、どの省庁、どの官僚もさっぱり言う事を利かず勝手なことをやっているのが明らかになっただけだ。

何とか実行できたのは中途半端に支給が開始された子ども手当くらいなもので、大風呂敷を広げた割には中には何も入っていないというお粗末な結果だけが国民の目に映る。

この先、日本がどこに進むのか分からず、いつになったら政治主導になって官僚の無駄遣いがなくなるのか分からず、年金がどうなるのか分からず、デフレが克服できるのかも分からず、どういう未来が待っているのか分からない。

そんな時代に子孫を残そうという意識は芽生えないどころか、本能的に絶対数を減らそうとするのが DNAに刻まれた生物の性(さが)であるからして、少子化に歯止めがかかるはずなどないだろう。

また政界の雲行きが何だか怪しげで、ナベツネがゴソゴソ動き、今や日本のリーダーとも思えない政治家を操ろうとしているようだが、国民の意志と乖離していることに気づかないのだろうか。

国民の求めるリーダーは政治家の中に見当たらない。

カルロス・ゴーン、星野仙一、小泉進次郎あたりを政府の要職に付けるくらいの大変革をしない限り、少なくてもそれくらいの意識改革をしない限り、デフレを克服して今の日本を救うことは不可能だと思われる。

この閉塞感を打ち破ってくれるのであれば、日本のリーダーが独裁者であっても構わないと思うのは自分だけだろうか。

冬の訪れ

北海道に帰ってきて三度目の冬はもう目の前。

本来であればもう冬なのだが今年は今日現在も晩秋と初冬がせめぎ合い、かろうじて秋が優勢に立っているような状況だ。

来週には冬が優勢となって一気に気温下がるだろう。

いつも書いていることだが、大阪の夏は辛かった。

ゴールデンウイークが終わって少しずつ暖かくなり、梅雨や夏が近づいてくると毎日が憂鬱で仕方なかった。

できることなら渡り鳥のように少しずつ北に移動して、猛暑、酷暑の中に身を置かずに済む方法はないものかと真剣に考えたこともある。

北海道の夏は逆に待ち遠しいし、寒い冬が近づいてきても決して憂鬱にならないのが不思議だ。

冬なのだから寒くて当然と割り切れる。

夏なのだから暑くて当然と割り切れなかった大阪とは大違いだ。

多少なりとも危惧しているのは降雪量であり、昨年のように数十年に一度の大雪は、本当に数十年に一度だけにしていただきたいと思っている。

まだ足腰が弱る歳ではないので、面倒ではあるものの除雪が辛い訳ではない。

降り積もった雪を綺麗に片付けた後は、ある種の満足感に浸ることもできるし、普段の運動不足の解消にもつながることも期待できるので心から敬遠している訳ではないのだが、何せ面倒なのである。

第一に外に出るためには着替えなくてはならない。

冬は身につけなければいけないものも多く、それだけで時間がかかる。

除雪作業も最短で 10分、積もった雪が多かったり湿って重たい場合は 30分前後の時間を要するのが通例だ。

昨年は日に 2度も 3度も除雪しなければいけないほどの大雪だったので、1時間以上は雪と格闘していたことになる。

今となってはそれすらも笑って話せることであり、決して笑っては話せない大阪の夏の暑さとは雲泥の差ではあるのだが。

北海道の人は家の中を必要以上に暖かくして冬でも薄着で過ごすという生態だったりするのだが、大阪での冬の過ごし方に慣れた我が家では今でもそれを踏襲し、重ね着をして体温の低下を防ぎつつ部屋の中はさほど暖かくせずに過ごしている。

寒くなっても暖房せずにいて人から驚かれたりもするが、すっかりそういう生活に慣れているので何の苦にもならないどころか、それが割と快適だと思えたりもするので問題はない。

今はさすがに部屋の中を暖房しているが、先週より気温が高いので設定を 『大』 から 『中』 に下げている。

最高気温が 10℃以下になったら暖房を開始し、5℃以下になったら 『大』 にするというのが一応の目安だ。

しかし、いずれの場合も室内の温度設定は 18℃なので、一般家庭と比較すると極端に低い。

それでも冬なのだから寒くて当然と割りきって厚着でコロコロになりながら生活している。

これから数カ月、北海道の冬を楽しみながら過ごしていこうと思う。