『想い出の居酒屋』 というタイトルで、なぜ 『其の肆(よん)』 かと言えば、過去に 『其の参』 まで進んでいたからであるが、それを書いたのは
2003年 04月 06日のことなので 3年以上も前と言うことになる。 決してネタが尽きた訳ではなかったのだが、何となく書くのを忘れていた。 先日、どういう訳か入浴中に何の脈絡もなく当時のことを思い出し、続きを書くことにした訳である。
『其の参』 の文末に書いたように、その日は突然やってきた。 いつもの週末のように店に顔を出すと知らない人がカウンターの中で調理をし、知らない人が料理を運んでいる。 顔なじみの従業員の一人が寄ってきて 「実は店長と○○さんが店を辞めてね〜」 と言う。 そして、どうやら自分たちで店を開くらしいということを聞かされた。
水商売の世界では珍しい話しではなく、どこにでもあるような一件だが、それまで何度も通いつめ、まるで自宅のようにリラックスできる場で起こったその ”事件” は、若い (当時) サラリーマンには少なからずショックを与える出来事だった。 その日は何となく気分も乗らず、テンションも低いまま店で時間を過ごし、酔いも中途半端なまま帰宅することになった。
数週間後、仕事中に受付の女性が 「お客さんです」 と言うので席を立つと、居酒屋を辞めた店長と従業員が二人揃って来ており、新しく店を開いた挨拶と、二人が結婚した報告を同時に受けた。 店を開くのは聞いていたが、結婚することなど夢にも思っていなかったので、驚きのあまり腰が抜けそうになった。 何せ歳の差が 10歳以上もある。 そして年上なのは女性の方だったので、二人が揃って辞めたと聞いても、店を開くと聞いても、結婚などとは考えも及ばなかったのである。
当時は 『自分たちにとって大切な店を捨てた人たち』 とか、すぐ近くに店をかまえた 『裏切り者』 などという思いが少なからずあったのだが、結婚して夫婦で店を営むという話を聞けば祝いに行かざるを得なく、その週末に 10人くらいで新しい店に行った。
ところが、以前の店の常連さんも祝いに駆けつけており、店内は人で溢れている。 さらに、その新しい店というのが以前の店の 1/4 くらいの広さしかなく、20人も入れば一杯だ。 入店をためらっていると、今や大将となった元店長が 「来てくれると思って席を用意してた」 と言うので店の奥に進むと、店で唯一の個室があり、そこには 『予約席』 という手書きの紙が置かれていた。
しかし、その個室は本来 6人ほどの収容能力しかないため、無理矢理 10人が入ると身動きがとれないほどのギュウギュウ状態である。 それでも料理は以前の店と同様に美味しく、値段も安かったのでピラニアのように食べまくった。 途中、狭い場所に大人数が収容されているものだから、酸素が不足して息苦しさすら覚えたが、腹が割れそうになるくらい食べて飲んだ。
満足して帰ろうとすると、外まで元店長である大将が出てきて、真剣な目をしながら 「本当にたのむ。これからも来てほしい」 と頭を下げる。 前述したように色々な思いはあったが、基本的に楽しく酒が飲めて、安くて美味しいものを食べさせてもらえれば客としては来店を断わる理由はない。「また来るよ」 と言って店を後にすると以前の居酒屋の前を通過した。
店内はそれなりに混んでおり、自分たちが店を変えても大きなダメージはなさそうだ。 少し後ろ髪を引かれつつ、その店と決別し、翌週からも新しい店に通うことになった。 その日を境に 『想い出の居酒屋』 は舞台を移すこととなり、新しい想い出が新しい店で刻まれることになっていったのであった。