2002年の終わりに 2002年の終わりに
今年もいよいよ終わりに近づき、この雑感も 2002年は書き納めである。今年も昨年に続いて暗い一年だったような気がする。毎年のように 「来年こそは」 と希望に胸を膨らますのだが世の中は明るくならずにいる。今年一年も ”パッ” としないまま終わろうとしているのが何だか悲しい。
政治などは、もう ”ぐずぐず状態” である。大橋巨泉氏の議員辞職に始まり、宗男 vs. 真紀子、田中真紀子氏の更迭、辻元清美氏の議員辞職に鈴木宗男氏の逮捕といった具合にボロボロである。民主党はなんだか訳が分からないことになっているし、その民主党から飛び出したオッサンが保守党と合流してみたり、その保守党の党首だった人が自民党に戻ったりと勝手なことばかりしている。
良く言われることではあるが、国民の方を向いて政治活動をしているのではなく、保身や私利私欲のためだけに行動しているとしか思えない。支持率の下がった小泉内閣とはいえ、情けない行動しかできない政治家よりは、まだ国民の方を見てくれているような気がするから 50%前後の人たちが応援しているのだろう。小泉内閣がやろうとしていることは支持する。抵抗勢力に譲歩してしまうのが情けない。
「道路族や郵政族が悪役であり、小泉首相は正義の味方」 といった図式があり、正義の味方は悪役をバッタバッタと切り捨てて・・・というのを国民は思い描いていたはずなのだが、どうもドラマのようには物語が進まずに悪役の顔を立ててみたり言い分を聞き入れたりしているように見えてしまう。それでも悪役 vs. 正義の味方という図式である限りは、ある程度の支持率は維持できるものと思われる。
小泉首相が悪に屈してしまったら人気もガタ落ちとなり、政権に終わりを告げることになるのだろう。それ以前に最近になってマスコミが騒いでいる解散総選挙というカードを切るのかもしれないが、仮に選挙となった場合、それでも抵抗勢力と言われている人たちは当選するのだろうか。”甘い汁” を吸っている業界の組織票で再び国会に姿を表すのかもしれないが、いつまでそんなことを続けるつもりなのだろう。
道路を必要としている地域があるのも事実ではあるが、その ”作られ方” が問題なのである。道路は税金で作られ管理されているのだから、適正な価格で作るように努力するのが国民から選ばれた議員がすべきことである。業者に適正とは思えないような中間マージンを落としたり、ファミリー企業に適正とは思えないような価格で仕事をさせたりと、税金を仲間内で分配しているようなものである。
民間企業はコスト削減に努力して安く高品質なものを提供しているというのに、いったい何を考えているのだろう。税金は一部の人たちのためにあるのではなく、納めている国民全員の共有財産でなければならない。選挙があった場合は良識ある判断のもとで投票していただきたいものである。いつまでも特定の業界にだけ利益を誘導する政治家を選んでいると 10年後、20年後には日本が滅んでしまうかもしれない。
経済も停滞したままであるが、諸悪の根源といわれていた金融機関にも新しい息吹が感じられるようになってきた。先々まだ厳しい状況は続くのだろうが、金融の安定化に努めていただきたいものである。ただし、金融が安定したからといってデフレが克服できるというものでもないらしい。詳しくは分からないが、過去の経験から言ってデフレになってしまうと克服できるまでに何十年という時間が必要らしいのだ。
企業、個人とも生きながらえられる術を身に付けた方が良さそうである。ハイパーインフレになると金の価値が下がってしまうが、デフレの場合は価値自体はさがらないので、やはり ”貯金” ということになってしまうのだろうか。そうなると金が消費に回らないから物価が下がり・・・と、ますますデフレがスパイラルしてしまう。困ったものではあるが、しばらくの間は耐え忍ぶしかないのであろう。
暗い話ばかりではなく、昨年(2001年 野衣良氏)に続き今年もノーベル賞を小柴氏と田中氏が受賞した。田中氏などはそのキャラクターと相まって、すっかりお茶の間の人気者、オヤジ達のヒーローになってしまった。マスコミに追いかけられてご本人はさぞかし迷惑されているだろうが、暗い世の中に光を射してくれた功績は発明の功績より大きいかもしれない。
来年の 4月 7日は天馬博士が鉄腕アトムを誕生させる日である。”来年にこそ” 夢と希望を託したい。来年末の雑感には素晴らしい年だったと書けるよう、自分も努力すると誓いながら今年の雑感を終えようと思う。
2002 / 12 / 29 (日) ¦ 固定リンク