ワクチン後進国

先進国の一員である我が国日本も、ことワクチンに関しては後進国だ。

第一にワクチンの製造能力が低く、新型インフルエンザが流行した場合に国民が接種するワクチンを自国でまかなうことができず、輸入に頼らざるを得ないほどの脆弱ぶりである。

第二に日本ではワクチン接種を義務化していなかったり無料化している数が極めて少ないため、他の先進国はおろか、南米大陸でもとっくに絶滅、撲滅させている麻疹(はしか)が定期的に流行し、重い後遺症に苦しんだり命を奪われたりする子どもが後を絶たない。

そして、それぞれには大きな理由がある。

それは日本人の価値観、国民性によるものであり、自業自得の感が否めない。

その責任の端緒であり、主悪の根源とも言えるのはマスコミで、その情報を自分なりに解釈もせず鵜呑みにしてしまい、右にも左にも大きく振れる国民性によって増幅し、極端な反応を示してしまうのが要因だ。

ワクチンとは異なるが、2007年頃に大騒ぎしたインフルエンザ治療薬である 『タミフル』 に関する報道が良い例で、当時の雑感にも書いたがタミフルを処方された子どもに異常行動が見られ、それによって死者まで出たことを連日のようにマスコミは伝え、副作用の危険性とそれを処方する責任、はたまた薬の製造責任まで問う勢いだった。

しかし、タミフルと異常行動の因果関係が薄いとなると、マスコミは潮が引いたように本件に触れるのをやめ、あれだけ大騒ぎしたにも関わらず適当なデータで見当違いの報道をしたことを詫びもせず、製造元である中外製薬に謝罪もしないままこっそりフェードアウトして何ごともなかったような顔をしている。

近年になって問題視されたのは子宮頸がんワクチン 『サーバリックス』 に関してだ。

2010年 11月から 2013年 3月までに推計 328万人が接種し、このうち計 1,196件の副反応が報告され、うち 106件は重篤だったことがメディアで話題になったが、発症率を単純計算すると副作用を引き起こす人は 0.036%、重篤な副作用を引き起こす人は 0.0032%ということになる。

子宮頸がんは 1年間に約 10,000~15,000人の女性が発症し、毎年約 3,500人が亡くなる重大な病気だ。

そのうちの 70%である 7,000~10,500人はウィスル感染によるものであり、死亡者数は 2,450人となるが、学会で報告された通りに 90%の予防効果が期待できるのであれば年間の感染者は 700~1,050人となって死亡者数も 245人となる。

つまり、ワクチン接種によって 6,300~9,450人が子宮摘出手術を受けたり辛い科学療法を受けずに済み、2,205人の命が救われる計算だ。

我が娘が重篤な副作用が出たら・・・、生活に支障が出るほどの痛みやしびれに襲われてしまったら・・・などと考えてしまい、ワクチン接種に二の足を踏むのは理解できないこともない。

しかし、が、しかしである。

先に述べたように重篤な副作用を引き起こす人は 0.0032%にすぎない。

確かに 0%であるに越したことはないが、年間に交通事故にあう確率の 0.007%の半分に過ぎないではないか。

そして、たとえ重篤な副作用に襲われたとしても 65%の人は治療によって改善しているので、本当に重篤で生活に支障をきたしている人は 37人(0.001%)だ。

0.001%と言えば 10万人に 1人という確率であり、自分が先月の中旬に受けた大腸がんの内視鏡検査による死亡率と同じ値である。

それで死んでしまったら、それで副作用が出たら仕方がない、不運だったと諦めのつく数値なのではないだろうか。

品質にしても安全性にしても日本人は厳しすぎる。

何かがあってはいけない、何かあったら困る、何かあったら誰が責任を取るのか、何かあれば誰がどうやって補償するのかという議論に終始し、わずかでもデメリットがあれば、どんなに大きなメリットがあろうと先に進まないどころか後戻りしてしまう。

厚生労働省は子宮頸がんワクチンの接種を強く推奨する立場から、副作用問題の発覚によってそれを中止するに至った。

当初、その措置を妥当としていた日本産科婦人科学会が、ここにきて一刻も早い推奨の再開を求める声明を出したのは、同会がマスコミに振り回されていることを如実に物語る。

ヒステリックなマスコミや国民の反応に、それこそ過剰反応して右往左往してしまうのが日本政府、官僚の実態で、安全性という名のもとにワクチン接種をおざなりにして必要性を説くこともなく放置し続け、いつまでも病気を撲滅できず麻疹輸出国という烙印を押されている事実を甘受しているのが現状だ。

我が子が副作用に襲われたら・・・。

それは避けようのない不安であることは理解できる。

しかし、子宮頸がんワクチンの例で見たように 1人の副作用をなくすために数千人の命を犠牲にして良いものだろうか。

諸外国では数千、数万の命を救うためであれば、わずかな副作用もやむなしと毅然とした態度で挑み、国民もそれを納得しているが、日本は例え何千人の死者が出ようと、1人たりとも副作用による犠牲者を出すべからずというマスコミの論調や、それに迎合する団体、国民の意見に引きずられるがゆえに病気による多くの犠牲者を出し続けている。

それが冒頭に述べた第二の理由、ワクチン接種を義務化したり強く推奨できないことにつながり、接種率が低くワクチン販売量を見込めないので国内製薬メーカーが設備投資できず、いざという時に供給できないという第一の理由にまで至る訳だ。

マスコミが過剰・異常報道、国民が過剰・異常反応を続ける限り、日本ではいつまでも病気によって亡くなったり後遺症を負う子どもたちや女性たちが減らないことだろう。