想い出の居酒屋 其の拾

想い出の居酒屋 おしながき

2月 25日、いつもの居酒屋で飲んで食べて話して来た。

実は店のママも過去にガンを患っており、親身に話を聞いてくれていたのである。

ところが、そのママがくも膜下出血で倒れたのが先月のことだとマスターは言う。

記憶に新しいところでは料理研究家の小林カツ代さんが、その病気で亡くなったばかりだ。

それでママの姿が見えないのかと、目の前が暗くなりかけた時、
「いやぁ~命は助かったんだけどさぁ」
とマスターが言う。

手遅れになれば命は助からず、助かったとしても上下、または左右や言語が麻痺するという後遺症に苦しむ人が多い。

ママが店に出ていないということは、体のどこかに異常をきたしてしまったのではないだろうかと再び暗くなりかけた時、
「それがどこもマヒしなかったんだよねぇ」
と、マスターが言葉を続ける。

「い、いっぺんに言わんかいっ!」
と突っ込んでやりたくなったが、命にも体にも異常ないのは幸いである。

仕事中に倒れたということだったが、それは突然の頭痛に始まったらしい。

店は昼も営業しており、近所の会社員が昼ごはんを食べに来るのだが、それの準備中にママが座敷に座り込んで頭痛を訴えた。

マスターが様子を見ると、顔色を失い真っ青になって倒れてしまったので慌てて救急車を呼ぶことになったという。

マスターも心配のあまりに顔色を失い、病院に同行して救急治療を終えるのを待ったが、今後のことを考えると目の前が暗くなり、重い後遺症を抱えるくらいなら命が助からないほうが良いのではないかという究極の考えまで頭をよぎったと素直に話してくれた。

しかし、ママは医者も驚くほど奇跡的に後遺症もなく、身体的にも脳も言語にもまったく支障をきたさず 2週間ほどで退院に至ったということで、マスターは
「あいつは化け物だ」
とか、
「殺しても死なん」
などと言っていたが実のところは幸運を喜んでいる。

そんな話しをしていると、退院間もないのにママが顔を見せてくれた。

確かに元気そうではあったが、その言葉は弱々しい。

あんなに大きな声で話し、快活に笑う人だったのに、すぐそばで会話しているにも関わらず聞き取るのがやっとという感じだった。

実はマスターとママの夫婦は年齢差 25という年の差婚だ。

しかも歳上なのはママであって、すでに70歳を超えている。

25歳差と言えば友達のお母さんと結婚して世間を騒がせた元ヤクルトスワローズでベネズエラ出身のペタジーニ選手と同じであり、親子ほども年の違う二人が結婚して前に勤めていた焼き鳥屋チェーンから独立したとき、実のところママが若い男にダマされて金を注ぎ込み、店を持たせてやったのではないかと思わないでもなかったが、二人はいつまでも仲良く店も開店 20周年を超えたところだった。

大きな病気を二度もしたし、すでに体がシンドイと感じていたので今回の病を機に店に出るのを止めようと考えているらしく、マスターもママに無理はさせられないと分かっているので一人で何とか切り盛りしようとしている。

忘新年会シーズンや歓送迎会が重なる時などは一人だと大変だが、人を雇うほど店は儲かっていないと、いろいろ考えることがあって大変そうだ。

札幌に住んでいれば、自分には水商売でのバイト経験もあるので忙しい時だけ店を手伝ってあげることもできるのだが、離れた場所に住んでいるのでそうもいかない。

年に何度も行くことはできないが、また今年の夏の終わりに店を訪れるつもりだ。

無理はしてほしくないが、できれば店で元気に働くママに会いたいものである。