歯医者
一軒目 二軒目 停滞期 三軒目 序章 三軒目 終章
その始まりは
先週の雑感に書いた歯医者が原因だった。あまりにも治療がヘタで、血も通わぬ問診を繰り返すような所へは行きたくなかった。しかしそれは第二の理由で、本当は遊ぶのに忙しくて歯医者通いは面倒だったというのが最大の理由である。友達と遊ぶ時間を割いてまで歯を治療したいとは思わず、徐々に進行していく虫歯を放置していたため最後には悲惨なことになってしまった。
人間には自然治癒力というものがあり、体調を崩しても怪我をしても回復するのであるが、歯だけは自然に治るものではない。理屈では解っていても痛みが去ると通院する気が失せてしまう。再び痛くなってくると通院すべきか悩むのであるが、痛い部分を氷で冷したり、正露丸を直接つめたりしているうちに痛みが治まり、再び通院する気が失せるという繰り返しだった。
最初は左上の奥歯に小さな穴が開いた。初期段階は冷たい物を口にすると、しみる程度だったが穴は徐々に大きくなり、ズキズキと痛み出した。それでも痛みには周期があり、一定時間を我慢していると嘘のように治まってしまう。それを繰り返しているうちに痛くなることがなくなってしまったので歯医者に行かずに放っておいた。もちろん虫歯は進行したままである。
それ以来、食べ物を噛むのは右側だけになったのだが、今度は右上の奥歯が腐り始めた。そこで痛みもなくなった左側で噛むようにしていたところ、今度は奥から二番目の歯が崩壊し始めた。次に噛むのを右側に戻していると右側の奥から二番目の歯が駄目になり・・・。だんだん噛む場所がなくなってきたので物を良く噛まずに飲み込む癖がついてしまった。
そんな状態になっても歯医者に行かず放置したまま生活していると、虫歯は前歯まで広がってきた。後で知ったことだが、虫歯はミュータンス菌によるもので ”菌” というくらいだから当然のことながら感染する。じつは、生まれたばかりの赤ちゃんの口の中には、虫歯菌(ミュータンス菌)はいないのだそうだ。もし、そのまま大人になれば虫歯で苦労することもない。
どうして虫歯菌が住みついてしまうのかというと、それは身近にいる親からもらってしまう。赤ちゃんが使うスプーンをうっかりなめたり、親の箸で一緒に食べさせたりすると虫歯菌が赤ちゃんの口の中に移っていくことになってしまう。虫歯になると 「丁寧に磨かないからだ!」 と叱られたものだが、実は親に原因があるので子供から 「お前のせいだ!」 と反撃されかねないのである。
そんなことはさて置き、前歯まで広がった虫歯は左側の犬歯を壊滅状態にしてしまった。すると土台を失って安定感を失ったためか、隣の挿し歯がとれてしまったのである。いよいよ歯医者に行くべきかとも思ったが、やはり面倒なので瞬間接着剤でくっつけてみた。接着剤の威力は絶大で見事に歯は固定されたのだが、少し斜めについてしまった。格好の良いものではなかったが、「まあいいや」 と再び放置。
それから少しして前歯の一本が折れてしまった。原因は虫歯が進行していたのはもちろんだが、ボキッと折れた直接の原因は喧嘩だった。殴り合いの喧嘩をしていて顔面にパンチをくらった時に弱っていた歯は衝撃に耐え切れずに、もろくも崩壊してしまったのである。折れた歯を再び瞬間接着剤でくっつけようと試みたが、断面が合わずにあえなく失敗に終わってしまった。
それから数日後、折れた歯の残りの中心部から何かがぶら下がっている。食べ物が詰まっているのかと思い、楊枝でコリコリしてみると異常な痛みが走る。何だろうと思いつつも気になってしかたないので爪ではさむようにして思い切り引っ張った。そのとたんに電流のような痛みが体を走り、脊髄までしびれた。今から考えると ”あれ” は神経だったのかもしれないが、痛みで三日間ほど寝込んでしまった。
ここまできたら、いよいよ歯医者・・・と普通の神経の持ち主であれば考えそうなものだが、『自分で神経を抜いた男』 はこんなことではめげないのである。それからも長らく歯科医の門をくぐることはなかった。笑うと前歯がなく、それ以外の歯もガタガタだったので、とても人様にお見せできるような姿ではなかったと思うが、本人は臆することもなく平気な顔をして生活していた。
そんな自分にも転機が訪れ、やむを得ぬ事情により二十数年ぶりに歯医者に通うことになった。ところがその歯医者というのが ・ ・ ・ ・ ・。 次週につづく。