豪傑列伝 その 1 豪傑列伝 その 1
男に生まれたからには豪傑 (ごうけつ) でありたいものだが、自分はと言えば細かいことを気にする性質 (たち) なので、豪傑という言葉には程遠かったりする。 寝ていても少しの物音で目が覚めたり、雷を恐がったりしているような男が豪傑である訳がない。
友人 A の父上はなかなかの豪傑ぶりだったが、「家を引っ張って動かした」 という話を聞いたとき、にわかには信じることができなかった。 なんでも道路が拡張されることになり、建てたばかりの家が道路計画を邪魔していたのだという。 現代人であれば国や市から立退き料をせしめて今よりも立派な家を新築するところだが、A の父上は 「家を移動する費用と人の力さえあれば良い」 と言ったらしい。
そこで派遣された人と父上の友人などが集まり、基礎部分の柱を切断して道路計画の邪魔にならない場所まで家にロープをかけて引っ張ったと言うのである。 その男気には感心したが、家を引っ張ったと言う話はどうも信じられず、その話を大笑いして聞いていたところ、友人は憮然として 「証拠の写真を持ってきてやる」 と言い放った。
「持ってこれるものなら持ってきてみろ」 と半分は冗談で言っていたところ、数日後に写真を持って現われた。 その中に写し出されている光景は、まさしく家にロープを回し、数十人の男達が力を込めて家を引っ張っている姿だった。 少し色あせた白黒の写真ではあったが、家を予定の場所まで移動した後で満足した雰囲気でニカニカ笑っている父上の顔が印象的だった。
友人 B の父上もなかなかの豪傑ぶりだった。 バスの運転手をされていたのだが、観光バスの運転をする際に同乗してくれるバスガイドさんが見つからないのが悩みだったようだ。 別に父上がセクハラ運転手だった訳ではなく、乗客に対する態度が悪いとか、もっと上手にガイドすべきだとか厳しく叱ってガイドさんを泣かせてしまうことが多く、誰も一緒に乗りたがらないのだそうだ。
最近は部下に嫌われたくないからと、叱らない上司や先輩が多くなったと聞くが、やはり注意すべきところは注意しなければならないだろう。 その点、たとえ嫌われようと乗客のことを思ってガイドさんを叱る父上は立派だと思う。 そういう人なのだから人間的にも厳格で立派な人なのだろうと思っていたのだが、実際には人を叱るくせに自分はメチャメチャなこともしていたらしい。
ある日、友人 B が車の助手席に彼女を乗せてドライブをしていて邪魔なバスを追い越したところ、その巡回バスを運転していたのは父上だった。 「あちゃ〜」 と思った友人が車のスピードを上げて逃げようとしたところ、バックミラーに映ったのは必死の形相で追いかけてくる父上の姿だった。 追いつかれてたまるかと、さらにスピードを上げても凄い勢いでバスが追いかけてくる。
巡回バスであるから停留所で停まるはずなのに、それも無視してゴゴゴーとバスが迫ってくる。 いくつ目かの信号でやっとの思いでバスを振り切って逃げることができたらしいのだが、その後に家に帰ると父上が平然とした顔をして新聞なんぞを読まれていたらしい。 「どうして追いかけてきた!?」 と聞くと、「どんな女の子か顔を見たかっただけだ」 と言ってのけたそうだ。
今であれば 『市バス運転手 白昼の暴走!』 などと、マスコミに取り上げられそうな話だが、昔は乗客も心が豊かだったのか、彼女の顔が見たくて停留所を無視しても笑って済ませる ”ゆとり” のようなものがあったのかもしれない。
見習って良いものやら悪いものやら微妙なところではあるが、豪傑な人たちの話は次回に続く・・・。
2005 / 04 / 09 (土) ¦ 固定リンク