以前の
雑感で 「電車内人間模様」 を書いたが、少し範囲を広げて駅構内を見渡すと、そこにはもっと様々な人がいる。電車内で見られるのは同じ車両に乗り合わせた人たちだけだが、ホームや駅構内には他の車両にいた人たちや、他の電車に乗車していた人もいる。
大阪駅のホームでよく見かける ”オバハン” はとても暑がりだ。皆がコートを着始める秋、電車内には暖房が入る。車内に設置されている温度計は 22℃を示しているのだが、そのオバハンにとっては暑いらしい。汗をダラダラ流しながらホームを歩き、最後尾にいる車掌さんに 「車内が熱すぎる!」 と抗議している。乗客のことを思って空調のスイッチを入れ、平均的に快適と思われるような温度を保っているわけだから文句を言われてさぞかし困っていることだろう。
そのオバハンは皆がコートを脱げずにいる春にも顔面に汗を噴き出しながら 「そろそろ暖房はいらない!」 と車掌さんに抗議していたし、ついこの前は 「そろそろ冷房が必要だ!」 と抗議していた。電車内にいる人の過半数以上が ”暑い” と感じているのであれば抗議も当然かと思うが、多くの人は暑過ぎるとは感じていない。自分が基準であるかのように 「みんなも暑いと思っているはずだ」 と延々と抗議している横を通過した時に 「そんなことはありませんよ」 と車掌さんに労いの言葉の一つもかけたくなってしまう。
駅構内は禁煙であるはずなのに電車から降りたとたんにタバコに火を付けて歩いている人を見かけることも多い。「駅構内は禁煙です」 という張り紙やアナウンスなど完全に無視している。駅の出入り口にある灰皿にタバコを捨てるのならまだしも、そのまま床に捨てて足でグリグリしたりしているのだ。駅員さんや業者の人が掃除をしているが 「おまえのための掃除係じゃない!」 と言ってやりたい気分である。
もっとたちの悪い奴はガムをそのまま吐き捨てたりする。これは簡単に掃除ができないので見ていても大変そうだ。床にこびり付いたガムを金属製の器具でコリコリ剥がしている。そういう苦労する姿を見て何とも思わないのだろうか。普通の神経の持ち主であれば 「迷惑をかけているんだな」 と思い、次からは気を付けるものだと思うのだが、一向にガムの数が減らないところを見ると普通の神経は持ち合わせてないらしい。
もう一つ嫌なのが ”タン吐きオヤジ” である。歩いている後ろで 「か〜〜っ!」 と聞えると思わず早足で逃げてしまう。その後の 「ぺっ!」 で自分の足元に吐かれたのではたまらないからだ。なぜ公衆の面前で醜い姿をさらすのか理解に苦しむ。ホームに立っていて線路に吐いているのはまだマシな方で、駅構内の通路とかでも平気で 「ぺっ!」 としているオヤジも多い。いったいどういう神経をしているのだろうか。
タバコの吸殻やガムを捨てるのも、タンやツバを吐くのも普通の神経だとはどうしても思えない。”公共の場” などとキレイ事を言う気はないが、自分の持ち物ではない建物の中で平気な顔をしてそういう事ができる神経とはどういう構造をしているのか解剖して顕微鏡で見てみたい気分である。そういう奴の家に行ってガムを床に吐き捨てたり、タンを吐いてやったらどういうリアクションを見せるのだろう。
機械の調子が悪くなるとすぐにバンバンと叩くのは関西人に多いらしい。自動販売機でもお釣が出てくるのが遅かったり、品物が出てこないと、とりあえずはバンバン叩いてみる。昔の電化製品は調子が悪くなると叩けば動く事も多かったが、最近の機械は精密部品の集合体であるわけだから、衝撃や振動を与えると余計に調子が悪くなるのである。
この前も自動改札機を通り抜けて歩いていると後ろで 「ばんっばんっ」 と音がする。何ごとかと振り返ってみるとオッサンが自動改札機の上を叩いているのである。そのオッサンは首をかしげながら今度は側面から 「ばんっばんっ」 と叩きだした。駅員さんがあわてて飛んできて 「どうしました?」 と聞くと 「切符が出てこない」 と怒っている。「定期券ですか?」 という質問に対して 「大阪から千里丘までの切符だ」 というお答え。「ここまでの切符なら出てきませんよ」 と言う駅員さんに向かって 「なぜだ?」 と問い詰める姿には思わず笑ってしまった。
駅員さんもさぞかし苦労が多いと思うが、先月の千里丘駅は修羅場と化していた。どこだかの駅で人身事故があったため、電車が遅れたのである。いつもならホームで電車が来るのを待つのだが、その日はすでに電車が止まっている。不審に思いながらも車内に入ると 「事故による遅れ」 とアナウンスが流れていた。さらには 「復旧の見通しは立っていない」 ともアナウンスされている。
ところがである。「復旧の見通しは立っていない」 と言っているにも関わらず、ホームにいる駅員さんを大勢の人が取り囲み、「何時になったら動くのだ!」 と詰め寄っている。見通しが立たないということは、何時になったら動くのか分からないということである。日本語も理解できないのだろうかと呆れてしまう。その駅員さんの責任で電車が遅れている訳でもないのに声を荒げて文句を言ってもしょうがないのである。
そういう人たちの対応に困り果てたのか、「快速電車は利用している線路が違うので、通常運行しています。お急ぎのお客様は反対のホームから茨木に行って快速電車をご利用ください」 というアナウンスが流れた。すると驚いたことに 90%くらいの人が反対側のホームに移動し始めたのである。「みんな真面目に遅刻しないで会社に行くんだな〜」 と思いながらガラガラになった車内で悠々と本を読んでいた。
見る見るうちに人が溢れてくる反対側のホームを見ていると、「お待たせしました。間もなく発車します」 というアナウンスが車内に響きわたり、ドアがプシュ〜と閉まる。電車がゴットンと動き出すのを見て反対のホームにいる人達は 「あ゛〜!」 と指さしながら叫んでいた。その後の駅員さんの運命を考えると恐ろしい反面、先ほどの光景を思い出して岸辺駅まで一人でニヤニヤしてしまったのである。
駅構内には嫌な人種ばかりいるのではない。つい先日のことだが、同じ車両に女子中学生が三人乗っていた。車内では男の子の話をしたり、子供のクセに 「ストレス溜まるわ〜」 などと言っていた。電車が千里丘駅に到着するとその女の子たちも降りたのだが、そのうちの一人が 「おとうちゃんや〜」 と大きな声で叫びながら走っていき、父親と腕を組みながら歩き出した。どうやら同じ電車に乗っていたらしい。
娘と再会した父親も 「お〜」 と言いながら腕を組まれてちょっと嬉しそうだった。今時の女子中学生は父親を嫌ってろくに口も利かず、外で会うと嫌なものだろうと思っていたし、自分も中学生のころは家の中以外で親と一緒にいるなど絶対に嫌だったのだが、その娘はニコニコしながら父親と腕を組んで歩いているのである。娘は友達に 「バイバイ」 と別れを告げ、父親と共に雑踏の中に消えていった。
その光景を見てなんとなく微笑ましい気分になり、仕事の疲れも消えたような感じがしたのである。