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雑感何となく感じたこと雑感何となく感じたこと

新年(齢) 新年(齢)

  新年が明けてしまった。子供の頃は正月は楽しい行事のひとつだったが、おっさんになると特に楽しくもなく粛々と迎える行事になってしまった。これでまた確実にひとつ歳を重ねるという意識の方が強いわけである。ここまできたら、それが憂鬱なわけでもないが「わーい、お正月だー」とはしゃいでばかりもいられないのである。

  以前の雑感で視力が衰えていないことを書いたが、最近は少しずつ衰えはじめているようだ。長時間 PCの画面を見ていると遠くの景色がぼやけて見える。初めての経験なので最初はその現象が理解できずに目をゴシゴシこすっていた。それが毎日続くため「もしや」と思い片目ずつで遠くを見ると右目が特にひどいのである。「遂にこの時が来たか」と少しがっかりしていたが、よく考えてみると過酷な条件のもとで酷使してきたのだから我が眼球もよくぞ長年耐えてくれたものだと感謝しなければいけないと思うようにしている。

  白髪も多いし腹も出ているので、どこからどう見ても間違いなく”おっさん”なのだが、それを自覚したのはほんの数年前からである。よく言えば気が若く、悪く言えば精神年齢が低いのか、年下の人とも違和感なく会話できていたつもりであるし、若い人が着ている服を見ても特に抵抗感はなかった。

  ところが数年前から若い人の会話が理解不能になってきた。最悪の場合は聞き取る事すらできない。耳まで遠くなったわけではないが、会話中に知らない単語や解読困難な略語が多く登場するため、脳の処理が追いつかなかったり、処理が停止してしまうのである。

  ファッションにしても最近は理解の範囲を超える格好をしている若い人を見る。梅田を歩いているとパンツ(ズボン)を腰よりも下に引っ掛け、まるでずり落ちたようにして履いている男の子を何人も見かける。パンツの股がヒザぐらいのところに来ており、とっても歩きづらそうなのだがそれはファッションであるらしい。3-4人固まって歩いているのを見るとまるでペンギンの群れのようである。

  昔「短足」と言えば屈辱的な欠点のひとつであったが、最近の若い人は確実に背も高く足も長い。電車などで隣り合わせになると若い人の腰が自分の腹くらいの位置にあってびっくりすることも多い。しかし、今のファッションであれば足の長さなどどうでもいいように思うのだが、今でもやはり足の長さを気にするのであろうか。それすらも理解する事ができない。

  感性や感覚が若い人と合わなくなってきていることも”おっさん”になった証拠であるが、体力や運動能力が衰えてきているのも”おっさん化”を自覚する要因になる。子供の頃は足も速く、瞬発力、跳躍力などどれをとってもクラスでは上の方だった。球技は好きではなかったが、スキー、スケートなどは下駄のようなものだった。

  一度自転車に乗ることができるようになると、二度とそれを忘れることはないと言う。何年間のブランクがあっても乗る気になれば乗れるものらしい。実際に 10年間ほど自転車に乗っていなかった時期があるが、10年後に何の苦労もなく乗れることができた。

  それと同じようにスキーやスケートも感覚的には覚えているし、イメージでは簡単に滑ることができるような気がしている。しかし、現実にはイメージ通りにはいかないのかも知れない。頭の中にある感覚はあくまでも当時のものなので、当時のままの体形、体重、体力でなければならない。体形も変わり、体重も増え、体力が衰えた現在ではイメージ通りにいくはずがないと弱気になっている。

  去年あった選挙で近所の小学校に投票に行ったとき、投票を終えて校舎から外に出た瞬間に鉄棒が目に飛び込んできた。その時に「今でも逆上がりができるのだろうか?」という疑問がふと過ぎったのである。子供の頃は逆上がりなど朝飯前だったので感覚的にはできそうな感じだ。

  おもむろに鉄棒を握り、当時の感覚のまま逆上がりを試みた。・・・が、それは失敗に終わってしまった。自分の体はイメージとはかけ離れて重く、腕の力は衰えている。「こ、こんなはずでは・・・」と鉄棒を握ったまましばし呆然としていた。逆上がりができなくなってしまった事に少しうろたえてしまったが、すぐ気を取り直してイメージを修正した。地面を蹴る強さ、腕で体を引き寄せるタイミングを現在の体重、筋力に置き換えて二度目の挑戦である。

  一度は失敗した逆上がりであるが、二度目ですぐに成功することができたので、やはり体が覚えているようだ。ざま〜みろ!と鉄棒に向って胸を張ってやった。このようにすぐに修正して感覚を取り戻せるのであればスキーだってスケートだってできるはずである。しかし、転んで怪我でもしたらと考えるとちょっとスキーやスケートは・・・などと思ってしまう。

  そんなことに臆病になってしまうのも”おっさん化”した証拠だったりするのかもしれない。

2002 / 01 / 06 (日) ¦ 固定リンク


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