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雑感何となく感じたこと雑感何となく感じたこと

中途半端 中途半端

 なんだか最近は中途半端なことが多い。最近になって特に気になるのが”報道”に関してである。

 小学校の頃、文書を書く際には 5W1H つまり、いつ(When)どこで(Where)誰が(Who)何を(What)なぜ(Why)どのように(How)したのかを盛り込まなければならない。と教えられ、新聞記事などの報道に関する文書がお手本と教えられた記憶がある。

 しかし、最近の報道は新聞に限らず TV ニュースや週刊誌も含めて 5W1H を守っているとは思えない。発行部数や視聴率を優先するあまり、話題性に富んだ事件や事故は”発生”した事実しか判明しておらず、原因や犯人、それからどのようになったのかを伝えることが極端に少なくなっているように思う。

 事故の場合は別として、事件の場合は個人のプライバシーに関わる部分もあると思うので、報道したくてもできないことがあるのは理解できる。とくに自殺に関しては、「なぜ(Why)」を解き明かすのは本人が亡くなっているため不可能に近いだろうと思われる。しかし、それ以外の事件に関しては話題性や速報性を優先するあまりに見聞きしても理解できない事が多い。

 「今日(いつ(When))、??県??市(どこで(Where))で殺人事件(何を(What))がありました。殺された方の身元((Who)誰が)は不明、犯人((Who)誰が)は逃走中で、犯行の動機(なぜ(Why))も解っておりません。凶器も発見しておらず死亡原因(どのように(How)した)も不明のままです。」

 これは報道なのだろうか?文書的には 5W1H が含まれているが、その多くは”不明”のままになっている。そして、VTR では目撃者の生々しい声や映像が映し出される。被害者の身元が判明した場合は、その他の情報が不明のままなのに葬儀の場にカメラが侵入し、親族が嘆き悲しんでいる様を放映する。まるで一昔前のワイドショーのようだ。

 確かに素早く報道する事によって被害者の身元や犯人の情報を世間から広く集めるということに役立っているのかもしれないが、被害者の親族にインタビューする必要性はどこにあるのだろうか。

 話題性重視、視聴率重視、発行部数重視になるのは、ある程度許容するとしても、さらに新しい”ネタ”があると、以前に起こった事件の経過や結末が不明のまま終わる事も多いのには納得できない。憶測や事実確認もしていない報道をしている芸能関係を”ネタ”にした TV 番組や雑誌が「報道の自由」を盾に横行しているのにもムシズが走る。

 本当に報道関係者と自覚しているのであれば、間違った報道をしたときには「お詫び」や「訂正」を発表すべきだと思うし、関係者にも謝罪すべきだと思う。「ペンは剣よりも強し」というが、今や「ペンは権よりも強し」という状況にある。

 人は”うわさ話”が好きで、興味をもってしまうので仕方ない部分も大いにあるが、このような中途半端な状況が良い事だと素直に受け入れられないのもまた事実である。

2000 / 12 / 23 (土) ¦ 固定リンク


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