ジャッジ

多少のテロや暴動はあれど、今日のところまで北京オリンピックは順調に競技が進み、開催期間も競技数も残り半分くらいになった。 聖火ランナーの妨害に始まり、何だか波乱含みの大会となってしまい、中国での開催は時期尚早だったのではないかという意見まで飛び出しているが、東京オリンピックが開催された日本も当時は世界から同じことが言われていた。

従って中国のオリンピックも無事に終わってほしいと願うし、これをきっかけに発展していただきたいとも思うが、日本とは決定的な違いがある。 ひとつは民主主義が根付いた日本とは異なり中国共産党の一党支配が続く社会主義国である点と、もうひとつは公正な目と潔さに欠ける点である。

今大会では本番が始まる前からハンドボールでの 『中東の笛』 が問題となり、アジア予選が無効になるという事態にまで発展したが、大会が始まってみると中国よりのジャッジの何と多いことか。 もともと官僚腐敗が進んで不正と賄賂の授受が半ば公然と行われるような国で厳格な審査や公正を求めること自体が無理なのかもしれないが、あまにりも目に余るのではないだろうか。

男子バレーの日本 vs. 中国では思わず 「はぁ!?」 と言いたくなるようなラインズマンの判定が多発していた。 明らかに入っている日本側のボールをアウト判定したり、逆に明らかにアウトになっている中国側のボールをインと判定したりするのは序の口で、中国側のスパイクが外れると日本側にワンタッチがあったと判定したりと本当にメチャクチャだ。

それでも主審が偉い人で、そんな中国のラインズマンを信用しておらず、何度も何度も判定をくつがえす公正なジャッジに努めてくれていた。 それでもすべてをフォローできるはずもなく、おかしな判定がそのまま通ってしまうことも何度かあった。 結果的にどんなに公正なジャッジをしようとも日本が中国に負けていたとは思うが、何だか見ていて気分が悪くなってしまった。

その男子バレーは顕著な例だが、その他の競技でもかなり中国選手に有利な判定が散見される。 速さや高さ、飛距離を争う競技に不正が入り込む余地は少ないが、芸術点だの闘志だのと主観に左右されやすいポイントが重要になる競技では他国の選手が圧倒的に不利である。

審判といえども人の子、他国より自国の選手を有利にしたくなる気持ちは分からないでもないが、あまりにも露骨すぎると国民性はおろか、国家の品格までを全世界に疑われてしまう。 目に余るような行き過ぎた行為は止めておいたほうが良いと思うのだが、個人主義の塊である中国という国家に対しては他国への配慮とか協調などはおろか、公正な判断すら望むのは難しいのかもしれない。

日本国民は真面目すぎるくらいに真面目で、自国で開催される競技では世界に恥じぬ厳格なまでの公正さを求める余り、かえって自国の選手に対して厳しく不利な判定をしてしまうくらいなので日本の選手は大変だと思うし、他国の審判のジャッジに納得できないことも多いと思うが、日本人であることを誇りに思っていただきたい。

残り半分の競技においても偏った判定を中国が続けた場合、中国でオリンピックが開催されたことに対して、またはその後の中国や中国国民に対して世界はどういうジャッジを下すのだろう。