学校祭の余韻を味わうこともなく、ただダラダラとした学校生活が続く。 今にして思えば当時は何を考え、何を楽しみに生活していたのかさっぱり分からない。 授業もまじめに受けず、寝てばかりいたような気もするし、クラブ活動に専念する訳でもなく、虚無な時間を過ごしていたような気がする。
基本的に友達と遊べるので学校は嫌いではなかったが、勉強をする気などさらさらなく、毎日のように遅刻して到着し、授業中は死んだように眠ったり、ボ~っとしながら無益な時間を過ごし、休み時間や放課後に全てのエネルギーを注ぎ込んでいた。 マサルやノブアキと持て余す体力を発散させ、毎日ヘトヘトになるまで遊んでいたような気がする。
当時、ノブアキの家は学校のすぐ近くにあり、学校帰りに寄って遊ぶことも多かった。 ノブアキの父君がゴルフをされており、そのクラブや練習用の遠くまで飛ばないボールなどがあったので、誰が遠くまで飛ばせるかを競い、順番にではあったが何時間もボールを打ち続けたりしたこともある。 よくもまあ、飽きなかったものだと感心するのと同時に、その当時の体力を少し分けてほしいとすら思う。
ある日、ノブアキの家の外に置いてあったポリバケツのフタが、投げるとフリスビーのように飛ぶことに気付き、三人でキャッチボールならぬキャッチフリスビーをして遊んでいた。 だんだんとコツをつかむようになり、カーブやらシュートやらを折りまぜたりしてエスカレートしてきた。
そして、マサルの手から離れたバケツのフタは、空に見事な弧を描きながらノブアキから逸れて行き、側にあったブロック塀に向って進む。 それを何とかキャッチしようと塀に気付かず身を躍らせるノブアキ。 手を一杯に伸ばし、フタに触れたのと右手が塀に激突するのは同時だった。
どういうタイミングでそれが起こるのか分からないが、ノブアキの右手の小指は熟れた果実が弾けたように裂傷してしまった。 切り傷とは明らかに異なる傷口からは、今までに見たこともないような量の血が流れ出し、事の重大さを物語っている。 慌てふためいたマサルと自分は、家の人に知らせて医者に連れて行かなければと玄関に転げ込む。
在宅していたのはノブアキの御祖母様一人だったので 「大変なことになった」 と伝えると、「ありゃ~」 とのんびり構えていらっしゃる。 今の世の中であれば、「大切な孫に何と言うことを」 などと言って大問題になるところだろうが、当時は子供が怪我をすることなど当り前で、多くの子育てを経験された御祖母様にとって慌てるような事態ではなかったのかも知れない。
救急車を呼んだのか、タクシーで病院に向わせたのか、はっきりとした記憶は残っていないのだが、とにかくノブアキが運ばれて行った後に残ったマサルと自分に御祖母様が 「よかったら食べなさい」 と切り分けたたくさんのスイカを運んでこられた。 たった今、大量に流れ出る血を見たばかりなので、赤々としたスイカは食べる気になれなかったが、一切れだけ御馳走になった。
そして、自分にも責任があると感じているマサルと二人、トボトボと家路についた。 いったいどれほどの大怪我なのか心配でならなかったが、ノブアキは翌日から元気に登校してきており、何針も縫うことになってしまったが指は大丈夫だと聞かされてほっと胸をなでおろす。
当時ノブアキと交際していた女の子を 「ノブアキの指は一生うごかないかもしれない」 などと言ってビビらせたり、怪我をした状況を身振り手振りを交えて面白おかしく友達に説明したりと、自分達の責任などコロッと忘れて普段の生活に戻っていく。
暴れられないノブアキをよそに、マサルと自分は落ちていた空き缶を蹴りながら、何の目的がある訳でもなく、ただ蹴りながら、何となく自分が先に止めるのがくやしくて、ただひたすら蹴りながら、お互いに口も利かずに缶をパスしながら交互に蹴り続けながら下校したりもした。
本当に虚無で無益な毎日を過ごしていたものである。