巣立ちの時

北海道に帰ってきた時にはまだ中学生だったとなりの店マユちゃんも巣立ちの時を迎えた。

英語か習字を一緒に習っていた縁なのか分からないが、どういう訳だか下級生の女の子が毎朝迎えに来て一緒に通学するという中学生活で、毎朝の散歩の途中で顔を合わせるとニコニコとまぶしい笑顔で挨拶してくれたマユちゃん。

裏の自家菜園でできた採れたて野菜を持ってきてくれたり、ドライブがてらに狩ってきたイチゴ、店のお客さんからいただいた野菜などのお裾分けをニコニコ笑顔で持ってきてくれたマユちゃん。

高校生になってもグレることなく明るいままで、こちらが気づかなくても姿を見かけると大きな声で挨拶してくれたし、通学のため駅に向かう自転車で、元気に挨拶しながら散歩中の自分たちを追い越して行ったマユちゃん。

生まれた直後に両親が離婚したため父親の顔を見ずに生きてきたが、母親である妹ちゃん、伯父であるお兄ちゃん、祖父母であるお父さんとお母さんの愛を一身に受けて明るく元気に真っ直ぐ育ったマユちゃん。

そんな彼女がとうとう巣立って行く。

専門学校生となるのでまだまだ親掛かりではあるものの、生まれ育った家を出ての一人暮らし、自炊生活がいよいよ始まる。

就職活動、大学入学試験などがあるので年が明けた 1月から 3年生には学校の授業がなく、すでに美容学校への入学が決定していたマユちゃんにとっては事実上の休みに等しい。

その 1月はずっとマユちゃんの姿が見えず、とても心配しており 2月になって帰ってきたときは心底安心したものだが、その不在だった理由を妹ちゃんから聞いてきたお買い物日記』 担当者によると、校則が厳しく在学中は自動車の運転免許を取得することができなかったので、時間が自由になる短い期間に取ってしまおうと合宿免許に参加していたのだそうだ。

隣の誰かが夜な夜な外出し、主に妹ちゃんが乗っている車がいつもなくなっている日が続き、親戚かなにか体調の悪い人を看病に行っているのだろうかと 『お買い物日記』 担当者と話していたが、それも免許を取得したマユちゃんが運転の練習のために、毎晩妹ちゃんと車で出かけているのだということが同時に判明し、色々と心配したり疑問だったことがいっぺんに片付いた。

余計な心配を勝手にしていただけなので隣の一家には何の関係もないのだが、まるで我が子のことのように隣に住むオッチャンとオバチャンは気を揉んでいたのである。

ずっと笑顔で接してくれたマユちゃんが高校を卒業して家を出て、違う土地で一人暮らしを始める節目ということで、親戚でも縁戚でもないのは重々承知の上だが何かしてあげたいと思い、卒業祝いのプレゼントを購入した。

そして卒業式の日を迎えてもどうやって何のタイミングで渡すのかは決めておらず、2週間ほど部屋の中に置きっぱなしにしていたが、翌週の火曜日、買い物に出かけるついでにマユちゃんに直接手渡すことができた。

店のお客さんからも色々と戴き物を受け取ることが多いので、そういう時は妙な遠慮をすることなく満面の笑みで気持ち良く受け取ってくれる。

しかし、何の変哲もないコンビニのレジ袋に包装することなく無造作に入れたお菓子の下にはちょっとだけ高価なプレゼントを潜ませておいた。

高価と言っても高校の卒業祝いとして無難な線で、決して常識はずれな金額のものではなく、送り主が赤の他人でなければ妥当なところだと思われる。

が、やはり赤の他人からだと気兼ねするらしく、買い物から帰ってくると妹ちゃんとマユちゃんが二人揃い、あらためてお礼を言いに来てくれた。

しかし、本当に遠慮せず、気兼ねなく受け取ってプレゼントしたものを使ってほしい。

マユちゃんには金額なんかでは換算できないほど楽しい気分、幸せな気分にしてもらったし、祖父母や親と同じ道を歩むと決断してくれたことに他人事ながら本当に感謝している。

隣のオッチャンとオバチャンは、いつかマユちゃんが店を継いでくれたなら、一番最初のお客さんになろうと思ったりしているのである。

マユちゃんの巣立ちの時、それは明日・・・。

目が覚める頃には家を出てしまっているかもしれない。

大きく大きく羽ばたいてほしいと心から願っている。