北方見聞録 2012-2

先週からの続き

翌日はバス時間に余裕があったので、チェックアウト時間をいっぱいに使って部屋を出て、車内で食べる昼ご飯を調達してから実家への土産物などを物色し、北へ向かうバスに乗り込む。

昼ご飯を食べる以外は本を読んだりスマホのゲームをしたりしていたが、その大半は寝て過ごす車内、それでも故郷までこの身を運んでくれる。

現在住んでいる町よりも、札幌よりも故郷は北に位置し、冬は極寒の地で知られる場所であるにも関わらず、その日は信じられないほど異常な暑さで目がくらむ。

実家に着くと室内も異常な暑さだったので、客間の窓を開放したが普段は使わない部屋なので網戸がなく、夜になれば虫の巣窟となって全身刺されまくるのではないかと思われたので、夜の外食の後に蚊取り線香を購入することにした。

家にいても暑いだけなので早々に外出し、日本食レストランに入る。

ここ数年は食べる量を減らしているので外食で出される量が多くて食べるのに必死であり、母親も 『お買い物日記』 担当者も食べきれずに残す中、何とか完食することができたが、後にそれを後悔することに。

店を出てドラッグストアに寄り、蚊取り線香を購入するが、2泊しかしないので最小数量のものを探すとナショナルブランド品ではなく、プライベートブランド品に 10ロールのものがあったのでそれを選択した。

帰宅すると早々に蚊取り線香に火をつけ、寝室の害虫駆除を開始。

酒を飲み始めると肴が山ほど用意されている。

とても一人では、いや、二人だろうと三人だろうと食べきれるはずのない量だったので胃薬を服用しながら必死に食べたが、晩御飯を一人だけ完食してしまったことが災いし、なかなか腹に入って行かない。

長い時間をかけて食べはしたが、やはり食べきれなかったので翌日に持ち越しすることにした。

就寝しようと客間に行くと、安物の蚊取り線香だからか呼吸困難になるほどの煙と臭いで大変なことになっている。

こんな環境では蚊も生きていられるはずはなかろうと火を消して布団に入ったが、強烈な臭いが気になり、酔っているにもかかわらずなかなか寝付けなかった。

翌日、写真館に行って何の記念でもない写真を撮影してもらう。

何の記念でもないが、目的ははっきりしていて、実は前日の夜に家族で話し合い、遺影にするための写真を撮影しておこうということになったのである。

数年前に義兄が亡くなった際、遺影に使えそうなニッコリと笑っている写真がなくて困った経験があり、結果的に緊張した面持ちの証明写真が遺影となってしまったことを、もう老い先短くなっただの葬儀社はここが良いだの最後は葬式をせず家族だけで見送ってほしいだの言い出した母親に言ったところ、実は父親の遺影も同じで、運転免許証の写真を使ったとのことだったので、この際だから全員で遺影に使える写真をスタジオで撮影してもらおうということになった。

そして、三人揃ってアホみたいにニッカニカと笑った写真撮影に成功し、これでいつ誰が死んでも遺影に困ることはないと安堵しつつ、全国的にもスイーツが有名な喫茶店に入って昼食にする。

喫茶店といえばあっても軽食だろうとたかをくくっていたら、やはりでてくる食事の量が多く、再び腹が割れそうになるくらい食べた後、ネットで超有名になったスイーツを購入して帰宅。

そのままダラダラ過ごし、少し腹に余裕ができたところでスイーツを食べ、またゴロゴロしたりシャワーを浴びたりしているうちに日が沈んだ。

母親はその日の夜も外食するつもりでいたが、これ以上の暴食には胃が耐えられないと思われたので、昨日の夜に残した酒の肴と、今夜の分として用意されていた肴をおかずに米だけ炊いて食べることにした。

それでも食べきれる量ではなかったので相当量を残すことになってしまったこともあって、次回から用意するのは半量で良いと母親に伝える。

その後は酒を呑みながら将来について母親と少し話す。

将来といっても互いに歳なので明るい未来について語った訳ではなく、基本的に生活パターンが違いすぎるので今は一緒に暮らせない、暮らしたくないのでギリギリまで一人で頑張れと励まし、いよいよ体が弱ったり足腰が立たなくなったら同居するから心配するなと伝え、それまでは同じ町に暮らす一歳違いの叔母と助けあって暮らすように言い渡して就寝した。

そして翌日、午前中に高速バスに乗って札幌へ。

札幌では駅周辺をウロウロしたが、物欲がないので買いたいものも見ておきたいものもなく、ただただ徘徊するだけの怪しい二人となってしまった。

夕方に高速バスに乗り込み、ただ惰眠を貪っているうちに今住む町に到着した。

この町も夜だというのに暑く、最初から最後まで暑いことだけが深く記憶に残る旅になってしまったことを思い返しながら近所の店で晩御飯を調達して帰宅。

それから先はドッと疲れが出て、何をしていたのか記憶が定かではない。