マサルノコト scene 29

マサルノコト目次

若い頃はとにかく酒を呑んだ。

以前から何度も書いている通り、子供の頃から真面目一本だったマサルは大人になってからもタバコやバクチには無縁だったが、酒だけはよく呑んだ。

自分もそうだが酒に飲まれることはなく、かなり量が進んでも乱れず言語明瞭で、人からは飲み方が足りないと言われることもしばしばであり、滅多なことでは記憶をなくしたりしないタイプなのはマサルも同じだった。

マサルが遊びにきても、帰省して田舎で会っても常に酒を酌み交わし、朝方まで盛り上がったものである。

自分の住む町にマサルが遊びに来た際、家族のように接してもらっていた行きつけの焼き鳥屋で一升ずつ日本酒を呑んだこともあった。

夫婦で切り盛りしている店の一角にある小上がりは、普段は使用されずに夫婦の荷物置場になっているのだが、落ち着いて呑みたいと座敷に上がりこんで料理に舌鼓を打ちながら酒を流し込む。

ひとしきり話をして会話が途切れたところでふと見ると、将棋盤と駒のセットがあった。

マサルも自分も将棋の駒の動かし方くらいは知っているが、そんなに詳しい訳でも本将棋が好きな訳でもなく、おまけに乱れないとは言え酒に酔った状態でまともに指せるはずもないので、子供の頃を懐かしんで将棋崩しなどをやりはじめた。

知っての通り、将棋崩しというのは盤の中央に駒を積み、音を立てずに端まで移動させた駒を自分のものとして、どちらがたくさん取れるのかを競うものだ。

二人とも酔っているので細かな作業をするのが難しく、おまけに酒で三半規管がマヒしかかっているので少しくらいの音がしても聞こえやしない。

まともな勝負などできる状態ではないが、これも酔った勢いなのか、互いにブツブツと文句を言いながら何度も何度も勝負を続け、時間の経過と共に酒も進むので、どんどん判定があいまいになってくるという訳の分からないことになった。

そして、気づけば空になった一升びんが二本、畳の上に転がっていたという訳である。

それが若さのピークであり、それからは体力も下り坂を転げ落ちるように減退してしまったので、朝まで呑み続けるパワーもなく、酔いが回るのも早くなり、酒の量は増えるどころか減っていくという誠に経済的な体になった。

マサルと最後に酒を呑んだのは、もう10年以上も前のことだろうか。

いや、もしかすると15年以上前になるかもしれない。

ここ数年間は電話ですらまともに話しをしていないが、この歳になって酒を酌み交わしたらどうなってしまうのだろう。

もしかすると、小一時間もすれば料理で腹が満たされ、日本酒でも飲もうものならすぐにベロベロになってしまい、ろくに会話が成立しないかも知れない。