あれはいくつくらいの時の記憶だろう。
その日は午後から雪が降り、夜にはすっかり雪景色となって道路には幾筋もの自動車のタイヤの跡が伸びて大蛇のように見える。
両親が共稼ぎをしていたため仕事中に面倒を見てくれていた老夫婦の家からの帰りだろうか。
ひどく母親は不機嫌だった。
自転車の後ろの荷台から話しかけても返事はなく、ただガシガシとペダルを踏み、雪の中を少しよろけながら自転車は進む。
自分が何かやらかしてしまったので怒っているのか、職場で嫌なことがあって機嫌が悪いのか理由は分からないが、とにかく怒りのオーラが背中から立ちのぼっているように見える。
幼いながらも、こんな日は何を言っても無駄であり、まともに会話などしてくれないことを十分に思い知らされていた自分は、老夫婦の家から持ち帰ったオモチャを手に気を紛らわせていた。
自転車が揺れたのか手を滑らせたのか定かではないが、遊んでいたオモチャが手から離れて落下し、白く積もる雪に穴をあけた。
母親にとまってほしいと言ったが聞き入れられず、自転車は先へ先へと進んで雪にできた穴はどんどん遠くなる。
もう一度とまってくれるように言ったが母親は返事もしない。
たぶんお気に入りのオモチャだったのだろう、動いている自転車の荷台からズリズリと滑り落ちるように着地し、よろけてお尻をしこたま打った。
お尻が痛いやら、オモチャがなくなって悔しいやら、母親が口を聞いてくれないのが悲しいやらで大泣きしながら、それでも這いつくばって落としたオモチャを必死に探した。
異変に気づいて母親が引き返して来たが、一緒に探してくれる訳ではなく鬼のような顔をしたまま無言で腕をつかんで自転車に乗せようとする。
どうしてもオモチャを探したかったので必死に抵抗すると、母親の目がますます吊り上がり、それまでの倍以上の力で腕を引っ張って幼い体を振り回す。
そんな母親と家に帰るのが嫌だったのか、どうしてもオモチャを探したかったのか覚えていないが、自分も負けじと抵抗していた記憶がある。
その後、オモチャを探すことができたのか、どうやって帰ったのかまでの記憶はなく、ただ悲しくて泣きながら抵抗しているまでの記憶だ。
あれはいくつの時の記憶だろう。
そしてあの日、なぜ母親は機嫌が悪かったのだろう。