リアクション

長いこと生きていると、リアクションに困る状況が少なからずおとずれるものである。 以前の雑感にも書いたが、電車の指定席がとれず、帰省先から帰れないというアホみたいな理由で会社を休んだ女子社員からの電話連絡を受けたときもそうだった。

本来であればガツンと叱らなければいけないのだろうが、あまりにもアホらしく、馬鹿馬鹿しい理由を聞かされて唖然としてしまい、叱る気にもならなかったのは、文字通り ”開いた口がふさがらない” という状況に陥ってしまったためだ。

その電話を横で聞いていたであろう彼女の親も、そんなことは仕事を休む理由にならないことを諭したりしないのであろうか。 可愛い我が娘が満員電車で立ったまま揺られて帰るのが忍びなく、「そこまでするくらいなら仕事を休んでもう一泊していきなさい」 とでも言ったのだろうか。

これも以前の雑感に書いたことだが、嘘をついてまで自慢話をする男がいた。 その男を含めた数人で酒を飲んでいたとき、ヒゲを剃るのはカミソリ派か、シェーバー(電気ひげ剃り機) 派かという話題になり、自分はシェーバー派だと応えると、「シェーバーでまともに剃れる?」 と聞かれたので 「剃れるよ」 と答えた。 すると、その男は 「嘘だね~。前に途中で止まって剃れなかったの知ってるもんね~」 と勝ち誇ったように言い放つ。

確かに、その男が家に来ていたとき、急な仕事の呼び出しがあったので慌ててヒゲを剃っていたところ、途中で充電が切れてしまい、あごヒゲを剃ることができなかったことがある。 しかし、それは電気ひげ剃り機なのだから、電気がなくなれば剃れなくなるのは当然のことであり、『まともに剃れるか』 という質問に対して 『剃れる』 と答えたことが嘘だという結果には繋がらないはずだ。

その男の嘘を何度も指摘していたので、まるで鬼の首でも取ったかのように責めてくる姿を見て哀れに思い、少しリアクションに困っていると、その嬉々とした態度に拍車がかかり、まるで自分が罪人であるかのように責め立ててくる。 あまりにもしつこいので先に述べたように、電気がなくなれば剃れなくなるのは当然のことであると言ってやった。

すると、一緒に飲んでいた仲間も同じように思っていたらしく、みんな一様に 「そうだ、そうだ」 と言い、それは嘘ではなく、当然のことであるという結論に至り、今度は今までギャーギャーと騒いでいた男がリアクションに困ってシュンとすることになった。

ある日、知人の紹介で職場を訪ねてきた人と会ってみると、どうやら以前に会ったことのある人と知り合いみたいで、「お噂はかねがね・・・」 などと言う社交辞令的会話が開始され、そういうことが苦手な自分は 「いやいや」 とか 「まあまあ」 などと適当な返事をしていた。 そして 「あまり良い噂じゃないでしょうけど」 と返すと、「いえいえ良くキレる方だと・・・」 と言ってくる。

それは、キレ者であるという、最大級の社交辞令的誉め言葉だったのだが、自分の脳は通常と異なる回路に接続してしまい、当時、社会問題化していた 『キレやすい子供たち』 に象徴される、”ぶちギレ” の意味の 『良くキレる』。 つまり、子供たちと同じく 『キレやすい』 と解釈してしまった。 確かに当時は出入り業者にクレームを言ったり、時には怒ったりする仕事上の立場だったのである。

その言葉を受けての第一リアクションは 「いえいえ、そんなことは・・・」 だったので、一応はつじつまが合う。 しかし、次に 「いや、そうかもしれませんね」 などと答えてしまったものだから、その場の空気が変なものになってしまった。

その人は 「は?」 と言ったまま固まっている。 きっと頭の中で (こいつ、ちょっと誉めたら認めやがった~!) と叫んでいたことだろう。 自分も 「え?」 と言ったまま固まっていた。 頭の中では (なんなのだ、どうしたというのだ) という疑問が次々に浮かんでは消える。

何だか妙な雰囲気になってしまったその場は、お互いが 「あははは」 と力なく笑って取り繕い、そそくさと仕事の話を始めたりしたのであった。