本音

官僚が 『年越し派遣村』 に関して 「本当にまじめに働こうとしている人たちが集まってきているのか」 と発言したことが問題となり、マスコミがギャーギャー騒いだ結果、謝罪するに至るという誠に日本的な結末になったのは実に浪花節的である。

しかし、官僚の言ったことには一理あり、少し言い方を間違えただけで 「まじめに働こうとしている人たち “だけ” が」 とすれば何の問題もなく、むしろ派遣村で起こっていた問題点を的確に世に知らしめる結果となって賞賛に値する内容だったのではないかとさえ思える。

集まった 500人とも 600人とも言われる人の全てが派遣切りの憂き目を見て不幸な環境におかれていたとは思えず、寝床と食料にありつけるという理由から、もともと働く気がないホームレスだって相当数が紛れ込んでいたと思われる。

1995年に発生した阪神・淡路大震災の時だってそうだったが、神戸に行けば少なくとも屋根のある避難場所で寝泊りでき、三食昼寝つきで一週間に一度くらいは入浴もできることが分かると、被災者でもないのに大勢の人が神戸に向かい、大阪のホームレスの数が激減した事実がある。

派遣切りに遭ったのは事実だろうが、何らかの事情で派遣契約しかできなかった人ばかりではなく、自由に転職でき、自由に働く期間を決められることを望んで派遣登録していた人も大勢いるはずであり、それを楽しんだり謳歌していたくせに、いざこのような事態になると態度を変え、派遣村に紛れ込んで 「けしからん」 とか 「自分は弱者だ」 と騒いでいる人もいるはずだ。

官僚が言った 「学生運動的な戦略のようなものが垣間見える」 との発言も、ある程度は的を得ていると納得できるシーン、それは、協力を要請されて厚労省が施設を緊急避難所として開放する決断を下した結果に対して 「感謝します」 ではなく 「評価する」 と言い放つ姿がテレビに映し出されていた件であり、何様のつもりかと胸ぐらをつかんで問いただしたくなってしまう。

その物言いは完全に学生運動的、政治活動家的なものであり、本人が否定したとて他人にそういう印象を持たれてもなんら不思議ではない発言、態度の人が主たる役割を果たして組織化され、派遣村が形成されていたとすれば 『学生運動的な戦略』 と見なされ、または警戒されるのは当然だ。

実際に派遣村でリーダー的な役割を果たしていた人の中には政治活動家も多くおり、貧困層に政治思想を植え付ける活動を行っていたという指摘も様々な方面で広く語られていた訳であるから、マスコミがその情報をキャッチできていないはずはなく、万が一キャッチできていない程度の情報収集能力であるとするならば 「報道なんかやめてしまえ」 と言いたい。

そんな事実すら勘案せずに (派遣村の住人 = 弱者) > ((派遣切り企業 + 政治)= 悪者) という図式を一方的に組み立て、弱者保護、間違った正義感丸出しに騒ぎ立てて世論をミスリードしているのは罪ではないのかとすら思えてくる。

人材派遣に関する規制緩和の行き過ぎ、小泉政権時代の負の遺産などとアホみたいに吠えているが、そうしなければ日本企業はグローバル市場で戦えなかったのは事実であり、もし製造業への派遣を規制しようものなら、過去のアメリカのように製造業が海外にシフトして日本国内から産業が消え失せ、結果的に大きく雇用を失う結果となるのは自明の理であろう。

問題視された官僚の発言は本音だったと思われるが、それが本当に問題だったのかどうか、マスコミは派遣村に集まった多くの人に取材して、なんちゃって弱者がいなかったのか、妙な思想家はいなかったのかを調べてから報道すべきだっただろう。