デジタル化の波 Signal-18

デジタル化の波 ~目次~

以前に何度もデジタル化に関して書いているが、やはり映像、音楽のデジタル化に関しては世の中を劇的に変えたインパクトを持つものと思われる。

このブログや無数にあるWebページ、Facebook や Twitter など文字のデジタル化によって変わったことも多く、メディアのあり方までも大きく変えようとしているが、文字が発明され、石に刻まれることによって後世に歴史を継承できるようになり、それが紙に書かれるようになって印刷できるようになったことから書物として保存され、活字が生まれて書物の数が増え、ワープロの登場によって文字が電子化されて磁気テープ、フロッピーディスク、ハードドライブ、USBメモリー、クラウドサービスと保管場所が莫大な容量を持つところに置き換わったように、それは太古の昔から脈々と受け継がれる文字文化の変遷の一部でしかない。

しかし、音楽・音声や映像のデジタル化は、世に初めて蓄音機が登場した時のような、初めてラジオが登場して遠く離れたところで話している声が送り届けられた時のような、そして何より初めてテレビが発明されたときと似たインパクトを持つ。

古代文明から伝わる文字の歴史と比較すると音声が電波に乗ったのは 1900年、デジタル化され CDになったのは 1982年と、まだ 100年程度の歴史しかない。

それが映像となれば動画を電波で送受信できるようになったのは 1926年、動画のデジタル化に成功したのは 1983年と、また 80年程度のことだ。

文字が何千年もかけて進化してきたのと比較すると 1/10、1/100というごく短期間で劇的に進化しているが、人間というのは慣れるのが早いもので、今ではそれが当たり前のことになって誰もその恩恵をありがたいと思ってはいない。

少し前のことになるが、『<a href=”https://senrioka-info.net/1_nikki/”>お買い物日記</a>』 担当者が ATMの順番待ちをしている際、小さな子どもを連れた母親が前に並んでおり、待ち時間が長くなってきたものだから退屈した子どもがグズりだしたらしいのだが、母親はバッグからスマホを取り出し、ササッと操作してアニメを再生すると子どもは大人しくなって画面に見入っていたという。

これが映像のデジタル化の恩恵でなければ何だというのか。

帰省ラッシュで渋滞する車の中でもそうである。

以前までなら退屈してグズる子どもの気を紛らわせる手段はなく、疲れて眠ってしまうのを待つしかなかっただろう。

ところが今は DVD、BD のようなコンパクトなメディアで持ち運べるため子供向け番組やアニメを流しておけば良い。

病院で診察の順番待ちをしている時、外食時に席が空くのを待っている時、子どもが騒ぎ出せばスマホでアニメを見せていれば大人しくなる。

親にとってこれほど便利なものはない。

いや、親だけでないだろう。

マージャンばかりやっていた若かりし頃、最低でも 2時間、長ければ丸一日と長丁場になる中で困っていたのは BGMだ。

以前はアルバムCDを聴くか、カセットテープに録音したものをリピート再生するしかなかったが、いくら好きなアーティストの曲であっても2周、3周すると飽きてしまう。

長距離ドライブの際も同様で、車で聴くものと言えば CDかカセットテープしかなく、同じ曲ばかり聴いて飽きると交換するということを繰り返した。

しかし、それでも数には限りがあり、結局は耳にタコができるほど同じ曲を何度も何度も聞く羽目になったものである。

ところが今は何千、何万という曲を小さなメモリーに保存しておき、それをランダムに再生することができる。

それどころか月額数百円という低料金で 1000万曲でも聴き放題とうサービスまで登場し、1曲約 4分と仮定してもすべて聞くまで 27,000日、76年もかかるという恐ろしい時代になった。

こんなシステムが以前からあれば、マージャンやドライブがより楽しかったことだろう。

それが当たり前となった今を思い、ピコピコいうビープ音しが出せず、8色しか使えない画像を画面いっぱいにに表示するまで 5秒ほど必要だったパソコン創世記を思い出し、時代の進歩、テクノロジーの進化というのは凄いものだと感慨にふけっている骨董品の自分がここにいる。

モテ期

誰にでも一度は訪れると言われているモテ期。

男性であれば女性に、女性であれば男性にちやほやされる時期が必ずあるという。

ところが自分の場合はモテ期があったという自覚がない。

以前からこの雑感に何度も書いているように、若かりし頃は線も細く最長で腰までとどくような髪をしていたことがあり、その頃は男性からもの凄い勢いで声をかけられたりしたが、それは同性からのことなのでモテ期とは呼べないだろう。

さっぱり自覚がないのにマサルは
「中学、高校時代のおまえはモテてたよなぁ」
と言う。

そんなことを言われても、モテた記憶は 1ビットもないのでポカンとしていると、
「おまえのこと好きだっていうやつ山ほどいたぞ」
とか
「なんかファンクラブみたいなのもあったし」
などと言うではないか。

それならそうと、なぜ当時の自分に言ってくれなかったのか。

中学時代だって高校時代だって女子から告白されたことなど一度もないどころか、好きになった女子に告白しては玉砕するという日々を過ごしていた。

楽しそうに交際しているカップルを見ては彼女ができない自分にため息をついたりする毎日だったのである。

今までの人生を通してバレンタインデーにバリバリの本気チョコをもらったことなど、たったの 2個しかない。

チョコをもらってニコニコしている奴を尻目に、そんなことで喜ぶなんぞ軟派なやつのすることだとうそぶき、その裏でチョコが入っていないかと机の引き出しにこっそり手を入れては、食べ残した給食のカビたパンを掴んでガッカリしたりしていたものだ。

もちろん彼女がいた時期もあり、その際にチョコレートをもらったりしてはいるが、すでに交際しているので限りなく義理チョコに近く、それを渡すことによって告白とみなすような本気度満載のチョコとは違う。

そして、人生において女性を振ったことはなく、いつも振られて終わりになっている。

そんなこんなで何も良い思い出などないのでモテ期があったと思えない。

そもそも、そのファンクラブなるものが存在していたのであれば、いったいどこでどんな活動をしていたのか。

本人が知らないところで秘密裏に活動しているアングラ組織的なものがあったとすれば、それは嬉しいどころか多少の不気味さを覚えてしまう。

モテた記憶も自覚もないのは、子供の頃から男女を意識することなく、誰とでも平気で遊んだりしていたことが原因なのだろうか。

あまりにも近い存在だったため、そしてあまりにも仲良くしていたため異性を感じることができず、結果として相手が何らかのシグナルやオーラを発していても気づかなかったのかもしれない。

いや、そうではないだろう。

いくら自分が鈍感であっても、それなりの態度を示してくれたら気付いたに違いない。

つまり、身近にいて仲良くしていた中に自分に恋愛感情を抱いていた女子はいなかったのだと思うし、大人になってからも
「実は・・・」
などと昔ばなしで好きだったと聞かされたこともない。

自分はモテないと思っていたし、自分に自信もなかったのに、はるか昔のことを今になって
「モテてたよなぁ~」
とは何事かっ!

あまりにも悔しいので、そのモテ期だったという時代に何とか戻れないものかと、一刻も早くタイムマシンが発明されることを願ってやまないのである。

小ネタ集

今週はネタがないので細かなことを。

■ 葉っぱ

植物の葉のことを 『葉っぱ』 ということがあるが、その 『葉っぱ』 の 『っぱ』 とは何だろうと疑問に思ったので調べてみた。

俗語辞書には草木の葉のくだけた言い方とあるが、『っぱ』 が何なのか説明がない。

YAHOO!知恵袋で下っ端と同じように端っこの、つまらないもの、取るに足らないものというような意味合いではないかとの回答があったが、それは個人的な意見であって論拠も根拠も示されていなかった。

葉がつまらないものでもなければ取るに足らないものとも思えないので、知恵袋の回答には賛同しかねる。

では 『っぱ』 とは何なのか。

その答えを求めて今日もネットをさまよっている。

■ 負けず嫌い

『負けず嫌い』 とは他人に負けることを嫌う勝気な性質のことだが、この言葉に若干の違和感を覚えてしまう。

単純には負けるのが嫌いということだが、『負けず』 とは負けないという意味ではないだろうか。

雨ニモマケズ風ニモマケズとは、雨にも負けない風にも負けないなのだから、『負けず嫌い』を素直に解釈すれば 『負けないぎらい』 となってしまいそうな気がする。

負けないことが嫌いなのであれば負けるのが好きということで、真逆の意味になってしまう。

その疑問を解決すべくネットで調べてみると 『負け嫌い』 『負けじ魂』 などと混同したものが、いつのまにか定着してしまったのではないかとう説があった。

『汚名挽回』 という汚名を挽回してどうするんだ的な間違い、『汚名返上』 と 『名誉挽回』 の混同と同種の間違いが定着したという解釈だ。

確かにそれもあるかもしれないが、もう一つ見つけた回答のほうがストンと腑に落ち、すんなりと受け入れられる。

それは 『食わず嫌い』 は食べもしないで、そのこと(食べること)を嫌うことだが、それと同様に 『負けず嫌い』 も、負けていないのに負けることを嫌うことであるという解釈だ。

これに関しては、きっとこちらが正しいのではないかと思われる。

■ ビックカメラ

ビックカメラ(BICCAMERA)の 『BIC』 とはなんぞや。

これに関してもネットで色々と調べてみたところ、多種多様な説があってなかなか正解にたどりつけなかったのだが、2005年に史上初めてビックカメラの公式見解が示されたとの記事を発見、その内容は以下のようなものだ。

かつてアメリカ領で使われていた言葉、「Bic」は「Big」に近い意味もありますが、見た目の大きさより中身を伴う大きさを表す言葉でした。

ただの大きな石ではなく、若く新しい感性を持った、小さくても光り輝くダイヤモンドのような企業になりたい。

そんな希望を込めて、ビックカメラは誕生しました。

冒頭に 『かつてアメリカ領で使われていた言葉』 とあるが、それを調べてみると旧アメリカ領オセアニア地方で使われていたスラングの 「BIC」 が由来ということが分かった。

どうりで生前の次兄がアメリカに暮らしていて英語が堪能だったので
「ビックカメラ(BICCAMERA)の 『BIC』 とはなんぞや。」
と聞いても
「知らない」
と言われた訳だ。

何にせよ、疑問に思ったことが簡単に調べられるのだからネットは偉大である。

またマスコミ批判

この雑感では何度もアホなマスコミのことを書いているが、やはり今回も納得できないことばかりで文句の一つも言っておくべきだろうと書き始めているところである。

なにはともあれ箱根関連のニュースだ。

あれだけ大騒ぎし、今日か明日にでも水蒸気噴火を起こして昨年 9月 27日に発生した御嶽山の噴火の時のように大きな被害になるかも知れない的な報道をしておきながら、風評被害で箱根観光への大きな影響が懸念されるなどとぬかしている。

「せっかく来たのに残念です」

「規制がかかっているので引き返します」

「こんなことになっているとは知りませんでした」

などなど、観光客がろくに景色も見られずに引き返していく様を何組も、そして何分間も放送しておきながら今になって規制されているのは半径 300メートル程度のごく限られた地域であり、周辺の温泉街、芦ノ湖には何ら影響がないのにも関わらず宿にはキャンセルが相次いでいるなどと伝えるのはどういう神経なのだろう。

まさに竜頭蛇尾というやつで、最初にアホほど騒いでおきながら終わりの方はショボショボになってしまっているし、マッチで自ら火事を起こして煽り、それを自らポンプで消すというマッチポンプの典型である。

マスコミがギャーギャー騒いだ結果が宿泊のキャンセルという事態を招いているという自覚はないらしい。

同じく竜頭蛇尾の典型的なパターンとなってしまっているのが 4月 25日にネパールで発生したマグニチュード 8を超えると思われる大地震に関してだ。

あの加熱とも思われる報道はどこに行ってしまったのか、今でも被災者が増え続け、各国の救助隊が必至に作業しているというのにニュース番組で割かれる時間、新聞で割かれる紙面の大きさは縮小する一方となっている。

その惨状、現状も伝えず番組終わりに募金だけ呼びかけても視聴者の意識はあの大惨事から遠のいてしまっているのではないだろうか。

店の商品に異物を混入させたり万引きしたりする動画をネットに投稿し、警察を挑発しつつ逃亡して逮捕されたバカのその後がどうなったのかも分からない。

自宅に立てこもった元探偵が上階から物を落として暴れていた事件もどうなったのか。

そもそも人質もとらず、自宅にいる状態が立てこもり事件と呼べるのかという疑問はさておき、彼はなぜ暴れていたのか、危険ドラッグでもやっていたのか、心の病にかかっていたのか、単なる酔っぱらいだったのか、あの事件が起こったことだけは分かっているが結果も真相も伝えてもらっていないような気がする。

何かが起こったと伝えたのなら、結果がどうだったのか最後まで伝える責任がマスコミにはあると思うのだがどうだろう。

『ニュースバリュー(news value)』 とは、報道に値すると認められるニュースの重要性・価値のことだが、少なくともネパール大地震の被害は伝えるべき重要なことだと思えてならない。

収集癖

自分には収集癖というものがない。

子供の頃、切手収集している友だちに感化されたことがあるが、それも長くは続かず・・・というより、ごく短期間で興味を失い、わずかながら集めた切手を譲って収集をやめてしまった。

スナック菓子のおまけとして手に入るプロ野球カードも数十枚は持っていたが、存在するカードをすべて集めようなどという気はなく、その数十枚も集めている友だちに譲ってしまったし、仮面ライダーのカードもあったが結末は同じようなものだ。

以前の雑感にも書いたように子供の頃から芸能人の大ファンになることもなかったので、特定の人のポスターや CDなどを買い揃えたこともない。

ギリギリのガンダム世代で、確かにアニメは好きだったので複数のシリーズは見たものの、マニアのように DVDを買ったりガンプラと呼ばれるプラモデルを組み立てたり、何万円、何十万円もするようなフィギュアを買うこともなかった。

一から十まで揃えたものと言えば、ある作家の小説を単行本で何百冊も保有していたことはあったが、大阪から北海道に越してくる際に処分してしまったので今はない。

今は海外ドラマばかり見ており、中にはとても好きなドラマもあるが、録画したものを保存しているのは 2作品のシリーズのみで、その他のものはすべて消去してしまっている。

この、物に思い入れがなく、物に頓着しない性格は、どうやら親譲りらしい。

三歳の時に妹に死なれているため限りなく一人っ子に近いので、普通であれば溺愛されて宝のよう育てられ、ありとあらゆる思い出の品がありそうなものだが、そういったものは手元にも実家にも存在しないのは、親が自分と同じような性格だからなのだろう。

いや、この親にしてこの子ありといったところか。

実家を出て一人暮らしを始め、最初は年に何度も里帰りをしていたが次第に足が遠のき、一年に一度、二年に一度と間隔があいていった。

ある日、数年ぶりに帰省したところ実家が建て替わっている。

豪雪地帯に建つ実家の二階から落ちた凍り固まった雪が、一階の屋根に大きな損傷を与えてしまったため建て替えることにしたらしいのだが、そんな話しは聞かされていなかったので外観も変わってしまった実家に驚いた。

そして、さらに驚いたのは以前の家に存在していた子供部屋、つまり自分が子供の頃から実家を出るまで過ごした思い出の部屋もなく、そこに収められていた学習机やベッド、その他の置物や小物まで一切のものが残っていなかったことだ。

父親にも母親にも収集癖はなく、物に執着しないので我が子も同様であろうと勝手に処分した結果なのだが、それに対して自分は一瞬のとまどい、驚きを感じたものの、寂しさも腹立たしさもなかったので相談されてもされなくても結果は同じだったことだろう。

そして、それを機に処分したのか、最初から保存などしていなかったのか、子供の頃の成績表、持ち帰ったテスト用紙、卒業証書、学校で書いた絵、市が主催する絵のコンクールで最優秀賞をとった賞状、その時の絵、子供の頃の声が録音されているテープなどなど、ちょっと気の利く親、思い出を大切にする親なら保管しておくであろうものも綺麗さっぱりと無くなっていた。

さすがに我が子の誕生は嬉しかったらしく、生まれてすぐから小学校低学年までの写真は何枚か残っているが、それとてアルバム一冊に収まる程度の枚数でしかない。

そして自分も親と似たり寄ったりで、若かりし頃に遊びまくった友だちとの写真、仕事や社員旅行で何度か行った海外旅行の写真も残っていないし、そもそも撮影すらしなかった。

子どもの思い出の品を何ひとつ保存しておかないクールな親、それに腹も立たなければ悲しくもない子、やはり我が家には物に頓着しない血が流れているものと思われる。