元気になって退院したショウコだが、以前とは若干の違いがある。
どうやら記憶力が低下しているようだ。
痴呆の症状は認められず年齢相応だと病院で言われてはいるが、以前までが年齢不相応の記憶力の持ち主だったので、急に衰えてしまった感が否めない。
以前までであれば一度言えば覚えたことも、二度三度言わなければならなかったり、覚えたはずのことを翌日には忘れてしまうこともしばしばだ。
それでも相変わらず数字には強く、支払いが必要だった 3百数十円のことも忘れず、日時に関しても割りと正確に記憶し、それを忘れることもないらしい。
確かに呆けた訳ではなさそうだが、今までが今までだっただけに少し寂しい気がする。
そして、レイコは相変わらずだ。
少し耳が遠いのも相変わらずだが、いつまでもシャキシャキした婆さんである。
ショウコが入院していた約二カ月間、本当にお世話になった。
ショウコと 2歳しか違わない超高齢者なのに、雨の日以外は毎日かかさず病室を訪れ、洗濯したものを届けて汚れ物を持ち帰る。
たまに実家に来て郵便物の整理をし、重要そうなものは病室に届けてくれた。
そこまでやってもらっているにも関わらず、ショウコが女王様のように振る舞い、勝手なことを言うものだから、たまに細かなことでの言い争いになったりする。
そんな衝突の絶えない姉妹だが、長年続いたその関係も近く終わりを告げることになった。
そう、9月になればショウコは住み慣れたこの街を去り、自分達が暮らす町の施設に入る。
今は互いに気にしていない風を装っており、レイコなどはせいせいすると強がったりしているが、それもまた本心であろうとも、半世紀を軽く越える時を共に過ごし、寄り添ったり大喧嘩したりしながら歩んできた道が二手に別れてしまうことを多少は寂しく思っているだろうし、時が経つにつれ実感がわいてくるに違いない。
移動距離約 350km、車での移動は休憩なしで約 6時間。
簡単に会いに行ける距離ではない。
来月に迫った別れが、生きて会える最後の機会となってしまうものと思われる。