物持ち

物持ちが良いとか悪いとか言うが、我家の場合は二人揃って物持ちが良いので、ほとんど骨董品のようなものが家の中に溢れている。

人に不快感を与えてはいけないので外出着には多少なりとも気を使うが、家の中で着るものなど寒さを防ぐ程度に身を守れば良く、夏などは最低限の部分だけ隠れていれば良いので、いったい何年前に購入したのか記憶の片隅にも残っていないほど古いものが多い。

また、着心地だったり肌触りが影響するのか、気に入ったものは身に付ける回数が多く、頻繁に着るがゆえに生地の痛みも早く激しくなるというボロのスパイラルに陥るものもあるが、どんなに古くなっても捨てるに捨てられないものも存在する。

大阪から北海道に引っ越す際に泣く泣く捨ててしまったが、何年も着続けたので良い具合に生地が体に馴染み、まるで肌の一部になったかのような着心地で、その肌触り、手触りも実に柔らかくて気持ちの良かった綿100%の部屋着があった。

あまりにも長く着たものだからヒジやヒザ、尻の部分の生地が薄くなって穴が開いたりしていたが、それをどうしても捨てることができず 『お買い物日記』 担当者につぎあてをしてもらったことも一度や二度ではない。

大阪生活は 13年と 5カ月間に及んだが、最初に住んだアパートから引っ越すことはなかったし、故障したので買い換えたテレビとビデオ以外は、ずっと同じ家電を使い続けた。

しかし、大阪に住むことになって購入したのはエアコン、冷蔵庫、電子レンジくらいなもので、それ以外は北海道から運んだものであるため使用期間は 15年とか 20年に達したものも多かったと思われる。

こちらに戻ってから住む家には多くのものが揃っていたので、冷蔵庫や洗濯機に乾燥機、電子レンジなどのいわゆる白物家電や家具は人に譲ったり廃棄したりしたため、そこで使用年数はストップしてしまったが、鍋などの調理器具、食器類は一緒に津軽海峡を渡って北海道に戻った。

それらのものは結婚当初に買ったものも存在するが、それより遥か以前、自分が初めて一人暮らしする際、『お買い物日記』 担当者が初めて一人暮らしする時に買い揃えたものも含まれる。

その時に買い揃えたものどころか、実家ですでに使い込んでいたのを持たされたものも少なからずあり、中には子供の頃の記憶に残っている食器まであるという物持ちの良さだ。

昔の鍋やヤカンは丈夫にできているのか、今でも問題なく使えるし、『お買い物日記』 担当者も自分も数年に一度くらいしか食器を割らないので、驚くほどの保存状態で相当な数が昔のまま残っている。

それには、あの阪神・淡路大震災の揺れでも被害を受けなかった強い作りのアパートに住んだ幸運も大きく関わっているだろうし、『お買い物日記』 担当者がヒステリーで喧嘩のたびに食器が宙を舞うということがないのも一因であろう。

そもそも喧嘩をしたことがないので 『お買い物日記』 担当者が食器を投げつけたりするかも分からなかったりするのではあるが。

食品の保存容器などもそうだが、かなり古いものをしげしげと見つめながら
「これってどっちが持っていたものだっけ?」
と話すことが多い。

そして、それは俺が、それは私が、結婚前から、一人暮らしを始めるときに、いやいや子供の頃から・・・などと記憶の糸をたぐりよせながら出処を確認したりしている。

もしかすると、それはボケ防止にわずかながらの効果があるかも知れない。