カワイイの定義

日本語のカワイイ(可愛い)が世界共通語になりそうな勢いで広まっている。

しかし、日本語の持つ機微、情緒的な意味合い、あいまいなニュアンス、極めて感情的であり非論理的であって実に包括的な表現法を世界の人は理解できるのだろうか。

現在はフリフリのスカートとかを着こなすファッション、日本発のゆるキャラ、アニメキャラなどを 『KAWAII』 と表現しているが、日本語の 『カワイイ』 はもっと広範囲に及ぶ。

赤ちゃんや子犬、子猫のみならず、普段は好かれないオッサンであっても何かに照れたりする姿を見てカワイイと言うし、自分より何倍もの年月を生き抜いているお婆ちゃんでさえ、その仕草や笑顔などを見てカワイイと言う。

それが爬虫類であっても野菜であっても見かけや形状によってはカワイイと言われる。

それは車のデザイン、コロッと小さなものから妙にズングリした軽トラも対象になるし、携帯電話やパソコンにも範囲は広がるだろう。

また、顔立ちが整っているのがカワイイの絶対条件ではなく、多少は造作に難があってもカワイイの対象になることがあり、具体例としては天童よしみ、森三中の村上知子などが挙げられる。

つまり、cute(キュート)とか pretty(プリティー)ではカバーしきれない範囲のものを含め、すべてがカワイイの対象となり得るのだ。

それを使うのは主に女性、それも若い女性であり、感受性が豊であるからこその受け止め方かも知れないが、それはすでに一般化しているようで、自分のようなオッサンでさえ何かを曖昧にカワイイと思うことがある。

それは例えばジャガイモでも良く、何の変哲もない単なるイモではあるのだが、何個かに一個、プクッと丸くて妙に可愛らしい形状をしたものが存在するのは事実だ。

独り言にいつも書いているように朝の散歩で出会う小学生などは文句なくカワイイし、公園に住むスズメも散歩する犬も池で泳ぐカモもみんなカワイイのは当然だが、人間も含めた動植物に限らず、無機物にすら可愛らしさを感じてしまう。

日本には擬音語、擬態語というものがあり、曖昧な表現が可能だった。

心の動き一つをとっても、いらいら、むかむか、どきどき、わくわく、はらはら、ぞくぞく、うきうき、いそいそ、そわそわ、おどおど、びくびく、おろおろ、まごまご、あたふた、くよくよなど多言語では表現が難しい。

そういう微妙な感覚と同様にカワイイは日本人の頭や心の中を漂い、実にゆるやかな状態で流れているように思う。

そのどこまでを海外の人が理解できるのだろうか。

AKB48を代表とする秋元康プロジェクトの面々が身に着けているような制服チックなファッション、メイド服、アニメキャラのコスプレだけを対象にカワイイという言葉が流通した場合、日本人がどいういう目で見られるのか心配だ。

1億総ヲタク文化、ロリコン社会だと受け止められてはたまらない。

しかし、日本人の持つ独特な感覚の表現法を世界に伝えるのは、どんなに努力しても困難極まりなく、カワイイは世界でひとり歩きしてしまうのだろう。