マサルノコト scene 6

  前回の続きになるが、マサルが連続で遊びに来る記録が 9週で途絶えたのは体力の限界が理由だった。 当時、二人とも仕事に対して少なからず不満を持っており、そのストレスを発散するため、あるロックバンドのライブを観に通ったりしていた。

  過去の雑感に特定のもののファンになることはないと何度も書いている通り、今から思えばその音楽性やバンドそのもののファンだったのではなく、単にライブ会場で大暴れしてストレスを解消することだけが目的だったように感じる。 何十枚も CD が発売されているのに持っているのは 4-5枚程度だし、メンバー全員の名前すら知らない。

  その程度のものであるにも関わらず、毎回のチケット購入が面倒になったので、電話予約だけで予約可能なファンクラブにまで入会していた。 電話をして予約を済ませ、銀行にお金を振り込んでおけばチケットが郵送されてくるので楽だったのである。 本当のファンで心から応援している人たちには申し訳ない限りだ。

  それでもファンクラブの力は絶大で、会場の最前列近くのど真ん中にある席のチケットが送られてきたりするので、マサルと自分のライブ熱はヒートアップするばかりだった。 ライブ前日から仕事を休んでマサルが宿泊し、自分だけ仕事に行ってスーツ姿のまま会場に直行したり、マサルが仕事を休めない日は休日の朝早くに家を出て 400km の道を車で移動してやって来る。

  もの凄く忙しい時は夜 9:00過ぎにライブが終わって軽く食事を摂り、そのまま 400km 先の自宅に帰るという無謀なこともしていた。 自分の住んでいた街とマサルが住んでいた街の中間地点までライブを観に行き、それが終わった後に 200km 先にある自分の街までマサルが送ってくれたこともある。 その時点で深夜になっているのだが、明日も仕事だからと言って 400km 先まで帰っていったこともあった。

  若さゆえに可能だった荒業ではあるが、そんな無茶なことが長く続くはずがない。 連続記録更新中の 9週目に事件は起こった。 その時は金〜日曜の 3 days のライブだったので、マサルは仕事を休んで遊びに来ていた。 チケットはファンクラブ経由で 3日間とも押さえてある。 最終日のライブを観に行っていると、翌日に遠く離れた街で野外ライブを決行することが告げられた。

  三日間のライブで気合いの入ったマサルは、「もう一日休んで観に行く!」 と言い出した。 自分も異論はなかったので、仕事を休んで遠い街まで出かけることにした。 そこは自分の住んでいた街から 400km 以上も離れていたが、気合いが入っているので気にならない。 二人勇んで会場に向った。6時間以上の道のりも苦にならずに到着してライブが始まる。

  そして終了したのは 20:00 を過ぎていた。 ここまで来てしまった訳だから当然、帰らなくてはならないのだが、ライブで燃え尽きたので道のりが遠く感じる。 帰りは夜ということもあって割とスムーズに進んだが、帰宅したのは深夜 1:00 を過ぎていた。 そして、恐ろしいことにマサルの自宅はまだ 400km 先である。 燃え尽きたマサルは少し悩んでいたが、「今から向えば仕事に間に合うかもしれない」 と言い残して遥か彼方にある街に向ってアクセルを踏み込んでいった。

  帰宅した自分は倒れこむようにベッドに入り、ドロのような眠りに落ちた。 翌日の仕事を終えてからマサルに電話してみると、ものすごく元気のない声が受話器から聞こえてくる。 「あれからどうだった?」 と尋ねると、仕事に間に合う時間に到着したが、『あしたのジョー』 のように体力も気力も燃え尽きて、真っ白な灰になってしまい、高熱を発して倒れてしまったのだと言う。

  翌日になっても熱は下がらず、前週の金曜日を含めると 4日間も会社を休むことになってしまい、上司からこっぴどく叱られたマサルは週末に遊びに来るのを止めた。 これが連続記録が 9週で途絶えてしまった真相だが、あの無理がなければ何週間の記録が生まれただろうと思う。 しかし、それを期にライブからも足が遠のき、会う機会もめっきりと減った。

  そしてその後、二度と再び記録に挑むことはなかったのであった。