マサルノコト scene 2

  今日で元旦から二週間が経過したが、相変わらずマサルからの年賀状は届いていない。 『便りのないのは無事の知らせ』 と言うくらいなので、とくにこちらからも連絡はしていない。 どうせ連絡したところで、くだらない話をダラダラして終わるだけなのは目に見えているからである。 本来なら違うネタで雑感を書こうと思っていたのだが、腹立たしいのでマサルのネタにすることにした。

  マサルは就職して一人暮らしを始めた際、六畳二間の小さなアパート暮らしだったくせに、当時としては最新式のコードレス電話を購入した。 「そんな狭い部屋でコードレスなんぞ必要なかろう」 と言ってやると、それはどれだけ便利なものかとムキになって説明を始めた。 「はいはい」 と適当に返事をしていたが、少なからず興味があったので 「どの程度まで電波が届くのか」 と質問をしてみた。

  「取扱説明書には 50メートルと記載されている」 と答えるので 「やっぱりその部屋には必要ない」 と言ってやった。 すると、「外で洗車しているときだって子機を持って出れば電話を受けられる」 などと訳の分からない理屈をこねる。 「それじゃあ、話したまま外にでてみろ」 ということになり、マサルは子機を持って話をしながら部屋を出た。

  当時住んでいたのは海沿いの田舎町で、障害物となる大きな建物もなく、思いのほか遠くまで通話が可能だった。 普段と変わらない会話をしながら、時折 「今は家から 200メートルくらい」 などという報告をしていたのだが、それが 500メートルになっても 700メートルになっても途切れることがない。 1キロくらいになったときに少し会話にノイズが混ざるようになったくらいのものである。

  電話の性能を試すのにも飽き、会話することもなくなったので 「その電話が凄いのは分かった。じゃあな」 と電話を切った。 すると、すぐに電話が鳴ったので出てみると 「切るな〜!」 とマサルが怒っている。 聞けば 「こんな夜中にパジャマ姿で電話機を握りしめて歩くのは恥ずかしい」 と言う。 確かに当時は携帯電話など普及しておらず、おまけにマサルは寝る準備をしていたところだった。

  「電話していても一人で歩いているから一緒じゃ!」 と切ると、すぐにかけてきて 「お願いだから切らないで」 と懇願してくる。 それでも話をすることがなくなっていたので 「もう遅いから気をつけて帰るんだよ」 と切ると、再びかけてきて 「たのむ〜!きらないでくれ〜!」 と騒いでいる。 可哀想になったので仕方なく話しに付き合うのだが、少し話すと会話が途切れる。

  その度に 「きるぞ!」 と脅かしてやると 「ちょ、ちょとまて!」 と必死に会話を続けようとするのだが、話のネタも尽きて新しい話題がない。 そうこうしているうちに家の近くになったらしく、急に態度が大きくなって 「お前なんかに二度と電話してやるもんか!」 など言いだす憎らしい奴なのである。

  この電話機に関しても様々な逸話があるのだが、それも次の機会に譲ることにする。

マサルノコト scene 1

  元旦から一週間が経過して年賀状も届き渡ったようだが、古くからの友人であるマサルからの年賀状は届かない。 最近になって聞かれる親友という定義、『メールは 15分以内に返す』 などという薄っぺらな付き合いではないので気にはならない。 去年、久々に電話をすると移転案内が流れてきて初めて引っ越したことを知った。 その電話ですら一年ぶりくらいにかけたものだ。

  現代っ子からすると、そんなのが友人関係と呼べるのか不思議に思うだろうが、真の友人というものはベタベタとしていなくても互いが必要とするときに力になれば良いものであって、毎日のように話したり相手の機嫌を伺うようなことをする必要はないのである。 どんなに時間が経過しようが、何カ月、何年も顔を見なくても実際に会えばその時間が一瞬にして埋まり、何ら変わりなく付き合えるものだ。

  移転案内で変更になった電話番号を知ることができ、話をしたのだが住所などは聞いておらず、ただ東京に住むことになったということだけ確認し、一応は E-mail アドレスだけ控えておいた。 そして昨年末、「年賀状を出してやるから住所を教えなさい」 と一行だけのメールを送信した。 するとマサルから 「なんという高圧的な言い方だ!むかつくが教えてやる」 と住所が返信されてきた。 そして文末には 「以上だ!悔しかったら出してみやがれ」 と書き添えてある。

  むかっ腹が立ったが一応は元旦に間に合うように出してやった。 しかしマサルからの年賀状は今現在も届いていない。 現代のような希薄な友人関係であれば、それで壊れてしまうところだろうが、何十年も続く関係はその程度のことで崩壊することはないのである。 自分も変な奴だと自覚しているが、マサルも相当に変な奴なので妙に気が合うのかもしれない。

  以前、何かで一万円を貸したことがあったのだが、いつまで経っても返金してくれる気配がない。 それでも信用しているので何の催促もせずに放っておいた。 若い頃はキャッシュカードでお金を引き出してばかりで銀行の通帳に記帳などすることがなかったのだが、あまりに出し入れが続くと銀行から明細が送られてくる。 普段はそれすら見ないのだが、たまたま中を確認して驚いた。

  ミヤザワリエ様 入金 ¥2,000、コイズミキョウコ様・・・など、有名芸能人5人から ¥2,000 が振り込まれている。 そんなヒマなことをする奴はマサルしかいない。 ふざけ半分で借金を返してきたらしい。 すぐに電話して 「くだらないことをするな!」 と大笑いしながら言ってやった。 すると、「俺だって恥ずかしかったんだ!」 と言う 「『ミヤザワリエ様』 って呼ばれて立ち上がる身にもなってろ!どれだけの人に見られるか!」 と、自業自得のくせに怒っている。

  おまけに 「手数料だって 5回分もかかったんだぞ!」 と完全に逆ギレ状態だ。 いつまでも話に付き合っていられないので 「アホ〜」 と言って電話を切ってやった。 そして、それから何カ月も音信不通状態が続く。 実家は互いに同じ町にあるので帰省した際に会って酒を酌み交わす程度である。

  真の友人、とくに男同士の場合はそれで良い。 深く悩んだとき、本心から困ったとき、重大な決断を迫られたときに曜日や時間を問わずに相談できる相手。 損得抜きで付き合うことができ、時間や距離に間があっても心が通い合う仲間。 自分にとっての心のよりどころでもある。

  変な奴であるのが困りもので、逸話は数え切れないくらいあるのだが、それは次の機会に譲ることにしようと思う。