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中学二年のある日のこと、学校で一番若い女教師にマサルと一緒に呼び出された。 教師から呼出をくらうことに慣れていた自分は平気だったが、マサルにはそんな経験がなく、いったい何ごとかと不安そうにしている。 自分も体育教師に殴られたり担任に叱られたりすることはあったものの、その女教師とは何の接点もないので心当たりすらない。
二人で会いに行き、話を聴くと学校祭の演劇をやってほしいと言う内容だ。 そんなものにまったく興味もなく、まして不良をしている自分は、その話を持ちかけられること自体が不思議でならないのと、そんな恰好の悪いことなどできないという感情から、「ふざけるな。ば~か」 と相手にしなかった。 それでも 「お願い」 と頼んできたが、「うるせぇ」 と突っぱねていた。
不良だった自分が人前で劇をするなど恥ずかしくて死んだ方がましだ。 どんなに頭を下げられようと、引き受ける訳にはいかないのである。 第一、どう考えても頭を縦に振る見込みのない自分に話を持ちかけるのが理解できない。 切羽詰って女教師の頭がおかしくなったのか。 「どうして俺達なんだ?」 と訊くと、マサルには人望があり、人が集められそうで、自分はそれを統率できそうだと答える。
そう言われて悪い気はしなかったが、どう考えても乗り気になれず、態度を保留して席を立ち、マサルと 「どうするよ」 と話し合った。 女教師の話によると、演劇部というクラブはあるのだが、所属部員は一年生の女子が二人いるだけで、とても演劇などできる状態ではないということであり、せめて学校祭の時だけで良いから人数を集めて何とか演劇をしたいのだと言う。
マサルも自分も、人から頼られたり何かをお願いされると断われないという部分があり、そんなに困っているのなら一肌脱いでやるかと重い腰をあげることにした。 女教師にその旨を伝えると、顔がぱっと明るくなり、気が変わらないうちにと一年生の女子二人を引き合わせ、演目を何にするかと学校教材でもある演劇のシナリオを並べ始めた。
手にとってみると、それは文学全集の中から抜け出てきたような世界観の劇であり、とてもじゃないけど恥ずかしくて人前で披露できる代物ではない。 そんなものに興味がないのは自分だけではなく、おそらく全校生徒の大多数が興味を示さないものと思われる。 ただでさえ、演劇など始まっても誰も関心を示さず、ペチャクチャと話をしたり、席を立ったりするものが多いのに、教科書どおりの劇など誰が見るか。
マサルと自分は、どうせやるなら生徒が関心を持ち、最後まで観てもらえるものにしてやる宣言し、当時から多くの小説を読み、文章を書く能力が高かったマサルがシナリオを学校祭用に書き下ろすことにした。 その辺の作業はマサルに任せっきりだったので、マサルがどのように悩み、どれだけ苦しんで台本を書いたのか分からないが、数日後に書きあがったばかりの台本を読ませてもらった。
それは 『青春学園サスペンス友情物語』 とでも表現すれば良いのか、とにかく中学校で起こる事件を探偵役の生徒が解決に導くという内容で、同世代が登場人物なので話が解りやすい。 さらに適度な謎解きとサスペンスが散りばめられた 『火曜サスペンス劇場』 の中学校版ともいえる内容は、生徒も興味を持って観てくれるに違いない。 とりあえずは 「よくやった」 とマサルを誉め称えておいた。
事前に事情を説明したり半ば脅したりして、演劇への参加者を募っていたので、登場人物は探偵役の一名を除いてすべて実名だ。 同級生にとってもこんなに解りやすいことはない。 おまけに、各クラスのそこそこの人気者を半強制的に集めたので出演者にも華がある。 マサルは脚本と監督に専念し、自分は美術担当を買って出たので二人は裏方に徹し、表には一切顔を出さないという作戦だ。
そして、クラスの人気者や優等生、不良まで入り混じるという錚々たる面々が集結し、学校祭に向けての準備が開始されたのであった。
- つづく -