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世の中は受験シーズン真っ盛りで合格祈願グッズやら食べ物で店は溢れかえっているが、当時のマサルや自分にも当然のことながら受験はやってきた訳であり、それはマサルとの付き合いが一番濃密で楽しかった中学校生活にも、そろそろ終わりに近づいてきたことを意味していた。
中学校二年のときの担任とマサルのおかげですっかり更生して学力も向上し、テスト結果も上位に名を連ねるようになり、地元では成績優秀な生徒が集まる進学校への入学も不可能ではないことを教師から告げられていたが、自分は高校へ進学する気などさらさらなかった。
ずっと絵を描くのが好きで絵の勉強をし、絵で生計を立てるのが目標であったのだが、絵を専門に教えてくれる高校など皆無であり、美術系の大学に進むためにも高校には行かなければならないなどという親の説得にはリアリティーを感じることができず、単に世間体を気にして 「高校だけは行ってくれ」 と言われているような気がしたので反抗心すら抱いていた。
それでも担任の教師やら親やら、挙げ句の果てには叔母までもが進学せよと迫るので、仕方なく地元の工業高校の建築科を、単に電気課とか機械科よりも設計図を描く分だけ少しは絵に近いかもしれないという理由だけで受験することにした。
自分としてはそれだけで 「どうだ!」 的な思いだったにも関わらず、一応は滑り止めも兼ねて少し離れた町にある、ちょっとランクの低い私立高校も受験しておくべきだなどと周りが勝手に騒ぎ出し、一校を受験するだけで十分だと思っていた自分は面倒だからと強硬に反対したのだが、あーもこーもなく周りの大人たちに押し切られるかたちで受験する羽目になってしまった。
次の日、マサルにブツブツと文句を言うと 「俺もそこ受けるぞ」 と教えられ、まあ、それならそれで修学旅行気分になって楽しく受験するのも悪くないかもしれないと思い直していたのだが、入試日の前日になって高熱を発し、マサルや他のみんなと一緒に前日に現地入りすることができなかった。
母親はオロオロし、心配するやら 「そんなに受験が嫌なのか!」 と怒り出すやら、熱で頭がボ~っとするやら体調が悪いのでイライラするやらで、家に居ても落ち着かなかったり大喧嘩に発展することは必至であるため、熱があるのにも関わらず父親に頼んで入試会場のある町まで送ってもらい、みんなと同様に前日から現地入りして一泊することにした。
不思議なもので宿泊先に到着すると体調が悪いのも忘れて腹一杯に飯を喰らい、受験前日だというのにマクラ投げをしたり布団の上で暴れたりと、修学旅行と変わらぬ夜を過ごし、おまけに夜更かしまでしたものだから発熱との相乗効果でフラフラになりながら試験会場に向かった記憶がある。
しかし、記憶しているのはそこまでであり、実際に受験する高校に着いた記憶も校内に入った記憶も試験を受けた記憶も、はたまたどんな問題がでたのかなどという記憶もすっかり抜け落ちており、それが終わった記憶も学校を出た記憶も何もなく、次に記憶が繋がるのは国鉄(現JR)の駅にみんなで集まり、帰るシーンになってからである。
とにかく発熱で疲れ、前日の大騒ぎで疲れ切っており、フラフラの状態だったので記憶力も低下していたのだと思われるが、もしかしたら試験会場では入試問題を解かずに寝ていたのかもしれないと不安になるほど見事に記憶が飛んでしまっていて、だからといって何もする気にならないほどの疲労感でマサルと何か会話したのかすら覚えていなかった。
電車に乗り込むと車内は溢れんばかりの人で座れる席などまったくなく、立ったまま 1時間以上の移動をしなければいけない状態だったが、とにかく疲れていた自分はマサルを誘ってグリーン車に行き、「車掌さんが来たら席を立つか追加料金を払えばいい」 と相談して空いている席に並んで座り、シートを少し倒したとたんに再び記憶を失った。
それはマサルも同様で二人そろって一瞬にして眠りに落ち、そのまま爆睡してしまったらしく、次に記憶がよみがえったのは電車が自分の住む町に到着したところなのだが、果たして車掌さんは来なかったのか、実際は来たのに気持ち良さそうに眠っている二人の中学生を起こさなかったのか、入試の帰りだと分かっていて、あえて無視してくれたのか。
結局、一応は志望した工業高校に合格したので滑り止めだった私立高校のことなどどうでも良いのだが、自分はまともに試験を受けたのか、果たして合格していたのか、当時は何の興味もなかったので合否を調べもしなかった自分も悪いが、その点についてはいまだに謎に包まれたままなのであった。