童話やファンタジー系の物語には、森の主や長老として樹齢が何百年にもなる大きな樹が登場し、遠い過去から現在に至るまでの様々な歴史を見てきた生き証人として迷える主人公に助言を与えたり、森の動物達と意思の疎通を図ってくれたりするシーンがある。 実際は樹に感情があったり記憶力があったりするのか分からないが、人を落ち着かせる何かがあるような気がする。
過去の雑感に何度も書いたが、大自然に囲まれた田舎で育った自分は背丈ほどもある草むらの中を走り回ったり、小川に飛び込んだり樹に登ったりして遊ぶ野生児だった。 小学生の頃はガキ大将として君臨しており、その性格は粗暴、他校の生徒とも喧嘩を繰り返す手のつけられない悪ガキで、さぞかし親も苦労したことだろうと思う。
親からこっぴどく叱られたリ、喧嘩に負けて落ち込んだときなど、小学校の裏手にあった大きな樹の太い枝に幹をまたいで横になり、何時間でもボ~っとしたり昼寝をしたりして過ごしたものだ。 多くの子供が樹に登って枝を踏みつけるため、変形して適度に平たくなっているので横になっても安定感がある。 さらに幹を股に挟んでいるので少しくらい動いてもバランスが崩れない。
その樹は小学生の自分から見ると、それはそれは大きく、幹に抱きついても手は一周せず、三人くらいが手を繋いでやっと届くほど太かった。 樹の枝をつたって上まで登ると体育館の屋根と同じくらいに感じられるほど背が高い。 夏にはいっぱいの葉を繁らせるので枝で横になっていると日をさえ切ってくれて涼しい。 葉と葉の間からチロチロとこぼれてくる太陽の光が綺麗に見える。
その樹の枝で横になっていると、なぜだか本当に気分が落ち着いた。 粗暴な悪ガキすらも落ち着かせる不思議な力を持っているのかもしれない。 イタズラや喧嘩をしても樹は自分を叱ることもなく、ただ自然の力で包み込んでくれる。 ひどく悔しい思いをして泣きそうになったときも、樹に触れていると心が安らいだように思う。
これも過去の雑感に書いたが、母親の激怒から逃れるために繰り返した 『超プチ家出』 で、暗くなってからの逃亡先は叔母の家と決まっており、行動パターンが読まれているためすぐに御用となってしまっていた。 ところが昼間であれば、ぐんと行動範囲は広がる。 友達の家に逃げ込んでも良いし、外で遊んでいる仲間に合流すれば自然に時間は過ぎて行く。
ところが暗くなり始めると一人また一人と仲間は帰宅してしまい、最後には一人ぼっちになってしまう。 そんな時に頼りになるのは学校裏の大きな樹だ。 自転車が見つからないように近くの窪みに乗り捨てて、葉が覆い繁る樹の枝に寝ていれば誰にも知られずに済む。 そして心が安らぎ、あまりにも気持が良いので、そのまま朝まで寝ていたくなる。
しかし、そこは金を持たぬ子供の悲しさで、腹の虫がグルルと鳴り始めても食べるものがない。 お腹と背中がくっつきそうになり、仕方なく窪地から自転車を引き上げてトボトボと樹のそばを離れる。 振り向くと青白い空に樹が真っ黒いシルエットを浮かべ、優しく見守ってくれているような気がした。
家では母親が半狂乱になって自分を探し回っており、昼間の怒りに輪をかけて叱られる。 それでも心の中には、帰り際に振り向いて見た樹の黒くて大きな影が残っており、母親のガミガミ言う声もどこか遠くで響く。 樹に触れていた何時間かですっかり心が落ち着き、怒鳴られても叱られても大きく動揺しない強さが宿ったのかもしれない。
腹の立つことや悲しいこと、楽しい思い出もたくさん詰まって自分の記憶の中に刻まれている大きな樹だが、その樹には自分と接した記憶があるのだろうか。 通った小学校が数年前に建替えられ、以前は野原だった場所に移動した。 その際に、あの樹は伐採されてしまったのだろうか。 今、この雑感を書いていてとても気になり、その樹の存在を確かめたくなってきた。
今度はいつ帰省するか分からないが、実家に帰った折には樹を見に行き、実際にこの手で触れてきたいと思う。